<12>Side:Luna-紫電との邂逅
花を死者に捧げるのは人間の行為だと、私は思う。
なら私がしているこれは、きっと人のまねごとなんだね。
「……というのが私の自説なんだけど、どうかな」
『それは我に対する謎かけのつもりか?』
場所は何もない更地の前。いるのは黒髪の少女。中途半端に伸ばした髪をおさげにしており、そのせいか年よりも幾分か幼く見えた。
彼女の手には白いユリの花と少女の丈には些か長すぎる感のある棒があった。
先ほどの問いかけは少女の口から、そしてそれに対する答えは虚空から返ってきている。端から見たら、相当怪しい光景である。
「謎かけじゃなくて、素直な感想だよ。よっと……」
手に持っている白い花束を更地の端の方に置く。あたかも大事件があった後の、被害者に捧げるかのように。
表ざたには強盗殺人事件となっていたが、ここには嘗て一軒の家があり少女はそこに住んでいた。そして一夜にして自分の全てを奪われ、今ここにいる。
丁度2年前の今日。彼女は実の父との衝撃的な再会を果たし、そして彼に救われた。悪魔も泣き出す便利屋、"Devil May Cry"のダンテに。
「だって、私半分悪魔だもの。人間らしい真似をするのって、ちょっぴりおかしいかなって」
『おかしなことを言うやつだ。貴様の感情は我の知識の範疇を越えている。だが悪魔としての力を誇示したいならもう少し強くなってからその減らず口を叩け』
「ムラマサって本当に失礼極まりないよね」
彼女は手に持っていた棒に対して不愉快そうな顰め面をして見せた。丁度この棒、もとい魔剣と会ったのもこの2年前の時だった。
あの時は彼、ないしは彼女に体を乗っ取られて随分と派手なことをしたものだがあの後散々ダンテに脅されたのかここ2年においてそのような素振りを見せたことは1度もない。
ムラマサという名前は少女が魔剣に対して勝手につけたものだ。名前を忘れたと言う魔剣のために調べ物をしてまでつけた名であり、本人からも好評なのか不満を聞いたことはない。
『人間ごっこが終わったのならさっさと悪魔の自分を使い物にできるよう努力しよ』
「魔力の操作のこと?」
『拳銃が扱えないのなら己の魔力ぐらい自在に操れるようになっておけ。それでも半分悪魔か』
「これでも半分悪魔だよ。どこの世界にムラマサを振りまわせる11歳の普通の子供がいるの?」
抗議の代わりにムラマサをまるで小枝のようにぶんぶん振り回す少女。別に魔剣に神経があるわけでもないのだが、耳の痛くなる小言に対してのせめてもの意趣返しだ。
ムラマサはダンテに厳命されたこともあって彼がそばにいる時は絶対に口を開かない。こうして二人きりの時しか会話はしないが、口を開けば力不足だなんだとやかましい。さながら一流の武道場の鬼教官に毎日のごとく口やかましく説教されるのはごめんだが、時々ダンテの手伝いと称して彼の悪魔退治に無理を言って同行させてもらっている以上、ある程度の技量も必要ではあった。
『無駄な動きをしている暇があったら鍛錬を重ねて我を使いこなしてみせよ、うすのろルーナ』
露骨に煽られてカチンとくるものの、ぐっとこらえる少女ことルーナ。代わりにわざと大声で、
「あーお腹すいた。早く帰ってダンテにムラマサ折ってもらおっと」
『嬉々として奴なら我を折ろうとするから、それはやめろ』
ムラマサが珍しく慌てたような声音を出したのに満足したらしく、ルーナはふんふんと鼻歌を歌いながら近道の裏道に足を向けて家路を急いだ。
夕暮れの独特の静寂を味わいながらムラマサは内心でしかし、と思う。
『(剣の腕は荒々しいが消して悪いわけでもない。魔力の操作も……)』
ルーナは鼻歌交じりで歩きながら虚空に指先で円を描いた。その軌跡がぼんやりと赤く光り、やがて十字架を模したような短剣の形として浮かび上がる。
自身の魔力を実際に形とし、そして尚且つ操作するのはそんなに簡単なことではない。これも持って生まれた天賦の才というものだろうか。
『(元々あやつは魔力を別の物体に注入し魔具と化したり、物質化させるのを得手としていた。寧ろ血筋に関わるところか)』
「ほらムラマサ。私だって遊んでいるわけじゃないんだよ。ダンテの足手まといにならないように頑張ってるんだから」
いくら体に半分悪魔の血が流れてるとはいえ、ルーナはまだ11歳の子供にすぎなかった。にも関わらず、彼が悪魔討伐に赴く際彼女は必ず同行を申し出る。
