Devil Sisters   作:千代里

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Six years ago--それぞれの出会い
<1>Side:Luna-日常の崩壊


 

 

「うわぁ!!」

 

 

 重い瞼をこじ開けたら、目の前が一面血の海だった。

 

 そんな情景がひたすら延々と広がり、視覚を取り戻すと同時に頭を鈍痛が広がる。その痛みに耐えて何度もまばたきしたのに、目の前の光景は変わらなかった。

 

 まるで悪夢のような現象なのに、それはどこまでもリアルだ。

 

 

「う……うぅ……?」

 

 

 ゆっくり体を起こすと、パリパリという硬質な音と共に細かいガラスの破片が辺りに落ちる。

 

 電燈を誰かが壊したのだろうか。辺りは真っ暗で代わりに月光をガラスの破片が反射して幻想的な雰囲気を醸し出している。だが、それとは裏腹にまるでいきなり竜巻が出現したかのように、家具も日用雑貨も一緒くたに破壊されていた。

 

 暗さに目が慣れた頃、漸く彼女は自分がどういう状況に立たされているのか気が付いた。

 

 

「おかあさん……?」

 

 

 確か今日は自分の誕生日で、ホームパーティが無事に済んで心地よい疲労と満足感に包まれて眠っていたはずなのに。一緒に寝ていたはずの母親はいなかった。

 

 父親は探さない。

 いや、探す必要がなかった。

 彼は既に入口で見るも無残な姿で倒れていた。幸い明かりもなく隅に追いやられていたため、少女は哀れな犠牲者の姿を細部まで見ずに済んだ。

 

 彼女はガラスで足が切れることも構わず、急いで廊下に出た。

 当然のように真っ暗で勘を頼りに歩を進める。寝室の惨状とは裏腹に、それ以外の部屋は不気味なまでに綺麗なままだった。

 

 ひとつひとつ母親がいないか部屋を覗きながら、改めて少女は不自然なまでに荒らされた部屋に対して強い違和感を覚える。

 

 そうして全ての部屋を見終わり玄関に辿り着こうとした時、漸く少女は自分以外の誰かの気配を感じとり声を聞いた。

 

 

「……さえ、……れば……」

 

「おかあさん!?」

 

 

 聞きなれた母親の掠れた声を幼い耳はしっかり捉えた。迷うことなく玄関へと足を向ける。扉は開け放たれ、彼女は靴も履かずに外に飛び出た。

 

 そして思わず足を止める。

 

 外には確かに母親がいた。だが、母親だけではなく今まで見たこともない何かまでいた。

 それは少女の知っているどの人間よりも大きく、そしてどう見ても人間には見えない姿かたちをしている。腰に、いかつい体に不釣り合いな細い棒のようなものをさしているため、辛うじて人のような造形をしていると認めることができる。

 

 母はその形容しがたい怪物に頭を踏みつけられ、まさに満身創痍の姿でこちらを見ていた。

 

 

「おかあさん、今なんて……?」

 

 

 遺言を聞こうなどという寂しいことを思ったわけではない。

 

 ただ、聞き取りにくかったから聞き返しただけ。

 

 ――けれども、彼女はこれから長い間聞き返した自分を恨むことになる。

 

 

「**********」

 

 

 荒い息で伝えられた言葉に、少女は何も返すことができなかった。そして、彼女が呆然とたたずんでいる間にも怪物は無情にも母の頭を踏み抜いた。

 

 母であったものが母でなくなるのを、彼女は顔色一つ変えず悲鳴をあげることもなく、見つめていた。

 

 自身の命も、母と同じように吹けば飛ぶように消えるだろうことが予想できたのに。

 

 大きな瞳に涙をためることもなく、少女は呆然と目の前の化物を見つめていた。

 

 

「あなたは……何?」

 

 

 震えることもなく、澄んだ幼い少女の声が目の前の異形に問いかける。

 

 

『随分と寂しいことを言ってくれるな、ルーナ』

 

 

 ソレは少女の母の血肉で汚れた足を一歩踏み出し、どう見ても笑いとしか見えない表情で語りかけた。

 

 

『お前の、父さんじゃないか。私の娘、ルーナよ』

 

