Devil Sisters   作:千代里

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<28>Side:Edgar-結びなおした糸

 ルーナを自室で寝かせてくるため2階にダンテが行ってしまったため、必然的にクラリスは顔と名前だけしか知らない男と同じ空間に2人きりでいることになってしまった。

 クラリスは人見知りをするような性格ではないが、かと言って見知らぬ者と話を弾ませるほど口達者でもない。

 自分の傷の痛みよりも、その気まずさの方が痛いのではないかとクラリスが感じ始めた頃、時間にしてほんの数分経った頃ではあったが、男の方からゆっくりと口を開いた。

 

 

「その傷、よければ私が止血しましょうか?」

 

「え、いや、治療なら自分でする。それに私はダンテと同じだ。放っておいても塞がる」

 

 

 てっきりクラリスのことを人間と勘違いして申し出てくれたのだろう、と思い、クラリスはその誤解を正そうとした。エドガーはダンテとは腐れ縁ときいているし、ならばダンテの体質も、彼に流れる血のことも知っているはずだ。

 だが、クラリスの思惑をよそに男は先ほどの戦いで破れたコートを引き裂き、簡易の包帯を作っていた。

 戦闘後において、自身の衣服を止血道具代わりにすることはクラリスも経験したことがあるが、あっさりとその手段を選ぶ男に彼女は目を丸くする。

 

 自分の傷を裂いた服でふさぐと、今度は勝って知ったる我が家と言わんばかりにダンテの机の引き出しをあさり始めた。

 程なくして、クラリスが見たこともない救急箱を取り出して、「失礼」と言いつつも彼女の服を軽く捲り上げ、腹部の傷にガーゼを押し当てる。

 

 

「あなたの言うとおり、悪魔の血が流れる私たちは傷が塞がるのが早い。でもすぐに、ではありません。流した血が帰ってくるわけでもありません」

 

 

 淡々と傷についての説明をしながらも、手は休むことなく止血の処理を行っていた。

 人間ならばまず縫わなければいけないような傷でも、こんな簡易的な処置ですぐ治るのだとクラリスは改めて感嘆する。

 

 

「これで一まずよし、と……。今回は腹部でよかったですが、心臓を打ち抜かれたり頭を破壊されたりすれば私たちでも死んでしまうでしょうから、あまり形振り構わない戦いはしない方がいいですよ」

 

 処置を続けながらも男は忠告めいたことを口にしていた。

 私たちは、と言っているあたり彼も悪魔の血をひいているのだろうと考え、クラリスはその意見を素直に聞くことにする。

 

 彼の所作を見つめながら、やはりエドガーは先ほどの影の男とは無関係だろう、と彼女は思考をめぐらせた。

 最初に出会った影の悪魔は、光に照らされるまで顔をしっかりと見えないほど影に包まれていた。そして今日会った男は昼間だったためか、やや影が薄れていたがそれでも同様の気配を感じていた。

 恐らくモリソンを襲った男というのも、先ほど倒した悪魔の方なのだろう。改めて、目の前の男をダンテに討たせなくてよかったと彼女は思う。

 

 白い包帯がきっちり腹の傷を覆ったのを確認して、男はクラリスから離れて救急箱を片付け始めた。そんな彼の後姿に、クラリスは声をかける。

 

 

「ありがとう、助かった」

 

「大したことじゃありません。以前私が置いていたものが残っていてよかったです。流石に女性の手当てに私のコートというのは、些か失礼ですからね」

 

「そこは、気にしなくてもいいと思うけれどな」

 

 

 実際、止血が急務のときはエドガーも今回のような悠長な手段は選ばなかっただろうと、クラリスは思う。

 傷の処置がひと段落ついた頃、

 

 

「改めて、自己紹介しておきましょうか。私はエドガー。今2階にいる男の、まあ、一応知り合い……ですね」

 

「私はクラリス。先ほどはありがとう、おかげで助かった」

 

「こちらこそ、と言うべきですかね」

 

 

 軽く握手をして、簡単な自己紹介と謝辞を済ませた後、再度2人の間に沈黙が降り積もる。

 だが、先ほどよりもそれは短く終わった。

 

 

「ここは何も変わっていませんね。それにダンテも」

 

 

 懐かしむ、というよりはどこか悲しむような表情でエドガーは2階に目をやっていた。

 ルーナを寝かせるだけにしてはずいぶんと長く上にいるな、とクラリスも思う。勿論ルーナが目を覚ましてあれこれ話している可能性も無きにしも非ずだが、それにしては話し声のようなものは一切聞こえなかった。

 

 

「先ほどの彼の行動は、責めないであげてください。彼は自分の周りにいる者が傷つくことを、守れないことが何よりも辛いんです」

 

「……だが、それにしても行方不明の友人に再会していきなり剣を向けるものか?」

 

