GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~ 作:A-Gyou
イリヤの頭痛の種は減らない。
減らしたいが、術も無い。
そんな時___
(さて、どうしたもんかねぇ……)
イリヤは自室のベッドに腰を下ろし、ため息をつきながらそんなことを思う。
その日の勤務時間___一応フェンリルの規定に定められている___は数時間前に終わっていた。
髪留めをほどいたら、腰まで届くほどの艶のある薄い金髪。空調機から微かに届く風が、毛先を僅かに揺らす。
彼は、今の自分の立ち位置___言い換えれば周囲が自分に抱いている感情だとか評価を頭の中で整理していた。
基本的に、彼は周囲の神機使いから嫌われるか敬遠されている。彼に嫌悪感を抱いていない、と断定できるのはリンドウ、サクヤ、コウタ、ミコト、エリック……と神機使いの中でも名指しで数えられるほど。それ以外を含めれば、そこにリッカ、榊博士、ツバキも加えることが出来るがそれでも多くは無い。
彼が嫌われている理由は単純。
彼の前科___彼が神機使いになる以前に生活していた頃に生きるためやむを得ず繰り返していたフェンリルの物資配給車襲撃___があること、それにも関わらず司法取引で神機使いになる代わりに全てチャラにされる、と言う訳の分からない処遇。
噛み砕いて言えば、彼の運が良すぎる事の運びが面白くないのだ。
無論、周囲の人間達が彼の前科を正確に知っているわけでは無く、イリヤという人物がかなり歪曲して認識されている、と言うのも状況の悪化に拍車をかけている。
___ここまでが、以前と共通している事項。
変化があったこともある。
まず、自身の階級がいつの間にか上等兵に上がっていたこと。つい先日気付いたことで、しかもその前にもいつの間にか1等兵に昇進していたらしい。階級が上がっていたこと自体は悪くないが、せめて事務的手続きもしっかりとこなして欲しいところだ。
次に、アリサという呼んでも望んでもいない後輩が出来たこと。しかも、彼女は彼自身のことをかなり蔑視しているのだから、手のつけようが無い。
彼女の件に関しては、彼自身もやや硬化した態度で接しており全てが全て彼女の一方的な云々、とも言い切れない部分がある。
ちなみに、期間をおかずして性急な階級昇任が下されたのは、彼にアリサの教育担当として相応の肩書きを与えるための措置でもあった。
ついでに言うと、彼女がアナグラに来てからおおよそ2週間経つが良い噂は聞いていない。ちょくちょく不満やら何やらが彼にも来るが、かと言ってそのことを彼女に指導しようとすればあの手この手で避けられる始末。
また、ソーマからも拒絶と敵愾心をむき出しにされている。これについては、やはり心労の一因ではあるがイリヤに落ち度があるわけでも無く、そして何よりも相手の要求が分かり易い分他の面倒な事情よりも幾分対応が容易であるため、差し迫った問題でも無いと言うのが彼の認識だ。
(何でこう、頭が痛くなるようなことばっか来るんだよチクショウが……)
一通り整理を付けて、現実に項垂れる。
数少ない救いは、来たばっかりの頃と違い味方がちゃんといることだ。もしも、未だに彼が自身の味方を認知できていなかったら___と考えて、最悪な結果を見る。
(相談、するべきかねぇ……)
誰にだ、と考えて頭をひねる。
そもそも、彼が問題だと認識している事柄の内どれを真っ先に解消したい、と言った順位付けがなされていない。
どれもどうにかしたいとは思いつつも、しかしその優先順位は曖昧で。
そこまで考えて、ふとのどの渇きを覚えた。
立ち上がり、冷蔵庫の中身を確認。
「……」
ミネラルウォーターの新品ボトルが3本。
飲みかけのビール缶が1本。
そして、わざわざ専用に設けていた冷やしカレードリンクコーナーは、狙い澄ましたかのように空っぽ。
彼は、小銭を数枚財布から取り出してズボンのポケットに突っ込んだ。
行き先は、新人フロアに設置された自動販売機。
自室を後に、彼は目的の場所へ足を運ぶ。
自動販売機はフロアのエレベーターホールに設置されている。数は3台で、飲料は全てフェンリル傘下の企業が販売している物だ。
彼は、決まって数ある種類の中から冷やしカレードリンクを選ぶ。アナグラで初めて知った味がそれで、無論他の飲料も飲んではみたもののどれも印象に薄く、結局原点回帰することになったのだ。
(まぁ残ってるだろ)
そんなことを考えながら、エレベーターホールに差し掛かったときだった。
「アリサちゃんってさ、アナグラの皆のことキライ?」
(え?)
