業務日誌短編集   作:りふぃ

5 / 5
この大和さんは長身(190)美人


クラシックスタイルオーケストラ

 

 

かつて軍艦が国家の所有であった時代。

その威風と軍事力と税金の使い道を内外に示すためにたびたび行われていた観艦式という行事がある。

海軍の面目がかかった式典。

これに参加する事を名誉と感じる人もいれば、面倒に思う者もある。

時を経て軍艦が艦娘になった今になってもそれは変わらない。

この日、そんな式典に参加するため世界最大規模の鎮守府『横鎮』に訪れた二隻の艦娘があった。

 

「はぁ……流石始まりの鎮守府ですねぇ」

 

すれ違う人、追い抜いてゆく人それぞれだが、すべてがこの鎮守府の関係者である。

自分達の家とはまるで違うその様子を興味深そうに見つめる駆逐艦の名は雪風。

艦時代は不沈艦の名を欲しいままにした彼女だが、子供のような仕草で笑う様子からその武勲を想像するのは難しい。

 

「人も物も、そして艦もうちとは桁が違いますね」

 

もう一隻は同じように周囲を見つつも、どちらかと言えば自分を引っ張る駆逐艦の後姿に瞳を細める長身の美女。

その名を戦艦大和という。

 

「流石大和さんですね! こんな所から声が掛かるなんて、お羨ましい限りですよぅ」

「心にもない事言わないでください。いくら大和がうすらでかい金物でも貴女の性格が悪い事くらい知ってるんですから」

「分かっているなら雪風の愚痴くらい聞いてくださいよ。巻き込まれた方としては堪ったものじゃないんです」

「それは! だってぇ……」

 

急に勢いを失くした大和を見上げながら苦笑した雪風

本来この式典に呼ばれたのは大和一隻だけだった。

この二隻どころか司令官すら知らなかったが大和型の建造例は非常に少ない。

大本営が把握しているのはたった三隻であり、彼女はここ数年久しくなかった新しい大和型戦艦なのである。

観艦式に参加するよう求められるのは当然とも言えるのだが、此処で大和はごねた。

それはもう盛大にごねた。

艦時代に箱入りにされた影響か、それとも彼女固有の気質か。

この大和は非常に臆病な人見知りであり、見ず知らずの他人に見られるために遠出する事を心の底から嫌がったのだ。

雪風としても見世物になるために遠出する事は面倒に感じる性質である。

当初は大和の駄々にも同情していたのだが、それも本格的に巻き込まれるまでだった。

大和が参加の条件に出したのは雪風の同行。

参加するなら大和を一隻で行かせるわけにはいかず世話役として随伴艦もつけなければならないのは分かる。

しかしそれでも矢矧という縁の濃い艦娘があり、まして雪風は一個艦隊の旗艦。

この状況でお守りなど回ってくるとは思わず油断していたのだが、大和は雪風の想像を超える行動力で根回しを進めていたのである。

 

「まーさか雪風の前で腐ってる風を装って裏で羽黒さんを口説いてたとは……」

「装ってはいませんよ! 嫌で怖かったのは本当ですし、羽黒さんにも愚痴は聞いていただきましたけど雪風と提督にお話を通していただけるとは思っていませんでした」

「大和さんの天然と第二艦隊の大天使が奇跡的に噛み合ったと言う事ですかねぇ。正直、大和さんに謀られたって気づいたときは成長を喜ぶと同時に情けなくてしばらくへこんだものです」

「偶然とはいえ貴女の裏をかけるとは、大和も捨てたものではありませんね」

 

心底嬉しそうに語る大和に内心で肩をすくめる雪風。

大和は何時も雪風を高く評価してくれるが、雪風の自己評価はむしろ低い。

普段から大和をやり込めているのは知性の優劣ではなく相性や大和の裏を読まない素朴さによるものである。

少なくとも雪風はそう考えており、あまり自分に拘っていては大和の成長を阻害するかもしれない。

今後少しずつでも大和の関わる世界を広くしていきたい。

そう考える雪風はこの観艦式がいい機会になればと思っている。

 

