Devil Sisters   作:千代里

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<21>Side:Sisters-責任

「あのお兄さん……誰に殺されたの?」

 

 

 背後にパトカーのサイレンの音を聞きながら、今まで黙りこくっていたパティが口を開いた。

 

 電車での事件の後、流石に通常通りの運行ができるわけもなく電車は次の駅で止まってしまった。

 警察の追及を避けるためにも、ダンテは連れの3人を連れて早々に現場を後にした。悪魔は死してその姿を留めることはできない。先ほどの悪魔の死骸もとうに消え失せて、今頃警察は頭を抱えていることだろう。

 

 突然の少女の問いかけに、ダンテは「さあな」と曖昧に返す。だがパティはまるで確信を持っているようにはっきりと、

 

 

「悪魔……悪魔が、あのお兄さんを殺したのね」

 

「……悪魔、ね」

 

 

 まさか死んだ男こそが悪魔だったと言えるわけもない。ルーナはダンテに倣ってただ繰り返し呟くにとどめた。一足先を行くダンテとクラリスの背中は何も語ってくれない。

 先ほどの人の死を厭わぬ発言にルーナに対して苦手意識を持ったのか、パティから積極的にルーナに話しかけることはなくなり、結果としてルーナの呟きは独り言となってしまった。

 

 

「もしかして、あたしも悪魔に狙われているの?」

 

「そうだったとして、それが何なの?」

 

 

 ルーナはごく自然にパティに返事をした。パティの声は僅かに震えており、得体の知れないものに対しての恐怖がありありと滲み出ていた。そんな彼女の恐怖が分かっていて、しかしルーナは慰めることも安心させることもなく言う。

 

 

「ダンテの仕事は、あなたをローエル家まで連れていくこと。あなたの死体を持って行くことじゃない。ダンテはちゃんとあなたを守ってくれるよ」

 

「そういうことじゃなくて……! ルーナは……怖くないの?」

 

「私も、悪魔みたいなものだから。今更怖いなんて思わない」

 

 

 自分の恐怖を共有してもらえない苛立ちからか、それとも先ほどの事件があまりにパティにとって衝撃的だったからか、パティは眦を釣り上げて、非難するような声音で言った。

 

 

「そうよね、ルーナはお兄さんが死んだことも、どうでもいいんだものね」

 

「じゃあパティはあの人の死を背負うの?」

 

 

 ルーナの脳裏に家族の死の姿が浮かぶ。自分が殺めた本当の父の姿も浮かぶ。彼女が関わった死が、今も記憶の底から自分を見つめているような気がしてルーナは軽く頭を振った。

 そして目の前にいる人間の少女に問いかける。

 

 

「自分のせいで死なせました、自分が殺しましたって、これから先ずっと思って生きていけるの?」

 

「――――っ、そ、んなつもりで……あたしは、ただ、あたしは……」

 

「ルーナ」

 

 

 ダンテの叱責が飛んできて、ルーナはぴたりと口を閉ざした。パティに対してまるで喧嘩腰に話しかけていたわけではない。ただ、彼女の問いはパティには到底答えられるわけがない類のものだった。

 やがて、パティはダンテを追いかけるように走り出してしまったが、ルーナの歩みは鈍く、度々彼女がついてきているのか確認するようにクラリスが振り返っているのが見えた。

 

 

『人間の子供に聞いて、貴様の問いに答えが返ると思っていたのか?』

 

 

 ダンテに聞こえまいと思ったのか、ムラマサが小さな声でルーナに問いかける。

 ルーナは自身の胸を、まるで自身を支えるかのように掴みながら答えた。

 

 

「私は……強くないから、他の人を守れない。おかーさんも、おとーさんも守れない。ムラマサの力にも負けちゃう。だから、もう何も背負いたくない」

 

 

 ダンテは、私が守れなくても自分を守れる人だから。

 ダンテは、私の悪魔の姿を見ても人間だと認めてくれた唯一の人だから。

 

 言い聞かせるように、確かめるようにルーナは言う。

 だが、ムラマサはそれが彼女にとっての全てだと認めたくはなかった。彼女はまだ何かを心に隠している。

 ムラマサも触れられないような深淵に、彼女自身も気が付いていない奥底に何かがあると魔剣は確信していた。

 

 

***

 

 

