うだる様な暑さの夏。
第二艦隊鬼畜艦トリオの面々は、いつもの調子で旗艦の私室に集合していた。
そこは既に第二艦隊の共有スペースとしてメンバーの私財を投じた改造が成されており、当然冷暖房完備である。
遠征任務の合間。
休息を堪能する雪風は、メロンソーダに大和お手製のバニラアイスを放り込む。
とたんに溢れる炭酸をグラスに直接口付けて飲み干す雪風。
ほのかに香る安っぽいメロン風味と口の中に溶ける泡。
そしてグラスの中で炭酸がはじける音。
五感の全てで涼を取る雪風は、深く息をついて瞳を閉じる。
「あぁ、夏はこの為に生きてます」
仕事終わりの一杯はどうしてこんなに幸せな気持ちになれるのだろう。
僚艦に怪我も無く、予定の一割り増しの資材をかき集め、次の遠征先が決まるまでの待機時間は雪風にとって貴重なひと時である。
「皆無事でよかったっぽい」
そう言いながら電動カキ氷機を操作するのは駆逐艦夕立。
騒音と共に皿の中へと粉砕された氷が盛られてゆく。
氷の山に苺シロップをこれでもかと言うほどぶちまけた夕立は、大き目のスプーンでかき込んだ。
「くぅうー……」
「あほか。落ち着いてたべなよ」
アイスクリーム頭痛に悶絶する夕立を半眼で見下ろす島風の湯のみには、人肌に温まった麦茶が満たされている。
「ぐうぅ……これが無いとカキ氷食べたって気がしないっぽい」
「すき好んで痛い目にあいたいとか、頭可哀想なんじゃない?」
「夏に冷たいものを心行くまで食べる幸せが分からない島ちゃんの方が可哀想っぽいー」
「……どうも冷たいの食べると疲れるのよね」
「もう内臓が老化してるっぽい?」
「黙れよぽいぬ」
僚艦達の言葉を半分聞いて半分流し、雪風はグラスに浮かぶアイスクリームを一さじ掬った。
口の中に広がる濃厚なヴァニラの香り。
しかし味自体はすっきりとした甘みが広がり後に引くことが無い。
冷たいアイスは溶けながら口内の熱を奪い、火照った身体を癒してくれる。
クリームソーダの攻略に意識の大半を傾けている雪風。
幸せそうと言うにはいささか目が真剣な相棒に、島風は内心で苦笑した。
一方で、そんな旗艦の事情など一考の余地すら与えぬのが夕立という駆逐艦である。
「ねぇねぇ雪ちゃーん」
「……お静かに。雪風は今、くりぃむそーだを味わっている所です。気が散りますから」
「海行きたいっぽい!」
「…………うみぃ?」
雪風の肩が揺さぶられ、グラスの中身が零れる。
反射の速度で返された裏拳を掌で止めた夕立は、満面の笑みで繰り返した。
「雪ちゃん、海行きたい」
「毎日行ってるじゃないですかぁ」
「出撃じゃなくて! レジャーで、バカンスで!」
夕立は雪風の拳を巻き払うと、左手のカキ氷に突き刺さったスプーンを抜き放つ。
岩肌から引き抜かれた聖剣の如く煌いた銀の閃光は、雪風のグラスに浮かぶアイスクリームを大胆に掬い取った。
「んむぅ……くふぅ」
「ああー!? あぁーっ」
立ち上がりつつ半狂乱の悲鳴を上げる第二艦隊旗艦様。
双眸に涙を湛えた雪風は、鞭のようにしなる左拳を夕立の顔面に叩き込む。
しかし夕立は満面の笑みのままヘッドスリップで回避する。
「それで雪ちゃん、海行こう? 第二艦隊皆で、お休み合わせ……て、泳いで、ビーチ、バレーっして、バーベキューして、花火して――っとぉ!」
再び銀のスプーンをカキ氷の山に収めた夕立は、連打で迫る雪風を拳を一つ選んで掴み取る。
その瞬間、雪風の右拳が左に倍する速さで突き出された。
夕立の動きが止まった瞬間、至近距離から真っ直ぐに最短距離を打ち抜く軌道。
しかし夕立は前髪に触らせる程に引き付けたダッキングで雪風の拳を掻い潜る。
「――あ」
雪風の視界は一瞬、夕立の美しい金糸に染まる。
完全回避に成功した夕立は、テーブルに残された雪風のグラス……
そのストローをくわえると、堂々と残りのメロンソーダを飲み干したのだ
「ふぃー……やっぱりカキ氷が一番っぽい?」
「やかましいですよぅ!」
「それで雪ちゃん、海行こ?」
「誰が行きますかっ」
ヘソを曲げた雪風は涙目のままそっぽ向く。
夕立は背を向けた雪風の首筋にすがり付き、海水浴をしつこく強請る。
「ゆーきちゃーん」
「つーん」
「行くっぽいー」
「ふーん……です」
「……」
僚艦二隻のじゃれあいを眺めていた島風は、どちらに味方するか一瞬悩む。
そして第二艦隊結成当時から今日に至るまでの激務を想い、息抜きを選択するのであった。
