Devil Sisters   作:千代里

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<20>Side:Sisters-消えないもの

「(この車買うお金があれば、借金返せばいいだろうに……)」

 

 

 声にこそ出さぬものの、クラリスは通り過ぎていく景色を眺めながら内心で呟いた。

 

 海の見える道路を、1台の真っ赤なスポーツカーが走る。それだけを切り取るとまるで絵になるような情景だったが、生憎スポーツカーは狭く、お世辞にもピカピカとは言えない姿をしていた。

 その狭いスポーツカーを運転するのは持ち主たるダンテであり、彼の隣には今回の護衛対象であるパティが座っていた。クラリスはルーナを抱えるようにして後ろの座席に押しやられるように座り、2人分のギターケースが1人分の席を占めていた。

 小さな子供でもないのに幼児のような座らせ方をしているためか、ルーナはどこか落ち着きのない所作をしている。そのせいではないだろうが、彼女は車に乗ってから一言も口をきいていなかった。

 

 

「ねえ、2人はバンドメンバーなんでしょ? 今度ライブ見に行ってあげる」

 

 

 沈黙に耐えかねたのか、パティがぽつりと話し始めた。どうやらクラリスもギターケースを持ち歩いていることから、彼女なりに2人はバンド仲間であると判断したらしい。

 

 

「ダンテのバンドなんて、たぶん誰も見に来ないからあたしが行ってあげる」

 

「残念だが、俺たちのライブはR指定だ」

 

「……あれ、じゃあルーナも見たことないの?」

 

 

 パティは器用に首だけをクラリスらに向けて尋ねた。

 だが、問われたルーナは心ここにあらずの様子で流れていく海をただただ見つめていた。返事を求めるのを諦めたパティは、再度座り直し、

 

 

「じゃあ、あの写真の女の人は来るのね」

 

 

 けれども、今度はダンテも返事をしなかった。ただ、何かを懐かしむように前だけを見ていた。ルーナもクラリスも以前出会った悪魔の女性にそっくりな写真の女性の正体は知らなかった。だが、彼がその写真を見ている時はどこか郷愁と悲哀が混ざっているような気がして、その女性が既に彼の手に届かない存在になっていることは薄々想像がついていた。

 これまた返事をしないダンテに呆れたのか、パティはため息をついて、そして改めて車内の様子をざっと見渡した。

 

 

「なんにしても、新車買った方がいいわよ。この車、臭いし汚いし狭いし」

 

「そう言ってやるな。私はダンテに車を買う余裕があった方が驚いている」

 

 

 誰も話に乗ってあげないのはかわいそうだと思い、クラリスは苦笑まじりに返した。実際、彼はあまり金銭的余裕がないはずなので車を持っていること自体今日まで知らなかった。

 

 

「それにしてもあんまりだわ。いい? 女にとってはどこへ行くかよりも、その過程の方が大事なのよ。クラリスもそういうことが分かっている男と付き合った方がいいわ」

 

「肝に銘じておくよ」

 

 

 とはいえ、彼女が比較的好感を持っていた男性は1年前に故人となっていることを聞かされている。それに悪魔の血が半分流れている自分が、今さら誰と恋仲になれというのだろうか。

 パティの無邪気な発言が、思いがけず自分の心を揺らしていることにクラリスは気が付いた。やはり自分にとって悪魔という存在は決して相容れないものではないのだろう。そんなことを考えた時だった。

 

 

『ダンテェ……! 小娘の命、もらうぞ!』

 

 

 車上にいるわけもない、嫌悪感をもよおす声がクラリスとダンテの耳に飛び込む。ダンテは顔色1つ変えず運転を続けているが、その表情はより険しいものになっているだろうとクラリスは直感した。

 ルーナは今の声が聞こえなかったのか、それとも聞こえていても反応できないけど自分の思索に耽っているのか、パティ同様気が付いている素振りを見せていない。

 クラリスは焦らず、自分のガンホルダーに装着している拳銃へと手をかけた。できることならば、パティを怖がらせるようなことはしたくない。だが、最早一刻の猶予もなさそうだった。

 

 

「後ろ、任せるぞ」

 

「了解」

 

 

 ダンテの言葉に手短に返事しつつ、クラリスは上体を捻って背後に目をやった。ダンテは隣に座るパティの帽子を乱暴におろし、その帽子のつばで視界を遮らせた。

 突然の横暴な態度に不平を漏らすパティを尻目に、彼は目の前からやってくるトラックへと集中する。

 

