『さぁ、一緒に暴れよう』
いきなり声をかけられた。
頭がその言語を理解する前に自分の体は手に握った棒から剣を取り出し、助けてくれと縋った人に刃を向けていた。隠しきれない高揚感と共に。
他人に意思を奪われる感覚。それと同時に、今まで感じたこともない陶酔が全身を駆け巡り、衝動のままに彼女は外へと躍り出た。手に握る刀に全てを委ね、彼女は吼える。
それがダメなことだと気が付く数分後まで、彼女は思うままに暴れた。
***
「―――っ!!」
いつものように緩やかな覚醒ではなく、冷水を浴びたような瞬間的な覚醒によりルーナは目を覚ました。見たことのない陰気な天井に、感じたこともない空気。
いったい今自分はどこにい るのか分からなかった。ゆっくりと上体を起こすと、体の上から真っ赤なコートが滑り落ちる。その色が引き金になって、ルーナの頭には昨夜起きたことが次々と浮かび上がった。
無残な死体となった父親。頭を化物に踏み抜かれた母親。突如本当の父を名乗るその化物。そして押し付けられた剣と、まるでヒーローのように現れた赤コートの大男。自分に語りかける謎の声――。
「そうだ、あの人!! あの人が無事か確かめないと!」
「その"あの人"っていうのは、俺のことか?」
どこかで聞いたことのある低い声が聞こえて慌てて振り返ると、机の上に足を投げ出して昨夜の大男がふんぞり返っていた。
お世辞にも綺麗とは言えない机の上に投げ出された武骨なブーツに包 まれた足は、まるで最初からそういう家具であったかのように当たり前として存在している。
街中でこんな人を見かけたら、必ず今までのルーナならUターンをしていた。だが、命の恩人に対してまさかUターンするわけにもいかない。
「えと、あの、怪我……してないですか?」
「おかげさまで」
どういう意味でそう言ったのか。まだ子供のルーナに皮肉と本音の使い分けなど到底できるわけないのだが、それでも彼が怪我をしているわけではないらしいことに気が付いて安堵の息を漏らす。
今も無意識に握りしめている鞘に収まった細身の剣に視線を落として、ルーナは今度は恐怖からか唾を呑みこみ吸い寄せられるようにソレを見つめ続けていた。起きた瞬間には恐らく手元にあったが持ってはいなかったはずなのに、僅かの間に自然と手にとってしまっていたようだ。
「その剣、どこで 拾ってきた?」
「え」
藪から棒にぶっきらぼうに声をかけられて、ルーナはびくりと肩をはねさせて恐る恐る青年を目を合わせた。ふてぶてしいという形容詞がよく似合う目だ。だが、不思議と圧迫感や威圧感はない。
ルーナは「信じてもらえないと思うけど」と前置きをしてから、小声で、
「パパから、貰った」
「は?」
「パパがくれた。押し付けた」
ルーナにとって昨日まではパパと言って脳裏に浮かぶのは一人、ないしは二人だった。だが今の彼女には第三のパパの姿が思い浮かんでいた。そしてそのパパはおよそ人間の姿をしていない。
そんな複雑な家庭事情を知る由もない男は、疑問符を頭上に浮かべたような表情をしていたが、すぐに思考を放棄したのか、乗り出した身を再び椅子に凭れかけさせた。
「昨晩は随分と暴れまわっていたが、あれは日常茶飯事か?」
「それは……ごめんなさい。何か、こう、流れに乗せられて……。あ、でも、すぐに止めれた……と思います」
「流れで、ね」
彼が何を思ってそんなことを尋ねてきたのかわからず、ルーナは眉をひそめて小首を傾げた。もしかしなくても、迷惑だったのだろうか。いくら怪我していないとしても、刃物を持って暴れまわる子供の相手は大変だったことだろう。
ルーナはお礼も兼ねて自分にかけられている赤いコートをはぎ取って、予想外に重たいそれを男の元へ運ぼうとした。男も机を蹴飛ばすような乱暴な所作で椅子から降り、ルーナが差し出すまでもなくコートを受け取ってばさりと羽織る。
まるで外出の準備をするような動きに、
「どこか、出かけるんですか? えーっと……」
「ダンテだ」