「そんな大和さんが登録以前に解体されそうだったとか、今だと信じる人いないでしょうねぇ」

「全くです。うちの提督といい、貴女といい、もう少し大和に優しくしてくれても良いと思いますよ」

「失礼しちゃいますね! 雪風は何時だって大和さんに優しいじゃないですか」

「嘘です」

「げ、言下に即答するって事は何か思う所がありますか。雪風に何か落ち度でも?」

「この間大和に内緒で海水浴行っていました。羽黒さんは一緒だったのに」

「あれは羽黒さんとっていうか、第二艦隊で行ったんですよぅ」

 

不満そうに眉を寄せて追及してくる大和に息を吐く雪風。

大和とは情を通じた仲である故浮気となじられれば反論するつもりはない。

それについてはしっかりと落とし前をケツに貰っている雪風としては理不尽に思う部分もあったが。

 

「本当に手加減してくださいね……最後の手段として大和は泣きますよ? 私が泣いたら鬱陶しいですよ?」

「大和さん最初に雪風がうじうじした時、羽黒さんなんかに負けないとか言ってませんでしたっけ? 大言壮語は何処に置き忘れましたか」

「実際にやってみなければわからない事ってあるじゃないですか!」

「……あの時の大和さん、雪風は全てを器に収めて飲み干すほどの気宇を感じて感動したんですよ? 今更ひよっちゃうってどうなんですか」

「雪風はあの人と恋争いをしたことが無いからそんなに呑気な事を言っていられるんですよ! 本人に言うのはアレですけど実際物凄い焦るんですよ? 羽黒さん性格良すぎるんですもん! 今回だって雪風が自分のそばから離れる上に恋敵の筈の大和と二人きりになるこの状況を自分から作ってくれたんですよ? あの人観艦式嫌がってた大和を本当に心から心配してくれてるんですよ! もっと打算とか欲望とかそういうの出してくれないと大和が一方的に悪者みたいじゃないですかぁ……」

「ん……まぁ羽黒さんはうちの艦隊の天使ですから、あの人の隣に立つと自分が汚い気がしちゃうのはよーくわかるんですけどね」

「でしょう!?」

「だけど雪風は大和さんのがむしゃらな感じも好きですよ」

「むー」

「羽黒さんは三歩後ろに控えてじっと待つ人、大和さんは真正面からガンガン踏み込んで力尽くで押し倒す人。みんな違ってみんな良いのです」

「心にも無い事をっ。実際貴女は羽黒さんといる方が楽でしょう?」

「流石大和さん。どっちの方が好きと言わない辺り雪風の事をよく理解してくださってますね」

「そう聞いたらどっちも同じくらい好きですよって言いますよね。分かっていますとも」

「どっちが楽かって言われたらおっしゃる通りです。だけど……」

「……だけど?」

 

雪風は今一度振り向くと、不満げに膨れている大和を見る。

もし向かい合う順番が逆だったら雪風は羽黒と距離を置いたろう。

彼女の隣がどれほど居心地が良かったとしても馴染めなかった筈だ。

そして一度羽黒と距離を取ったら雪風は大和とも平等に距離をあける。

大和に自覚は無いだろうが雪風は知っていた。

今のこの状況は全て大和が捨て身で雪風にぶち当たった所から始まったのだ。

それは恐らく羽黒も分かっているのだろう。

大和は納得していないが、決して一方的に塩を送られているわけではないのである。

自分自身が努力して成しえた事に気づかず、自分の悪い部分ばかり目について自己嫌悪している大和。

雪風も羽黒も、そんな大和の不器用な善良さに気づいているから報いたくなる。

 

「大丈夫です。顔は大和さんのが好みですから」

「か、顔ぉ!?」

「はい、顔」

 

意地悪く笑う雪風に納得いかないと詰め寄る大和。

じゃれ合う二隻の艦娘は周囲から相当目立ってはいたが、当事者は全く気付いていなかった。

 

 

 

§

 

 

 

現地の最高責任者に到着の挨拶をし、係の者に宿舎まで案内された大和と雪風。

流石に世界でも一、二を争う鎮守府の貴賓用宿舎は広かった。

大和に割り当てられた部屋は一流ホテルのスウィートにも劣らぬ広さと豪華さがある。

 

