Devil Sisters   作:千代里

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<10>Side:Clarice-戻らない日

「もし……そう、もし出ていくとしてもだ。私はネロに一言言ってから出かけるよ」

 

 彼女はそう言った。

 

「……絶対?」

 

「絶対。約束だ」

 

 

 手を繋いで互いに笑いあって、歩いていった日々はもう戻らない。

 

 

***

 

 

 一昨日の晩、悪魔の奇襲を受けて遺跡の調査団とその護衛の騎士らは壊滅した。同行していた魔剣騎士団の一員であり現在休暇中だったクラリスは悪魔を殲滅した後に行方不明。

 悪魔に殺された、ないしは深手を負ってその場を離れた後に息を引き取った等、多様な流言飛語が関係者の間で飛び交ったがクレドは沈黙を守ったままだった。

 一部の心無い者たちの間ではクラリスが悪魔の味方をして調査団を殺したとの噂も飛び出たが、流石に皆が皆それを信じたわけではなかった。

 

 調査団の葬儀は発見された日の翌日に執り行われた。キリエとクレドの両親もその葬列の中にいた。

 

 

「……キリエ」

 

 

 埋葬を終え葬儀が落ち着いた閑静な教会の一隅にキリエはいた。彼女の目はまだ赤く、先ほどまで泣いていたことが分かる。

 ネロは声をかけてみたものの、その顔を見てどのように言葉を続けるか迷ってしまった。

 

 あれこれ思案し、そして彼は自分の決断を語ろうと決めた。

 

 

「キリエ、俺は魔剣騎士団に入団する」

 

「……え」

 

「騎士になって俺が皆を守る。もう、こんなことが起きないように」

 

 

 まだ13歳になったかならないかの少年の戯言、とキリエは一笑に付さなかった。彼の目は痛いほど真剣だった。

 キリエの父母を巻き込んだこの惨劇は悪魔が容赦なく大事な者を奪っていくという現実を突きつけていた。

 悪魔への脅威は分かったつもりでも騎士団のおかげでネロたち一般市民にその牙が届くことは決して多くはなかった。

 だからこそ忘れかけていた。その脅威は今もどこかで人の命を奪っているということに。

 

 そしていくら神に祈っても、死んだ人は帰ってこないということに。

 

 

「……ネロ。私は止めない。でも、絶対帰ってきてね」

 

「わかってる」

 

 

 キリエはゆるゆると頭を振って俯いた。騎士の死亡率は決して低いわけではない。本当は泣きついてでも引き留めたかったのかもしれない。

 でもキリエはそうはしなかった。ただ、受け入れて、彼の帰る場所に居続けようと決めた。

 

 

「(ネロは……クラリスの仇がとりたいのかもしれない)」

 

 

 キリエの両親の訃報が届いた時にもネロは驚き狼狽えていたが、それ以上にクラリスの行方不明の話を聞いた時の驚き様といったら。

 まるで自分に死亡宣告が下されたかのようだった。何かの間違いだと伝令の人に食って掛かりクラリスの訃報が噂されていると聞いた時は露骨に顔を顰めていた。

 

 彼はクラリスが死んだと認めたくないようだった。何があっても、そんなことはないと。

 

 

「(でもね……ネロ。クラリスは辛そうだったのよ)」

 

 

 教会で必死に祈る彼女の姿を思いだす。まるで罪を許してもらおうと懺悔をしているかのような姿を。

 

 

「(クラリスは……ネロに生きてほしいんじゃないかな)」

 

 

 ――――危ないことはするな。

 クラリスが言いそうなことがふっと脳裏に過り、キリエは思わず寂しげに微笑んだ。

 

 

***

 

 

 葬儀が執り行われたその日。ネロは眠れない夜を木刀を振るいつつ過ごすこととした。

 もう何度目になるか分からない素振りを繰り返す。体を疲れさせて無理やりにでも眠りにつこうとしていたのだ。

 

 だが少し動きを止めればすぐにキリエの泣き顔が、彼女の両親の棺が、クレドの無言ながらも辛そうな表情が思い浮かぶ。

 そして何よりもクラリスの横顔が脳裏を何度も過った。

 

 

「クラリス……死んだなんて、嘘だろう?」

 

 

 どこかで生きているはずの彼女にそう問いかけた時、

 

 

「ああ、嘘だな」

 

 

 まさか返事がくるとは思わず、ネロは弾かれたように顔をあげた。雲間から覗く月が一筋の光を孤児院の庭に投げかけている。

 スポットライトに照らしだされたように1人の女性がそこに現れた。

 

 

「クラリス、生きてて……ってどうしたんだ、その怪我!!」

 

「ちょっと色々あってな」

 

 

 ネロは月明かりの下のクラリスの惨状を見て驚愕した。調査団を強襲した悪魔にやられた時の傷だろうか。彼女の衣服は所々に破れ目があり、返り血のような痕もついていた。肌にも泥の乾いた跡が見られ、彼女の戦いが熾烈を極めたことが分かる。

 

 

「とにかく早く中に戻って、着替えて……」

 

「ああ、その心配はない。このまま出ていくから」

 

「出ていく……? こんな夜更けにどこに行くんだ?」

 

