Devil Sisters   作:千代里

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<17>Side:Luna-心知らず

 ぽつり、と雨が落ちる。気絶している彼女の顔を、髪を、その四肢を、しとしとと降り始めた雫が濡らしていく。

 その場は先ほどまで身の丈をもある大剣を振るう2人の剣士が争っていたとは思えないほど、雨音だけを響かせた静かな空間となっていた。

 

 壁に凭れかかって死んだように眠っている女性の顔色は、実際死人ではないかと思うほど青白い。呼吸も浅く、死人と間違えてしまいかねないほどぴくりとも動かなかった。

 

 

「彼はこういう後始末が苦手なんですよね。ほとんど死にかけなことぐらい見れば分かるでしょうに」

 

 

 そんな彼女を見つめる人影が1人。雨の中傘も差さず、しかしそれを嫌がるような素振りすら見せず、ただ倒れている女性を見つめている。

 整えられた黒髪は片目を隠すように分けられている。顔には年相応の貫録ようなものが宿っているが、同時に若さのようなものも併せ持っているような不思議な顔立ちをしている。

 茶色のコートの下にはベルトに装着されたガンホルダーが顔を覗かせていた。

 この雨の夜に似つかわしい不思議な存在。ただ、昼日中の街では馴染めない影のようなものをその身にまとっているようであった。

 

 

「あなた方の境遇には同情するものもありますが、死にたいなどと言ってはいけませんよ」

 

 

 彼は彼女の顔を見られるよう屈み、そして彼女の額に手をやった。まるで子供の熱を測る母のように、ごく自然な動作でそれを行う。

 

 

「力を求めすぎて何故得ようとしたか、目的を見失った者を私は知っています。だからといって力に絶望することもないでしょう。私はあなた方の可能性を見てみたい」

 

 

 彼女の額と彼の掌の間から僅かに光が漏れる。ダンテがその場にいたのならその光が魔力から生まれたものであることに気が付いたであろう。そして青年が彼女に自身の魔力の一部を分け与えているということにも。

 

 

「彼はそれを自らの正義のために振るうことにしました。私はその力を友人を守るために使うことにしました。あなたの妹はどうやら力を求めているようですが、あなたはどうなのでしょう?」

 

 

 彼がいくら問いかけても彼女は意識を失っているため答えるはずもない。青年はやがて立ち上がり、その姿を闇へと紛れさせた。

 

 

***

 

 

 ルーナの体を奪ったムラマサの一刀がトリッシュに迫る。そのあまりの速さに対処のしようもなく、成す術もなく首を切り裂かれると思ったトリッシュだったが、

 

 

「……?」

 

 

 刃は首に触れている。だが血は一滴も流れていない。ムラマサはまさにトリッシュの命を奪う直前でその刃を止めていた。

 そんな折、刃の上にぽつりと雨粒が落ちる。ぽた、ぽたと雫の落ちる音だけが緊張した空間の中に響く唯一の音となった。

 

 そしてその静寂を破ったのは、元々彼の主である悪魔だった。

 

 

「どういうつもりだ、ダンタリオン。貴様、遊んでいるのか?」

 

『……ははははっ!!』

 

 

 少女の姿をした魔剣は低い声で高らかに笑う。返事とも言えぬ返事に悪魔の顔が醜悪に歪む。トリッシュは少しでも動いたら自分の首が斬れかねないので動きこそしなかったが、漂う不可解な空気は感じ取っていた。

 

 

『やはり貴様の策はつまらん。つまらんよ、カプス。この娘の歪みに比べたら貴様の、策を弄して数多の者を生み出す技術など、取るに足らないものに過ぎぬ』

 

 

 少女の顔には不釣り合いな老獪な笑い。実に悪魔らしい、悪意が詰まったぞっとするような笑みを浮かべて、しかしその目は今は魔剣の意思を表していた。

 魔剣は、呆れと失望の色をその瞳に浮かべ挑発するかのように悪魔を見る。睨むのではなく、ただ格下の者として見つめる。

 

 

「裏切るつもりか、貴様!!」

 

『裏切る? とんでもない。我は貴様が面白そうだと、貴様は我に違う世界を見せてくれると思って従っていたのみ。そして最早貴様はつまらぬ者となり下がった。それだけのことだ』

 

 