「あ、一番玄関に近い部屋が従者用の控室っぽいですね。雪風は其処かな」

「やめてくださいよそういうの。一緒でいいじゃないですか広いんですから」

「広すぎて落ち着かないんで、雪風はこっちの方が好きなのです」

「二人で広すぎる空間に一人で放り出さないでくださいよ……従者を名乗るのでしたら大和の言う事聞いてください」

「公私混同は良くないと思います。仕事は専門性できっちり分けないと良いことはありません」

「その心は?」

「大和さんはこっちで皆さんに笑って手を振るのが仕事。雪風はそんな大和さんを近所のおばちゃんみたくこっそり見守るのがお仕事です!」

「……もう一声」

「お高い家具に囲まれてただっぴろい空間持て余してベッドにちょこんと腰かけてソワソワしちゃう大和さんが見たいです!」

「……ふぐぅ」

「……だって流石に仕事の出先でケダモノと同衾する勇気はありませんよぅ」

「誰がケダモノですか!」

「はぁ? 言わせたいんですか雪風の口から?」

「うぅー……でもでもぉ」

 

第二艦隊が南国でのバカンスから帰国してすぐの事。

羽黒に圧倒的大差をつけられたと感じた大和は荒れた。

煮え切るまでは時間がかかるが、いったん行動を始めれば全てを薙ぎ払って突き進むのがこの大和である。

お医者様でも草津の湯でも治らぬ病を拗らせている彼女は勢いのまま暴走し……

お互いが考えていたであろう清い手順を全てすっ飛ばして一線を越えてしまったのだ。

酒に小料理に各種遊具。

寝所には香を焚き、桜の花びらを散らした自室に雪風を呼び出し、三つ指をついて迎える大和。

事前準備と暴走気味の気合が功を奏したか夜が更けるまでは上手く行き、大和はこのとき自分が世界で一番幸せな艦娘である事を噛み締めていた。

一方の雪風は呼ばれて出向いた所になんの覚悟も無いまま押し倒され、ひたすら尽くされて過ごした一夜である。

双方の認識が食い違ったまま朝を迎え、おずおずと昨夜の感想を聞いた大和に雪風は財布を取り出しのたもうた。

 

『大和さん、この接待お幾らですか?』

 

雪風を責めるには余りに酷であろうが不用意な発言には違いない。

この後二隻はかつてない規模で大喧嘩し、実家に帰ると宣言した大和が呉鎮守府に乗り込む珍騒動に発展したのだ。

雪風は自分の痴情のもつれから方々に頭を下げて回った司令官に一生頭が上がらなくなった。

 

「あれは……頭が真っ白になっちゃって雪風が取られちゃうって」

「その割には冷静に事を進めてたようにも思うんですよねぇ。事前に撥水シーツとか発注してましたし」

「だって何時か使うかもしれないから」

「流石先見の明がおありですね! なにせ届いた三日後には大活躍したんですから」

「あうぅ……」

 

誰がどう見ても計画的犯行に見える状況証拠である。

しかし雪風としてもこの件では大和を強く追及できないでいた。

如何に現実味の薄い夢幻のような突発事項であったとは言え、自分が好きだと分かっている相手と初めて結ばれて『幾らだ』は不味かった。

その後の大和の行動から本気で傷つけた点は反省しているのである。

一方で大和としても雪風が乗り気でなかった以上一歩間違えば強姦だったと気づいて全身の血の気が引く思いを味わっていた。

双方でそれぞれに反省はしているが、自分から謝るには理不尽に感じている部分もあるため意地になっているのである。

 

「雪風は……」

「ん」

「雪風は大和とああいうことをするの、お嫌ですか?」

「ふむぅ」

 

改めて問われた雪風はやや真剣に考え込む。

自分の内面に答えを求める為にやや時間を欲した雪風は豪奢な装飾の部屋に入る。

リビングの大きなソファに腰を下ろし、不安げに佇む大和に笑みを返す雪風。

そのまま腿を叩いて招くと、おずおずと寄って来た大和が頭を預けてきた。

 

「良いとか悪いとか以前に、そういう事必要が無いじゃないですか」

「そうなの?」

「だってあれ本来繁殖行為でしょう。雌型しかいないし繁殖もしない艦娘の自分がそういうことをするって考えた事なかったんです」

 

