Devil Sisters   作:千代里

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Three years ago--友達
<19>Side:Sisters-少女の来訪


 街が眠りにつき、夜闇に聞こえる声は表から消えた頃、3人の姿はあった。

 1人は金髪の女性。月明かりに照らされた顔は美しいというよりは精悍さに満ちていた。

 1人は黒髪の少女。まだまだあどけなさの残る年齢であるにも関わらず、無邪気な瞳に夜への恐れはない。年頃の少女には不釣り合いな、ごつごつしたブーツが石畳を蹴ってゆく。

 そして最後の1人は銀髪の長身の男性。紅のコートを夜風に翻らせて、まるで夜の支配者のように行く。

 

 やがて3人は道端から下へとのびる階段の前で足を止めた。地下をくりぬいて作ったようなバーはまるで隠れ家のように静かにそこにあった。

 

 

「ストロベリーサンデー、置いてあるといいね」

 

 

 少女――ルーナはそんな物々しい雰囲気も露ほども気にせずに言う。彼女らが向かうのはあるバーだった。最近耳にする噂の真意を確かめるためではあるが、ルーナは純粋にバーという行き慣れない場所に憧れを抱いているようだった。

 

 

「仕事の前に腹ごしらえできるほど、話の分かる店だといいんだがな」

 

「……私は遠慮しておくからな」

 

 

 クラリスはダンテの返事を聞きながら首を振った。今から行くバーの実態は大体掴めている彼女としては、そこで出された物を食べる気には到底なれそうにない。

 ダンテを先頭に、3人は店に入る。ドアベルがちりんと鳴り、店主に客の来訪を伝えた。

 

 迷うことなくカウンター席に腰かけるダンテ。クラリスもそれに倣うが、上背が足りないルーナはまるでよじ登るようにしてどうにか着席した。

 

 

「ご注文は?」

 

「ストロベリーサンデー」

 

 

 素っ気ないバーテンダーの問いに対して、ダンテも同じくらい素っ気なく返す。

 クラリスは呆れて溜息をついた。まさか本当に注文するとは。

 

 

「お客さん……」

 

 

 如何にも酒やつまみとなる軽食を出しそうな渋いバーで、まるでファミリーレストランで好まれそうなメニューを頼まれたらどのバーテンダーだって困惑をすることだろう。

 そんな主人の様子が面白かったのか、ルーナは思わずくすくす笑いを零した。彼女の様子があまりにもバーの様子からかけ離れていたのだろう。離れた席でポーカーをしている男たちが吐き捨てるように言う。

 

 

「おいおい、ここは酒場だ。ガキはとっとと帰ってママにでもくっついてな」

 

「お父さんに連れてきてもらうには、ちっとばかし成長したりないな」

 

「残念。私おかーさんもおとーさんもパパも、もういないの。それに酒場っていう割には、お酒の臭いより鉄臭いにおいがするけど?」

 

 

 少女は男の剣呑な様子に臆することもなく、にっこりと笑みを浮かべて返す。すん、と嗅ぐような仕草までする彼女はまるでダンテの真似をして挑発をしているようだった。

 そんな彼女の浮世離れた態度に関わることを面倒と考えたのか、男はふん、と鼻を鳴らして机で繰り広げられているカードゲームの方に意識を戻した。

 

 

「……で、ないもんはないから出せんよ、お客さん」

 

「そうか……まあいい。それより最近変な噂を耳にした。ここら辺りに最近流行らねえ暴力バーがあるらしい」

 

「暴力バー?」

 

 

 ルーナがオウム返しをするさまを見て、クラリスは彼女が何の話も聞かずにここに来たことを知る。

 彼女と会ってから1年ほど経つが、彼女はダンテのお手伝いを称しているものの彼の活動の本意までは理解せずに行動している節が散見された。

 

 

「何しろ、金じゃなくて命をとるっておっかねえ話だ」

 

「命なんて貰っても困るだけだと思うけどな」

 

 

 あくまで自分のペースを崩さないルーナ。店に入ってから一言も言葉を発していないクラリスとは対照的にルーナの軽口は止まることを知らない。ダンテといる時に限られるが、この少女は悪魔に対して何の恐れも抱いてないのではないかという所作を見せることも、ここ1年で知ったことである。

 

 