 

「クラリス、何かあった?」

 

「来る……かもしれない。気をつけろ」

 

 

 流石に異変に気が付いたルーナが問いかける。クラリスの簡潔な言葉にすぐに納得し、ルーナは魔力でできた短剣を手に持つ。

 車体の背後、流れゆく景色の隙間に、人間界ではありえない異形の姿が今まさに車に追いつこうと疾走していることに気が付き、クラリスは慌てず体勢を整えて銃を構えた。

 

 

「人間の文明の利器にも追いつけないやつが、大口叩くなんて100年早いな」

 

「右に同じ」

 

 

 クラリスが引き金を引くと同時に、ダンテの銃声も空気を割る。ルーナの短剣がそれに追随するように車の背後を狙う悪魔の額を穿つ。

 悪魔の姿が塵と消えたことを確認し体を前に戻そうとした時、猛スピードで目の前のトラックがダンテの車に突っ込もうとしていた。

 ダンテのハンドル捌きで辛うじて交通事故は避けたものの、大きく車体が揺れて2人は辛うじて座席にしがみつくことで振り飛ばされることを避けた。

 

 

「ちょっと、あたしが死んだらどうすんのよ!」

 

 

 ようやく帽子を元の位置に戻したパティが、乱暴な運転に抗議する。幸い車のエンジン音や先ほどの荒っぽい運転のおかげで、銃声は彼女の耳に十分には届かなかったようだ。聞き間違いだと思ったのかもしれない。

 何も知らないパティに気付かれないように、クラリスは何気ない所作で銃をガンホルダーに戻した。

 

 

「気遣ってるんだね」

 

「一応な」

 

 

 その意図を理解して小声で話しかけるルーナに、クラリスはパティを横目で見ながら小さく頷いた。

 

 

***

 

 

 車である程度距離を稼いだ後は、今度は目的地に着くまでに電車を使うこととした。

 幸い、パティは悪魔に襲われたということは認識していないようで、先ほどの運転に対して文句を漏らした後は大人しくしていた。

 昔ながらの古めかしい様式の電車に最初こそパティももの珍しそうにしていたが、今は席に座ってじっと首に提げていたロケットの写真を見つめている。

 

 時刻は夕暮れ。車内が橙色に染まるのを何とはなしにクラリスは見つめていた。

 クラリスが座っている席と丁度背中合わせになる席にパティ、その隣にリベリオンが入ったギターケース、そして彼女の向かい側にダンテが2人分の席を占領して寝そべっている。

 事務所ではパティと意気投合していたように見えたルーナは、クラリスの隣で車内の時同様借りてきた猫のように大人しくしている。じっと床に視線を落とし何事か考えているようだが、その瞳からは何も知ることはできなかった。

 

 

「……可愛い顔もできるんだな、男の写真か?」

 

 

 あまりに静かすぎる車内の空気に耐えかねたのか、ダンテがパティに話しかける。先ほどの姦しい様子から打って変わってしおらしい態度をしているパティの様子は、クラリスから見ると子供らしくない沈んだ顔に見えた。

 

 

「お母さんの写真よ。あんたの彼女よりずーっと美人なんだから」

 

 

 それに返すパティの言葉も、昼のものよりは覇気も茶目っ気も少なく聞こえた。お母さん、という言葉に反応してか、下を向いていたルーナがゆっくりと顔をあげる。

 今までの憂鬱そうな態度はどこへやら、立ち上がって行儀悪く座席越しに彼女の写真を覗き込んでいた。

 

 

「その人が、パティのお母さん?」

 

「そう。あたしのお母さん。でも、あたしが赤ちゃんの頃に亡くなったから、あたしは何もお母さんのことを覚えてないの」

 

「……おかーさんのこと、私もよく覚えてないな」

 

 

 パティは背中越しにこちらを覗き込むルーナと顔を合わせるために振り返り、彼女の顔を見つめた。寂しそうな笑みはパティのそれと似ていたが、彼女の表情は無理に大人びた作り笑いのようなものであった。

 

 

「ルーナのお母さんも、ルーナが小さい時に……?」

 

「違うよ。おかーさんが死んだのは3年前。でも、なんでかな。もう、顔もよく思い出せないの」

 

 

