Devil Sisters   作:千代里

30 / 35
<29>Side:Edgar-虚勢

 ルーナの様子を見に行くと言ってクラリスが階段に足をかけたとき、エドガーもその同行を申し出た。

 ルーナは事の顛末を知らない。徒に混乱を誘うような真似は避けたかったが、かといっていつまでもエドガーの帰還を隠し通せるわけでもなかった。

 ならば面倒ごとは早めに片付けておこうと、クラリスはその申し出を受けることにした。

 

 

「とはいえ、あんなに怪我をしている子供の元に大勢で押しかけるのもどうかと思いますが…・・・」

 

「ルーナも悪魔の血が混ざっている。あまりそうは言いたくないが、傷自体は塞がっているだろう」

 

 

 大きな傷は両足の刺し傷と、肋骨付近の骨折だろうがクラリスが影の獣と戦っている間にその傷自体は塞がっているに違いない。

 目を覚まさないのは、純粋に痛みから生まれた疲労によって体が休息を求めているからではないか、とクラリスは考えていた。

 

 

「彼女も……ですか。悪魔が人間と愛を芽生えさせる事例がそんなに沢山あるとは、喜んでいいのやら複雑な気分ですね」

 

「私とルーナの父は同じ悪魔だ。それに私たちは……いわば悪魔の興味本位で生まれたようなものだからな。正直私としても複雑な気分だ」

 

「……どうやら、知らず失言をしてしまったようですね。申し訳ありません」

 

 

 背後からの謝罪に、クラリスは苦笑いを零した。

 

 ダンテと違い、律儀な男だ。ダンテは失言自体は察しても、ここまですばやく的確に謝るような男ではない。

ダンテの古馴染みと聞いていたから、てっきりダンテと似たような男かとも思っていたが、どうやら性格の方はダンテとは正反対のようだった。

 ふ、とクラリスは彼が先ほど自分の手当てをしている時に、この体に流れる血のことを知っているような口ぶりだったことに気がついた。確かに腹に大穴を開けて平然としている状態は真っ当ではないし、そこから推測もできたのだろう。

 それに、もし彼が1年前の戦いの際にクラリスの前に現れた男と同一人物なら、あの事件の経緯を知っていることになる。どういった成り行きであの戦いに関与していたのかは不明だが、今はそのことについて根掘り葉掘り聞くことは失礼というものだ。代わりに、クラリスは、直接的ではなく間接的に話題として出すことにした。

 

 

「私も妹がいると知ったのは、1年前にこの街でルーナと例の父親に会ってから初めて知ったことだ。ルーナから見たら、私は……まだ赤の他人なのだろう」

 

「そういうものでしょうかね。私は兄弟がいなかったので、その辺は分かりませんが……些か寂しい関係に聞こえますよ」

 

「……すまない、愚痴っぽくなってしまった。さて、着いたな」

 

 

 妹が寝ている可能性を考慮して、クラリスはノックはせずに扉をそっと開いた。

 はたして、ルーナはベッドから上体を起こして虚空を見つめているところだった。どうやら、今起きたところらしい。

 部屋への来客として現れたクラリスには、いつも通りの素っ気無い表情をしていたが、彼女の後ろにいたエドガーを視界に入れると眦を吊り上げた。

 

 

「こいつ!! ……痛っ」

 

「無理して動くな。傷は塞がっていても、まだ神経まで繋がってないかもしれないのだから」

 

 

 クラリスが咄嗟に駆け寄り、今にも飛び掛らんとするルーナをベッドに押し戻した。ルーナは納得いかないという顔をして、悪魔と同じ顔を持つ男を睨みつける。

 エドガーの方は説明をクラリスに一任したらしく、部屋の壁に凭れ掛かって事態を静観していた。

 

 

「この男は、あの写真に写っていた方のエドガーだ。あの悪魔は彼を模したまがい物だ。言っている意味は分かるな?」

 

「……生きてたんだ」

 

「勝手に殺さないでください」

 

 

 エドガーが間髪入れず告げる。見知らぬ子供に対して、やや棘のあるようにもとれる声音にクラリスはおや、と思った。

 

 ルーナは彼に対してはひとまずの納得を得たらしく、今度はクラリスの血まみれの服や、雨に濡れた痕跡がある様子を見て目を伏せた。

 