「お高めのチップをいただいてる暴力バーってのは……」

 

「悪いな」

 

 

 話を続けようとするダンテの言葉を切るように、わざと聞かせるような大きな声が響く。

 先ほどルーナに絡んでいた人相の悪い客だ。その1人が5枚のトランプを机に広げている。

 

 

「ロイヤルストレートフラッシュか……」

 

 

 ポーカーにおいて最も見ることのない役だ、とクラリスは思い、思わずその感嘆を口にした。

 男はその言葉を賞賛と受け取ったのか、こちらに自慢げな顔を見せつけてきた。クラリスはその顔を見て不愉快そうに眉を顰める。

 

 

「まあそう嫌そうな顔をするな。御嬢さんなら一杯ぐらい、奢るぜぇ?」

 

 

 男が立ちあがりクラリスに近寄ろうとした時、間髪置かず轟音が耳元を掠めた。

 それは銃声。

 普通のハンドガンが出すような音とは思えないほどの強烈なその音と同時に、男の人間としての皮が剥がれ痩せた醜い姿が顕になる。

 それらは3人にとっては見慣れた悪魔という生き物の姿。

 悪魔はクラリスではなく自分に向けて発砲したダンテに向かって躍りかかったが、ダンテは素早く立ち上がりバーの扉を蹴飛ばして外へと出ていってしまった。

 

 

「お客さんが悪魔だったんだ! 私のことを子供扱いしたこと、後悔するといいよ?」

 

 

 一方ポーカーで負けていた客の方も悪魔としての姿を曝け出し、一見無防備に見えるルーナに襲い掛かった。だが、彼女は背中のムラマサの鞘を払い、その刃で悪魔の爪を難なく弾き返す。

 寧ろ戦いを楽しんでいるかのような笑みを浮かべながら、彼女も後退して外へと飛び出す。すかさず後を追うクラリス。だが、彼女の内心はひどく乱れていた。

 

 

「また遅れをとってしまったな……」

 

 

 彼らが悪魔だと気が付いていないわけではなかった。確信には至っていなかったが十中八九そうであろうと思っていたため警戒はしていた。

 なのに、咄嗟の攻撃への反撃がまるでできていない。カリバーンを取り出すことに躊躇し、結果的にダンテに助けてもらってしまった。

 

 1年前に魔人化してからは今まで戦いの際に感じていた高ぶりをまるで感じなくなっていた。まるで自分の中に悪魔が眠っていることを納得してもらうのを今まで待っていたかのように。

 だから安心してもいいのではないかと思う反面、1度染みついた恐怖は早々拭えるものでもなかった。

 

 クラリスが外に出た時には、既にそこは悪魔とそれを狩る者の戦いが繰り広げられていた。先ほどと同じ、とてもハンドガンから撃ちだしたとは思えないほどの大きな銃声が路地に響く。

 

 

「ダンテ、1つは私とクラリスで相手するから!」

 

 

 2丁拳銃から飛び出した2発の銃弾が、見事に2匹の悪魔の額に当たっている。だが、油断することもなくルーナは1匹の悪魔に挑みかかる。

 

 

「クラリス、挟撃!」

 

 

 ルーナに声をかけられるまでもなく、クラリスのカリバーンが一振りで悪魔の背中を切り裂く。長年クラリスが持ち歩くことで、知らず知らずの間に漏れ出た自身の魔力がこの剣に染みわたり、今やカリバーンは一振りの魔剣と化していた。

 悪魔の血を浴びても錆びることもなく、そう簡単に折れることもない。そんな彼女の愛剣に切り裂かれ悪魔は絶叫した。怒りの余り振り向いたところを、今度はムラマサを構えたルーナがにやりと笑う。

 

 

「私のこと、忘れないでほしいかな?」

 

 

 彼女の周囲を取り巻くのは魔力で生み出した刃。それらすべてがダーツのように悪魔の背中に突き刺さる。バーへの階段から転げ落ちる悪魔の上に飛び降りつつ、ルーナはムラマサをそれに突き刺した。

 突き刺した箇所は悪魔の首。人間にとっても致命傷であるその場所は、この悪魔にとってもそうであったらしい。断末魔すらあげず、悪魔の姿が砂へと変わっていく。

 

 

「ダンテ、お前の方はどう……」

 

 

