「ルーナは違うって言うかもしれないけど、あたしはあたしがしてしまったことの責任から逃げたくない」
「好きにしたら? でも、自分のせいで私が怪我をしたとか二度と言わないで」
明けて翌日、電車に揺られながらルーナとパティは互いに目を合せることなく会話を続けていた。
クラリスとダンテ曰く、あの歌劇場での一幕はやはりパティを狙って仕組まれていたものだったようだ。
だが、今までのように単発ではなく数を伴って襲撃したにも関わらずあっさり退けられたことが悪魔にとっても予想外だったのだろう。彼らが見返りに何を得るつもりだったのかは知らないが、結局それは命と引き換えにできるものではなかったらしく、今までの勢いが嘘のように静かな電車での旅が続いていた。
「私の傷は私のせい。あなたのせいでも、ましてクラリスやダンテのせいでもない」
「でも、あたしがあそこに行かなければ、ルーナは怪我をしなかった。だから、あたしは――」
「ダンテなら」
そんなのどかな旅の最中、パティはルーナと昨晩の責任の所在について終わりの見えない押し問答をしていた。
初めは自分の意見を覆されることを拒んだルーナが一つ一つ返事を返していたが、段々嫌気がさしたように、パティの言葉に被せるように言った。
「ダンテなら、怪我をせずにパティを助けられた。だけど私は弱いから負傷した。それだけ!」
癇癪を起した子供のように言葉を叩きつけ、ルーナは勢いよく座席から立ち上がり別の車両へと足を向けた。
ダンテとクラリスは向かい側の座席から少女たちの押し問答を聞いていたが、ルーナが去った後、まるで今まで息を止めていたかのように深いため息をついた。
「やっと話は終わったか? まったく、子守は昼寝をすることもできないとはな」
不満を漏らすダンテをなだめるように、クラリスはパティに目をやりながら言う。
「そう言ってやるな。なあ、パティ?」
「……あたしは、まだ納得できてないんだけど」
自ら過失の責任をとると名乗り出ているのに、渡さないと意地をはるルーナの姿は確かに常軌を逸している。普通の人間なら他者からの追及から逃れるためにも、責任の所在をあやふやにしてしまうことが常だ。
パティも短い人生の間に、そう思うことが何度もあったのだろう。だから彼女の常識に当てはまらないルーナの行動が不自然で、つい意地を張ってしまっていた。
「(悪魔によってつけられた傷を、他人のせいにしたくないと思うのは……)」
クラリスはルーナの背中が消えていった車両の扉を見つめながら、確信を持って内心で呟いた。
「(母にその責を負わされたから……か)」
もしネロに、キリエに、クレドに、キリエらの両親が死んだのはお前のせいだと言われたら。きっと自分も彼女のようになるのだろうか、とクラリスはふと遠く離れた彼らのことを思った。
***
日が西に傾く頃、約束の時刻より間に合うかどうかという時にダンテ達は目当てのローエル家に辿り着いた。
遠目から見ても豪邸と分かるその異様に、都会の雑然とした住居群に慣れているパティとルーナは圧倒されたように目を丸くしていた。
フォルトゥナ島では珍しくない古風な建築様式は、クラリスの郷愁の念を僅かに掻き立てる。
だが、何の感慨も抱かなかったらしいダンテは、迷うこともなく門についている呼び鈴を鳴らした。
暫しの間を空けて、この屋敷の使用人と思しき年老いた男の声が、
「どちら様でしょうか?」
「ローエル家のパティお嬢様を連れてきた。通してもらえるか」
パティお嬢様、という言葉にパティの表情がこわばる。彼女にとっては今まで会ったことも踏み入ったこともない家だが、ここには彼女の血縁が住んでいるかもしれないのだ。
そして、恐らく彼女は彼らにとっては歓迎されざる客である。遺産の一部だけ貰って孤児院に寄付を、という考えが通用するかも甚だ怪しかった。
だが、執事の次の言葉を聞き、パティはわが耳を疑った。
「パティお嬢様……ですか? 先ほど、パティお嬢様なら到着されましたが……」
「どういうことだ? パティの名を騙って他の者が出し抜いたということか?」
クラリスの言葉に、執事も動揺と疑惑を抱いたのか、一度インターホン越しの会話が途切れた後に玄関の扉を開いて直接様子を確認に来た。
見るからに執事といった風体の老爺に、クラリスはパティを示しながら少女が遺産を受け継ぎにやってきたことを手短に説明したが、彼は益々首を傾げるばかりであった。
二進も三進もいかない押し問答が延々と繰り広げられ、業を煮やしたダンテは、