 意識が消える前に見えた情景からして、間違いなく自分はクラリスに守られていた。自分がもっと強ければ、ダンテやクラリスに迷惑をかけることはなかったはずだという自責の念が湧き上がる。

 そう思うとまともに目を合わせることができず、ルーナは視線を僅かに落として目線を逸らすことしかできなかった。そうして、辛うじて搾り出した言葉は、

 

 

「……ごめんなさい。迷惑、かけちゃった」

 

「…………いや、いいんだ。お前が無事なら」

 

 

 ルーナが出せる言の葉は、謝罪のものだけだった。

 それ以上になんと言えばいいのだろう。自分の不手際のせいでクラリスは負わなくてもいい傷を負った。

 クラリスには自分を責める理由がある。彼女は決してそんなことをしないだろうけれども、だからと言って素知らぬ顔もできない。

 だからこそ、謝ることでせめてもの報いとしたのに、クラリスの態度は歯切れの悪いものだった。

 

 彼女は何か、別の言葉を求めている。だが、ルーナにはそれが何か分からない。

 

 気まずい沈黙が2人の間に流れる。それを打ち破ったのは部外者としてその場にいた男だった。

 

 

「何があったのかは、憶測でしか私には分かりかねますが」

 

 

 不意に言葉を発した男に、姉妹の目線が向けられる。意に介することなく、エドガーは続けた。

 

 

「私なら、謝罪より感謝をしますよ」

 

「――――っ」

 

 

 とりたてて情感をこめることもなく告げた男の言葉が、ルーナの心に何かをもたらした事は確かだった。

 

 

「クラリス、その」

 

 

 今、自分は家族を失ったときに同時に失くした何かを掴んでいる。それは悪魔のルーナには不要なものだった。だが、今このとき、この気まずい空気を打破するには必要なものだ。

 まるで悪魔が人間のフリをしているようで、些か気まずさを覚えながらもその言葉を彼女は口にする。

 

 

「……ありがとう、助けてくれて」

 

「……っ! ……どういたしまして。お前が無事ならこれぐらいどうってことはない」

 

 

 そう言って、ルーナの細い体をクラリスは抱きしめた。彼女がここまでルーナに積極的に接触したことは今までなく、ルーナは目を白黒させた。

 時間にして数秒程度のことだったのだろうが、クラリスが離れるまでまるで何十秒も経ったような感覚がした。

 

 

「目が覚めたことをダンテに伝えてくる。エドガー、あなたも降りるか?」

 

「いえ、私はまだここにいます。ちょっと、話したいことがあるので」

 

 

 会って間もない子供に何の話があるのだろうか、と思ったのだろう。クラリスは眉を寄せたが、とりわけ追及をすることもなく扉の向こうへと姿を消した。

 

 2人きりになった空間は、先ほどまで流れた穏やかな空気が雲散霧消していた。

 ルーナは顔はよく知っていても関係はまったくない男に対して、隠すまでもない不快感のようなものを示している。

 対してエドガーも、冷めた目を彼女に対して向けていた。

 

 とりたてて言葉を交わすまでもなく、ルーナは彼のことが嫌いだと内心で断じていた。

 

 

「話って、何」

 

「昨晩の無礼を詫びに。……とはいえ、あなたは私がここにいると知った時点で気がついていたでしょうね」

 

 

 エドガーが指摘するように、ルーナは目の前の男が昨晩クラリスの家を覗いていた者と同一人物であると分かっていた。

 あの時は本物は既に死んでいる、ないしは行方知れずであると考えていた。だから、違和感を覚えながらも影の悪魔であると結論づけることしかできなかった。

 だが、今ならもう1つの推測を立てることができる。それは生きていた本物が、こちらを観察していたという推測だ。

 

 影の悪魔は言葉を操るほどの知性がない。ルーナを襲っている際も愉悦を感じているような表情こそ読み取れたものの、言葉を発するようなことはなかった。

 昨晩の男は交わした言葉の数は僅かなれど、こちらと会話をしていた。その事実が何よりも明白な証拠だとルーナは断じる。

 

 

「なんでクラリスの部屋を覗いていたの?」

 