 クラリスが階段下からダンテへと目をやった時、彼はまさの一匹の悪魔に腕を噛みつかれているところだった。

 クラリスの顔色が一瞬青ざめる。だが、ダンテは余裕を感じさせる笑みを称えたまま、

 

 

「やるじゃねえか、ロイヤルストレートフラッシュ」

 

 

 相手をしているのは先ほど強運を引き当てた悪魔のようだ。

 挑発するように言い、彼の愛銃で食らいつく悪魔の顔を吹き飛ばした。流石に一撃では仕留められなかったものの、間髪入れずルーナが接近、ムラマサの刃で一閃し悪魔を灰燼へと帰した。

 ダンテが襲われて我を忘れたのかと思いきや、涼しい顔でムラマサを鞘に収めている。短くない年を共に過ごした故の信頼だろうかと、クラリスは何とはなしにその様子を見守っていた。

 

 これで仕事は終わりか、と思いきや、ダンテは再び階段を降り始めた。

 

 

「自ら借金を増やしに行くつもりか?」

 

「いや、ストロベリーサンデーへの苦情だ」

 

 

 ドアの前に立ち、彼は迷うことなく二丁拳銃のエボニーとアイボリーを扉に向けて撃つ。撃つ。ハンドガンの連射速度を遥かに超えた、マシンガンのような銃声が響く。

 一しきり撃ち終った後には、最早ドアではなく板切れと呼ぶにふさわしい姿になってしまった扉があった。そしてそれが倒れ、ドアの側にいたらしい酒場のバーテンダーが倒れこんだ。

 一瞬彼女らは息を呑んだが、彼の人の皮が剥けてその本性たる悪魔の姿が見えていることに気が付き、得心する。

 

 

「店ごと悪魔の巣窟だった……というわけか」

 

「道理でストロベリーサンデーがないわけだ。次開く時は用意しておきな」

 

「本当にダンテってそればっかり。太るよ?」

 

 

 ルーナは呆れの色を混ぜた溜息をつき、肩を竦めた。何はともあれ、これで仕事は全てと終わったとばかりに夜の街に向けて階段を上り始めた時、ずるり、と石畳の上を何かが蠢くような音が彼らの耳に聞こえた。

 

 

「グガアアァアア!!」

 

 

 立ち上る気配。およそ人のものとは思えぬ悪魔の叫び声。

 だが、3人ともそれに慌てることもなく振り向く。彼等に飛びかかった悪魔の眼前に突きつけられたのは、真っ暗な銃口の穴だけだった。

 

 

「BINGO♪」

 

 

 ルーナが指をピストルの形にしながら嬉しそうに言う。同時に、本日何度目になるか分からない轟音が、夜の静寂を再度切り裂いた。

 

 

***

 

「お前と言う人間は人の話もまともに聞こうとしないのか」

 

「聞いている。だが、生憎俺は子守をしているわけじゃない」

 

 

 日の光が頂点から少し過ぎた頃の昼下がり。机に足を投げ出して雑誌を読み耽るダンテに対して、クラリスは自作のサンドイッチをつまみながらにべもなく言った。

 対するダンテは生返事をしている。出会った当初こそダンテに対して相応の敬意を払っていた彼女だが、程なくしてその態度は彼の普段の態度を見ることで雲散霧消していった。週休6日をモットーとしている男にどうして敬意が払えるだろうか。

 

 クラリスがやや不機嫌な理由は、他者を寄せ付けようとしないルーナの振る舞いについて彼に尋ねたのに、彼がまともに取り合ってくれないからであった。

 

 クラリスやルーナの数少ない知り合いが怪我をしたり悩んでいるような素振りを見せても、ルーナは彼らを心配するような素振りを会ってから一切見せたことがなかった。

 普段の接し方もひどく真っ当な振る舞いをしている一方で、どこか一線を置いているようだった。

 しかし、ダンテについてだけは彼女は異なる感情を見せる。全幅の信頼を寄せ、父のように彼を慕う姿はそれだけ見れば微笑ましいものであった。それ以外の人間に対して、関心を一切持とうとしていないという点に気が付きさえしなければ。

 

 

「あんたが言うほど、ルーナが壁を作っているとは俺には思えないけどな?」

 