「間が悪かったというのもありますが、貴方たちはそこまでしても彼にとって守りたいものなのでしょう。普段は何でもないように振舞って、軽口を叩いて、だから辛い時もあまり顔に出さないんですよ。……全く変わってません、あいつは」

 

 

 苦笑いをしながら、エドガーは机の上に伏せられてある写真立てに気がつき眉を顰めた。そして「彼らしい」と再びつぶやく。クラリスもそれに気がつき、ダンテにとってエドガーという男がどういう存在かの一端を知った気がした。

 ダンテの知人というなら、事務所にいた時間も長いのだろう。エドガーの視線の1つ1つに懐古と、そして何故か自嘲のようなものが混ざっていることにクラリスは気がつく。

 

 

「こう訊いては失礼かもしれないが……私は、あなたは行方知れずになったとダンテから聞いていた。生きていたなら何故すぐに会いに来なかったんだ? こんな事件が起こる前ならダンテもあなたのことを疑わずに済んだだろうに」

 

「本当は会うつもりはなかったんですよ。彼に合わせる顔もありませんし」

 

 

 クラリスと正対して語る彼の表情は、確かに旧友との再会を喜ぶものとは程遠かった。

 口元に微笑は浮かべているが、それが愛想笑いであることはクラリスにも分かる。

 

 

「ただ、私がこの街を訪れているときに狙い定めたように私の顔をした通り魔が出たと聞いたら、流石に放っておけませんからね。昨晩も民間人を襲っている現場に出くわしましたが、後一歩の所で取り逃がしてしまいましたし」

 

 

 自分の不始末を片付けにきただけ、と何でもないような口調で彼は言う。

 

 

「正直ダンテもこんな事件がなかったとしても、会いたくはなかったと思います。喧嘩別れのようなものでしたから」

 

 

 ダンテとは旧知の仲であるときいていたため、クラリスは面食らってしまった。どうやらダンテと別れる直前の関係は、あまり良好とはいえないものだったらしい。

 てっきり感動に咽び泣くとまではいかなくても、再会を祝すような展開になると思っていたクラリスはあっけにとられてしまった。

 

 

「ダンテが戻る前に、出て行ったほうがいいかもしれませんね。益々顔を合わせづらくなったことですし」

 

 

 そう言って本当に立ち去ろうとするエドガー。

 だが、クラリスは今日会ったダンテの焦ったような顔を、先日からの彼らしくない所作や言葉を、先ほどエドガーに向けていた彼の表情を、伏せられた写真立てを思い出し、彼を引き止めるために声をあげた。

 

 

「本当に、彼がそう思っていると? せめて話だけでもしておいたらどうだ? あいつがあなたのことを毛嫌いしているようには私には思えない」

 

 

 怪訝そうに眉を顰めて、エドガーは足を止める。

 振り返る彼の表情は、雄弁に「何でお前がそこまで首を突っ込むんだ」と語っていた。非難めいた視線を浴びながら、彼女は言う。

 

 

「私は、あなたの言葉に救われた」

 

「……?」

 

「『人の心を持った悪魔は、悪魔から人を救うことができる』。私が自らの悪魔の力を持て余し、死を選ぼうとした時、ダンテはそう言って私を引き止めてくれた」

 

 

 クラリスは、目の前の男の自嘲まじりの視線が何から生まれているかを悟った。

 彼は、きっと昔の自分に似ている。

 何か理由があって、自分が嫌いになってしまった。それがダンテと喧嘩別れしたと言っていることに起因しているのか、それとも他の理由かは彼女には分からない。

 それでも、友人の窮地に現れ救おうとしたのなら、彼の中にまだ友情と言えるものが残っていることの表れだとクラリスは信じた。

 

 

「あの男はあなたの言葉を、今でも心に刻んでいるはずだ。そんな奴が、今でもあなたのことを嫌っていると本当に思うのか? あなたも先ほどのあいつの顔を見たはずだ」

 

 

 クラリスは畳み掛けるように言葉を重ねる。

 

 

「嫌いなやつにあんな顔するほど、ダンテは器用なやつじゃない」

 

「……私は彼に酷いことをしました。それでも友のままでいられると?」

 

「何年前のことを言っているんだ? そんな昔のことはとっくに忘れちまったな」

 

 

 第三者の声が混ざり、不意にクラリスとエドガーは顔を上げた。そこには、いつものように軽薄そうな笑みを浮かべたダンテがいた。

 先ほどまで命の取り合いをしかけていたことも微塵も感じさせずに、彼はあまりにも普段どおりすぎた。

 気を遣っているのかもしれない、とクラリスは考える。

 

 階下に下りてきたダンテを、クラリスは不安そうに、エドガーは沈うつな表情を継続したまま見つめた。

 瞬時の静寂を経て、エドガーが口を開く。

 

 

「久しぶり、と言うべきなのでしょうかね。地獄の果てから戻ってきましたよ」

 

