「で、結局トリッシュさんはダンテさんの何なの?」
激戦の果てにボロボロになったパーカーを投げ捨てつつ、ルーナは唇を尖らせて尋ねた。ついでと言わんばかりに同じく雑巾同然になったショートパンツも脱いでベッドの上に放り投げる。
「さぁ、どう見えるのかしら」
「……ずばり、恋人さん!!」
ショーツ姿で見栄も何もないのだが、精一杯胸をそらして恰好をつけながら言う。得意満面に微笑むルーナがおかしかったのか、トリッシュはくすりと笑いながら、
「残念。本当にただの元相棒よ」
「へぇー……。それは大変だったね」
心底気の毒そうな声音で少女は言う。トリッシュも否定はせずに同意するような笑顔を浮かべるだけだった。
「今のあなたも十分立派よ。ダンテとあれだけ軽口を交わしている子供なんて初めて見たわ」
「昔は丁寧に喋るように努めてみたんだけど、彼の生活見ていたら気を遣うのが何だか馬鹿らしくなって」
当の本人が聞いたら抗議したくなるようなことをルーナは平然と口にする。だが、ダンテのことを話すとき、心底嬉しそうな顔を彼女はしていた。その様子を見て、トリッシュは彼女とダンテの関係のほとんどを想像することができたのだった。
***
悪魔との激戦の後、疲れてへとへとになっていたルーナは結局ダンテに担がれたまま帰宅する運びとなった。荷物のような扱いを受けることにルーナは反対したが立てないのだからしょうがない。ダンテの肩にひっかけられるようにして運ばれながら、ルーナは今度から歩ける程度の体力は残しておこうと心に誓ったのだった。
帰宅して早々見るも無残な服を着替えるためルーナはふらつく足で自室へ向かい、彼女の着替えの手伝いをトリッシュが名乗り出て現在に至る。
事務所に戻るまでダンテとトリッシュが交わす他愛のない会話を聞いて、ルーナは内心羨ましいなどと思っていたのだがトリッシュがそれを知る由もなかった。
トリッシュに戦闘時についた砂埃や血を拭ってもらいながら、暇つぶしにとルーナはこの2年間の話をしていた。
こうして第三者に過去のことを話せるようになったのも自分にとっては大きな変化なのだろうか。今でもあの凄惨な現場を忘れてはいないが、話せないほど辛いものではなくなっていた。
「悪魔に家族を殺されてダンテが偶々助けた……。彼らしいと言えば彼らしい話ね」
「最初は孤児院に行くって話もあったんだけど、何だか半分悪魔の私って悪魔から見てもおいしい存在みたいで。何だかんだ危ないからここに住まわせてもらってるの」
「確かにそういう話は聞くけれども、あなた自身が悪魔を倒せるようになる必要はあるのかしら?」
「最初は護身術のつもりだったんだけど、色々できた方がいざという時役に立つかなって」
そもそもダンテの側にいていざという時があるものかどうか。
トリッシュはそう言いかけたが、もし彼女が独り立ちをする時期を迎えたら彼女を迎える危難は容易に想像できる。ならば幼い頃から武術の心得や悪魔の力の使い方を把握するのは強ち間違いでもないのかもしれない。
「こういうのは悪魔である私が言うのもなんだとは思うのだけれども、あなた、自分が悪魔の血を引いていることはショックではなかったの?」
「ショックだったよ。こんな自分嫌だったって思って死のうと思うぐらいに。でも、ダンテが人間だって言ってくれたから」
「……そう」
トリッシュの脳裏にもよぎる、彼の信念とも思しき言葉。彼女もまたその言葉に救われたということなのだろう。
「ダンテが人間だって言ってくれるから、私は私のことを信じることができるの」
彼女はそんなことを鼻歌まじりに言いながら着替えを済ませ、階下のダンテが待つ事務所へと降りていった。残されたトリッシュは彼女が最後に残した言葉をもう一度頭の中で繰り返す。
「……それは、とても寂しいことじゃないかしら。ルーナ」
物悲しさを含んだ短い呟きに気が付いたのは、部屋の片隅に置かれている魔剣だけだった。
***
「それで、わざわざこんな所に来た理由は何だ? ちょっと観光がてらってわけじゃないだろう?」
「以前住んでいた街を観光するほど、私も暇じゃないわよ」
机に脚を投げ出すいつものスタイルのダンテ、そして彼の脚が載っている机の隣にトリッシュ、古ぼけたソファの上にルーナ、とそれぞれがそれぞれの定位置にいた。
着替えを済ませて出てきたルーナは、似たようなパーカーとショートパンツに身を包んでいる。担がれて運ばれたことを根に持っているのか、眉間に皺を寄せて二人の会話を聞いていた。