「ねえ、雪の字や」
「なんですかな島の字や。まさかお前も夕立みたいな堕落的レジャー思考に支配された軟弱な行楽に賛成する心算では――」
「羽黒の水着見たくない?」
「ふぁっ?」
相方の趣向など手に取るように把握している島風の、悪魔の一刺しが雪風を捕らえる。
女性の大きな胸に対して何らかのコンプレックスを持つらしい雪風。
その雪風が原点にして頂点と絶賛したのが、妙高型重巡洋艦四番艦の美乳である。
「ねぇ、雪の字や……」
背中に夕立を貼り付けたまま、首だけひねって島風に視線を送る。
其処にあったのは悪魔の微笑。
これ以上喋らせてはいけないと本能が最大限の警鈴を鳴らす。
慈悲を請うようにさし伸ばされた右手を、島風は両手で握り締めた。
前後を僚艦に固められた雪風は、もう逃げられない。
「羽黒ってさぁ、水着持ってないんだって」
「……それで?」
「それって、つまり水着処女って事じゃん?」
「水着処女っ」
なんという卑猥な単語であろう。
雪風は思わず繰り返してしまった言葉の意味をかみ締めた。
思わず天を仰いだのは、その言葉が持つ魔性の魅力に酔いしれたからではない
単に鼻血が出そうだったからである。
「つまり雪ちゃんの選んだ水着が、羽黒さんの(水着)処女を奪うっぽい」
「んぐぅっ」
全く自重しない発言を耳元で囁かれた雪風は、口内に生温い鉄の味を感じながら鼻を摘んだ。
「どうよ?」
「面白くなってきたっぽい?」
「ん、ぬぅ」
羽黒は第二艦隊の天使である。
そんな彼女に、自分が選んだ水着を着せて鑑賞出来る?
想像の地平にすら存在しなかった可能性が、現実味を帯びつつある。
「ゆっきーが此処で誠意を見せてくれたら、私らだって恩に報いようって気になるよねぇ」
「雪ちゃんが選んだ水着を着てくれるようにお願いするとき、味方するっぽい」
「……」
そのような事が許されるであろうか。
こんな時ばかり無駄に回る頭で可能性を吟味したとき、幾つかの用件を満たせば達成は可能かもしれない。
冷房の効いた室内であるというのに、雪風は頬を伝う汗を拭った。
「海、行くとして……」
「っぽい?」
「必要物資はどうやって調達します?」
「水着は時雨姉に生地渡してこんな感じーって言えばいけるっぽい」
「マジですか? あいつどんだけ器用なんです……」
「お裁縫とか得意っぽい」
嘗て自分と並び賞された相手の意外な特技に息をつく雪風。
これで水着の手配は目処が立った。
その表情から旗艦の心境の変化を感じ取った島風は、ここぞとばかりに畳み掛ける。
「で、どんな水着で攻めるわけ?」
「羽黒さんなら、パレオとかも超似合うっぽい」
「……時雨ってどんな水着でも用意出来るんです?」
「出来るっぽい。形が分かればその通り縫い合わせるだけだって」
「じゃあ、スリングショットで」
「……なんだと?」
「スリングショットでお願いします」
島風は相棒の表情から、夕立はその背中から、自分達の旗艦が大穴を狙いにいく事を決意したのだと悟る。
雪風をはさんでお互いを見れば、自分と同じ表情で固まる僚艦がいた。
自分達は雪風に協力すると言ってしまったのだ。
羽黒を欲望のまなざしで見ることは、雪風にとって禁忌に近い行為である。
明言していたわけではないが、それは島風も夕立も感じていた。
そんな雪風が開き直ったのだ。
自分達が眠れる獅子を起こしたことに、二隻はやっと気が付いた。
「まぁ、約束だから頼むだけは頼んでやるけどさぁ」
「今更やめろと言われても雪風は許しませんよ?」
「この期に及んでそれは無いけど……どうしてもって言うなら伝えておくことがあるっぽい」
「伺いましょう」
夕立は深く息をつき、雪風の首に回していた腕を解く。
その背から離れた夕立は溶け掛けたカキ氷を飲み干した。
仲間の視線を受けた夕立は、ためらいがちに語りだす。
「これはある駆逐艦の二番艦の話っぽい……」
「それ時雨じゃありませんか?」
「黙る?」
「あ、はい」
真紅の瞳にどす黒い炎が揺らめいた事を確認した雪風は、とりあえずツッコミを飲み込んだ。
「手先が器用なその駆逐艦は、自作の水着を恋び……以前お世話になった人におくったの」
「ふむ、それで?」
「しぐ……そいつはバカだったっぽい。ある朝、そいつは完成した水着を花束と一緒に差し出した。そして、差し出した腕ごとへし折られた」
「ひどくない?」
「……」