 

***

 

 ルーナには父と呼べる男性が2人いた。それは何よりルーナがよく知っている。

 

 だが、今の父親のことを血が繋がってないから嫌だと思ったことはルーナには一度もない。寧ろ母を捨てて蒸発した本当の父の方が、人間としては間違っているのだろうと考えているぐらいだ。

 

 けれども、同時に心の底では本当の父という存在が気になってしょうがないのも確かである。古いアルバムに貼りつけられた精悍な顔つきの男性の顔を、雑踏の中で何度か探したこともある。

 

 そして、結局ルーナは父娘の再会を諦めた。自分が生まれてすぐに消えたような人が、まともに顔を見たこともないような娘と会いたいわけがない。

 

 諦めて、今度こそ心に蓋をしたというのに。

 

 今さら、目の前に立つ昔の写真とうり二つの青年に自分は何を言えばいいのだろうか。

 

 

「……お、とうさん?」

 

 

 先ほどまで目を背けたくなるような所業をしていたのも忘れて、ルーナは尋ねる。いつの間に怪物の姿から人間の姿になったのかすらも気にならない。

 

 母の返り血を浴びながらも、これぞまさに慈愛の微笑と言える笑みを浮かべた父と名乗る者に、ルーナはふらふらと手を差し伸べた。

 男は無造作に、先ほどの姿と変わりなく腰にさしてあった棒をベルトから外し、小さな手にそれを押し付ける。

 

 その不可解な行動の意味を考える間もなく、ルーナは突如掌に加わった重みでバランスを崩し、棒を抱え込むようにしてしゃがみこんだ。

 

 

「どうだ? 少々鈍らになったようだが母親を殺されても顔色一つ変えなかったのは、やはりアレが利いたのだと思わないか?」

 

「?」

 

 

 明らかにルーナに向かって語りかけているはずなのに、その意味をルーナは半分も理解できない。

 

 ただ、なぜか急に彼の笑顔が作り物めいて見えた。まるで人形のように型にはめた笑み。先ほどまでは何とも思わなかったのに、突如背筋に寒気が走る。

 

 顔が恐怖で歪み、声もなくルーナは棒を抱えたまま空いた手でずるずると後ろに下がった。だが、なおも父と名乗る男は続ける。

 

 

「姉とは違うな。あれは全くの役立たずだ」

 

「姉……?」

 

 

 それは、ついぞ聞いたことのない単語だ。ルーナに姉はいない。父に連れ子はいなかったし、母は言わずもがなだ。いるとしたら、目の前の男の血縁しかいない。

 

 頭の中を吹き荒れる疑問の嵐も、そろそろ容量がいっぱいになってきた。両親がいきなり無残な死体となっただけでもいっぱいなのに、これ以上何を伝えようというのか。

 

 ルーナの衰弱した様子を見て男は独り言を止め、まるで荷物でも扱うかのようにぞんざいにルーナの腕を引っ張ろうとした。

 

 その時。

 

 

「女性のエスコートは、もう少し丁寧にすることをお勧めするぜ?」

 

 

 空から、真っ赤なコートの男が、大剣で二人の間を引き裂くように落ちてきた。

 

 二人の間に割って入った男性は、先ほどの化物と比較しても遜色ないのではないかと思えるほどの体躯だ。背中には、彼が振るうにふさわしい武骨な大剣がぶら下がっている。

 両親の亡骸を思い起こさずにはいられない真紅のコートとは対照的な銀髪が、月光を浴びて鈍く光っていた。

 

 憔悴しきっていたルーナの表情は凍りついたように変わらなかったが、対峙する父と名乗る男の方は劇的な感情の変化を顕にしていた。

 常人なら思わず目を背けたくなるような修羅の顔。しかし、男は不敵な笑みを浮かべて正面からそれを受け止めていた。

 

 

「また貴様か!! 何故私の実験を二度も邪魔する!?」

 

「何の話だ?」

 

 

 声を荒げた詰問に、落下してきた男の方は眉を顰めて一蹴した。知っていて黙っているというよりは、本当に知らないという風に見える。

 