「とりあえず中に入れてもらえないか。この屋敷は遠路遥々やってきた客を持て成すこともしないのか?」
「遠路遥々やってきた不審者は持て成してくれないんじゃないかな……」
ルーナは些か傲慢ともとれるダンテの言葉に呆れの言葉を漏らしたが、万が一こちらのパティが本物だった場合を考えてか執事は門扉を開いてくれた。
彼に案内されながら、先ほどパティ・ローエルを名乗る妙齢の女性が現れて現在客間にて腹違いの兄弟らと話し合いをしていることを簡単に教えてくれた。
「なにぶん、私たちもお嬢様がどのような方で今何をされているのか、全く存じ上げていないものでして……」
「……ねえ、あの悪魔たちは、パティを襲ってきたんだよね。ローエル家のお嬢様と思い込んで」
ルーナはすっかり混乱してしまっている少女に目をやりながら、執事に聞こえないようにクラリスとダンテに話しかけた。
「つまり、雇い主はパティが生きていると困る人、だよね?」
「……まさか」
そこまで聞いて、クラリスの血相が変わる。
ダンテは前を歩く執事の肩を強引に掴み、困惑する彼に脅迫するかのように問い詰めた。
「客間はどこだ!!」
「い、一番上の階の、奥でございます……っ」
「すまない、事情は後で説明する!」
礼も言わずに走り出したダンテの代わりに、クラリスは彼の後を追いながら早口で弁解だけ述べた。ルーナもパティの手をとって彼の隣を走り抜ける。
悪魔にパティが狙われていた、だからもう1人のパティも危ないかもしれない。そして悪魔の雇い主は遺産を奪っていくパティが邪魔な人間、即ちローエル家の家人かもしれない。
そんなことを執事に懇切丁寧に説明している時間はなかった。
階段を上り、そして上っている途中でルーナはパティの手を不意に離して足を止めた。
怪訝そうな顔をする少女に、ルーナは問う。
「私は、パティはこの先に行かない方がいいと思う」
「どうして? あたしは当事者なのよ?!」
「きっと私もダンテも、パティが怖いものを見なくて済むように戦うことができないから。パティは、私とは違う」
ルーナは自分の胸に掌を置き、宣言するように、挑みかかるようにパティに言い放った。
「パティは私と違って、人間の普通の優しい子だから。だから、悪魔とか怖いものとか見ない方がいいと思う。その方が、余計な責任も負わなくて済む」
「……そうかもしれない。でも、あたしは、悪魔から目を逸らしたくない」
ルーナにとって意外な言葉だったのだろうか、彼女の瞳が丸くなった。パティは負けじと強い意思を瞳に秘めてルーナに言う。
「あたしが悪魔を怖がってたら、お母さんはあたしに会いに来ることもできないじゃない」
そして、ルーナに手を引かれるまでもなく階段を駆け上がり始めたパティの背中を見て、ルーナは理解しがたい者を見たように眉を顰めて首を傾げた。
握りしめた魔剣に、彼女は語りける。
「怖がらなくても、強くならなきゃ意味がないのに」
人間の、普通の子供だから。
それは裏を返せば、戦う力もない非力で誰も守れず、寧ろ失うばかりの存在ということだった。
だから、悪魔と関わってしまったら彼女は大切な人を守れない無力感に苛まれるだろうに。
ルーナはそう思っていたが、パティはその考えに至らないのか、それとも信頼している何かがあるからだろうか、臆することなく悪魔の世界へと足を踏み入れていった。
「パティも、ダンテを信頼しているのかな」
『あの男を絶対的に信頼しているからこそ、自身の無力を相殺できると? なら何故貴様もそうしない?』
「でも、それって結局無責任だよ。ダンテが守れなかったら、ダンテのせいってことになる。それって、同じだよ」
何と同じかを彼女は語らない。
パティ同様、彼女も階段を駆け上がり今回の事件の親玉の元へと向かった。
***
階段を駆け上がり、一足先を行くダンテが客間の扉を蹴破り中へと姿を消す。発砲音が響いたのを聞いた時、クラリスは内心で咄嗟に神に祈った。
どうか犠牲者がいませんように。
そう思ってダンテに続いて入った部屋の中は、元が落ち着いた、それでいて適度に優雅さも醸し出していた客間だったからか、より現状が凄惨なものに見えた。
家具は破壊され、先ほどまでソファに腰かけていたと思しき人間が2人、叩きつぶされ、或いは引き裂かれて壊された家具といっしょくたにされている。
肝心の悪魔は既に床に倒れ伏していたが、それで失われた命が戻ってくるわけでもない。クラリスは間に合わった悔しさから、無意識に唇をかみしめていた。