夕立は似合いもしない沈痛な面持ちで首を横に振った。
「そいつ、貝殻水着きせようとしたっぽい」
「馬鹿だろ時雨!」
「勇者です時雨!」
「時雨姉じゃないっぽい! 白露型にそんな可哀想な子いないっぽい! 絶対時雨姉じゃないっぽいっ」
半泣きで抗議する夕立を他所に、僚艦二隻は正反対の感想を述べ合った。
島風に言わせれば愚者の暴走。
雪風に言わせれば英雄の進撃。
「そ、それでそのしぐ……いえ、彼女はいったいどんな素材で水着を作ったのです?」
「言わなきゃダメっぽい?」
「後学のため、是非。まぁあいつの事ですから? どんなに頑張ってもホタテさんが限界に――」
「……アサリだって」
「アレに穴あけてゴム通したっての!?」
「なんと……これは甘く見ていました。時雨先生作のスリングショットにも期待が高まろうというものですっ」
テンションの高い雪風を不安げな瞳で見つめる夕立。
自分の姉と旗艦に共通する匂いを感じ取り、この雪風に羽黒を売る事が大変に罪深い事のように思えてきた。
しかし元々海水浴を望んだのは自分である。
今更制止に回った所で雪風を止められるとは思えなかった。
「まぁ、羽黒が山城と同じ対応するとは思えないけど……皆で頼んだところでそれ着る未来はちょっと想像できないかなぁ」
「大丈夫です島風。雪風がごり押しすれば勝算はあります。ましてやこの三隻で説得すれば、勝利はゆるぎないでしょう」
「あの……雪ちゃんあたし……」
「なんか弱みでも握ってるわけ?」
「まぁ、そんな所です。雪風だけですと勝率六割、皆一緒なら八割方押し切れます」
「ふーん。まぁ、あんたがやる気ならついて行くけど」
「おぅおぅ、いつもすまないねぇ島の字や」
「それは言わないお約束ですじゃ雪の字や」
高性能駆逐艦同士の息が合った掛け合いに、夕立は口を挟めなかった。
こうなればなるようになるしかない。
いざとなれば現地で雪風を闇討ちしてでも羽黒を守って……
「夕立」
「っぽい!?」
「ぽい? じゃありませんよぅ。雪風を後ろからぶん殴って埋めようとしてる時の顔してましたよ」
「う……」
「ねぇ、ぽいぬちゃん」
「ひぃいいい」
右から雪風に、そして左から島風に絡みつかれる夕立。
雪島コンビは怯える僚艦の耳元で囁いた。
「別に、お前が紐を着ても良いんですよ?」
「アンタも結構育ったモンぶら下げてるよね。私らなんかと違って、さぞ着映えするんだろうなぁ」
「着るのがお前なら雪風は躊躇無くおいたしますけどね。羽黒さんには恐れ多くて出来ませんけど」
「どうするゆっきー。撮る? 撮る?」
「……っぽい。分かった」
口元で嗤い眼光で射抜き、夕立の小さな勇気を完全にへし折った雪島コンビ。
これに逆らえば、雪風も島風も本気で実行するだろう。
戦場以外では身内に大変厳しいのが鬼畜艦トリオの気風である。
特に遊びが絡んだときの容赦無さは、全員が身に染みていた。
最も、この三隻のうち二隻が手を組んで一隻を追い詰めようとすれば間違いなく羽黒が止める。
実際に夕立をどうにかする事はほぼ不可能なのだが、当人も含めて其処まで思考が及んでいない。
「よし、水着は一旦置いといて……他の物資はどうしようか」
「そういうのは雪ちゃんがなんとかするっぽい」
「おいぃ、丸投げですかぽいぬちゃん」
「一番得をする人が一番頑張るのは当然っぽいー」
「まぁ、こんな時のための面倒ごと担当よね」
「旗艦手当て持ちの悲しさっぽい」
「高給取りの定めですか……割りに合いませんよぅ」
「……実際はあんたって遠征以外だと鎮守府に詰めるから、手取りは私達の方が高いけどね?」
「はぁ!?」
「うん。夜警とか哨戒とか……旗艦抜きでバラバラに近海警備行く時とかは特殊業務手当てが付くから、総支給高くなるっぽい」
「それ凄いずるくないですかねぇ!?」
「知るか」
「雪ちゃん事務仕事で稼げないから自業自得っぽい」
「うぐぐぅ……」
日本語の読み書きにかなり不自由のある雪風は、本来ならば鎮守府内での事務的な旗艦業務には向いていない。
彼女の本領は艦隊の指揮統率と自身の卓越した戦闘技能。
しかし広い視野で後ろから全体を見ることも出来る為、ちょくちょく司令官の手元に置かれたりもするのである。
「……まぁ、労働条件に改善の余地がありそうだと分かっただけでも良しとしましょう。それで、何でしたっけ?」