最初は恐る恐る、やがて徐々に彼のために露払いを行える程度には実力をつけて。ダンテもそれに対しては不干渉を貫いていた。
「よし、これだけあれば」
彼女は12本に増えた赤の光の短剣を見つめて満足そうに呟き、何気ない所作で手で空を切った。剣の一振りに似た所作に合わせ、短剣たちは路地の暗がりに吸い込まれていく。
そして、キィィィという醜い悲鳴が暗がりから湧き上がった。
『なんだ、気が付いていたのか。不意打ちで慌てふためく貴様の姿を見たかったのだがな』
「ムラマサ、趣味悪いよ」
悪態をつきながら、慣れた手つきでルーナはムラマサの鞘を払い刀身を顕にさせた。両手で柄を握り腰だめの姿勢で構え、地を蹴り路地裏に小さな体を飛び込ませる。
丁度日は西に傾きかける頃合いで、ルーナが飛び込んだ路地裏は夕日の光が差し込まずに暗がりになっていた。
暗くても、その気配は十分に感じ取ることができる。親切なことにも闇から滲み出るように悪魔の方から姿を見せてくれた。
ぼろ布を纏い鎌を持つ、まさに動く骨格標本といった外見の悪魔が3体ほど。先ほどルーナの短剣に突き刺さったのを含めたら4体だ。
数としては決して多い部類には入らないが、見つけてしまった以上このまま放置していくわけにもいかない。たかが4体、されど4体だ。一般人には十分脅威となり得る。
「一人で戦うの、そういえば初めてだっけ」
『私は頭数に入れていないというわけか。何とも酷い主だ』
ムラマサの無駄話に耳を貸していたら日が暮れてしまうので、ルーナは彼の言葉を無視して目の前の悪魔に肉薄した。
大きな鎌を持つ悪魔にその行動は自殺行為に見えたが、むしろ小柄なルーナにとっては好機を生み出すのに必要なことだった。
いきなり懐に飛び込んできた獲物に悪魔が驚いているうちに、ムラマサを振り上げ脳天から一刀両断する。
日本刀としても細い部類にあたるこの魔剣の使い方としては間違っているのだろうが、生憎ルーナの周りには日本刀を振りまわすような危険人物はいなかったので扱い方を知る術がなかった。代わりに身の丈ぐらいの大剣を振りまわす危険人物はいたので、彼を参考に魔剣を振るっているのだがどう贔屓目に見ても乱暴としか言いようがない。
同じような作戦で次の悪魔にも急接近するが、流石に二度も同じ手は通用しない。鋭利な鎌がルーナの首があったところをざっと横切った。
ルーナは悪魔の微妙な腕の動きを感知して咄嗟に後ろに下がり、その勢いで宙返りをして距離をとったため事なきを得た。
「ワンパターン戦法はやっぱりダメ?」
『貴様と違って学習するのだよ、悪魔は』
「人を馬鹿みたいに言うの、やめてくれないかな?」
『馬鹿と言われるのが嫌なら、愚か者と呼んでやろう』
ルーナは無駄口を叩くムラマサを鞘におさめ、大きく息を吸い込み、吐き出した。その間にも悪魔は様子を窺うようにじりじりとこちらににじり寄ってくる。打ち合わせでもしたのか、残っていたもう一体も微妙にタイミングをずらして近づいてくる。
それでも慌てず騒がず、彼女は鞘を左手で持ち柄に右手を添え、静かにその時を待っていた。目を閉じ、視界を闇に染める。聞こえるのは悪魔の息遣いと足音だけだ。
彼女が襲い掛かってこないので、焦れた悪魔が奇声と共に飛び上がりつつ得物を振り上げた。
瞬間、彼女の目が開く。
右手が動き、鞘から刀身を抜き払う。
ただ刀を抜いただけの所作に見えた。事実悪魔もそう思ったのだろう。
目の前の獲物に鎌を振り下ろそうとして、体が動かないことに気が付き漸く何かされたことに考えが至る。
後ろに控えていた悪魔もそうだ。
目の前の同胞の体と同じような不自然な切れ目が体を横切っていることに気が付くのに僅かな時間を要した。
不敵な笑みを浮かべて、ルーナは背中にまわした左手に握る鞘に抜いた刀を戻した。
パチン、という軽い音と共に目の前の悪魔が崩れ落ちる。砂のようなものが地面に流れ落ち、それが今この場に悪魔がいたことの唯一の証拠となった。
勝利の余韻をルーナが噛みしめていたら、案の定空気を読まない魔剣が口を挟む。
『40点、といったところか』
「悪い所あったの? 言われた通りにしたつもりなんだけど」
『まだ刃で斬ろうと思っているだろう、貴様。私は空間を斬り斬撃を延長させろと伝えたはずだが』
「空間って斬れるものじゃないよ」