 その様子を見て、疲れ切ったルーナは無理矢理自身の思考を覚醒させある一つの考えを導き出す。

 今まで目覚めた時から一度も至らなかった考えが、漸く唇から零れ落ちる。

 

 

「……お願い、助けて」

 

 父の顔は苦虫を噛み潰した顔に変貌し、対する男の方は了承の代わりに酷薄な笑みを浮かべた。

 

 

「ここから先はR指定だ。子供は家に帰っておねんねしてな」

 

「つけあがるのも程々にしろ!!」

 

 父は咆哮すると同時にその姿を先ほどの化物へと変えた。男は背から大剣を抜き、腰だめに構えて突進する。

 

 鋭い剣風が、離れているルーナにまで届くほどだ。自分の命運が懸かっているだろう戦いなのに、ルーナは思わず見とれてしまった。

 

 しかし、このままでは巻き込まれると思い直して慌てて玄関から家の中に入る。彼らの姿が扉の向こうに消える前に、一瞬ルーナと父の視線が交錯した。

 

 

「パパ……?」

 

 

 人の目とは思えぬ凶悪な光を宿した瞳が、ルーナの目を見つめ返している。蛇に睨まれた蛙のように足が竦む。手の中にある、先ほど渡された棒が僅かに震えた気がした。

 

 だが、すぐに赤いコートの男との剣戟が二人の視線を引き裂く。再び父と名乗った悪魔がそこに目をやった時には、既にルーナはそこにいなかった。

 

 

***

 

 道路の石畳が、化物、もとい悪魔が着地するだけで音をたてて踏み割られた。間髪入れず、距離を詰められるが全く見えない速度ではない。

 

 乱入してきた赤コートの男は、ほぼ自分の直感に体を動かすことを任せ、思考のほとんどを先ほどの言葉と現在の状況把握に費やしていた。

 といっても、与えられた情報はごく僅かだ。すぐに、思索は行き止まりにぶち当たった。

 

 

「大事な実験の邪魔をされた割には、随分と悠長な動きじゃないか?」

 

 

 挑発するように言葉を投げかけると、悪魔の顔にありありと嫌悪が滲み出る。男から距離を置き様子を窺うそのさまは、強敵というよりは小悪党に見えた。

 決して今まで戦ってきたものと弱いわけではない。だが、同時に強くもない。

 

「………」

 

「なんだ、もうギブアップか?」

 

 

 目の前の悪魔がもし人間の姿をしていたのなら、恐らく冷や汗を流していることだろう。片手間の攻撃ではあるものの、脅威を与えるには十分だ。

 

 このまま仕留めてしまっても構わない。

 だが、赤コートの男には一つ気になることがあった。

 

 先ほどこの悪魔が口を滑らせた『二度も邪魔をした』という言葉。

 男はこの悪魔と初対面のはずだ。あまりに弱すぎて記憶に残っていないのかもしれないと思ったが、それならそもそもこの世に残っていないはずだ。

 

 自分と勘違いされるような相手、銀髪で悪魔と渡り合える者のことを、彼は知っている。

 

 悪魔はちらとドアの向こうに消えた少女の姿を探すように、家に目をやる。

 悪魔との戦いに巻き込まれた者の常として、大抵被害者は現場から遠ざかろうとするという傾向がある。幼い子供なら尚更だ。

 

 だから、窓に貼りつくようにして食い入るように彼女が戦いを見つめているなんて、思いもよらなかった。

 

 その目は猫のように大きく見開かれ、

 

 先ほど母親を踏み潰されたとは思えないぐらい

 

 無感動で無遠慮だった。

 

 

 追い詰められた悪魔が自暴自棄になって彼女を襲うのかと思いきや、悪魔は絶対的不利の立場で、しかしニヤリと笑ってみせた。

 

 何がそんなにおかしいのか。

 

 不思議に思う間もなく、背中に突き刺さるような冷たい気配を感じ、咄嗟に男は大剣を襲い掛かる何かを防ぐために構え直した。

 

 

「!?」

 

 

 夜の静寂を音高く割り、ガラスが飛び散る。

 窓の向こうにいた少女が、無感動の瞳に不釣り合いな笑みを浮かべて、刀を抜いて飛び上がり大上段から振り下ろそうとしていた。

 