雪風にしろ大和にしろ互いが同性である事に抵抗は少ない。

同じ枠の相手を好きになったときごく自然に同性愛になる以上いちいち気にしてはいられなかった。

まして艦娘は建造当初から基本的な現代知識や艦時代の記憶もある。

姉妹愛や艦時代の哀惜、かつての後悔や今の決意と様々な感情を不慣れな人型に押し込まれた艦娘という存在は、身体と心のアンバランスを持て余す者も多くあった。

特に雪風は見た目の雰囲気こそ幼いものの艦齢は大和の数倍である。

戦争関連では有利な経験ではあるものの、情緒の面ではそこでは育んでしまった諦観と達観が熱を奪う。

恋にしろ愛にしろ雪風の歩みは大和や羽黒よりも遅いため、双方がこの温度と速度の落差を埋めるために苦労していた。

 

「艦娘って本当に何なんでしょうね。人間さんみたいに次を繋げるわけじゃないのにお互いを好きになるんです。それって何のためなんですかね」

「次がない愛情を虚しいと思いますか?」

「いいえ。でも不思議だなって思います。艦娘が人間の男の人と番になっても子供が出来た例って無いそうですし……」

「そうなると、殿方と結ばれた艦娘は相手の未来にありえたかもしれない子々孫々を奪う事になりますね。それでも思いあって結ばれるならそれはそれで、愛だなぁ」

「雪風達は其処まで考えなくても良いわけですから、その点では気が楽ですけどね」

 

膝に乗せた大和の頭を撫でながら脱線していく話に興じる雪風。

長い癖に枝毛一つ見当たらない髪に手櫛を通すと、嫉妬すら沸かない程きめの細かい感触にため息しか出ない。

 

「えっと、何の話をしてましたっけ?」

「人間は人間同士、艦娘は艦娘どうしで恋愛をするべきですって」

「あ、人間っていえばしれぇですよ。雪風としましては、しれぇに相談したいって思っていたのでした」

「はぁ!? なんで提督が此処に出てくるんですかっ」

「え、大和さん怒ってます?」

「別に……」

 

大和から見て雪風と司令官との関係は今だに測れない。

其処にどんな感情があるかは不明だが、少なくとも提督と初期艦たる一人と一隻の間には余人が踏み込めない絆がある事だけは大和にも分かる。

胸にじわりと広がる黒い気持ちがある。

それは大和が初めて雪風への思慕を自覚したのと同時に芽生えた提督への嫉妬であった。

大和の中で切り離せないこの二つの感情は、甘さと苦さを同時にもたらす厄介な毒であり薬でもある。

 

「雪風も大和さんも、まだこっちに来て一年そこそこ。艦娘と人間は違いますから一概には言えませんが、知識と経験が釣り合わなくて頭でっかちな所ってあると思うのですよ」

「まぁ、そうですね」

「雪風達ってほら、これが初恋なわけですよ。此処はそういうの二十年くらい前に卒業しているであろう先達の助言をいただくのも良いかなって」

「むぅ」

「……ご不満そうですねぇ」

 

直接は答えず、頬を膨らませる事で不満をアピールするお姫様。

苦笑する雪風の顔を見ないように転がり、その腹に額をぐりぐり押し付けた。

こういう時、大和は自分の大きな図体と大人として割り切れない心が急に恥ずかしくなるのである。

雪風としては大和の理解を得るために労を惜しむつもりはない。

しかし此処まで話して感情的に何となく嫌だとごねる大和に理詰めで納得など得られるか。

無理っぽいなと思いながらも、雪風は自分なりに誠意を尽くすことを選ぶ。

 

「えっとですね……雪風としましては、思いつく中で取れる手はなるべく打っておきたいのですよぅ」

「……」

「人間さんの間では初恋って実らないという話もありますし? そもそも艦娘の平均寿命ってまだ十年無いって言われてる訳で、なるべく後悔しないようにしたいじゃないですか」

「むー!」

「それくらい大和さんの事を大事に思っていると言う事で、一つ納得してもらえませんかね」

「……ずるいと思います」

「むぐ。雪風としましては、なるべく自分の思う所を惜しみなくお伝えしたいと思っているのですが」

「それは、してくれてると思います。大和は面倒な女ですけど雪風は根気強くお話してくれてるって、分かっています」

「えっと、大和さん的にはそれじゃダメっぽいですか?」

「だからぁ! そういう事じゃなくてっ……あ、だめ。やっぱり私が悪いんです。大和は今、凄い面倒臭い女になってます」

 