「あんたか、パティの護衛を俺に依頼したのは。せめてもの罪滅ぼしってわけか?」
唯一無事だったのは間一髪ダンテの銃撃が間に合って助かった、真っ赤なスーツの妙齢の女性だけだった。彼女の無事を喜ぶのも束の間、ダンテの言葉にクラリスの顔が嫌悪に歪む。
ぱたぱたという軽い足音がしたので、片目だけ視線を背後にやるとルーナとパティがそこにいた。パティは部屋の中の様子を見て小さく悲鳴をあげたが、逃げることはしなかった。
「それは、パティ・ローエルが悪魔に狙われると分かっていて、か」
クラリスが重ねて糾弾する。女性は何も言わない。
例え悪魔とまでは分からずとも、莫大な遺産を横から掠め取る少女の存在を本来の相続人たちが許すわけがない。危険な目に遭うのは火を見るよりも明らかであり、そして彼女は標的を無関係の子供に押し付けた。自らの安全を得るために、1人の少女の安全を生贄にしたのだ。
「……最低」
吐き捨てるようにルーナが言う。
躊躇うことなく地獄絵図の室内に足を踏み入れ、ルーナはムラマサの鞘を払った。
女性が引き攣った悲鳴をあげるが、お構いなしにルーナは彼女を睨みつける。
「お姉さん、そこに転がってる悪魔よりよっぽど悪魔だよ。お姉さんが悪魔なら、私は今すぐにでも斬っているのに」
「ああ、同感だ。だが残念ながら悪魔はそいつじゃない」
ダンテはギターケースを勢いよく開けて、身の丈ほどもある銀色の大剣を抜き放ちながら言う。
狸寝入りを決め込んでいた、ヤギのような頭の悪魔の眉間についでと言わんばかりに銃弾を叩き込みながら、
「代わりに気晴らしに、いっちょ派手なライブといくか!!」
声高に吠える。
銃弾によって空中に瞬時縫いとめられた悪魔の下に滑り込み、リベリオンで派手に斬り上げる。血しぶきが辺りに飛び散り、女性は悲鳴をあげてしゃがみこんだ。
だが、彼女は以前自分の側に立つ抜身の刀を持った少女に気が付き、再度か細い悲鳴をあげてルーナから距離をとった。
クラリスはせめてパティを室内に入れないように、そしてルーナが万が一にもあの女性を傷つけないようにと、入り口で自分の体で塞ぎながらルーナを見ていた。
肉を断つ嫌な音と、血が滝のように床に流れ落ちる音が響く。
どすん、と無造作に転がってきた巨大な悪魔の片腕を見て、クラリスは呆れに似た溜息を洩らしながら悪魔と一戦交えている男を見た。
ヤギの悪魔は残った片腕で蠅のように飛び回るダンテを追い払おうとしたが、その動きはダンテを相手にするには愚鈍すぎた。
再び懐に潜り込んだダンテは、リベリオンで勢いよく悪魔の体を掬い上げる。勢いを殺さず、そのまま杭のように悪魔の腹を天井に縫い付け、それが最後の一撃となった。
悪魔から流れ出る血の滝を見ながら、ルーナはしゃがみこんで震えている女性に言い放った。
「パティが死んだら、ダンテが守れなかったせいだって思うつもりだったんでしょ。そうやって全部誰かのせいにするつもり?」
「わ、私は……そんなつもりじゃ……」
「もういい」
女性はその言葉に、斬られると思ったのかぎゅっと目を閉じたが、ルーナはムラマサを鞘におさめて踵を返しただけだった。
既に部屋の外に出ていったダンテらを追いかけると、パティも同様に彼の後を追いかけようとしているところだった。パティはルーナの姿を見ると、
「あたし、見ちゃった。R指定」
「怖かった?」
「……少しだけ。それと、ありがとね。ルーナ」
「何が?」
思い当たる節がなく、ルーナは首を傾げる。
パティはちらりと部屋に目をやりながら、
「あのパティさんに、怒ってくれたでしょ」
「ああ……。別にパティのためじゃなかったんだけども」
「それでも、ありがとう。あたし、嬉しかった」
ルーナとしては、ただ自分が許せないと思ったから、頭にきたから彼女を詰っていただけなのだが、パティはその姿に違う意味を見出していたらしい。
本人が喜んでいるのなら、無理に否定することもないだろうと考え直して、ルーナは小さく「どういたしまして」とだけ返した。
そうして、ダンテらを再び追いかけようとした時だった。
「待ってください!!」
漸く立ち直れたのか、あの女性が部屋から出てきて声を張り上げていた。怪訝そうにダンテも足を止める。
「その子を、私に引き取らせてください! せめてもの償いを……したいんです」
「…………」
ルーナに言われた言葉が彼女に影響を与えたのだろうか。予想外の申し出に、暫し4人の時が止まる。ルーナの瞳はまるでごみでも見るかのように嫌悪に染まっていたが、構うことなくパティ・ローエルはもう1人のパティ・ローエルとルーナを見つめていた。