「私はルーナっていいます。ダンテさん、出かけちゃうんですか?」
「俺だけじゃなくてルーナ、お前もだ。生憎俺の事務所は子供が暮らすのには向いてない」
ルーナはそこで、漸く自分が孤児になったことに気が付いた。なし崩し的にダンテと名乗る男に助けてもらったものの、彼とてまさかルーナを養うつもりで助けたわけではない。そうなると、行き着く先は孤児院かそれに類した施設か。
「それと、その刀は俺が預かっておく」
「え?」
突然の話の内容の変化にルーナは思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
「お前の父親が何のつもりで押し付けたかは知らないが、その刀はガキに持たせるにはすぎたオモチャだ」
いくら子供といえど、ルーナだって昨晩に自分の身に起きた変異は異常なことぐらい、すぐに気が付いていた。だから、ダンテの命令にも素直に従おうと思った。
漸く出会えた実の父親に――その父親の正体はどうあれ――つながるものを手放すのは少々心苦しいが、背に腹は代えられない。
そっと、刀を水平にして掌に載せ、ダンテに差し出そうとした瞬間、
ブツリと、再度視界が真っ暗になった。
***
『貴様、こいつを普通の人間に戻そうとしているだろう?』
「また、あんたか」
今までの純朴そうな少女の瞳はどこへやら、人を食ったような生意気そうな色が少女の顔に浮かんでいる。一体声帯をどんな使い方をすればそんな声が出せるのかと思うぐらいの低音が、少女の喉から発せられる。昨晩と同じ、刀の人格の方が表に出ていた。
「"流れに任せて"ってか?」
『あの娘は自身を悪魔だと認めている。あの幼さでその認識能力は驚嘆に値する。故に、その破壊本能にも引きずられやすい。幼いゆえにな』
ルーナの姿をした何かは、刀の鞘を払い刀身を露わにしてダンテを睨みつけた。相変わらず不敵な笑みを顔に貼りつけている。弧を描く唇は、不自然に吊り上って見えた。
『貴様も悪魔の端くれだろう? こういうのは、好きなのではないの、か!!』
滔々と語っていた少女の姿が、不意に掻き消える。足元から膨れ上がる禍々しい殺気に頭ではなく感覚で察知し、ダンテは咄嗟に後ろに距離を置いた。前傾姿勢で刀を突きだして突っ込んできていた少女は、たたらを踏んだと思うや否や、あっという間に体勢を戻す。
その身のこなしたるや、とても10にも満たない少女のものとは思えなかった。例え彼女が人間であり、彼女の手に持つ刀が彼女の体を無理矢理動かしているとしても、その身のこなしはただの身軽な子供では物理的に不可能だ。
軽く床を蹴り、それだけの踏切りで宙を自在に舞う。刀を逆手に構えて、ダンテに向けて真っ直ぐに突っ込んでいく姿には何の迷いも躊躇いもなかった。
「ひゅぅ、随分と荒い戦い方だな。刀が折れるぜ?」
『この程度の荒さで折れるほど、この私は脆くないぞ?』
ぎりぎりまで引き付けて間一髪の所で躱したダンテは、全く焦りなどを見せず余裕の表情で口笛など吹いてみせた。
一方の少女は、不敵な表情に変わりはないが攻撃が外れたことが気に食わなかったのだろう、眉を顰めている。顰め面と狂気を孕んだ笑みが混ざり合い、相乗効果でより凄絶さを増していた。
『貴様も剣を構えたらどうだ? まさか、このまま徒手空拳で私と渡り合うつもりでもあるまい?』
「じゃあ、遠慮なくそうさせてもらおうか!!」
ダンテの呼びかけに応えるかのように、彼の愛剣が矢のように飛んできて彼の手に収まる。昨晩と同じ、柄に髑髏を模した禍々しい大剣だ。少女の姿をした悪魔は、その剣をまじまじと見つめ「ほぅ」と感心の吐息を漏らした。
しかし、ダンテは彼女のその所作を見るまでもなく、剣を掴んだ瞬間、裂帛の気合いと共に腰だめに構えて少女に突っこんだ。全くの遠慮のない、剣先を通して空間を抉りかねない凄まじい剣圧が彼女に襲い掛かる。