「裏表なく言わせてもらうならば、正直私はあの子が分からない。孤児院で面倒をみていた子供たちとはかけ離れている」

 

「1人や2人ぐらい風変りな奴もいるってことだろ。それで当の本人は?」

 

「2階でムラマサの手入れをしてくると言っていた。魔剣に手入れは不要そうだがな」

 

 

 クラリスは部屋の隅に寄せてあるギターケースに目をやる。今その中には彼女のカリバーンが入っていた。部屋のどこかにはダンテのリベリオンが入ったギターケースもあることだろう。

 昼日中の任務の際はそうやって持ち出さないと、悪魔と戦う前に警察に捕まる羽目になる。流石に荒事に慣れていても社会的に抹殺されるのはごめんだった。

 

 

「大体そう言ってあのおしゃべり魔剣と話してるんだよ。物好きなこった」

 

「そうか。まあ、1人でいるよりはましだろう」

 

 

 1人で抱え込むよりは魔剣といえど話し相手がいる方がいい、とクラリスが考えていた時、事務所の扉が開いた。

 何度かダンテが蹴りぬいているらしく、そこだけ妙に新しくなっている扉を開いて現れたのは見慣れた顔の男と場に似合わない客人だった。

 

 

「モリソン、また厄介ごとの依頼か」

 

「そうふてくされるな。今日はちょっとこの子の護衛を頼みたくてな」

 

 

 ダンテの視線が雑誌から離れる。クラリスももの珍しそうに少女を見た。ダンテと話している男の名は分かる。クラリスも何度か顔を合わせたことのある、モリソンという男だった。

 ダンテの腕を高く買っているようで、何度か悪魔絡みの依頼も持ってきていたはずだ。だが、彼の連れている少女は誰だろうか。金髪の柔らかそうな巻き毛に、意思の強そうな青い瞳をしている。着ている服は地味を通り越して質素なものだったが、彼女は自然に着こなしていた。

 

 だが、ダンテはまるでモリソンの言葉など聞かなかったように徐に雑誌を机に置き、電話へと手を伸ばした。

 

 

「……そう、いつものピザ。生ハムアンドガーリックポテトミックススペシャル、だろ?」

 

 

 どうやらモリソンの会話には興味が持てなかったらしい。やや遅めの昼食を頼み始めたダンテを見て、クラリスは肩を竦めてモリソンにちらりと目をやったところ、彼も彼女と全く同じポーズをとっていた。

 一方、少女の方は事務所の中にあるビリヤードに興味を持ったらしく、ごろごろと玉を転がして遊び始めた。

 

 だが、その場にいなくて興味を持った者が1人いた。

 

 

「お客さん?」

 

 

 涼やかな少女の声が天井から降ってくる。と、思いきや黒髪の少女が階段を飛び下りてきた。いつものパーカーに登山靴のようなごつごつしたブーツを履いている。彼女は特に苦も無く1階の床に着地した。

 その軽業めいた所業に、金髪の少女の方の目が一瞬丸くなる。

 ルーナにとってはこの程度の芸は日常茶飯事ではあるが、自分と同い年か少し年下の少女が曲芸染みた行動をしているのは彼女にとっては相当に珍しいことだったのだろう。

 

 

「おう、ルーナ。また大きくなったみたいだな」

 

「こんにちは、モリソン。それで今日はどんな依頼を?」

 

 

 そんな2人の会話をまるで聞こえなかったように、ダンテはいつもの調子でピザの注文を続けている。モリソンが彼に向けて顎をしゃくってみせて、ルーナは納得したように溜息を洩らした。

 小さな子供の護衛。便利屋の仕事としてはさして珍しいものではないが、どう考えても悪魔と結びつかないような仕事に対して彼が反応することは皆無といって等しかった。

 

 

「おい、聞いてるのか、ダンテ」

 

「あんたこそ見えてないのか。今は勉強中だ」

 

 

 受話器を電話に戻し、ダンテは先ほどまで読んでいた雑誌をこれ見よがしに広げる。どう見ても学術書の類には見えないが、彼が何かと理由をつけて拒もうとしているのは明白だった。

 

 

「確かに俺は便利屋だが、ガキのおもりまでする気はねえよ」

 

「ガキ……?」

 

 