暫しの沈黙の後、少女のパティ・ローエルは自分が継ぐはずだった地位を得た女性に向けて口を開いた。
***
「屋敷に残って、養子にならなくてよかったの?」
明けて数日後、再びDevilMayCryの事務所にやってきたパティに、階段の手すりに腰かけて足をぶらぶらさせながらルーナは尋ねた。
そんな彼女を片目で見やりながら、パティはせっせと事務所に装飾を施していた。どこから持ち出して来たのか、ファンシーなぬいぐるみや花飾りが殺風景な事務所を歪に彩っている。
「うん、代わりに沢山慰謝料貰ったから。大人の醜いやり取りとあんなものを見せられて、少女の心は深く傷つきましたってこと」
「深く傷ついた割には、ここにわざわざ来てるんだね」
「それは慰謝料を貰う建前よ。この服も、それに孤児院の皆のお菓子とか服、ダンプ3台分も貰っちゃった」
「やるじゃない」
パティの強かな言葉に、ルーナはにやりと笑う。
だが、彼女が悪魔に狙われたのは事実だ。それでもこの事務所にわざわざ足を向けるのは、彼女がダンテの側にいる限り命の危険はないと思っているからだろうか。ルーナはそう結論づけて、ソファに腰かけた。
パティが持ってきてくれた、件の慰謝料で買ったクッションを握りしめ、いそいそと少女趣味な飾りつけを行っているパティの様子を見守る。
パティの着ている洋服はここに来た時のものよりも、ずっとお金のかかっていそうなものだった。贅沢と程遠い生活をしているルーナには分からないが、あれが最新の流行というものなのだろうか。
室内の掃除と飾りつけをパティが終えた頃、
「ルーナ、ちょっと喉乾いちゃったから飲み物が欲しいんだけど、何かある?」
「冷蔵庫の中にストロベリーサンデーあるよ。ダンテが買って来たやつ」
「あ、じゃあそれをもらうね」
「おいおい……」
今まで部屋の中で喋らない置物のように、少女2人の行動を見守っていたモリスンとクラリスの大人2名が苦笑いを浮かべた。
それはシャワーあがりに食べようと、ダンテが注文して冷蔵庫に入れていたもののはずだ。そのことを2人とも承知の上で、パティはいそいそとストロベリーサンデーを取り出して美味しそうに食べ始めた。
折しも、タイミングよくシャワールームの扉が開き、頭にタオルを載せて銀髪の男が姿を現した。
「なんだモリスン、それにクラリスまで。来てたのか。ここはいつからお前らの家になったんだ?」
「まあ、そう言うな。妹の顔を見に来ただけだ」
クラリスはおかしさを隠しきれない笑みを浮かべながら、ちらりとソファでクッションのフリルの数を数えているルーナに目をやった。
それを聞いて、階段に腰かけてストロベリーサンデーを食べていたパティがむせる。咳を何とか抑え込んで、目を丸くして何度もルーナとクラリスを見比べた。
「2人って姉妹だったの?!」
「腹違いだけどね。あれ、言ってなかったっけ?」
ルーナは小首を傾げて、クラリスと自分を交互に指差した。
クラリスは金髪で、ルーナは夜のような黒髪。確かに容姿だけを見れば2人は全く似ていなかった。
「初耳よ! うっそ、全然気が付かなかった……」
「それよりも先に、何でお前が俺のストロベリーサンデーを食べているのか説明してもらおうか? それにこの飾りつけはなんだ」
ダンテの声は珍しく怒りの余り震えているが、パティはけろっとした表情で悪びれもなく言った。
「この事務所、ルーナ1人で掃除するには広すぎたから私も手伝って綺麗にしたの。それに、あんまりダサかったから可愛くしてあげたってわけ。これでお客さんもたくさん来るわよ? ストロベリーサンデーはその仕事料」
「よかったじゃないか、ダンテ」
「What the heck...(なんてこった……)」
クラリスはダンテが頭を抱えて溜息をついている様子を見ながら笑い、パティはそんな2人の様子を見て悪戯っ子のように歯を見せて微笑んだ。
「ごちそうさま!」
2015年最後の更新でとりあえず1話は〆としました。
投稿してからまだ数か月ですが、色々反響ももらえてうれしく思っています。
まだまだ未熟な部分も多いですが、少しずつ話もキャラクターも深く広く掘り下げていきたいと思っています。
既にクラリスもルーナも私の手を離れて自分たちで動き出し始めてきたので。
2016年開幕は最後の主人公エドガーの話を書けたらと考えています。
それでは、少し早いですがよいお年を!