少女の矮躯ではとても防ぎきれないと思ったのだろうか。彼女は先ほどのダンテを真似するかのように、間一髪の所で横っ飛びに転がり難を逃れた。しかし、長い黒髪があまりの衝撃に半ばからぶつりと途切れる。ショートになった頭を軽く振って衝撃の余韻を打ち払いながら、
『チッ、やればできるではないか!!』
「褒め言葉だと思っておくぜ」
『ならば、昨晩の内にやっておいてもらいたかったな、闇の中のダンスの方が我の性に合う』
「早々に寝ちまったのは、そっちだろう?」
『それは失敬。この小娘がダメだダメだとやかましくてな』
話しながらも、刀を抜いた時から片時も手から離さなかった鞘に、何を思ってか彼女は刀を納めた。
一体何の真似だろうか。
ダンテが眉間に皺を寄せて彼女を凝視した瞬間、少女は腰にあてていた刀の柄を握り、先ほどとは比べ物にならないぐらい素早く鞘から抜き払った。
まさに神速の居合斬り。加えて、一撃で終わらず二撃三撃と剣撃は続く。その一撃一撃が鎌鼬となり、勢いを殺さずダンテに猛然と襲い掛かった。
「とんだ曲芸だな!」
ダンテは下段に構えた剣を思いきり上段に向けて振り、自身が生み出した衝撃波で全ての剣撃を進路から弾いた。弾かれた鎌鼬が事務所の壁にところ構わず突き刺さり、耳障りな音をたてて崩壊させていく。ダンテ自身の放った衝撃波によって、床も相当抉れてしまった。最早、先ほどまでの雑然としてはいるが、生活感のある落ち着いた雰囲気は微塵も残っていない。そこにあるのは、ただの戦いの爪痕だけだった。
『貴様、この我と戦ったことがあるのか? そのような荒業で避けるとは……』
「日本刀使いとやるのは初めてじゃないんでね」
『いやはや、貴様、我が思った以上の良い遊び相手だな。しかも、あくまでこの身体に怪我は負わせないように、気を遣ってくれておるようだな』
凄まじいの一言に尽きる剣戟の中でも、ダンテは相手の体が悪魔の血が流れようがただの子供であることを忘れていなかった。だからといって、こっちが相手を殺すまではいかなくとも機能停止に陥らせるぐらいの本気を出さなければ、容赦なく命を奪ってくる相手であることもまた事実。
決して手を抜いたつもりはないが、常に頭の中には程々にブレーキをかけることを忘れていなかった。
『なればこそ、貴様の本気、益々見たいというものだ!』
「お喋りな剣だな。いい加減大人しくおねんねしてな!」
刀を下段に構え、少女が再度迫りくる。その速さたるや、ダンテでも目で追うのがやっとのほどだ。迎え撃つダンテは、タイミングを合わせて自身の大剣を振りぬき、その重さを生かして少女の体を吹き飛ばそうとした。
後ほんの数秒で彼女が再度刃を抜き放ち神速の一撃を決めてくる。その刹那、彼女の目が大きく見開かれ一瞬足取りに迷いが生じた。
ダンテは振りぬき始めていた大剣を止めようとした。
だが、どこからか伸びた細い手が刀から離れ、迷うことなく勢いをつけた大剣の刀身をしっかり掴んでいる。
一瞬何が起きているか、目の前の現象が思考に追いつかなかった。
その細い腕が、一度ついた勢いを利用して自身の矮躯に刀身を滑り込ませようとしている。
「!?」
『貴様――っ』
あまりに異常な事態で軽口を叩いていた双方から言葉が失せる。ゆっくりと、俯いていた彼女の顔が前を見据える。
永遠にも感じられる一瞬の中、初めてダンテは少女の瞳を近くで見た。
ぞっとするほど昏い瞳を持つ顔が、くしゃりと歪んで不自然な笑みを見せる。
「Please...(どうか……)」
Please kill me, Dante. (どうか、私を殺して、ダンテ)
そして、時は急速に動き出す。
辛うじて剣先を軌道から逸らしたダンテの努力のおかげで、胴体が真っ二つになることは避けた少女の体が鮮血を辺りに散らして、瓦礫の山にどさりと転がった。
(執筆日 2013年 2月4日)
前回に引き続き魔剣に引きずられて暴走するルーナです。
彼女の状況に対する適応力はこの時点でも異常な高さだと思います。
自分のキャラながら、ルーナという少女の底は見えないです。