 付け足すように言った彼の言葉に、ガキ呼ばわりされた少女が反応する。クラリスやモリソンのような大人からしたら立派な子どもではあるが、このぐらいの年の少女は子供扱いされるのを毛嫌う傾向がある。

 ルーナも同い年ぐらいの年頃だが、彼女は育った環境が特殊なため自分が子供扱いされることに抵抗はない。悪魔の前ではどんな人間も赤子と同等なのだからという考えを持っているからだ。

 

 

「悪いな、お嬢ちゃん。あと10年したら、デートぐらいしてやるぜ」

 

「ふん、10秒で願い下げよ。あたし、年下が好みなの。それにあなたこそ強がっちゃって、実際は年下の方が好みなんじゃないの?」

 

 

 2階から降りてきたルーナ、そしてソファに腰かけてサンドイッチを頬張っている若い女性ことクラリスに目をやる。

 彼女らはきょとんとした顔を互いに向い合せて、そしてくすくす笑いを始めた。

 

 

「ダンテとのデートなんて、命がいくつあっても足りないから私も遠慮するかな」

 

「同感だ。お前とデートをした暁には気が休まる暇がないからな」

 

 

 姉妹に揃って酷い言われようだったが、ダンテは聞こえないふりをした。彼女たちが彼とどこかに行くと十中八九とまではいかずとも5割くらいの確率で悪魔が絡んでくる。

 半ば諦めの境地には達しているものの、2人にとって彼との外出は決して心休まるものばかりではなかった。

 

 

「ふっふっふっふ、相当な言われようだな」

 

 

 モリソンも思わず笑いを零しながら、勝手に冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出しソファに腰かけた。彼とダンテの付き合いもかなり長い。この程度のことで目くじらを立てるような仲ではなかった。

 クラリスの隣に腰かけた彼は、改めて少女の紹介をする。

 

 

「まあ聞けダンテ。ガキとはいっても、おっと失礼。こちらただの御嬢さんじゃない」

 

「名家のご令嬢というわけか?」

 

 

 クラリスが話の流れとしては些か定番すぎる話題を振ってみたが、モリソンは首肯を返した。

 

 

「まさにその通りだ。こちらはパティ・ローエル。かのローエル家の財産を継ぐシンデレラガールだ」

 

「お金持ちの所の子なんだ」

 

「その割には小汚ねぇ恰好だな」

 

 

 相槌をするルーナと、漸く話を聞く気になったのか雑誌を置いて立ちあがるダンテ。徐に彼はビリヤード台へと足を向けた。話を聞きがてら、手慰みに興じるつもりなのだろう。

 一方ただの子供から「いい所のお嬢様」に格上げされた少女に興味を持ったのか、ルーナはパティと紹介された少女に近づいた。

 

 

「あなたは、ここで何をしてるの?」

 

 

 純粋に不思議に思っていたのか、パティは目の前に立つルーナに尋ねた。

 

 

「ダンテのお手伝いをしてるの。部屋の掃除とかその他諸々」

 

「ふーん。あたし、てっきりそこのダンテって人の子供なのかと思ってた」

 

「私の家族はもう死んじゃってるよ」

 

 

 ルーナは躊躇いもなく言う。パティはその発言に一瞬慌てたような色を顔に過らせた。あまりに不躾なことを言ってしまったのかと思ったのだろう。だが、肝心の相手の方は平気そうににこにこ笑っている。

 

 

「ね、お金持ちの家でもお掃除するの? だからそんな汚れてもいい恰好してるの?」

 

「違うわ。あたしはこれからお金持ちになりに行くの」

 

 

 年が近いからか、やや気の強そうなパティに物怖じすることもなくルーナは質問を重ねる。パティも悪い気はしないらしく、少し誇らしげに返事をしていた。

 お金持ちの家の財産を継ぐ者でありながら、お金持ちになりに行くという言葉に疑問を感じるダンテとクラリス。互いに顔を見合わせて、同時にモリソンの方を向いた。

 

 

「先日ローエル家の頭首がなくなってな。遺言により隠し子の存在が明らかになった。それがパティお嬢様ってわけだ。それまでは何も知らずにダウンタウンの孤児院で暮らしていたのさ」

 

「孤児院か。なら、顔を合わせたこともあるかもな」

 

「あれ、お姉さんも孤児院の人?」

 

 