 母親と過ごした記憶を持っているのに、年を経るにつれてその記憶が薄れていくことはパティの孤独とはまた異なる恐怖なのだろうか。その話を聞きながらクラリスは思う。

 彼女も母親の顔を写真のように鮮明に思い浮かべることはできない。だが、母と過ごした日々が幸せではあったことは心が覚えているし、その感情だけで彼女は十分だと感じていた。

 

 

「そっか……。写真とか持ってないの?」

 

「おかーさんが死んだ時、私も色々大変だったから。気が付いたら何も残ってなかった。でもね、覚えてることが1つだけあるの」

 

「どんなこと?」

 

「――――内緒」

 

 

 ルーナは悪戯を隠す子供のように笑って見せたが、クラリスは彼女が覚えていることがムラマサが嘗て語った母の今際の言葉のことであろうことは容易に想像がついた。

 

 結局その話は今でもダンテにできずにいる。彼に話して、彼が万が一ルーナに同情して彼女に気を遣ってしまったら、きっとそれは彼女が望むことではないと思っていたからだ。

 ルーナが自分から話すことがあれば、或いは彼女がそのことを忘れようとしているならば、敢えて嫌なことを蒸し返す必要もない。

 

 

「(だが、嫌なことっていうのは余計覚えているものなんだよな……)」

 

 

 フォルトゥナのことを全て忘れられたら。自分が至らなかったばかりにキリエの両親を見殺しにしたことを忘れられたら。

 どれだけ願っても記憶というものは自由に操ることもできず、結局今でもしばしば悪夢として彼女の中で蘇っていた。

 だが、パティはクラリスと違う捉え方をしているようだった。

 

 

「あたしは、ルーナが羨ましいな。お母さんの思い出があるなんて」

 

「そうだね。私にとっての思い出はそれだけだから。今も目を閉じればきっと――」

 

「ルーナ。無理にそれを思い出すこともないだろう。お前にとって、いいものじゃなかったんだから」

 

 

 パティに悟られまいとしてか、笑顔で彼女にとっての最悪の記憶を語る姿はクラリスにとっては、つい声をかけてしまうほど痛々しすぎた。

 ルーナはふ、と口を噤み、それでも曖昧な笑みを浮かべていた。流石にパティもルーナが自分の思っているような幸せな思い出を語っているわけではないと気が付き、小さく「ごめん」と謝った。

 

 気まずい空気に居た堪れなくなってか、ルーナは座席から身を乗り出すのをやめて大人しく腰かけた。

 

 

「……大丈夫か?」

 

「大丈夫だよ。私、別に何とも思っていないから。それにあの事件は私に大切なことを教えてくれた」

 

 

 ルーナは不安そうに自分を見つめるクラリスに、場にそぐわない笑みを浮かべて言った。

 

 

「強くないと何も守れないってこと。だから私は強くならなきゃ。おかーさんみたいな人がこれ以上現れないように」

 

 

 その姿は、クラリスに故郷に残してきた少年に酷似していた。騎士となることを願っていた少年も、今はルーナのような決意を抱いて戦っているのだろう。

 彼にはキリエや孤児院の子供らという守るべき人がいる。なら、ルーナは一体誰を守ることを願っているのだろう。それともダンテのように悪魔全ての存在を許さなくなっているのだろうか。

 

 

「立派な心がけだとは思う。以前お前が私に言ったことも――今なら、少し納得はできる」

 

 

 力がないなら誰かのそばにいて関わろうとしてはいけない。守れないことを嘆くなら、最初から守る人を作らなければいい。

 ルーナの言葉は年端もいかない少女が口にするにはあまりに辛辣で、あまりに孤独だった。だが、自分の無力さを嘆いてその境地に至ったのならクラリスも同様の経験をしたことがあるため、分からないでもなかった。

 

 

「ルーナはまだ自分の力に自信がない。だから他の人と一緒にいる時も、私といる時も、他人行儀な態度をとるのか?」

 

 

 静かな車内には、ただ線路を過ぎる電車のガタゴトという音と振動だけが響いている。ルーナの表情は夕日が照らし出しているせいか、ひどく大人びて見えた。

 パティの座っている席からは、パティが乗客の男と親しげに話している声が聞こえる。その乗客がパティの隣に腰かけた頃、漸くルーナは口を開いた。

 

 

「自分でもよく分からない。でも、ダンテと違ってモリソンもクラリスもトリッシュも、パティも――何だか怖いの」

 

「怖い?」

 