「興味、ですよ。ダンテの傍にいる見知らぬデビルハンター2人のことは、少なからず私の興味を惹きましたから。しかもどうやら、その2人は悪魔の血を引いていると小耳に挟んだことですし」

 

 

 ルーナの目が胡乱げな者を見つめるものへ変わる。

 目の前の男の言葉の真意を探ろうと、彼女は男を見つめた。否、睨みつけた。

 

 ダンテの知人を名乗る者が、今でもダンテに対して変わらない思いを内に抱いているとは限らない。

 ダンテを討てるとしたら、それは明確な敵よりも寧ろ身内ではないかとルーナは考える。ダンテが魔人と化したクラリスを殺せなかったことは、彼の優しさの表れの1つと彼女は見做していた。

 

 

「もしかして、エドガーさん。あの影のこと知ってたんじゃないの?」

 

 

 低く抑えられた声は、獲物に襲い掛かる前の獣のうなり声に似ていた。

 今の生活を守るために、自分の体面などかなぐり捨てて臨むルーナの姿勢は、最早失礼の域を超えている。しかし、エドガーはしかし先ほどから笑みと無表情の中間のような顔を崩すそぶりすら見せない。

 

 

「出所をいくつか推測することはできますが、しかしどれも正解とはいえません。経験だけでは推し量れないこともあるので」

 

「誤魔化しているように、私には見えるけど?」

 

 

 エドガーは肯定も否定もしなかった。それが彼の言うとおり、判断をつきかねないうちに先入観を与えないがための沈黙か、それとも図星だったからかは少女には分からない。

 

 

「……私はどうやら嫌われてしまったようですね。でも、そここまでして私に噛み付いてくる意気込みだけは買いますよ」

 

 

 からかっているわけではないのだろうが、半端な微笑を浮かべた彼の表情はまるでルーナの態度をあざ笑っているようにも見えた。

 ルーナの中で苛々が増幅していることを知ってか知らずか、彼は言う。

 

 

「それは、あなたの姉のためですか? それともあなたのご友人のためですか?」

 

「違う。お前が悪い奴だと、ダンテが傷つくから」

 

 

 ルーナはきっぱりと告げる。同時に、胸の奥で何かが痛むような感覚を覚える。

 先ほどクラリスが見せた、妹の無事を喜ぶ笑顔が脳裏に浮かぶ。それを無理矢理思考の隅に押しやって、ルーナは続ける。

 

 

「他の人はどうでもいい。でもダンテが悲しむところは、見たくない」

 

 

 エドガーの表情に張り付いていた、申し訳程度の笑みが消える。口元に手をあてて、何かを考えているそぶりを見せ、

 

 

「あなた、変わってますね」

 

 

 吐き出された言葉は、ルーナを変人呼ばわりするものだった。しかし、少女は今更その程度の言葉にひるむことはない。

 元々自分が悪魔だと分かった時点で、自分が所謂普通から一歩どころか何歩も外れることになってしまったのは自覚していた。それを今更指摘されたところで、彼女の心が揺れることはなかった。

 

 

「私が悪者だったとして、私はまずダンテより先に彼の周りの者に手を出しますが?」

 

「そうだろうね。でも、私はダンテみたいに強くないから、周りの心配をする余裕がないの」

 

「だから、あなたのことを心配していた姉もあなたのご友人のことも、他の無関係な無辜の市民が傷ついても、死んでもどうでもいいと?」

 

 

 ルーナは答えない。しかし、否定もしない。それが何よりも雄弁な肯定の答えと解釈し、エドガーは大きくため息をついた。

 

 その姿を見てもルーナの心の内には、何の感情も湧かなかった。強いて言えばまたか、という諦めに似た感情が浮かぶ。

 自分の考えを諸手をあげて賛成してもらおうなどと、ルーナは考えていない。クラリスも無理にそれを否定しなかった。ダンテやモリソン、パティは恐らくルーナの思考が一般から大きく逸脱していることすら気がついてすらいないだろう。

 だから、目の前の男が何を言ってもルーナにとってはどうでもいい、はずだった。

 

 彼が無表情から苛立ちのようのものを覗かせるまでは。

 

 

「あなたを見てると、虫唾が走る。まるで鏡を見ている気分にさせられますね」

 

 