「海水浴に必要な物資をどうするか。普通に集めようとすると買出しで外に出ないといけないから面倒」
「出来れば現地かその近くで用意したいっぽい。ここから持ち出すのもかさ張るし」
「ふむ……此処はゴーヤを巻き込みますか」
「あいつ当てがあるの?」
「前に少しそれっぽいこと聞きました。たぶんいけると思います」
「じゃあ、後は日程の調整ね」
「四隻同時にお休みとか、なかなか取れないっぽーい」
「普通に申請すれば調整に一月は掛かります。其処まで待っていられませんので、そっちは雪風が何とかします」
「頼もしいっぽいー」
「流石、私たちの旗艦よねー」
「でも死ぬほどこき使うから覚悟してくださいね? 特に島風は」
旗艦の発言と微笑に背筋が凍った僚艦二隻。
名指しされた島風は視線を泳がせ、ため息をつきながら温い麦茶を飲み干した。
§
翌日、雪風は夜なべして作った補給計画を携えて司令官の下に向かっていた。
全て平仮名で書かれた計画書は、一緒に連れてこられた羽黒の手によって適切な漢字に訳されている。
雪風は此処に来る道すがら、羽黒に海水浴の件は話していた。
勿論水着の件は伏せてだが。
「そんなわけでして、第二艦隊で予定合わせて海に行くのでそのつもりでお願いします」
「え、でも水着とかないし……」
「水着なんて夕立以外持ってないですよぅ。それを含めて、必要なモノは雪風達が用意します」
「大変じゃありませんか?」
「物資はたぶん大丈夫です。予定合わせの方が少しきついので、そんな感じになりましたが」
苦笑した雪風は羽黒が持っている遠征計画書に視線を送る。
これは一月分の予定を示したものであり、この通りにやろうとすれば相当の荒行が展開されるだろう。
此処のような小規模の鎮守府は勿論、平均的な規模の鎮守府でも一個艦隊で実行する計画ではない。
雪風がこんな予定を立てた理由を知った羽黒も、苦笑いして肩を竦めた。
「えっと、会費は?」
「二泊程考えてますけど、二万超えないようにしたいと思ってます」
「了解です」
既存の宿泊施設を使う心算のない雪風。
正直テントに寝袋と簡易シャワーの設備があれば、最悪燃料だけで海水浴が可能なのが艦娘である。
最も、せっかくの小旅行をそんな味気ないものにする心算はない。
少なくとも夕立の希望はこの際全て適えてやりたいと思うのだ。
雪風の個人的な好みでいえば、海水浴よりもクーラーの効いた部屋でごろ寝するほうが好きだったが。
「……なるほど、だから水着って発想が出てこなかったんですねぇ」
「雪風ちゃん?」
「あ、何でもありません。羽黒さん、水着の色とかご希望ありますかー?」
「そうですね……暑い所に行くのでしたら、涼しそうな色が良いですね」
「了解です」
羽黒はおそらく、皆で揃いの水着を用意すると思っている。
交わす言葉の端々からその事を読み取った雪風は、内に秘めた邪心などおくびにも出さずにはしゃいでいた。
やがて二隻は司令官の執務室前に到着する。
「しれぇー。雪風です」
「お菓子は奥の棚ですよ?」
「……お仕事の話をしにきたとは思いませんか?」
「一区切り付いたばかりなのでもう少し休むだろうと……まぁ、お入りなさい」
「お邪魔します、しれぇ」
雪風と羽黒は声に招かれ入室する。
見慣れた司令官の執務室では、部屋の主が書類仕事に追われていた。
広いデスクが埋め尽くされる程の書類束
しかし雪風が見た所、山になっていないだけ今日はマシだと思う。
「書類から顔を上げれば貴女の顔が見えるのだから、幸せなものです」
「少し前は其処から書類どけないと、しれぇと対面できませんでしたものねぇ」
「貴女が秘書艦仕事出来ればもう少しマシだったんですよ?」
「そういうのは羽黒さんにお願いします」
「えっと、私に出来る限りは」
「羽黒さん、貴女がそうやって甘やかすからその子が努力しないのです……」
「羽黒さんが悪いんじゃありませんよ? 母国語の読み書きを標準知識に入れていなかった、どこぞの妖精の腕が悪いのです」
当人のいない所で工廠部部長をこき下ろした雪風。
その横では羽黒が言うべき言葉を捜して声を詰まらせている。
「しれぇ。今日は秘書さん方はいらっしゃらないので?」
「ええ。加賀さんはお隣まで後輩さんの様子を見に、大鯨さんはお昼ご飯の仕込みに行っています」
「加賀さんは兎も角、大鯨さんはおさんどんですか……」
「適材適所というものです」
「適材適所……いい言葉です。それでは、雪風達も適所で働きたいと思います」