「きっとみんながいなくなるのが怖いんだと思う。皆といるのは楽しいけど、同じくらい怖いって思う。胸の奥が痛くなる。だからかな? ちょっと距離を置いちゃうのかも」

 

 

 ルーナ自身でもよく分からない恐怖の意識があり、だから彼女はダンテ以外の知人には距離を置いている。

 自身の無力を痛感した過去から導き出した処世術だというのなら、クラリスが口出しをして何かができるわけでもない。

 電車はトンネルを過ぎ、瞬時車内は真っ暗になった。ルーナから彼女の本心を聞きだしたのは初めてであったが、明かりのない空間では彼女の表情を読み取ることはできなかった。

 そしてトンネルを通りぬけて、再び車内を夕日が満たした時、絹を裂くような悲鳴がクラリスの背後から聞こえた。

 

 

「どうした、パティ!」

 

 

 咄嗟にクラリスは立ちあがり、パティの座席の様子を見て絶句した。先ほどパティの隣に腰かけた男の額から血が流れ落ち、ドサリと床に倒れ伏していたのだ。

 闇に乗じて起きた奇妙な殺人事件にパティはすっかりおびえてしまい、顔を紙のように白くしている。

 ルーナもその様子を見て眉を顰めたが、すぐに気持ちを切り替えたのか死体を避けるようにパティの元へ行き、震える彼女を別の座席へと連れて行った。

 同じ年ぐらいの筈なのに、あまりに違う少女たちの反応を見てクラリスは思う。

 

 

「(この男はお前にとってどうでもいい人間だから、心を揺さぶられない。そういうことなのか……?)」

 

 

 例え全く知らない相手であっても、人が死んだならその死を悼む。それがクラリスにとって常識であり、事実彼女もあまりにも突然の死に驚きもしたが同時に見知らぬ男に対して気の毒にも思った。

 行きずりの旅の相手に過ぎなくても、パティも恐怖からかもしれないが涙を流し動揺を隠せずにいる。それら人間が持つ感情の一切を切り捨てたようなルーナの落ち着いた態度は、いっそ悪魔のようにすらも見えた。

 

 気持ちを切り替えて、クラリスは男の側に座っていたダンテに声をかける。

 

 

「ダンテ、何が起きたか知っているか?」

 

「さあな。そいつがパティの隣に座ってトンネルを抜けたら死んでいた。それだけの話だ。先に言っておくが、あまりそいつに近づくなよ」

 

「……! ……現場を保存しないほど馬鹿になったつもりはない。どうせ車掌も来るようだしな」

 

 

 パティの悲鳴を聞きつけて様子を見に来た乗客のカップルが悲鳴をあげて別の車両へと飛び込んでいく様子を見つつ、クラリスは肩を竦めて溜息をついた。

 ダンテのやけに落ち着き払った態度と先の言葉を併せて、全てを察したクラリスは何気ない所作で自身のギターケースを手にとると怯える少女たちの元へ向かっていった。

 

 

***

 

 

「死んでる……」

 

 

 事件はすぐに車両内に伝わり、野次馬となった乗客たちがダンテの座席を取り囲んでいた。ダンテは慌てることなく依然として座席に座ったままだった。

 クラリスは廊下を挟んで向こう側の座席の隅で震えているパティとそれを見守るルーナの傍らに立っていた。

 

 

「陥没した頭部に見開かれた眼球……まず間違いなく、撲殺といったところだな」

 

 

 クラリスの落ち着き払った声に、野次馬の視線が一瞬クラリスに一斉に向けられる。とはいえ、乗客は老人1人とカップル2人。視線に気おされることもなく、クラリスは涼しい顔をしていた。

 

 

「あ、あんたがやったのか……?」

 

 

 老人が恐る恐るダンテに尋ねた時、車両の扉が開き車掌と思しき男が姿を見せた。

 彼は倒れている男を見て驚きを浮かべたものの、すぐに職務を全うするためにダンテをにらみつけ、詰問した。

 

 

「ちょっとあんた、話を聞かせてもらおうか?」

 

「そうだな、ならこういう話はどうだ?」

 

 

 ダンテは依然死体を見つめながら、まるでからかうような声音で話す。ルーナはその話を聞くためか、今までパティに向けていた目線をダンテへと向けた。

 

 

「この汽車がトンネルに入り通り抜けるまで、ざっと10数秒。そして乗客はそこの老人とカップルとガキ2人に女が1人の5人」

 