荒ぶったりへこんだり。

感情の高低を制御しきれず大和は大きく息を吐く。

雪風はそんな大和に違和感を覚える。

何か双方で根本的な行き違いがあるのではないか。

 

「大和さん、怒らないし責めないしこれで悪く思ったりもしないって約束しますので、大和さんが一番引っかかってる部分を教えてもらえます?」

「……」

「ごめんなさい大和さん。多分雪風が察して上げないと駄目なんですよね。だけど雪風には大和さんが此処まで嫌がる理由が思いつきません。お願いします」

「……大和は提督が、怖いんです」

「しれぇが怖い?」

「提督にとって雪風は最初の艦娘で特別で、雪風にとっても提督は特別なんだと思います」

「んー、そうですねぇ。しれぇはしれぇですから」

「その様子だと雪風は自覚がないのかもしれませんね。でも何となく思うんです。もしあの提督が何かのきっかけでその気になったら、私や羽黒さんの競争相手ではすまなくなるって」

「それは雪風がコロッとしれぇに転んじゃうって事ですよね?」

「転ぶというか……完全に二人だけの世界に入ってしまいそうな、そんな気がするんですよ」

 

大和は司令官の経歴を確認しながら自分の危惧を明かしていく。

優秀過ぎる兄に辟易していたこと。

それでもずっと憧れていたこと。

そしてそんな兄が失踪した時、大本営での栄達を全て捨てても追いかけてきたこと。

 

「雪風は提督のお兄さんがまだ生きていると思いますか?」

「こう言っては何ですが、もう絶望的だと思います」

「大和も、そう思います。そして多分提督だって分かっていたと思うんです」

「ふむぅ」

「雪風は以前、自分は向けられた感情に染まって光る月だと言いました。自分が無いと」

「そうですね」

「そして提督は既に失われたものの為に、自分がこれから手にしたかもしれない本国での栄達を捨ててまで、自分の想いに殉じることが出来る人です。そんな人に想われたら、そんな光を受けた貴女がその光を跳ね返したら……」

「いや、その前にしれぇの恋愛対象は男の人だと思うんですが」

「あの人は偶々気になる人が兄だったから異性愛者に見えたんです! ああいう人はもし同じ位置にいたのが姉だったとしても同じように惹かれますよ。提督は多分、自分が好きな人を好きになる人です。好きになった後から、そういえば相手が異性だった、同性だったって結果があるだけで」

「……なるほど」

 

雪風は大和の訴えを話半分に聞いていた。

多分に大和の想像が混じった決めつけのようにも思うのだ。

しかしこうした情緒や恋愛感情の機微に関して、雪風は大和に及ばない事も分かっている。

そんな大和が此処まで危惧するというのは、雪風には分からない何かを皮膚感覚で感じ取っているのではないか。

そう思う雪風だが、一方で大和が自分との関係においては思考が過熱気味に回っている事も理解している。

冷静に正解を導こうとしても情報にベクトルが掛かり過ぎていて何を基準に採用するかも定まらない。

結局雪風は羽黒も交えて話し合うまで保留にすることを提案し、大和もそれを受け入れる事で話を切った。

 

「大和さん、予定ですと観艦式本番は明後日でしたっけ?」

「明日一回予行練習があるみたいです。確かパンフレットは部屋にあるって聞きましたけど……」

「一般向けのものと同じっぽいですから別に見なくても良いと思いますよ? 集合時間はさっき口頭で聞きましたし、衣装も道具も支給されるらしいですから」

「そうですね。ところで此処に来る道すがら、お祭りみたいに出店が並んでいましたよねぇ」

「おお、奇遇ですね大和さん。雪風も中庭のアレは気になっていたのですよぅ」

 

大和としてはこのまま雪風の膝枕を堪能したい所であった。

しかしこれ以上撫でられていると寝かしつけられてしまう。

それは勿体ないと、やや重くなった瞼を気合で開く大和。

せっかく雪風と二人で来た観艦式である。

出場が避けられないのなら、せめて前夜祭くらいは楽しみたい。

 

「行きましょう雪風」

「はい! お供します」

 