そう言った雪風は、司令官に今後の遠征計画書を差し出した。
仕事熱心な部下に感心しつつ、計画書に目を通す司令官。
しかし読み進めるうちに彼女の表情が曇っていった。
「またあ号作戦でも始める心算ですか、貴女方は?」
「いや、そういう訳じゃないんですけどぉ……うちの最大生産力がどんなもんだか、正確に測定しておきたいと常々思っていたんです。短期に集中してどれだけ遠征で稼げるか、その状態が何時まで保つか、第二艦隊の損耗に補給、それとバケツはどれだけ必要か、体調管理に疲労抜きからの復帰にどの位の時間が必要か……データを作っておきたいかなって」
「第二艦隊の最大生産力の確認ですか……なるほど、やっておいて損はないかもしれませんね」
「毎度そんな稼ぎを期待されても困りますが、緊急時に用意できる資材が如何ほどかは把握しておいたほうが良いと思います」
「ふむ、了解しました。それでは、この一月後の皆さんはどうします?」
「とりあえず五日くらい休ませてください」
「五日で良いのです?」
「十分です。鎮守府につめたまま待機ですから緊急時は動きますけど」
「分かりました。それにしても、この通りには行かないと思うんですけどねぇ」
雪風が提出して来た計画書は相当無謀な代物である。
彼女は事務上がりなので艦娘の仕事には精通していないが、それでも端々に突っ込みどころが見て取れた。
「羽黒さんの主砲の口径おとして軽巡枠にねじ込むって……」
「合理的だと思います!」
「羽黒さん……」
「あの……頑張りますっ」
「……足の速い島風さんを先行して突っ込ませて作業日数を稼ぐとか?」
「あいつなら大丈夫ですよぅ」
羽黒は兎も角、島風はかなりリスクの高い作業が要求される。
しかし雪風としても僚艦に達成不能の難題を押し付ける心算はない。
普段雪風が立案する作戦行動は多分に安全マージンが含まれている。
今回はそれが著しく少ないが、連装砲ちゃんを全ておろして電探とドラム缶を詰んだ島風ならば十分達成可能だろう。
雪風が知る限り、あの回避お化けが被弾する時は本体ではなく連装砲ちゃんである。
「島風が先行したって後ろから雪風達も全力で追いかけます。そのまま敵を引っ張って逃げてきてくれても構わないですし」
「うーん……」
「大丈夫ですよぅ。今までやってることを早回ししていくだけで、行った事のない不慣れな海域に足を伸ばすわけでもないんですから」
「まぁ、どんな海にもリスクが付いて来る時代ですからね……無理の測定が目的ですが、一線を越えたことだけはしないように」
「承知しました、しれぇ」
雪風としても休暇を捻出する為の荒稼ぎで無理する心算はない。
この計画は鎮守府に損失を出さないように第二艦隊全員の休みを調整する為のもの。
その前段階で怪我などしたら目も当てられない。
羽黒のスリングショットを見る為ならば、どのような困難も乗り越えてみせる覚悟が雪風にはあった。
「それでは準備整い次第、第二艦隊出撃します」
「お気をつけて」
「荒稼ぎしてきますね、しれぇ!」
「はい。ぜひ私に楽をさせてください」
雪風は案じるよりも信じて送ってやったほうがやる気を出す。
そう知っている彼女の激励に、満面を笑みを返す駆逐艦。
その双眸に満ちた覇気の根源が羽黒の水着姿だなど、神ならぬ彼女に分かろうはずが無かった。
「あ、そういえば……ゴーヤどこいるか知りません?」
「あの子でしたら独房に入ってもらっていますよ」
「……あいつ何やらかしたんです?」
「……閉じ込めておかないとロクに休みも取らずに再出撃するんですもの」
「あー……相変わらず面倒臭い奴……でもいるなら良かったです。あいつ、少しうちで借りても良いです?」
「そうですね。ハードワークが止めてくれないなら、貴女と一緒にやってもらった方がまだ安心出来ます」
「お任せください。それでは」
雪風と羽黒は敬礼し、彼女の司令室を後にする。
一人残った司令官は今一度提出された遠征計画書を読んだ。
「最大効率を極める、か」
雪風率いる第二艦隊は鎮守府の大黒柱である。
僅か四隻と人員こそ少ないが、それゆえに維持費も安く足が軽い。
彼女は今までその働きを不足に感じたことはない。
だから彼女が感じたのは別の事だ。
最前線での嗅覚や海上の艦隊運用に関しては明るくない彼女だが、相手が雪風ならばなんとなく分かる事がある。