 そう言った瞬間、彼女の姿が視界から消える。ダンテがいたら見えていたことだろう。彼女が両手で剣を構え、1本の槍のように悪魔に向かって突進する姿を。

 

 どすっという重苦しい音と同時に、カプスと呼びかけられた悪魔が呻く。ムラマサと呼ばれる魔剣は嘗ての主だった者の腹を貫いていた。だが、その魔剣を握る者の目には、既に肉体の持ち主であるルーナの意思が宿っていた。

 

 

「……ムラマサ、ありがとう」

 

『我は我の為したいことをするために邪魔者を排除したのみだ、だというのに礼を言う貴様の心情は理解できぬな』

 

「貴様らぁ……!!」

 

 

 刺された方のカプスは、怒りにその顔を染め気を抜いていたルーナの首を躊躇なくつかみあげた。ルーナに続き雷撃を打ちこもうとしたトリッシュの動きが、彼女を巻き込むことを恐れて止まる。

 彼は先ほどまでの余裕はどこへやら、一切の手加減をせずルーナの首を締め上げていた。ムラマサは依然として彼の腹に突き刺さったままで、ルーナは拘束から逃れるためにただもがくことしかできなかった。

 

 

「貴様もダンタリオンも我を虚仮にするというのか! 魔界で随一の魔科学者たる我を!!」

 

「そ、んなの……知るか……!!」

 

 

 乱暴な口調で彼を否定し、しかし息もできないまま視界がぼんやりと霞みはじめていることにルーナは死の気配を感じていた。トリッシュが二丁拳銃を抜く姿がちらりと見える。

 彼女が引き金を引こうとした時、自分を掴んでいる悪魔が彼女に視線をやった。その時、ふ、と首の拘束が緩まりルーナは石畳に無様に着地する。

 

 目の前にはトリッシュの方を向いて、不自然な形で固まったまま微動だにしない父たる悪魔の姿。そして彼の腹に刺さったままのムラマサが、まがまがしい光を漏らしていることに気が付いた彼女は一も二もなくその柄に飛びつきより深く、彼の体内へと刃をねじ込んだ。

 持っている者の意識を乗っ取るのならば、刺さっている相手に対しても同等のことができるのだろう。ムラマサの主への徹底的な反抗を助力する形でルーナは持てる限りの力を込めた。傷口がより広がり、血反吐を吐く悪魔は自らを貫く刃を忌々しげに見つめていた。その体は未だ魔剣からの干渉を受けているのか、不格好な姿勢で固まっている。

 

 

 

「ダンタリオン……貴様、我の体を……操ったか……!!」

 

『言ったであろう、カプス。貴様は、我には不要だと。人心を読み操れる我、されど人心を理解できぬ我が必要とするのは悪魔の心ではない』

 

 

 ルーナがムラマサに魔力をこめると、ムラマサがカプスの体内でそれを斬撃の波動とする。いつもは抜刀の姿勢で行っていたそれは、ムラマサ本来の魔力も用いたのか、より強力な衝撃波として内側から彼の体内を八つ裂きにしていた。

 そして勢いよくルーナはムラマサの刃を抜く。ぱしゃっと多量の血が石畳を紅に染める。雨で血濡れの水たまりが地を染めていくのと同時にルーナの父であった悪魔は崩れ落ちた。

 

 

「……ルーナ、貴様は悪魔だ……。その血も、その心もな……」

 

「分かってるよ、パパ。私は悪魔。でも、ダンテが人間っていうから」

 

 

 そこで彼女は顔をあげる。雨で白く霞がかった路地裏から、滲み出るように紅のコートの男が現れる。ルーナは彼を見つめながら、自分が手にかけた実の父親に対して言った。

 

 

「ダンテが人間っていうから、私は今はまだ人間でいる」

 

「自分が何者であるかすらも、他に委ねるか……まさに……人ではない、な……」

 

 

 そして、彼の肉体は砂粒のようなものへと変化をし、消えた。彼女の目の前から父親であった存在が完全に消え去ったことを確認し、ルーナは漸く安堵の溜息をつく。

 ムラマサを鞘におさめ、自分を助けてくれた魔剣に、彼女はまず改めて礼を言うこととした。

 

 

「ありがとう、ムラマサ……じゃなくてダンタリオンさん」

 

『貴様に礼を言われる筋合いはない。言ったであろう。我は貴様を観察するために貴様を生かしたのだと』

 