この時パンフレットを確認していたら。

せめてドレッサーの中にある服を確認していたら。

自分達が観艦式という単語からイメージしていたものが全く違っていた事に気づけたかもしれない。

艦娘は建造された時から艦時代の記憶をある程度引き継いでいる。

だから自分達が人の形をしている事を理解していても、イメージが頭の中でかつての姿と混同する場合があった。

その為、この時二隻は疑問に思わなかった。

軍艦が艦列を組んで海を征くかつての勇壮な観艦式。

それを人型の少女が同じようにやっても全く見栄えがしないのだ。

現代には現代の観艦式がある。

二隻がそのことを思い知るまで、後一八時間。

 

 

 

§

 

 

 

観艦式も終了し、鎮守府に帰還した雪風はその足で第二艦隊のたまり場に顔をだした。

其処にいたのは当鎮守府の名物駆逐艦トリオのメンバー達。

羽黒は大和が抜けた第一艦隊に間借りされており、艦隊が戻り次第雪風達に返される運びとなっていた。

 

「雪ちゃんお帰りー」

「お帰り雪の字や」

「ただいま戻りました。留守中、何か変わった事ってありました?」

「雪ちゃんが出かけて羽黒さんが第一艦隊に行っちゃったから殆どなんにもやってないっぽい」

「こいつと二人で演習やってたくらいかな」

 

特変無しとの報を受けた雪風は嬉しそうに頷いた。

面倒ごとは少ない方が良い。

最悪留守中にこの二隻が何かをやらかした場合の始末書まで覚悟していた雪風である。

珍しく大人しくしてくれた同僚に感謝しかけ、これが普通なのだと気づいてやめた。

 

「あんたの格好妙にくたびれてるけど、真っすぐ此処に来たの?」

「はい、そうですね」

「提督の所はどうしたのよ?」

「そっちは大和さんにお願いしました。雪風はお前らが心配でしたので」

「雪ちゃんあたしらが好きすぎるっぽい」

「まぁ、今回雪風はおまけの付き添いだったので良いんです」

「あ、そうやって報告書は大和に押し付ける気でしょ」

「分かっているなら話は早いですね」

「……まぁ、当人同士で納得してるんならいいんじゃない?」

「雪ちゃん雪ちゃん。お話聞かせて」

 

艦娘になってからは観艦式の経験が無い夕立はさっそく雪風を捕まえると土産話をせがむ。

島風も頷くと座る位置をずらし、夕立との間に一人分の席を作った。

二隻の間に割り込んだ雪風は見聞きしたものを身振り手振り交えて語っていく。

中には端末に写真画像として持ち帰ったものもあり、土産話に華を添えた。

特に受けが良かったのは何といっても観艦式当日の写真である。

 

「で、これがその写真というわけです」

「おおー」

「あんた服着れたのね」

「黙りましょうか兎さん」

 

それは黒のクラシックドレスを着た大和と雪風の写真だった。

雪風の差し出した手に大和が重ね、寄り添い歩いている最中に呼びかけられたか二隻共に振り返った一枚である。

その瞬間まで談笑していたような柔らかい雰囲気を切り取った写真は被写体のみならず撮った側の技術も思わせるものがあった。

 

「片手でバイオリンの本体と弦まとめて持てるんだね大和」

「手が大きいですからねあの人」

「雪ちゃんの持ってるトランペットは本物?」

「本物ですよー。この写真は出来が良かったのであっちでも広報に使われるそうです」

「おお。凄いじゃん」

「大きい艦と小さい艦がこれだけ仲が良いのも珍しいって言われました」

「そうなの?」

「大きい鎮守府ですと、戦闘部隊と補給担当の水雷戦隊では温度差もあるんだとか」

「うちみたいに常に総力戦な弱小鎮守府はそういう所は楽っぽい」

「変に軋轢やってたらまとめて沈むだけですからねぇ」

 

雪風は自分の端末に入っている画像を見せながら当時の様子を語っていく。

しかし観艦式自体の話になると露骨に話題を切りにかかった。

 

「では、雪風はしれぇの所に通常業務引き継ぎの報告などを……」

「ちょっと! まだ大和と惚気た話しか聞いてないんだけど」

「ほんとほんと。大和さんといちゃいちゃしてただけっぽい!」

「そんなことはありませんっ。雪風のお仕事は大和さんの付き人でありエスコートするまでがお仕事でありまして――」

「ねぇ雪風さんよぅ」

「二人が持ってる楽器、何時使ったっぽい?」

「……」

 