 日もすっかり暮れ、悪魔の血で強化されているはずのルーナの肉体すら悲鳴をあげはじめた頃にダンテらはそれなりの規模の街へとやってきた。

 オペラでも上演できそうな立派なコンサートホールが遠くからも見え、夜だというのに練習のためか微かにソプラノの声が町中に響き渡っているような気がした。

 

 ダンテが入った安宿のロビーにて、ルーナは椅子に座り疲れ切った体を休めていた。パティはじっと壁にかかっているオペラ歌手のポスターを見ている。

 

 

「生憎部屋は1つしか空きがありませんで……」

 

「なら、4人が寝られる広さがあればいい」

 

「お前に何かされる心配はしていないが、少しはパティに気遣ってやったらどうだ?」

 

 

 どうやら部屋のことについて揉めているらしい大人2人の様子を、ルーナはぼーっと眺めていた。昼から強行軍で遠方まで来たから、ではない。今日は彼女にとって考えることがあまりに多すぎた。

 母を亡くした少女、パティ。自分と同年代の人間の女の子。

 自分が人間だったら彼女のように生きていたのだろうか。誰かに守られて当たり前の生活を、何も考えずに送れていたのだろうか。

 そんなことを考えると、嫌でも自分が悪魔だと気付かされた日を思い出してしまう。

 最早母の顔すらはっきりと覚えていないのに、彼女の耳には呪いのようにあの言葉がこびりついていた。

 

 

「ルーナ、部屋がとれたぞ。お前も部屋に行くぞ、パティ」

 

「お母さん……! このポスターの女の人、あたしのお母さんだ!」

 

 

 ダンテが声をかけた時、パティは驚きと喜びの混ざった声をあげてポスターを指さした。そして、カウンターに駆け寄り受付の小男に、

 

 

「この女の人、どこに行けば会えますか!?」

 

 

 まるで食って掛かるように、半ば叫ぶように質問した。

 だが、受付の男も曖昧な返事をするだけで、パティの望むような答えは返ってこなかった。

 けれども、ルーナはパティから聞いていた話を思いだして小首を傾げた。

 

 

「パティのお母さんは、もう亡くなっているんでしょう?」

 

 

 その言葉でパティも我に返ったのか、カウンターに身を乗り出すのをやめて曖昧な頷きのみ返してダンテについて部屋へと向かって行った。

 2人の背中を追いつつ、クラリスは未だ小首をかしげているルーナを説き伏せるように優しく語りかけた。

 

 

「いくら死んでいたと分かっていても、親には会いたいと、つい思ってしまうものだ。駅の時もそうだったが、お前のパティに対しての態度はあまり褒められたものではないぞ。彼女はお前の事情を知らないのだから」

 

「別に意地悪してるつもりじゃないんだけどな……。ただ、ちょっと腑に落ちないだけ」

 

 

 ぶつぶつ言いながら入った今夜の寝床は、お世辞にも広いとは言えなかった。唯一ある寝台はパティが使うこととなり、ダンテは既にソファに寝そべっている。

 クラリスはため息をついて、ダンテの寝そべるソファからクッションだけを頂戴し、パティのベッドに凭れかかるようにして体を休めることとした。素より彼女は騎士団の任務で野宿等の経験もある。雨風をしのげる屋根があるだけで彼女はましだと考えていた。

 ルーナはもう1つあったやや小ぶりのソファに体を猫のように丸めて眠りにつこうとしていた。

 パティだけは上体を起こし、ぼんやりと皆の様子を見ていることに気が付き、ダンテは声をかける。

 

 

「もう寝ろ。明日は早いぞ」

 

「……あのね、あたしのお母さん、病気で死んだわけじゃないの。行方不明なの」

 

 

 何を唐突に、と思ったルーナだったが、それが自分が先ほどカウンター前で問いかけた内容に対する答えだと気が付いて口を噤んだ。

 パティは何かに突き動かされたかのように、話を続けた。

 

 

「お母さん、悪魔に狙われてて赤ちゃんのあたしが巻き込まれたら危ないからって孤児院に預けたって、前に院長先生が話してるの、聞いちゃったの」

 

「……それで?」

 

 

 ルーナは上体を起こして、話の続きを促した。クラリスがこちらを見ている。また余計なことを言いださないか心配なのだろうが、ルーナにとって今まで口にした言葉は自分の中では当然のことばかりだった。

 何より、ここまで悪魔の存在と脅威を認めているのに、今さら変に気を遣う方が彼女にとっては余程不自然に見えた。

 