『次元すらも斬ろうと思えば斬れるものだ』
偉そうに高説を垂れる魔剣は無視する。ルーナの腕ではどう考えても無理なことを何度もこの魔剣は要求してくるのだ。
そんなことよりも、ルーナは今は勝利の喜びを噛みしめていたかった。正真正銘自分の力だけで悪魔と戦い勝利を収めたのはこれが初めてなのだから、無理もない。
もっともダンテがいると言っても彼は彼でターゲットの悪魔と対峙していて、周りの雑魚と戦うことが多いルーナを助けてくれたことなんて、彼女がムラマサを操るようになってからほんの数回なのだが。
「うん、怪我もないし上出来上出来! 後は事務所に帰るだけで――」
背中に走る怖気。あやふやだが不快感を覚える何かを彼女は捉えた。
瞬間、自分の直感に従いルーナは咄嗟に体を屈め横っ飛びに飛んだ。
それは本当に偶然だった。
完全に気を緩めていたから、後ろの気配に気が付けていなかったのだ。 最初に光の短剣を投げ倒したと思い込んでいた悪魔。そいつが背後からゆっくりと近づき彼女の首を刈り取ろうとしていたのだ。彼女の首を斬り落とすことには失敗したが、巨大な鎌はルーナを傷つけるには十分の大きさがあった。
「ッ…………!!」
屈んだおかげで首に傷はなかったが、頭を刃は掠めていった。常人ならそれでも十分脅威となり得るが、幸い彼女は半分は悪魔だった。故に、少しの傷なら何もせずとも勝手に治っていく。だが、流れた血が消えうせるわけではないし痛覚がないわけでもない。
今まで味わったこともない痛みと流血にくらりとした時、
『……来るぞ』
「ちょっと、待って――――!!」
主が怪我をしたというのに全く優しくない魔剣だ。ルーナは内心で悪態をつきながら魔剣を構えた。しかし、僅かと言えど痛みと鮮血は彼女に想像以上の動揺を齎していた。
『(やはり1人で戦うには荷が勝ちすぎているか? それとも奴がいないせいか?)』
自分の使い手が窮地に陥っているというのに、ムラマサは落ち着いて分析などしている。彼はどこまでも主に冷たい魔剣であった。
ルーナは必死でいつもの自分に戻ろうとしていたが、手が震えて思うように動かない。
歯の根が合わない。足が竦んでしまう。まるで蛇に睨まれた蛙のように、命を刈り取ろうと近づく死神を見つめるばかりだった。
――――あぁ、こんな所で死ぬのか。でも、それも当たり前かな。
彼女が開き直るような諦めの念をその顔に過らせた時、
目も眩むような稲妻が視界を真っ白に染める。太陽を直接見つめたような痛みが目の奥にじんと広がり、慌てて目を閉じた。
疼痛がおさまってから恐る恐る目を開けると、思いもよらない光景が目の前に広がっていた。
目の前に立つ悪魔は、不自然な恰好で固まったまま紫電を纏って立っていた。雷の直撃でも受けたのだろうか、体が麻痺して断末魔をあげることすらできなさそうだ。程なくして、その姿を砂に変えて崩れ落ちる。風が悪魔の残滓を攫っていった。
「た、助かった……?」
『馬鹿、気を抜くな』
ムラマサに叱咤され、慌ててルーナは気を引き締め雷撃を放った者を探し始める。数秒も経たないうちに彼女はその人物を見つけることができた。
夕日を背負い、長い金髪が光を吸い込んだかのように輝いている女性。
モデルも裸足で逃げ出すような容姿だが、ルーナはその姿ではなく顔だけを凝視していた。
「……写真の人、だ」
会ったことはない。でもルーナは知っている。
まだ戦い方も分からず事務所でダンテの帰りを待っていた2年前、彼の机に大切そうに置かれていた写真。そこに映っていた女性に間違いない。
しかし、ルーナは彼女の名前は知らなかった。
そして目の前の美女もルーナのことを当然知らなかった。
だから二人が発する言葉は必然的に一つへと集約する。
「「Who are you?(あなたは、誰?)」」
長らくご無沙汰していたルーナの回です。
彼女の強さは雑魚相手ならそこそこ渡りあえても咄嗟の対処法ができていないため、不意をつかれると非常に弱いというぶれが激しいものです。
ルーナはクラリスより悩むことも見せず天真爛漫なのですが書いている方としては別の意味で実は苦しんでいたり。
ムラマサは自分でも割と気に入っているキャラ(刀?)です。アグルドとは違う意味でよく喋るやつですね。
ルーナと出会った彼女の正体は、大方予想がつくかと思いますが次回さっくりと紹介予定です。