「(まあ、確かに見た目だけから見ればガキ呼ばわりも仕方ないか)」

 

 

 クラリスは未だ震えるパティの背中を擦ってやりつつ、不機嫌そうな顔になっているルーナを見て苦笑した。彼女はダンテの言葉に対しては年相応の反応を見せることもあるようだ。

 

 

「老人に短時間で座席を移動し、男を撲殺するのは無理だろう」

 

「そしてカップルは闇の中でラブシーン……と」

 

 

 クラリスの言葉を引き継いでダンテが言う。

 男女は顔を赤くして顔を見合わせる。この状況でもそんな反応を見せられるこの2人に内心クラリスは呆れのような感情を抱いた。

 

 

「女手1つで男を撲殺することは難しい。ガキは言わずもがなだ」

 

 

 ダンテはクラリスに対してそう評価したが、クラリスは内心で苦笑いをした。

 悪魔の血が流れる彼女だけでなくガキ扱いされたルーナでも、大の人間の男を撲殺することなどわけないことであった。勿論この場で言う必要はないことである。

 

 

「だったら、やっぱりあんたが犯人じゃないのか?」

 

「それともう1人。いや、もう1匹、かな」

 

 

 車掌に返した言葉に、ルーナは顔色を変えてパティの方を見やる。

 パティは気を落ち着けるためか窓から景色を眺めようとしており、そしてソレと目を合せていた。

 彼女を支えるために側にいたクラリスも、パティを覆うようなその大きな影を直視した。

 

 目玉をいくつも持った、およそ人とは言えない異形の姿を、パティは見てしまっていた。

 

 刹那、躊躇うことなくダンテの銃が火を噴く。

 パティの目の前の窓ガラスに銃弾が貫通した円形の小さな罅が入る。

 クラリスも瞬間遅れて自身の銃を抜き放とうとしたが、その必要はなさそうだった。

 悪魔はダンテの銃弾数発を受けて、今まさに電車から剥がれ落ちるように崩れ落ちるところだった。

 

 

「……早撃ちは流石に、ダンテには敵わないな。パティ、大丈夫か」

 

「……今の……何?」

 

 

 本当は彼女に死体や悪魔などといった血なまぐさいものを、ダンテは見せたくなかったのだろう。車での道中でクラリスらはそれを薄ら把握していたが、その配慮も無駄になってしまったようだ。

 更に一際音高く銃声が車内に響く。クラリスが首だけで後方を見ると、ダンテが目の前に転がっていた哀れな男性の遺体に一発撃ったところだった。

 いや、最早それは男ではなかった。細長い異形の体を窓から外に出しているその姿は、どこから見ても悪魔そのものだ。先ほど見えた悪魔は、死体に見えたあの男に化けてパティが孤立する隙を作りだそうとしていたのだろう。

 

 

「人間が悪魔に殺されたような不自然な状況があるのに、ダンテが全く反応しないからおかしいとは思っていたけどね」

 

 

 何もかもを理解していたかのようなすまし顔のルーナに、クラリスは問いかける。

 

 

「だから平気そうな顔でパティを庇っていたのか?」

 

「そういうわけじゃないよ。でも知らない人が1人死んだくらいでは私は何とも思わないから」

 

 

 その発言を聞いてパティが弾かれたように顔をあげ、ルーナを見る。

 一般の倫理からは大きく逸脱した彼女の言葉に、パティも思うところがあったようだ。信じられない、とその瞳が雄弁に語っている。

 ルーナはそんな彼女の様子を歯牙にもかけず、涼しい顔をしていた。

 

 何気ない言葉1つで、パティとの関係に亀裂が生じたことにも気づかず。否、それすらもわざとなのだろうか。

 クラリスは何も問うことができず、少女を見つめることしかできなかった。

 

 




アニメ一話の車中から電車での一幕まで。
これまた劇中ではさらっと流されるシーンでもありますが、
やたら書くところが多くて色々増したら長くなりました。
ルーナは普通の女の子を体現したパティを見て落ち込み、
母親のことを考えて思い悩み、そして彼女の独特の考え方は
パティにとってはあまりに違いすぎて理解されないこととなります。
クラリスがまるでお母さんのようになっていますが、
彼女がルーナにやたら世話を焼くのはまた後程の話。
タイトルの消えないものというのは、記憶のことを指しています。
割と適当にタイトルつけているので、毎回悩まされます…。
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