「でも、ありがとう。すごく助かった。トリッシュさんも、助けようとしてくれてありがとう」

 

「ええ、でもあなた1人でも片づけられそうだったわね」

 

 

 ウインクをしながら、軽く返事をするトリッシュ。ルーナは肩を竦めてそれを返答代わりとする。力量ではトリッシュには劣るのだから、彼女に褒められても素直に受け取ることはできない。

 実際ムラマサがいなかったら自分は父に連れられ、二度とその魂は目覚めることがなかっただろう。ルーナにはそのこと自体も怖かったが、それ以上にムラマサを用いて自分の体でダンテを傷つけることになっていたかもしれないということの方に嫌悪感を覚えていた。

 

 

「魔剣に助けられるなんて、珍しいこともあったものね」

 

「でも、彼は優しくないから、私が油断したら今度は私がパパみたいになるだけだと思うよ」

 

『そうだな。だが、貴様がそれを許さぬようになればよい。カプスは我を頼った。我が認めぬ者が我を頼るのは、貴様らの言葉では道理というものから外れるのだろう』

 

「なら、精一杯精進することにしようかな?」

 

 

 そう言ってルーナはダンテに手を振った。ムラマサは彼の登場によりいつも通り口を閉ざす。自らの嘗ての主を殺めたこともまるでとるに足らぬ些事であるかとでもいうように平時を貫き通していた。

 

 

『(……我を楽しませてくれよ、ルーナ)』

 

 

 トリッシュはふっとルーナの側に人影のようなものが立っている気がして、軽く目を擦った。再度見つめた時にはその姿は既にない。見間違えたかと思い彼女はすぐにそのことを忘れた。

 数多の仮面をつけた、道化師のような身なりの、長身の悪魔の影のことを。

 

 

 

***

 

 

「あのカプスとかいう悪魔、死にましたね」

 

 

 まるで今朝の朝食の感想と同じくらい淡々と、男は屋根の上で呟く。その隣にはパーティードレスのようなものを身に纏う女性が1人。その皮膚が青白くなくその目が蛇の目でなければ絶世の美女として世間でもてはやされていたことだろう。

 2人は雨に濡れることを厭わず、戦いの様子を遠く離れた民家の屋根から見ていた。女性の方は溜息をつき、

 

 

「私が態々悪魔が出やすいようにしてやったというのに、結局は無駄だったというわけね。もっとも、最初から期待はしていなかったわ」

 

「彼相手にその程度の小細工は意味がないと思いますよ?」

 

 

 男は苛立つ女性に対して、からかうように微笑を浮かべて言う。女性はしかし、すぐに苛立ちを収めて不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「そうかしら。あの男は人間の心を持つ男よ」

 

「そうですね。少なくとも悪魔はピザを頼んで『オリーブ抜きだ』と注文はつけませんね」

 

「人間の男は、人間であるが故に私の手で滅ぼしてみせるわ。そのためのあなたですもの」

 

 

 妙に勝ち誇ったような笑みを浮かべる女性の手にあるものを見て、男は穏やかに笑ってみせた。

 

 

「約束は守りますよ。私も、悪魔みたいなものですから」

 

 

 その顔はとても優しく、まるで旧友を見守るかのような落ち着きに満ちていた。けれども、彼の瞳はその鋭さを隠せずにいた。女もそれに気が付いてか否か、手にあるものを見せびらかすように軽く振ってみせる。

 男は自らの左胸に手をあてながら、彼女が持つものをじっと見つめ続けていた。

 

 




毎度これでいいのかなと思いつつ投稿する今日この頃です。
サブタイトルはいつも投稿時に決めております。
ダブルミーニングにできたらいいなと思いつつ、なかなか難しいものですね。英語も日本語も言葉遊びさせると楽しいものです(できないけど)。
カプスという名前は本当に適当にたまたまゲームで登場した雑魚の悪魔の種族名から頂戴したのですが、似た単語で「カスプ」というものがありました。
こちらは星座と星座の境界線を意味する単語のようです。悪魔と人間の境界線みたいな所にいる者たちが登場するので、ある意味ぴったりのようにも思いました。
ちらちら出ている謎の男は、漸く登場しました、3人目の主人公です。本登場はもう少し後ですが。
残りは舞台の幕引きのみ。また暫しお待ちいただければ幸いです。
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