見知った人を全て置いて、この身に残った悪魔だけを連れて。
「さあ、死に場所を探そうか」
島から遠く離れた港町で、彼女はどこか晴れ晴れとした顔で言った。
***
時刻は日が西へと傾く頃。クラリスは港町から出る長距離電車に揺られて、ぼんやりと景色を眺めていた。カリバーンは危険物扱いされないように布に包んで市街で買ったギターケースの中に入れてある。
フォルトゥナの外に出るのは久しぶりだったが、外の世界の文明はより進歩を続けていたようで、中世染みた暮らしに慣れていたクラリスは一瞬くらりとしてしまった。
街の雑踏は幼い頃見たそれよりも、随分と賑やかになっている気がする。ただ、自分が大きくなったおかげか人ごみに対して抑圧感を覚えることはなくなっていた。
「(とりあえず終点まで乗って……その後はどうしようか)」
クラリスが自身の悪魔化に対して思いついた対処法とは、まずフォルトゥナ島を出ることであった。
島を出れば海を渡らない限り島の住人に被害を及ぼすことはない。その中には無論ネロやキリエも含まれていた。
だからといって、無関係の人なら巻き込んでもいいというわけにもいかない。知り合いを手にかけるよりは幾らか気持ちは楽になるかもしれないが、いつ爆発するか分からない爆弾を街中に置いて平然としているほどタフでもなかった。
幸いなことに、二度の悪魔化はどちらも悪魔と対峙した時に起きた。裏を返せば悪魔と出会いさえしなければ、自身が見境なく暴れることはないはずだ。
「(私も大概見栄っ張りだな……。ネロには打ち明けたものの、一番良い方法は外に出るんじゃなくて騎士団の皆に殺してもらうことなのに)」
クレドに自分の悩みを打ち明ければ、義侠心の強い彼のことだ。自分のような悪魔を放っておくことはできず、その命を奪う手伝いをしてくれるだろう。
だが、そうすれば自ずとクレドに自身が悪魔であることを打ち明けることになる。弟のようなネロに打ち明けるかどうかも躊躇したというのに、クレドに自身が悪魔であると打ち明けることはもっとずっと嫌なものに感じられた。
「(結局私は、出来る限り人間として見てもらいたいんだな……)」
悪魔はフォルトゥナ島ではまさに悪の象徴であり、またクラリスも大切な人たちを悪魔に奪われた身だ。
自分の育ての親を殺した相手と自分が同種族であるなんて、頭でも分かっていても簡単に認められるものではなかった。
「(……とりあえず、私を死なせてくれるような人を探そう)」
ネロにはあたかも時を置いて戻るように言ったが、彼女にはもう島に戻るつもりはなかった。
クラリスが辿り着いた案。その終着点は、理由は不明だが悪魔と化してしまった自分を処分することだった。
理由が分からないなら解決方法も分からない。ならば、最も安全な策は周りに危害を及ぼす前に自身を処分することであった。
強力な悪魔も屠れる人に心当たりがないわけではないが、彼の行方を今のクラリスが知るわけもない。悪魔をも殺せるような強い人を探すという当面の大雑把な目標を決めて、ふとクラリスはカリバーンが入っているギターケースに目をやった。
「(カリバーン持ってこない方がよかったか……。愛刀を残していくのが忍びないなんて、人間のようなことをしたものだ)」
自分を殺すための旅路に自分の身を守るものを持ち歩くという矛盾。その矛盾に苦笑いしていたら、電車は終点へとたどり着いていた。
***
電車から降りると、どこにでもあるありふれた人ごみと賑わいが入り混じった景色がそこにはあった。
終点まで乗っていたこともあって、外はもう暗い。宿を探すかそれとも野宿をするか、と思案しつつ彼女は人ごみを避けるように路地裏へと足を向けた。
自身の悪魔化が不意に起きてしまった場合の対応策として、できるだけ人の多い所を避けようとした結果だったが、
「(2体……いや、3体か?)」
空間の揺らぎから現れたのは、ぼろ布を被った骸骨の悪魔が2体。そして、まるで奴隷のように重たい岩らしきものを抱えた悪魔が1体。
そして更に路地裏の向こうに人影のようなものが見えた。一般人にしてはやけに落ち着き払ってこちらの様子を伺っている。人の皮を被った悪魔だろうか。
「この程度の雑魚なら、人間のままでいられるか……?」
ギターケースを開ける間ももどかしくカリバーンを取り出し、構える。女性が持つにしては些か無骨すぎる造形のそれを、彼女は刀身をぶらすこともなく自分の腕のように軽々と扱う。
できるだけ平静を保つことを意識し、それでも高らかに叫ぶ。
「Come on!(来い!)」
彼女の挑発と共に、2体の悪魔が矯正をあげる。骸骨らしく風が通り抜けるような、それでいてどこか寒気を感じさせる声。得物を構え、高らかに笑うそれらは同時に両側面から彼女に斬りかかった。
挟撃を交わす為、クラリスは屈みこむような姿勢をとり、それと同時にカリバーンの柄を捻る。
推進剤を噴かせ、剣圧を高めて、一気に振りぬく!