それは一人の軍人として、相手の軍略を読めるかどうかの話ではない。
姉、若しくは母として、妹や娘の隠し事を見抜けるかという領域であった。
そして雪風は目下、この分野で彼女相手に連敗中なのである。
「……」
今回も彼女は雪風の浮かべた悪戯っぽい微笑の中に二枚舌の存在を感知していた。
しかし提出された計画書を見る限り、鎮守府にとって不利益になる要素はない。
実際に雪風は、多くの場面で鎮守府と彼女が最終的に得をするように計っているのだ。
なればこそ、その裏で雪風自身が何らかの利を得たとしてもかまうまい。
影で犯罪行為に手を染めているとは思わない。
それは巡り巡って彼女の不利益になるからだ。
「……まぁ、良いでしょう」
雪風は自分を裏切らない。
その一点だけは完全に性善説を採用している彼女は計画書に許可の印を押す。
そして処理済の書類をひとまとめにすると、デスクから四枚の書類を取り出した。
それは有給休暇申請書。
彼女はそれぞれに第二艦隊メンバーの名前を書き込み、日付だけ未記入のまま承諾の印も押してしまう。
「申請理由……何でもいいか。私用の為……と」
これは申請された五日の休養に乗せてやる心算で用意した。
どのような使われ方をするかは兎も角、休みが増えて困ることはあるまい。
どうせ押し付けなければ雪風達の有休は溜まっていく一方なのだ。
前提に仕事を入れているとはいえ、その後に休むというなら存分に休ませてやる心算の彼女であった。
§
遠征計画を提出し、羽黒と別れた雪風はその足で独房に赴いた。
此処は基本使うことのない施設である。
現在も使用しているのは一番奥の座敷牢のみであり、それも鍵すら掛けられていなかった。
「おーい」
「差し入れでち?」
「それは大鯨さんが持ってきますよ。たぶんきっと」
「お母さんは今日、もう面会に来てるから」
そう言って肩をすくめたのは独房の主、潜水艦伊58。
スクール水着に上着をはおり、座椅子に腰掛けているのは良い。
しかし冷暖房完備の室内にお茶と菓子まで用意してコミックを読むその姿は、決して収監されたものの態度ではなかった。
「まーた一人でオリョール海行っていたんです?」
「此処に拾って貰った恩返しには足りないでち」
「艦隊に編入して稼ぎに出れば良いじゃないですか」
「水上艦なんぞと組めんでち」
本をちゃぶ台に置き、腕組みしつつそう呟いたゴーヤ。
この潜水艦が大鯨と共に雪風達の鎮守府に参加したのは比較的最近の事である。
雪風は彼女が此処に来て以来、単艦で深海棲艦の補給艦狩りを行っている事を知っていた。
敵の補給路を割り出し、水面の下に息を潜め、静かに酸素魚雷を刺す。
その作業に水上艦がいてはやり難いのは理解出来る。
しかしこのご時勢、海上の戦闘を単艦で行う艦娘など殆どいない。
特にこのゴーヤのようにバックアップまで不要と切り捨てて動くなど自殺行為に等しい。
鎮守府としてはせめて三隻以上の潜水艦で部隊を作ってやりたいが、貴重な潜水艦を複数配備するのは大変難しい事である。
「通商破壊は一人静かにやるもんでち」
「それならせめて体調管理くらいする振りをしてくださいよぅ。しれぇが心配しない程度には」
「……こんな所にぶち込んでまで休めって言われるとは思わなかったでち」
「しれぇのお考えは、酸素欠乏症で脳みそ逝っちゃってる潜水艦にも分かったでしょう?」
「……ふん。水上艦が偉そうに、でち」
嫌そうに、しかし否定もせずに苦虫を噛み潰したようなゴーヤに雪風は苦笑するしかない。
彼女の艦娘としての経歴を考えれば、多少やさぐれているのも致し方ないと思うのだ。
しかし今はこの潜水艦の事情などどうでも良い。
本当は良くないが、羽黒の水着という大事の前には潜水艦一隻の死にたがりなど小事である。
まして今回は自分の部隊で抱えるのだからゴーヤの身柄も確保していた。
「まぁ、そんな働き者のゴーヤにお仕事を持ってきたのです」
「乗った」
「まだ内容も言ってないんですが……」
「こんな所で腐ってるくらいなら何だってやってやるでち」
「頼もしいですが、吐いたつばを飲ませる心算はないですよ?」
「っは。あんたらにこなせてゴーヤに出来ないことなんて無いでち」
「……」
曖昧な笑みを浮かべたまま、ゴーヤの軽口を受け止めた雪風。
実際この潜水艦の腕は良い。
水上艦と潜水艦という絶対的な性能の違いはあるにせよ、錬度で自分達に劣るところはない。