反射的に、気配を消して壁に張り付く。
「あまり好きになれそうにもありません」
角を曲がったその先にいるのは、リッカとアリサであると理解する。2人で何やら話しているようだ、と言うのはイリヤもすぐに察した。内容はまだ何とも言えないが。
「そもそも、ここにいる神機使いの皆さんは戦術を生かし切れていない人が多すぎます! あんな戦い方ではチームで挑んでいる意味が無いです!」
「んーと、ロシア支部にいた頃は違ったのかな?」
「ええ、全く。任務に合わせた適切な役割分担、適切な装備、戦術、立ち回り……それを理解していない人が戦場に立たれると邪魔なんです、正直」
なるほど、日々の不満をリッカに聞いてもらっているらしい。
「それで、任務中にも言っちゃうのかな?」
「ええ、邪魔は邪魔ですから」
2回目のなるほど。良い噂を聞かない原因の1つが分かった。
「何でわざわざこっちの射線を塞ぐような立ち回りだとか、有効性の低いホールドトラップの設置の仕方をするのかだとか……キリが無いですよ」
それを聞いて、イリヤは彼女が転属してきた当日のツバキからの紹介を思い出した。
(実戦経験は少なくて演習での成績は優秀、だったか)
イリヤの予想でしか無いが、つまり彼女は非常に___もしくは頑なに___教科書に徹した立ち回りをしているのだろう、と判断する。教科書的な戦術は、確かに間違っていない。
だがしかし。
それは間違っていないだけで、現場での最適解か否かについてはまた別問題なのだ。
彼女は、そこを理解していない。
「キミが言っていることは何も間違ってはいないと思うよ。私は神機使いじゃ無いけど、その代わり神機を見ればある程度のことは理解できるつもりでいるから」
聞き手に徹していたリッカが、口を開いた。
「キミの神機のメンテしてるときに思うのがね、“あぁ、この神機を使っている人は凄く基本に忠実な動きをしているんだなぁ”って感じのこと。一目見ただけで一発で分かるくらい」
言い聞かせるような、優しくゆっくりとした口調。
「同じ感じでね、例えばリンドウさんとサクヤさんの神機を見たときなんかは“あ、リンドウさん少し油断して慌てたな。そこをサクヤさんがすかさずフォローしたんだな”って、何となく察しがつくんだよ。不思議とね」
(凄ぇな)
リッカの話を壁越しに聞きながらイリヤは素直に驚嘆と尊敬の念を覚える。
「で、アリサちゃんと一緒に任務行った人の神機を見て思うことが“この人のいつもの癖ならこんな風にならないんだけどなぁ”って言う変な傷が増えたなってこと。さっきアタシが癖って言ったけど、これが重要なの。アリサちゃん、癖って結局のところ何だと思う?」
「え、癖……ですか?」
突然話を振られて慌てる様子のアリサ。
冷静沈着のように見えて、イレギュラーに弱い傾向があるらしい、とイリヤは観察する。
「……分からないです」
10秒以上の沈黙の後、アリサは降参した。
「まぁ、あくまでアタシ個人の解釈なんだけど。癖って言うのはつまり、その人にとっての一番最適な動きだったり姿勢だったり、まぁ、個人ごとのベストなんだと思うんだ」
「個人ごとの、ベスト……」
「そう。そして、今生き残っている人達は個人ごとのベストを尊重し合いながら戦う術を身につけてきたんだと思う。そこで彼等のスタイル__アリサちゃん風に言えば戦術が完成しているの。でも、それは正規の視点から見ればデタラメも良いとこで、きっとアリサちゃんはそれで怒ってるんだと思うんだ」
上手い説明だな、とイリヤは思った。誰にも責任を押しつけるような言い回しをせずに、それでも的確に事実は押さえる。
「キミはまだ極東支部___アナグラに慣れていないだけだと思う。たがら、さ。いきなり駄目出しせずに、少しずつ慣れていって欲しいな。そしたら、もっと別なことも見えてくるよ」
そう明るく締めくくる。
恐らく、リッカという少女はこれまでもこうして様々な神機使いにアドバイスをしてきたのだろう、と見る。端から聞いていただけのイリヤですら、アリサに対する見方が少し変わったくらいなのだ。
「……少し、考え方を変えてみようかと思います」
不本意ではあるが納得もしている様子の口調でアリサが告げた。
「なら良かった」
対してそれに応じるリッカの声はむしろ明るい。
「それでも、ここの支部の人達には緊張感が足りていないように思います......あ、もうそろそろ先生とお話があるので失礼します」
(そういや、メンタルケア受けてるんだっけな)
リンドウから聞いたアリサの現状を思い返す。
「あと、それちゃんとどかしておいた方が良いと思いますよ」
「完成したらすぐにどかすよ」
意味はよく分からないがアリサのリッカ宛の警告らしき声が聞こえて少ししてから、彼女を乗せたであろうエレベーターが動き出す音が聞こえてきた。
その瞬間。
「もう出てきなよ、イリヤ君」
隠れて聞いていた自覚があり、思いの外ぎくりとする。
「......どうして分かったんだ?」
隠れ続ける理由も無く、渋々と言った雰囲気で壁から身を乗り出す。
「アナグラでキミほど長い金髪の持ち主ってそうそういないからね。壁から見え隠れしてたよ」
そう言われて、そう言えば髪をほどいていたことを今更になって思い出す。
「それより、ほら!」
リッカから、いきなり何かを投げつけられる。
反射でそれをキャッチ。
投げつけられたものは、心のどこかで予想していた通り冷やしカレードリンク。
「丁度それが最後の1本。いやぁ、キミに気付かなかったら全部飲んじゃうところだったよ」
彼女が座るベンチのすぐ傍らに、冷やしカレードリンクの空き缶で作られた小さな塔がそびえ立っていた。
「じゃあ、それ飲んだら空き缶をこのてっぺんにのっけてね」
「……崩れても文句言わねぇよな?」
「多分、きっと!!」
イリヤは何も言わずに、スッと背を翻し自室へと足を運ぶ。
「後でかたすの手伝う。それと、最後の1本はありがたく頂く」
後ろからブースか聞こえるリッカの抗議には取り合わない。
彼の頭の中にあった憂鬱は、何も解決はしていないのに何故か少し軽くなっていた。
筆の感覚が懐かしくて、もしかしたら文章の雰囲気と関わってるかも知れないという不安。
もし変わっていたとしても、それが読みやすい方になっていることを願うばかり。
これからも頑張ります!!