一撃は一体の骸骨に当たり、真っ二つになったそれは砂のような姿となり掻き消えた。もう一撃は腕を切り落とすに留まったが、相手の得物である鎌は最早全力では使えまい。
振りぬいた勢いで回転しかかっている体を、左足を軸として固定し、勢いのまま右足でもう1体の悪魔を蹴りぬいた。
鍛えられたその蹴りは、回転の速度も相まって十二分に悪魔を粉々にした。
気を抜くこともなくクラリスは更に推進剤を噴かし、姿勢を低くして岩を持つ悪魔に肉薄しようとする。
だが、突如さびれた裏路地に似合わない高らかな鐘の音が響く。同時に聞く者を不愉快にするけたたましい笑い声が響いた。
「増援……!?」
まるでその場に居る全てを削り取るかのように鎌を振り回しながら、ひときわ大きい死霊のような悪魔が突進してくる。カリバーンで咄嗟に弾くものの、勢いのついた一撃にクラリスの姿勢が崩れる。
瞬時に体勢を立て直しその姿を探すが、悪魔は嬌声だけ残してその姿を消していた。逃走したのかと思ったのも束の間、再び鐘の音と共に今度は背後から悪魔が肉薄する。
鐘の音と悪魔の行動の因果性を即座に看破したクラリスは、今度は弾くのではなく空中高く飛び上がり躱すことにした。
自分の眼下を通り過ぎる悪魔に向けて大上段から一気にカリバーンを振り下ろす。突進の途中であったため決め手とはならなかったものの、その体の半分を千切れさせるには十分の一撃だ。
悪魔の片腕が千切れ飛び、落ちた腕から死霊の武器であった鎌がカランと落ちる。
それを確認する間もなく、クラリスは再度カリバーンの柄を捻って推進剤を噴かした。圧倒的な剣圧で、路地裏の空気ごと悪魔を切り裂く。
そしてその一撃が切り裂いたのは、死霊の悪魔だけではなかった。
「(岩を抱えていた悪魔……?)」
機敏な動きもできず、先ほどからうめき声をあげながらよたよた歩いていただけのため放置していたその悪魔は、死霊の影に隠れていたためクラリスの一撃の巻き添えを食らって今まさに崩れ落ちようとしていた。
ふ、とその悪魔と目が合う。
――――何故か、そいつが笑っている気がした。
そして、轟音と共に荒れ狂う炎が、死霊の悪魔もクラリスも全てを焼き尽くさんと爆ぜた。
***
クラリスの剣先が届き2体の悪魔を切り裂いた後、あまりに強力な圧力と熱量に吹き飛ばされ彼女の意識は数瞬飛んだ。
辛うじて意識を取り戻しても、全身の痛みと爆圧で粉砕された骨のせいで体を動かすことすらできない。
「(あいつが抱えていたものは、爆弾だったか……!)」
時遅くしてその考えに至った時、爆風から1人の男が現れた。路地裏に悪魔が現れた時から悪魔の後ろに控えるようにあった影。明らかに人間とは思えない余裕から恐らくは悪魔だろうと考えてはいたが、その考えは運が悪いことに当たってしまっていたようだ。
男はコツコツと靴音高く響かせながらクラリスに近づいてくる。何が嬉しいのか上機嫌そうに口は笑っているのに目はちっとも笑っていない。寧ろ怒りに満ちているようにすら見えた。
そして彼は、爆発による負傷で動けないクラリスをつま先で蹴飛ばし仰向けにすると、彼女の顔を見下ろすように立ち、
「まったく、少しはできるようになったかと思ったが、やはり役立たずの失敗作だったか」
「し……っぱい、さく?」
そのおぞましい単語を、クラリスは焼けた喉で繰り返した。悪魔の男の語る失敗作とはいったい誰を、何を指しているのだろうか。先ほど自爆した悪魔のことか、それとも。
「折角この私が人間界に来てまで作ったというのに!! 貴様は悉く私を失望させてくれる!!」
「作った……? 何を言って……」
悪魔の強靭な回復力のおかげで傷は塞がらずとも痛みは徐々に引いてきていた。クラリスが立ちあがる隙を伺おうとしている時、まるでそれを見越したかのように男はクラリスの腹を一切の躊躇もなく踏みつけた。
「がはっ!?」