「ここではない、どこかに」

 

 

 まるで茶化すようにクラリスは微笑む。行方不明だと思っていた彼女が目の前で笑ってくれている。こんなにも嬉しいことはなかったはずなのに、ネロには何か恐ろしいことが起きる前兆のように感じられた。

 困惑するネロをよそに彼女は言う。

 

 

「フォルトゥナを出ることにした」

 

「……っ」

 

 

 返す言葉も思いつかず、ネロはただ息を詰まらせた。何でもないことのように笑顔で言うクラリス。彼女の手には荷物のようなものが握られ背中には彼女の愛刀のカリバーンがあった。

 彼女が言うようにまるで今すぐにでも旅立てるような恰好だ。

 

 

「なあ、ネロ」

 

 

 彼女は月光の下、先ほどのような茶化す空気もなくただとても寂しそうな笑顔で言った。

 

 

「悪魔は、嫌いか?」

 

 

 それはフォルトゥナに住む者にとっては当たり前すぎる問い。迷うことなくフォルトゥナにとって正しい答えを言おうとしてネロは言葉にするのをやめた。

 クラリスがそんな答えを求めているとは思えない。でも、ならなんと返せばいい?

 

 ネロが答えあぐねている間も、クラリスは会話を続ける。

 

 

「私は悪魔が嫌いだ。私を育ててくれた人を、守ってくれた人を、皆奪っていく悪魔が嫌いだ。でも、そんな私も」

 

 

 月明かりの下で彼女の頬に光るものがあったことに気が付いてたのに。彼女の声が不自然に潤んでいたことに気が付いていたのに。何故自分は何も言えないのだろうか。

 

 

「そんな私も、悪魔なんだ」

 

「嘘……だろ」

 

 

 咄嗟に否定の言葉が口をついて飛び出た。否定しなければクラリスが違う何かになってしまうような気がした。でもクラリスは首を振ってネロの必死の声を否定する。

 

 

「私も悪魔になってしまったみたいだ、ネロ。だから私はここにはいられない」

 

 

 否定をしたかったのに自分がクラリスに殴られた時の衝撃が忘れられない。フォルトゥナ城でネロの眼前で起こったクラリスの異変は忘れるには鮮烈すぎる内容だった。

 心は否定したいのに、記憶が彼女は悪魔だと肯定する。憎むべき悪魔だと彼女を罵る。

 

 ネロがあまりにもショックを受けた顔をするものだからか、クラリスは困ったような微笑みを見せて、

 

 

「ちゃんと帰ってくるから、待っててくれ」

 

「……分かった」

 

 

 本当は、今すぐにでも彼女の手をとり出ていくなんてやめてほしいと、駄々をこねたかった。けれども彼女が浅い考えでフォルトゥナを出るなんて言ったわけではないことも分かっていた。

 だから、駄々をこねる代わりに彼は自分の思いを語ることにした。

 

 

「なら、俺はクラリスが帰ってくるまでに、クラリスみたいな騎士になってる。騎士になってキリエも、クラリスも俺が守る。クラリスが俺たちにそうしてくれたみたいに」

 

 

 ネロは自分の内心の動揺を隠して、精一杯の笑顔を見せた。クラリスが安心して旅立てるように、自分たちだけでも大丈夫だと伝えるために。

 クラリスはその決意を黙って首肯して受け入れた。そして、

 

 

「そう言うだろうと思って、ほら」

 

 

 彼女は懐から小さな箱を取り出してネロの掌の上に載せた。整った包装はそれがプレゼントであることをネロに示している。

 

 

「……これは?」

 

「私から少し早い入団祝いだ。ちょっとサイズが合わないかもしれないが……。騎士になるのは辛いこともあるかと思うが、頑張れよ、ネロ」

 

「……ああ!」

 

 

 そう言って彼女は踵を返して、ネロの元を去ろうとした。その背中を見送りながら、しかしネロはある可能性に気が付き思わず声をあげて呼び止めた。

 

 

「クラリス! キリエには会わないのか!?」

 

「会ったら辛くなるじゃないか」

 

 

 振りかえって彼女は言う。

 

 

「じゃあなんで俺には会いに来てくれたんだ!?」

 

「約束、したからな」

 

 

 あまりに短い、だけど確固とした理由。クラリスはそれだけ言うと、もう振り向くこともなく港へと歩きだしてしまった。

 約束という単語を何度も何度も反芻し、そして思い出す。

 それは2年前の記憶。彼女が悩む自分を導いてくれた時の思い出。クラリスは幼子との2年前の約束を、今果たして去っていったのだ。

 

 クラリスが戻ってくるまで、そして戻ってきたら彼女も、キリエ孤児院の子供たちと共に守ると、消えていく背中にネロは誓った。

 

 




今回はやや短めとなっていました。
このシーンは初期シーンから色々形を変えて3度ほど書いたもので、
今回載せたものはその中でも1番穏やかな雰囲気になりました。
彼女にとってネロは弟みたいなもので守りたいものの最たるものだからこそ
不自然なまで優しい雰囲気を纏って去った、というイメージです。
外の世界で果たして彼女は何に出会うのでしょうか。
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