 首を傾げるパティに首肯するクラリス。クラリスは1年前の事件から暫くして安宿を借りて自活を始めたが、ダンテのように便利屋をやる傍ら近所の孤児院のボランティアも行っていた。

 便利屋業の方はダンテと違って客を選ばないため、それなりに繁盛はしている。

 

 

「まあ要するにこのパティ御嬢さんを明日18時までにローエルの屋敷までに送り届けてほしいと、こういうわけさ」

 

「それだけか?」

 

「それだけさ」

 

 

 つまらなさそうに鼻を鳴らすダンテ。彼が引き受けないなら自分が引き受けるかと思うクラリス。ダンテはちらりとドアの向こうへと目をやった。先ほど注文をしたピザが来るのを待っているのだろうか。

 その所作を目ざとく見つけたモリソンは悪戯っ子のような笑みを浮かべ、

 

 

「ピザなら来ないぜ。ピザ屋のアンディにツケを払い終るまでダンテにピザを届けるなって言っておいたからな」

 

「てめぇ、なんの権限で!」

 

 

 途端に目の色を変えるダンテ。

 揃いも揃って駄目な大人を見るような、呆れと蔑みが混ざったような表情をする少女2人は、顔を見合わせて本日何度目になるか分からない肩を竦める所作をした。

 

 クラリスはサンドイッチを食べ終わり、面白そうに2人のやり取りを見ている。だが、同時にモリソンの態度に不自然さを感じてもいた。

 モリソンにしてはやけに横暴な頼み方である。そこまで頑なにダンテに護衛を頼むということは、単に彼が腕利きだからというわけではないだろう。

 

 遂にはコイントスでダンテが行くか、ツケをモリソンが払うか賭けるといった話にまでなっているのを横目で見ながら、クラリスはダンテの机の側で談笑しているルーナとパティに近づいた。

 

 

「ルーナ、出かける準備をしておけ。どうせ行くことになるだろうから」

 

「もうしてるよ。私はムラマサだけで十分だもの」

 

「それもそうだな。……ほら、負けた」

 

 

 苦虫をかみつぶしたような顔をしているダンテを見て、クラリスはにやりと笑った。

 

 

***

 

 

「あなた、ギャンブルは負け組みね。ルーナもそう言っていたけれど」

 

「うるせぇ。ルーナ、何を勝手に教えてる」

 

「本当のことしか教えてないよ?」

 

 

 玄関のノブに手を掛け、眩しい日の光を全身に浴びる4人。

 ダンテは最初1人で護衛をすると姉妹の申し出を突っぱねていたが、女性の扱いがお前に分かるかという2人揃っての言に返す言葉もなく渋々同行を認めた。

 それを見送るモリソンは徐にギターケースをダンテに渡した。その中身を知っているクラリスはやはり、と1つの確信を抱く。

 

 

「ダンテ、忘れ物だ。ライブがあるんだろう?」

 

「……ライブ?」

 

 

 モリソンがこのギターケースの中身を知らないわけがない。故にダンテはライブという言葉の裏に隠された意味を悟り、疑問を返した。だが肝心なことはモリソンは答えない。

 頼んだぜ、という短い言葉を残して1人店を出て行ってしまった。

 

 

「ライブ……ね」

 

 

 その楽しげな言葉の裏に隠された意味を知っているルーナは、眉を顰めた。

 目の前にいるのはお金持ちの夢を見ている1人のシンデレラ。その姿はとても普通で、そしてそれは自分が得たかもしれない姿でもあった。

 悪魔によって日常も彼女の価値観すらも破壊された少女は、無垢な少女を羨望とも諦念ともとれる色を込めた瞳で見つめた。

 

 

「(……何も知らない方がいいんだ)」

 

 

 過去の幻影に執着するように、ルーナはパティを見つめ続けていた。

 




お待たせました、アニメ編開幕です。
今回の章タイトルは友達。ルーナにとっての友達。ダンテにとっての友人。そんな人たちが出てくる章となっていきます。

初回はアニメ1話を踏襲し、バーでの攻防からパティ登場まで。
アニメにすると10分もないようなシーンですが、書くのは恐ろしく時間がかかるものだと痛感しました。
ルーナにとってパティは得られなかった日常の平和を持っている人間の女の子としてうつります。
そんなことを意識しながら書いたものです。
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