夕立と島風が目を付けたのは時系列では最新となる二隻が楽器をもって手をつなぐ写真。

島風がふと顔を上げて端末の持ち主を見る。

雪風は冷や汗などを流しつつ夕立の視線から必死に顔を背けていた。

顔に浮かぶにんまりとした笑みを隠しもせず、雪風の正面に回り込む島風。

夕立に後ろからしがみ付かれた雪風は尚も無駄な抵抗を続けるが、島風は一顧だにせず切り捨てた。

 

「はけ」

「……雪風はお仕事しましたもん」

「はくっぽい」

「……せん」

「あ? なんだって」

「使ってないって言ってるんですよこれで満足ですか!?」

「まだ半分しか聞いてないっぽーい」

「半分って何ですか雪風はもう……」

「雪の字や、結果の次はどうしてそうなったかを話さなきゃ。報連相でしょ? 旗艦殿」

「むぐぅうううううう」

 

心底嫌そうに身をよじる雪風だが夕立の拘束は剥がれない。

島風が身悶える雪風の肩越しに夕立を見ると、案の定赤い瞳が揺れていた。

一時的に陽炎型のスペックを超えた白露型四番艦である。

 

「だって聞いていなかったんですもん。着いた先で急にオーケストラで楽器弾いてくださいとか言われても無理に決まってるじゃないですか!」

「え? 観艦式ってそういうやつっぽい?」

「えぇ……なんでも艦娘が並んで航海してもまるで見栄えがしないと言うか、陸からだとまるっきり見えないそうで」

「……まぁ、そりゃそうか」

「昔は一般の人を乗せた船が何隻も海に出て、艦娘と一緒に近海を航海して艦娘を見せたりもしたんだそうですけどやっぱり危ないんだそうです。最近は大きなホールでクラシック風の演奏して聴かせるんだそうで……」

「大和さんは知ってたっぽい?」

「いいえ。しれぇまでは知ってたっぽいんですが、それを説明する前に大和さんがごねたじゃないですかー。実際大和さんが行くか逃げ切るかは不透明でしたし、しれぇもそこまで嫌がるならって諦め気味でしたし……羽黒さんが大和さんから妥協案を聞き出して、その通りにしれぇと雪風を説得するまで一月近く掛かってます。そのどたばたの中でたち消えちゃったっぽいんですよね」

「あー……本来ならその一月が練習期間だったわけだ」

「そうだったみたいです。直前まで他人事だと思っていた雪風に演奏を期待するのはあんまりにもあんまりというものです」

「するとなによ。 あんたはいかにもこれから演奏しますって格好して楽器持って写真撮っただけ?」

「この写真が広報に乗ったのに雪ちゃんが出演しないとか詐欺っぽい」

「仕方がないじゃないですかぁあああああ」

 

僚艦から解放された雪風は頭を抱えて悶絶した。

事情を粗方理解した二隻はそれほどこの件を引っ張る心算もないらしい。

興味事があるうちはいじり倒すが、満たされると放り出す仲間達。

雪風としてはねちっこく弄られるのは面倒なので助かるが、それなら最初から弄ってくるなと言いたくもなるのだ。

 

「って事はさ、大和も結局出てないわけ?」

「それはこちらをご覧ください」

 

端末を操作した雪風が映したのは動画データ。

其処には黒をベースに統一した衣装に身を包んだ見目麗しい艦娘達の姿があった。

中でもバイオリンを奏でる大和はその長身も手伝って非常に目立つ。

その立ち振る舞いは周囲の艦娘達と見比べても明らかに堂に入っていた。

 

「これ弾いてるんだよね」

「弾いてるふりに見えますか?」

「全然見えないっぽい」

「その通りです。あの人も雪風と一緒であっちについてから演奏の事知った筈なんですけど、楽譜一回流し読みして『ふーん』とか一言呟いて、翌日のリハでは何食わぬ顔してコレですよ……」

「そりゃ凄いわ」

「大和型戦艦の教養って言うんですかねこれ。お国の威信を保つためには楽器くらい扱えないとダメ、みたいな」

「丸腰で建造されて戦えない金物の中でこんな教養だけ眠ってたんだとしたら、軍艦としては冗句にもならないっぽい」

「おい夕立、それ大和に言うなよ泣くから」

「そういえば、その頃は雪風もホテルって言ってましたけど大学って異名もあるんですよね大和さん」

「でもそれ戦術科じゃん。音大じゃないんだから」

 