 

「悪魔に狙われた人間は、絶対死ぬの? 悪魔のせいでお母さんも死んじゃったの!? あたしも悪魔に狙われて殺されちゃうの!?」

 

 

 声を荒げるパティに、クラリスの目がやや見ひらかれる。そして今日一日、どこか気持ちに落ち着きがないルーナに目をやった。

 ルーナは唇を軽く噛んでいた。だが、それはクラリスに小言を言われて口を噤んでいるわけではない。彼女の顔は紙のように白く、まるで吐き気を堪えているように見えた。

 なんと返すべきか、クラリスが悩んでいる時、ルーナが口を開いた。

 

 

「そうやって、全部、全部、悪魔のせいにできたら、よかったのに……」

 

「……ルーナ?」

 

 

 自分の動揺に対して返された掠れた低い声に、パティは我に返って黒髪の少女を見やった。彼女は涙も流していなければ、瞳を潤ましてもいなかった。その目は最早、パティはおろか部屋にいる誰も見ていなかった。顔を伏せて、

 

 

「悪魔に殺されるのが嫌なら、最初から家族のことなんか気にしないか、悪魔に殺されないように自分が強くなるしかない、よ」

 

 

 自分に言い聞かせるように、ルーナは言う。悪魔に大切なものを奪われないために強くなる。その選択肢は一見的を射ているようで、実質1つしか選べないものだった。

 家族のことをまったく気にせずに暮らし続けるなんて、パティぐらいの年頃の子供にできるわけがないのだから。

 

 ルーナの妙に落ち着いた言葉に、我に返ったのかパティはため息を小さくついて、

 

 

「あたしは……本当は遺産とかどうでもいいの。でも……少しでもお金が手に入ったら孤児院の皆にお菓子とか服とかあげられるならって思うの。けど」

 

 

 パティは言葉を区切って、部屋にいる3人の知り合ったばかりの者らに向けて言った。

 

 

「孤児院の皆が欲しがってるのは、服とかお菓子じゃない。あたしと同じ……一番はお父さんやお母さんに会いたいのよ!」

 

 

 彼女の叫びに遠く離れた島に住まう1人の少年を思い出したクラリスは、パティを見ていられず思わず目をそらした。パティの姿は数年前、自分の親のことを知らず戸惑っていた彼にそっくりだった。

 ルーナも同様に視線を逸らしていたが、それはクラリスのように郷愁の念に堪え切れなかったからではなく、耳の痛いことを言われた子供のような素振りだった。まだ会ったこともない母親に会いたいと願う純粋な少女の瞳は、ルーナには直視に耐えかねるものだ。何故なら、ルーナは1度もそう願ったことがないのだから。

 ダンテにいたっては、ソファに寝そべったまま微動だにしていない。そんな彼らの態度に自分1人が熱くなっているように感じたのか、パティは誤魔化すような笑いを零しながら、

 

 

「こんなこと言っても困るでしょ、何言ってるんだろう、あたしも……」

 

 

 感情が高ぶったためか、こぼれた涙を袖で拭うパティにダンテは言う。

 

 

「いいや、誰だって親には会いたいもんさ」

 

 

 パティは涙を袖で拭うのをやめ、驚いたようにダンテを見つめたが、ダンテは話はおしまいとばかりに目を閉じたままだった。

 クラリスも目を伏せ、ルーナも再度体を丸くしたのを見てパティも漸く床についた。

 

 月明かりだけがやけに眩しい部屋の中で、何もかもが寝静まった世界の中でルーナは小さく言葉を落とした。

 

 

「私は……会いたくないかな……」

 

 

 もし会って。そして理由を聞くのが、怖い。己の力不足で失った命に、詰られるのが怖い。それに何より怖いのは――――。

 そこに思索が行きつく前に、ルーナは浅い眠りに落ちていった。

 

 




なかなか時間がとれないのでまとめて投稿します。
パティは悪魔のせいで母と引き離された子で、
その意味ではルーナも同じなのですが、ルーナの場合は母は既に死んでおり、しかもその責を負わされている、且つ自分が悪魔の血を引いているということもあって悪魔を一方的に責めることもできないという複雑な立ち位置にいます。
だからこそ中途半端にその死の責を負おうとするのは、彼女にとっては見ていられないことです。
クラリスが完全にお姉さん通り越してお母さんになっているなあ……と見直してふと思いました。
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