「ちょっとあなたの耳に入れておいた方がいい噂があったから、その話をしに来ただけ」
「その噂ってのは?」
「あなたが喜びそうな話が2つ。どう?」
「そりゃ気前のいいことで」
自分が喜びそうな話と言われているのに、ダンテは少しも嬉しそうな顔をしていなかった。無論、トリッシュの発言が言葉通りの意味ではないと分かっているからだ。ルーナもトリッシュが言うであろうことの大体の内容を察して、口をへの字に曲げている。
「一つは本当に面白い話よ。最近悪魔を狩る悪魔が現れたようなの」
「悪魔が、悪魔を?」
心底驚いたらしく目を丸くして、ルーナが口を挟む。
「その容姿は不明。人間を襲うことはなく、ただ悪魔のみを狩っているという話よ。あくまで、噂だけれどもね」
「それ、実はお前のことだった、というオチはないだろうな?」
「あら、あなたと違ってそんなくだらないジョークは言わないわよ」
「それって本当に悪魔?」
悪魔が悪魔を襲うということは全くありえないことではない。破壊衝動の塊のような悪魔が悪魔しか周りにいない空間では共食いのような現象を起こすことがある、とはルーナも聞いたことがあった。
だが人間のいる人間界では悪魔が悪魔を襲うようなことはまずないはずだ。疑問を投げかけるルーナに対してトリッシュは肩を竦めて、
「実際それが悪魔かどうかもはっきりはしていないのよ。現れるのはきまって夜。人の形をしているようにも見えるという話もあるぐらいよ」
「なにそれ……?」
全く想像もつかない話に、ルーナは首を傾げる。ダンテは興味があるのかないのか、何も返さない。トリッシュはそんな彼に興味を持たせるためか、ちらりと彼に目をやりながら
「確かなのは悪魔がでてくるところに必ず姿を見せて、あっという間に倒してしまう。まるで悪魔みたいなやり方で、ね」
「正義感に燃えた悪魔か、はたまた何かの悪巧みかってことだろ?」
「あら、分かってるじゃない」
事あるごとに息の合う様子を見せる二人。そんな二人を見て顔を曇らせるルーナ。
本人たちにはそんなつもりはないのだろうが、何だか見せつけられているようで胸の奥がざわついてしまう。
ソファの上のクッションを手元に引きよせて、千切れんばかりの力で抱きしめる。ダンテに対して尊敬する人以上の感情は抱いたことがないはずだが、知らない人と話している様子はどうもルーナにとっては胸のおさまりがよい話ではなかった。
「それで、もう1つは?」
「ここから近くの街が悪魔のパーティ会場になっている、とでも言えばいいかしら」
「これまた景気のいい話だな。会場設営はどこのイカレたチームだ?」
「そこまでは知らないわ。黒魔術に没頭した個人かもしれないし、団体様かもしれない。本当は私で始末したかったのだけれど、ちょっと気になる噂も聞いたことだし、ね」
「……そこ、行くの?」
簡潔な言葉でルーナが尋ねる。返事の代わりに、ダンテは投げ出していた足で机を蹴飛ばすようにしながら立ち上がった。もはや見慣れた、仕事の準備の合図だ。
ルーナも立ち上がり、自室にあるムラマサを自身の魔力で引き寄せた。ダンテがリベリオンを合図一つで呼び戻すのと同じ要領だ。引き寄せられたムラマサは、ルーナの掌に吸い込まれるようにして収まった。ダンテも帰ってきた時に外していたリベリオンを背中に負い、机に上に投げ出してあった二丁拳銃をガンホルダーに収める。
細かい情報をダンテがトリッシュから聞いている間に、ルーナはそろそろと机の上にある写真立てに近づいた。見れば見るほど写真の中の女性とトリッシュは似ている。
だが、同時にどこか違うとも思う。どこがどうとは言えないが、トリッシュの持つ鋭さはこの写真の女性にはない。逆に、トリッシュにはこの女性が滲ませている柔らかさが欠けているような気がした。
「(恋人とかじゃなくて……なんだか、お姉さんとかお母さんみたいな感じなんだよね……写真の人は)」
「ルーナ、聞いてるか?」
「え? あ、うん、聞いてるよ。大丈夫大丈夫!」
いったい何を聞かれたのかは分からないが、大したことじゃないだろうと思って適当に相槌を返す。
それで十分と判断したのか、再びダンテとトリッシュが会話を交わし始めた。そんな二人を見るのが何だか面白くなくて、一足先に事務所を出ることにする。
「うーん……。落ち着かないなぁ」
『連戦だからな。武者震いがするか?』
「そっちじゃなくて! でも、そうだね。ちょっと連戦は疲れる……かな」