 ギイィンという、耳障りな音が響く。だが、所詮相手は子供。膂力で上回る彼は、彼女を振り払い背後の悪魔に視線をやった。

 

 それは、一瞬の隙をついてまさに逃げようというところだった。

 

 

「少し予定が早まったが、これもまた一興か。まったく、いい仕事をしてくれる!」

 

 

 まるで理解のできないことを言いながら、悪魔は姿を消した。追おうとすれば、どう見ても正気を失くし悪魔のようになっている少女を放置していくことになる。

 彼女の手には、彼女自身にも彼女が暮らす家にも不釣り合いな細い剣が握られていた。

 

 

「ずっと無視されて、頭にきちまったか?」

 

「多少、な」

 

 まさか返事がくるとは思わなかった。

 だが、その声は先ほどの頼りない細い声ではなく、細い体躯のどこからこんな声が出てくるのかと思うぐらいの低い声だった。

 

 相変わらず目は光を失っていたが、その口元だけは嬉しそうに弧を描いている。

 

「何しろ、久方ぶりに外に出たら私を置いて何やら楽しそうに剣を交えているじゃないか。貴様なら、乱入しないという選択肢はないだろう?」

 

「そりゃそうだ。だが、俺なら直接戦う方が好みだけどな?」

 

「なんだ、子供は守備範囲外か? 存外悪くないものだぞ!」

 

 幾度か剣を交え、その力が先ほどの悪魔と比べて勝るとも劣らぬことを体で理解する。それでも人間の、しかも子供の体を操っているためか思うように動くことができないようだという前提が必要であるが。

 

 男の大剣は加減というものにとても向いていない。傷つけないように気を遣って攻撃しているこちらを嘲笑うように、少女の方はわざと紙一重でそれを避けて軽々と宙を舞い、踊るように刀を振るう。

 

 その一つ一つを、彼女の体に負担をかけないように弾くのは至難の業だ。そもそも彼は生身の子供が襲い掛かってくることを前提とした戦い方など、微塵も知らなかった。

 

 さて、どうしたものか。

 

 

 戦いを楽しむ者たちの目が、一瞬交叉する。再度攻撃が繰り出されるものと思い大剣を構えたものの、カランという乾いた音がして突如空気が一気に切り替わった。

 先ほどの、戦いの興奮と張りつめられた空気が瞬時に弛緩する。少女の手から刀が滑り落ちると同時に、彼女はその場に崩れ落ちた。

 

 慌てて地面に激突する前に受け止める。何が引き金でこの現象が起きたのかは分からないが、自発的に止まったのは何よりだ。

 

 

「ふぅ……とんだじゃじゃ馬だったな」

 

『そちらこそ。年の割にはなかなかやるな』

 

「俺はまだ現役なんだがな。そっちこそ、大方何百年も生きているだろうに元気なこった」

 

 

 刀からの言葉に適当に相槌を返しつつ、彼女との戦いで益々その様相を廃墟へと近づけた家の中に、刀の鞘が落ちていることに気が付いてそれを拾い上げた。

 

 刀を鞘に収めた後、今度は刀が触れないようにして少女を担ぎ上げる。

 

 

『先に言っておくが』

 

 とりあえず自分の家でもある事務所にでも行くか、などと考えている時、刀が言葉を発した。

 

 

『我を扱える人間の子供など、おらぬからな』

 

 

 僅かな苦笑を交えた言葉。だが、男の顔色は僅かに変わった。飄々とした気配が僅かに曇り、ちらりと担いでいる少女に目をやる。

 

 

『まったくもって僥倖僥倖。まさか、我の支配を自分で止めるとは。さすが、』

 

 

―――――――悪魔の血をひく子、か。




(執筆日 2012年11月21日)
執筆日から相当間が空いてしまったため、今読み返すと拙い部分もあるかと思いましたが、自分で過去の作品を読み直すのもまた一興でした。
今作の主人公の1人、ルーナが登場した回です。
改訂前よりも、より凄惨かつより悲惨な状況になっています。
今後どのような一面をルーナが見せるかは、作者としても楽しみな部分です。
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