「そりゃ結構。ずいぶんと、しけた顔になったもんだな。いや、それとも老けたのか?」

 

「失礼な。私はあなたより若いはずですよ、見た目は」

 

 

 見た目は、の部分にずいぶんとアクセントを強くしながら、エドガーは軽口に応じた。そして、ふ、と笑みを浮かべる。先ほどまでとは違う、安心したような微笑。

 肩の荷を僅かに降ろすことができたと、その顔が語っていた。

 何かがちぐはぐだった2人の関係が、パズルのピースがぴたりとはまったようにあるべき形におさまったようにクラリスは感じとった。

 

 

「I'm home, Dante(ただいま、帰りました。ダンテ)」

 

「Welcome back, you're late. Where have you been? (ようやく帰ってきたか、遅かったな。どこに行ってたんだ?)」

 

 

 階段を降り、エドガーの肩を軽く叩きながらダンテは彼の隣を通り過ぎていった。無視をしたわけではない。彼らの間に積み重ねられた絆が、再会の挨拶はそれだけで十分と告げたのだろう。

 

 ダンテがシャワールームに消えていく姿を見送りながら、クラリスはエドガーが「かなわないな」と呟くのを聞いた。

 

 その声音には躊躇いは最早なく、ただ僅かな照れくささのようなものだけを帯びていた。

 

 

***

 

「本当は会うつもりはなかったんですよ。彼に合わせる顔もありませんし」

 

 

 ルーナを彼女の自室の寝台に寝かせ、先ほど起こった出来事を自分の中で整理し、漸く立ち上がったダンテが聞いたものは、先ほど剣を切り結んだ男のものだった。

 はき捨てるような言葉に、ダンテの足が思わず止まる。

 

 合わせる顔もない。

 そう言う彼の声音は、別れた時と変わらずどこか乾いたものだった。

 

 エドガーはダンテが戻る前に立ち去ろうと席を立ち、そんな彼を引きとめようとクラリスが必死に呼びかけているのが聞こえる。

 このまま姿を見せても、それこそどんな顔で会えばいいか分からなかった。

 

 先ほど危うく彼を殺しかけたことは、明確な事実だ。

 エドガーの顔も碌に見ず、彼が何を思っているかもまったく聞き入れず、過去からやってくる恐怖を押さえつけるために我武者羅になっていた。

 クラリスが止めていなかったら、自分の剣は彼を殺していたにちがいない。

 

 

「『人の心を持った悪魔は、悪魔から人を救うことができる』」

 

 

 不意にそんな言葉がダンテの耳に飛び込み、ダンテは思わず足元から階下に視線を移した。

 折りしも、クラリスが玄関へと足を向けるエドガーに、声を張り上げているところだった。

 

 

「あの男はあなたの言葉を、今でも心に刻んでいるはずだ」

 

 

 エドガーの足が止まる。逆に、ダンテの足は歩みを再び始めた。

 

 まだ若くて向こう見ずな自分が、力を持て余していた頃。だが、その力では自分の家族を守ることができなかったとわかってしまったあの頃。

 自分が死地へと追い込んだ兄が、少年にとってかけがえのない友人であったにも関わらず、少年はダンテを気遣ってくれていた。

 力の向ける先を見失った自分を励まそうと、幼馴染であるダンテにそう言ってくれた。

 

 その言葉は、いつしか自分の中で当たり前となって根付いていた。

 当たり前すぎて、それがどれだけ大事なものか見失いかけていた。

 

 

「……私は彼に酷いことをしました」

 

 

 それが何のことかは分かっている。だが、それならお互い様だ。

 自分は問答無用で彼を否定しようとした。

 彼は問答無用で自分の元から消えようとした。

 お相子で、貸し借りなしだ。なら、かける言葉はいつも通りでいい。気負う必要なんて、最初からない。

 

 

「何年前のことを言っているんだ? そんな昔のことはとっくに忘れちまったな」

 

 

 ダンテの口をついて出た言葉に、エドガーが一瞬目を丸くする。

 そして、彼はいつもの澄ました顔をした。

 数年前と変わらない、自分の隣にいた時と同じ顔を。

 




やや短めですが、クラリスとエドガーとダンテの後日談その1みたいな話です。
結びなおした糸は元通りにならない。結び目の分だけ糸は短くなる。そんな話をどこかで聞いたような気がします。
ダンテとエドガーが結びなおした糸は、はたしてどのような糸になってしまったのか。
何気に女性に対して容赦なく服を捲るあたりいささかどうなのさと思いましたが、彼は女性に対して変に恥じらいを持って接する方が失礼だとか思ってそうです。フェミニストなのか無関心というべきか…。
最近はDevilSistersの考察をするのが楽しいです。ただ、些かタイトルが安直なので訂正するか悩んでます。
それでは、また機会がありましたらお会いしましょう。
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