だからこそ雪風のみならず、司令官すらゴーヤの単独行動に表立って水をさせないでいる。
開き直っていないものと考え、戦果を勝手に稼いでくれる妖精さんだと思えば悩むことも無かったろう。
そこで開き直れない司令官だからこそ、ゴーヤは大鯨を此処に押し付けたのだが。
「実は手に入れて欲しいモノがあるんですよ」
「ん?」
「前言ってたじゃないですか。面白いのと知り合ったって」
「あー……トラックの八ちゃんでちか」
「そうそれ! お金さえ出せばグレムリンだって手に入れてくれるって聞きました」
「実際本人がそう言ってたでち。まぁ、あいつトラックからドイツまで単艦で遠泳出来るそうだから、大体のものは本当に揃えられるみたいでち」
ゴーヤは確かに単艦で出撃してはオリョール海で補給艦を沈めている。
しかし現地では一時的な野良パーティを組む事も無いではない。
そんな中で一度だけ、通りすがりの伊8号潜水艦と海路の掃討に手を組んだことがある。
ハチはゴーヤの知る限りでは抜きん出た潜水艦娘だった。
潜行速度や雷撃のセンス。
そして何より単独行動の慣れ。
目に付くあらゆる分野で文句のつけようの無い熟練の潜水艦。
仕事の後で両者は互いの力に感じ入り、連絡先を交換していた。
「何が欲しいんでち? 53cm艦首魚雷とか……」
「キャンプ道具一式と簡易シャワー設備と花火とバーベキューセットと食材と水」
「あん?」
「キャンプ道具一式と簡易シャワー設備と花火とバーベキューセットと食材と水」
「え……と?」
「キャンプ道具一式と簡易シャワー設備と花火とバーベキューセットと食材と水」
雪風は満面の笑みで一言一句違わずに要求を繰り返す。
予想すらしなかったラインナップに思考が停止する伊号潜水艦。
脈絡は無いが統一性はある。
つまり、自分が要求されているのは行楽の準備であった。
「命がけで戦ってるのが馬鹿らしくなるでち……」
「勿論ゴーヤも来て貰いますよー。トラックで用意していただいて、その近くで海水浴出来そうな孤島に運び込んでおいてください。時期は追って連絡しますが、一月以内には必ず実行します」
「……色々言いたいことがあるんだけどさ」
「作戦の不参加は認められませんので、任務遂行に必要な質問のみ受け付けます」
「……シャワーってそこそこでっかいポリタンクにポンプくっつけた簡単なので良い? 温度調節できない奴」
「勿論です。後はカーテンがあれば、ヘッドも一つで十分かと。順番に使えばオッケーなんで」
「なら、簡易シャワーとバーベキューセットは多分八ちゃんに頼めばトラック泊地から借りられるから、その方が安くすむでち」
「おお! それは素晴らしいですねっ」
「一番かさ張るのが水でち。二、三泊だとしても最低五百リットルは使うから」
「そんなに使います?」
「絶対使う。風呂代わりのシャワーなら、一回で一人二十リットルは欲しい。まして髪長いのが二隻いるからそいつらは絶対もっと使うでち」
「五人が三回使うだけでも三百……砂落としたり洗い物したりって考えると確かに相当使いますねぇ」
「その上で水の冷却考えないと最後のほうはぬめってくるかも。南国の常温保存だと水温四十℃くらい普通に行くでち」
「ふむ……キャンプ地の近くで海に流れ込む川とかあれば沈めておきたいですね」
「無ければ海水に沈めて冷却保存するしかないでち。まぁ、艦娘の場合飲料考えなくてもいいから何とでもなるけど」
流されさえしなければ、満ち潮で海底に沈んでもゴーヤが取りにいけるだろう。
その辺りを確認し、更に必要なものを煮詰める二隻。
思ったよりも協力的なゴーヤに首をかしげた雪風は、その事を直接聞いてみた。
「思ったより乗り気で助かりますよ。もっと頭固くてストイックな性格なのかと思ってました」
「別に真面目ちゃん気取って出撃してる訳じゃないでち。まぁ、此処が特別どうって訳じゃないでちが……」
「ふむぅ?」
「壁に囲まれた所に居たくない。外に出たい。出来ればずっと海にいたい」
「……なるほど」
少しずつゴーヤの落とし所が分かってきた雪風。
間違いなく破滅願望持ちではあるが、規則一辺倒では無い潜水艦は今後とも懇意にしておきたかった。
「それでは、雪風は水着の手配に行ってきます。ゴーヤも何か希望ってありますか?」
「機能美に溢れたスク水に勝るもの無しでち。全員スク水を着るべきでち」
「え? 嫌ですよそんな子供っぽいの」