悠長に語る男の予想外の不意打ちに、しかも人間の姿といえど悪魔の力を以てしてなされた攻撃に、成す術もなく再度倒れ伏す。丁度爆発が直撃した部分を、まるで抉るように足を動かしながら彼は語る。
「しかも愚かなことに、まだ自分が人間であるなどと信じている。ルーナでさえ早々に自分が悪魔だと認めたというのに! 私の作品である貴様が、自身を人間だと思いこむなどと考えただけでも虫唾が走る!!」
彼の声を朦朧とした意識で聞きながら、クラリスは最後の自分の希望が目の前で打ち砕かれていくことを知った。
つまるところ、自分はこの悪魔の男が作った悪魔で。何かの間違いでお母さんがそれを育ててくれて。そして、彼に導かれて、ネロとキリエと皆に会った。でも、結局体の中の悪魔が目覚めてしまって。
――――そして、私は悪魔の中でも失敗作だった。ちょっとした罠に引っかかって、今こうして無様に転がっている。みっともなくて、情けない。
痛みとこれまでの心労が彼女の正常な思考を奪っていく。自分が悪魔だという声が彼女の内側に響き染みわたっていく。
「だが失敗作にも使い道はある。先ほどのヘル=レイスのようにな」
そういって男はクラリスを痛めつけるのを止め、代わりに路地裏に投げ出されているクラリスのカリバーンを拾い上げた。彼はまるでそれが高級美術品か何かのように丹念に見つめ、そして哄笑した。
「失敗作といえど腐っても私の作品だったというわけか! 人間の鉄の塊をこうまで魔力で染め上げるとは!!」
身体の痛みと、男の告げる真実。
それが本当かどうかも疑う気力はない。
ただ、自分が悪魔であることは確かであり、今まさにその命を終えようとしていることはある意味では当初の予定通りであった。
悪魔である自分が創造主に殺されるなら、それもまた道理というものかもしれない。彼女は最早動けない体で何をするわけにもいかず、自身の死に対する抵抗を諦めた。
そしてカリバーンを捧げ持ってきた彼は、その切っ先をクラリスに向け、そして勢いよく、躊躇することなく突き刺した。
「……がはっ……!」
最早叫ぶ気力もなく、肉体が反射的に漏らしたうめき声だけが彼女の最後の言葉であった。
クラリスの腹から滲み出る血が、じわじわと路地裏の石畳を侵食していく。虚ろに開かれたままの瞳は最早何も映してはいない。
「精々邪魔者を排除する手助けくらいはしてくれよ、失敗作。貴様は私がルーナを取り戻す時の囮となってもらうのだからな」
刺されたと同時に、クラリスは自分の中にある悪魔が歓喜するのを感じた。先ほどまで動かなかった自分の身体が、得体の知れない何かを受け入れているのが分かる。
クラリスの指が僅かに動く。薄れていく意識の中で、今まで必死に抑え込んでいた自分の中の悪魔とも言えるべきものが一挙に膨れ上がり、外に広がろうとしていることが分かる。
「(私は……)」
消えていく自分の中で、思い出したのは瞼の裏に焼き付いているネロの笑顔。本当は寂しくて泣きつきたくてたまらなかっただろうに。その思いを必死に隠して作ってくれた笑顔。
「(私は……お前を守りたかった)」
最後に残った思いも、暗闇が飲み込んでいく。クラリスの意識はそこで途絶えた。
代わりに地を震わす悪魔の咆哮が路地裏に轟いた。
男の姿は、もうそこにはなかった。
個人的にはキャラクターが活躍している姿も好きですがそれ以上にキャラクターが窮地に陥っている姿が好きだったりするので、こういうピンチのシーンを描写している時は終始にやにやしながら書いていて自分が悪魔なんじゃないかと時たま思います。
そしてDMC恒例の行事、串刺しです。ダンテもネロもシリーズで1度はやられています。あの串刺し、実際に重傷の時もあれば何ともない時もありますが、その差は一体どこで生まれるのだろうと思います。考察してみるのも面白いかも。(その時の体調とか刺してくる武器とか……?)
暫くクラリスの話が続きましたが、ここで反転、次回はルーナの登場を予定しています。