『それも街1つ規模か。いったい何がどうすればそうなるのやら、我も興味がわいてきたな』
「変な興味出さないでよ。付き合わされるのは私なんだから」
ムラマサと軽口を叩いていたら、胸のもやもやも少しはすっきりした。折しも、大きな音をたてて入口の扉が開く。
蝶番が外れんばかりの、ドアを開けるだけにしては大きな音が響く。程なくしてダンテとトリッシュが出てきた。
トリッシュは別件の用事の方を済ませるためか、ダンテとルーナに軽く手を振って別れの挨拶をした後、すぐに街の夜の中へ消えていった。
***
「ダンテ、トリッシュさんって机の上の写真の人?」
「気になるのか?」
「別に」
自ら聞いておきながらも、わざとらしいぐらいそっけない態度をとるルーナ。不安とも焦燥ともとれぬ、複雑な表情を顔に貼りつけている。まるで陸に上がった魚のように口を何度も開け閉めし、顔が少し赤くなっていた。
「残念ながら別人だ。……ルーナ、もしかして妬いてるのか?」
「そんなわけないってば! 私、ダンテに惚れるほど男の人見る目、腐ってないつもりだから」
ダンテはからかうつもりで訊いたのだが、ルーナにとっては爆弾並みの効果があったようだ。紅潮していた頬が赤みを増す。だが、吐き出された言葉は辛辣なものではあった。
無理矢理とってつけたような言い訳を何度か並べ、はぐらかすように彼女は足を速めた。あっという間にダンテの姿が遠くなる。
彼が本気になればあっという間に詰められる距離だ。だがそうしないということは、彼女の不自然さを察知して珍しく気を遣ってくれているのだろうか。
彼の影が見えなくなってから、やっとルーナは足を止めた。冷たい夜の外気のおかげで、頬の火照りも幾分か治まったようだ。
『少しは落ち着いたか? また怪我をして立ち竦むのは勘弁してくれ。腰を抜かすのもな』
「それは……うん、ごめんなさい。反省してます」
『ところで、貴様はあの女に妬いてるのか?』
似つかわしくないことをムラマサが訊いてきたため、内容も相まってルーナは噴き出してしまった。すぐに言葉を返そうとして、唇の動きがそこで止まる。
トリッシュがダンテと仲良くしているのを見るのは、確かにどことなく面白くない。例え別人と聞いても、写真の人に似ているのも気に入らない。
だからといってトリッシュが嫌いなわけではなかった。
ただ、彼女がダンテとの間にルーナの知らない関係があるということを示唆されると、どこか落ち着かない気分になる。彼女の強さがダンテの隣にとてもふさわしいように見えて、自分が彼にとってふさわしくないように思える。
まるで自分が置いていかれたような不安感。それはルーナという存在そのものを揺るがしかねないものであった。
「焼きもちっていうより、怖いのかな」
『何だそれは。我には理解できぬぞ』
「だから私もよくわかんない。今はそれより悪魔やっつけることに集中!」
くるりとターンして、ゆっくりと闇から滲み出るように現れた赤いコートの知人に大きく手を振る。これから再び地獄のような戦場に向かうはずなのに、ルーナは唯一信頼している男を満面の笑みで迎えた。
無邪気そのものの笑顔を見て、ふとムラマサは先ほどの戦いの中でルーナが発した言葉を思い出した。
例えトリッシュが自分のせいで怪我をしたとしても、それは自分にとってどうでもいいことだと。彼女は、はっきりと、いつもの調子で答えた。
だから、彼女はトリッシュのことが嫌いなのだろうと思っていた。けれども、着替えを手伝ってもらいながら彼女は当の本人と談笑していた。
『(私には、貴様が一番理解できぬのだがな……)』
理解できないのはきっと自分が悪魔だからだろう。ムラマサはそう結論づけた。
魔剣は魔剣であったが故に知ることができなかった。彼女の持つ不自然さは、常人でも理解できないものだろうということに。
少し間があきました。書いてはいたのですが、書き終わった後以前書いたものを投稿するとなると、また何度も加筆してしまうという悪い癖です。
そしてついに仕事でキーボードを叩き、家でも叩いてたら筋肉痛になりました。程々にしないと少し仕事に響くのでちょっとテンポを落としていきます。
今回は戦闘なしの落ち着いた回。トリッシュのセリフ回しは大人びたお姉さん+面倒見もそれなりにいい感じかなと思って書きました。
そしてルーナの様子はちょっとおかしい感じなのかな?といったところで、
次回からやたら戦闘です。宜しくお願いします。