三隻は顔を見合わせて大和の中に眠っていた謎スキルについて語り合う。

海戦での実力もさることながら、いろいろな面で妙に器用な大和である。

いったい彼女の中には幾つの技能が死蔵されているのか、普段使う機会がないと言っても気にはなった。

雪風達が見つめる端末の中では、大和が優雅に演奏を続けている。

 

「雪ちゃんも大和さんに教えてもらえばいけたんじゃない?」

「やってみようとはしたんですけどね……一晩じゃマウスピース鳴らすのが精一杯でした」

「マウスピース?」

「トランペットの口付ける所で、ここで音が出せないと演奏とか論外らしいです」

「そこまでは行ったんだね!」

「雪ちゃんとっても頑張ったっぽい!」

「バカにしてるでしょうお前らっ。まぁ後で試してみると良いですよ」

 

雪風は自分用の土産にトランペットを購入してきたのだ。

悔しかったというよりも大和の演奏を見て、自分も隣で吹いてみたいと思ったから。

何時まで続くかは当人にも分からなかったが暇を作って練習するつもりの雪風である。

 

「まぁ、こんな感じでした」

「お疲れ雪ちゃん」

「おぅ。良いもの見れたよ」

「じゃ、今度こそしれぇの所行ってきますね」

 

雪風はある程度満足したらしい仲間達に息を吐く。

思ったよりも長くなってしまったが、これから司令官の元に行かねばならない。

メンバー半減によって一時的に浮いていた第二艦隊を編成し、羽黒の帰還を待って迎え入れる。

それは雪風にとって非日常の区切りと共に通常業務の始まりであった。

 

 

 

§

 

 

 

――雪風の業務日誌

 

よこちんでかんかんしきにいってきました

にんげんさんもかんむすもいっぱいいてすごかったです

ちょうどおまつりもやってたのでやたいでいろいろたべました

こなっぽいたこやきとかかたいくしやきとかあぶらっこいやきそばがおいしかったです

とうじつはみんなでがっきをえんそうしていました

ゆきかぜはとらんぺっとをかりました

やまとさんにおそわってれんしゅうしたんですけどゆきかぜはふけませんでした

でもやまとさんはばいおりんをとってもおじょうずにひいていました

しれぇもえいぞうはみたかもしれませんが、ゆきかぜがぶたいすそからとったものもありますのでぜひごらんください

やまとさんとってもかっこうよくてびじんさんできれいでした

ゆきかぜもこれからいっぱいれんしゅうしてやまとさんといっしょにえんそうしたいとおもいました

これからまいにちしれぇがねるまえにまくらもとでれんしゅうきかせてあげますね

それではしつれいします

 

 

――提督評価

 

お疲れ様でした。

怒っていますか?

怒っていますよね。

本当にごめんなさい。

観艦式がオーケストラ演奏になっていると伝え忘れたのは私のミスです。

お願いしますから夜は寝かせてください。

大和さんにも昼間謝っておいたのですが、なぜか感謝されたんですよね。

関節がどうのと言っていましたけれど何か心当たりがありませんか?

 

 

 

 

 

 

 




後書き

どうもお世話になっております。
この度はゲーセンで大和さんのオーケストラバージョンゲット記念SSを書かせていただきました。
500円で来てくれた黒ドレスバイオリンやまちゃん本当にありがとう。
最近のゲーセンではフィギアとかおいてるらしいというのは聞いていましたが、ああいうのは顔見せだけで取らせてくれるものとは思っていませんでした。
本当に運が良かったです。
公式絵でもそうでしたけど大和さん本当に美人ですよね。
雪風と絡んで描かれる事が多くて本当……ありがたい。

所で来月はもうイベントが来るそうですね。
夏にイベント前から比べて丁度半分くらいまでしか戻ってません。
秋ってレイテ前哨戦でしたっけ?
流石に夏みたいな規模じゃないだろうけどどうなることやら。

冷え込む季節になってまいりました。
皆様もお体などお気をつけてお過ごしください。
失礼します。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。