「貴様……ゴーヤより幼児体系の分際でスク水を貶すか?」
「何を持って雪風を幼児体系とか言っちゃいますかねぇ!? お前雪風よりチビじゃないですかっ」
「胸無いんだから体系が出づらいワンピースタイプにしとけっていうゴーヤの優しさ溢れるアドバイスが分からないでちか!?」
「超弩級にでっかいお世話ですよぅ!」
轟然と胸を逸らすゴーヤと上から見下ろす雪風。
二隻の不毛な争いは、数時間後に大鯨が昼食に呼びにくるまで続くことになった。
§
このやり取りから二日後の早朝、遠征の準備を終えた第二艦隊が抜錨する。
同時にゴーヤもトラック泊地方面に出発した。
比較的近場の物資集積地から荒稼ぎを繰り返す雪風達。
十日間の間に二度の往復によって鎮守府に資材を積み上げてゆく。
その間、自分達の補給は万全ながら艤装動力部の損耗は著しい。
遠征毎に妖精さんのメンテを通さない連続出撃は、雪風の考えていた以上に艤装の負荷が大きかった。
そして十一日目。
三回目の遠征が開始される。
目的地は南方のトラック泊地。
この時、雪風は時雨から依頼の水着を受け取っていた。
既に水着を持っている夕立とゴーヤを除いた三つ。
一つ一つをまじまじと見つめた雪風は、目頭を熱くしながら製作者に最敬礼を送る。
時雨は雪風の想いを理解し、万感の思いを込めて敬礼を返した。
「君の武運長久を、祈っているよ」
「……後は雪風に任せてください」
二隻の駆逐艦は硬い握手を交わす。
夢見果てて散った時雨と、これから同じ夢を追う雪風。
雪風の後ろには僚艦達が三者三様の表情で待っている。
艤装の消耗具合を考慮しながら時期を計っていた雪風は、ついに計画実行を決意した。
「第二艦隊、出撃します」
第二艦隊の南方遠征。
東京急行(弐)が始まる。
本土から南海の鎮守府に対して資材を運び、その代償に輸送を行った鎮守府に対しても大本営から資材が降りる。
それは高錬度の水雷戦隊でなければ達成不能の難関任務。
頭数の不足を過積載までドラム缶を積み込んだ貨物船で補った雪風達は、次々と海に繰り出していった。
その姿が水平線の向こうに見えなくなるまで見送った時雨。
それから数日後……
復路に入った雪風が、南方の孤島付近で座礁。
損傷の応急修理の為に二、三日に渡って停泊する旨が鎮守府に打電された。
§
――雪風の業務日誌
はるかみなみのことうから、しつれいします。
ちょっとゆだんしてあしくじいちゃいました。
すこしうごきにくいなってかんじはあったんですけどね。
ここまではやくがたがくるとはおもっていませんでした。
ただ、せんこうしたせんすいかんのしえんをもらいながらのとうきょうきゅうこうにはてごたえをかんじました。
これならよんせきでもいってかえってこれそうです。
このほきゅうせんをだいにかんたいだけでおうふくできるとすれば、ずいぶんかぜとおしがよくなるとおもいます。
もてあますならこんごもごーやのしょぞくをだいにかんたいであずかりたいとおもいました。
まえむきにごけんとうくださるとさいわいです。
あついひざしにあついかぜ。
そしてつめたいうみ。
いやーほんとまいっちゃいますねー。
――提督評価
座礁したと聞いたときは心配しましたが元気そうで何よりです。
既に皆さんの有給は手配してありますのでゆっくり帰ってきてください。
潜水艦による海路確保からの少人数の東京急行ですか……
組織だって補給線を切ろうとしてくる深海棲艦が現れない限りは有効かもしれませんね。
現状では補給路を割り出したり、機雷を敷設するような固体は確認されていませんし。
ゴーヤさんの身柄につきましてはお任せいたします。
もう少し落ち着けば、彼女も自分が手を引いて来た人の姿も見えてくると思います。
そうなるまで、時間と居場所を作ってあげてくださいね。
後書き
書きかけのSSと脳内妄想ばっかり溜まっていきます。
とりあえず軽い話から書いていきたいと思ってはじめました。
話の大本は羽黒さんの夏ボイスですw
58と大鯨が参入した経緯はまた違う短編で書くかもしれません。
一応本編でもさわりだけでてるっちゃでてるんですけどねこの二隻。
あ、話は変わりますが夏イベお疲れ様でした
自分も一応全海域甲攻略出来ました。
瑞穂と海風は掘れませんでしたけどね……
甲でE-3ボスのS安定勝利はうちの子たちには無理でしたorz
秋はいま少し手加減していただきたいもんですねw