 面と向かって、自身の考えや性格を真っ向から否定されたことがなかったルーナは、流石に呆気にとられたように目を丸くした。

 先ほどまでの表面的には落ち着いた態度からは想像もできないほど、エドガーの表情には嫌悪の色が混ざっている。

 

 

「あなたのような存在がダンテの傍にいる方が、私よりも余程悪だ。……もっとも、何も気づかずに放置しているあの男にも非があるのでしょうけども」

 

 

  流石に大人気ないと思ったのか、エドガーの声音は徐々に落ち着きを取り戻し始めた。

 しかし、それでもルーナは彼の言葉に破城鎚で殴られたような衝撃を受けていた。内心でそのことを否定したくても、動揺は収まらなかった。

 何がそんなにも衝撃的だったのか、それすらも漠然としか理解できない少女を置いてエドガーは部屋を出て行った。

 

 

 階下に戻る途中、エドガーはふと廊下で足を止めて独り呟いた。

 

 

「自分が正しいと思う捻じ曲がった生き方を続けるような真似はやめなさい。何もかも失ってから、気がつくようなのは私1人で十分だ」

 

 

 ただ1人の人間に自分の生きる軸を委ねる。それがぶれることがない存在だったから、まだ少女は真っ当であり続けることができている。

 ダンテも、クラリスも、彼女の行きつく先に気がついていない。

 それに気がつくのは結局自分だけなのだから、とエドガーは嘗ての自分を思う。

 

 尊敬する父と、敬愛する父の友人、その息子らに憧れて彼らのために生きると誓った幼い頃の自分を、見つめ返す。

 少年の戯れごとのような誓いが、やがて捩れ曲がって、結果として何もかもを失ったことを思い返す。

 そんな結末に少女がたどり着かなければよいが、と自分が出て行った部屋を見つめて、しかし彼は何も口にはせずに階下へと降りていった。

 

 

***

 

 

「それで、お前はこれからどうするつもりだ? 悪いがお前の部屋は現在は子供部屋になっているからな」

 

「構いませんよ。長丁場になることを予想していて部屋を借りましたから」

 

 

 ダンテが言うように、ルーナが現在使っている部屋はエドガーのものだった。もし戻ってくるつもりなら廊下で寝てもらおうかなどと大概失礼なことを考えていたダンテは、その言葉に素直に安心した。

 エドガーとルーナを同じ部屋に押し込むわけにもいかず、そうなると部屋の都合上自分とエドガーが同じ空間で寝ることになる。

 それはいくら気心の知れている仲だとしても精神的に御免だった。

 

 

「どんな部屋だ?」

 

「前の住民が凶悪な犯罪者で、その前の持ち主が借金の取立て屋に追われて逃げ出し、更に前の住民は自殺したとかいう曰くつきの物件です」

 

 

 同じ借家暮らしのクラリスが興味本位で尋ね、その内容に絶句する。一方のエドガーは先ほどのダンテの会話の後、何かが吹っ切れたのか、先ほどとは違う楽しげな笑みを浮かべていた。

 

 

「あと、ダンテ。私の剣が折れてしまったので、後で適当に見繕ってください」

 

「おい、適当にって……。何をどう適当に見繕えばお前に合う奴があるんだ?」

 

「ついでに、今度銃を持ってくるので改造をお願いしますよ。以前使っていたものは潮水でだめになってしまいましたから。こちらに残していたものは、このまま貴方に預けておきますね」

 

 

 彼の立て板に水の弁舌に、クラリスは呆気にとられてしまった。一方のダンテは慣れたもので、ため息をつくだけだった。

 この男は、相手が気心の知れた仲だと遠慮がなくなるのだ。だが、それが彼らしいと言えば彼らしいのだ。寧ろどこか懐かしさすら覚え、そんな自分にやきが回ったかとダンテは自虐的に内心で笑う。

 

 頼めるだけの頼みごとをして、エドガーはDevil May Cryの事務所を去っていった。また会いましょうと、再会の言葉を残して。

 

***

 

 

 事務所を出て、久しぶりに言葉を交わした友人の姿を思い出し、エドガーは自然笑みを零した。

 久方ぶりに、自分の胸のうちに温もりのようなものを覚えた。

 帰るべき場所に漸く帰れたような、安心感。変わらない友人の姿への安堵。そして新たにできた知り合いの女性と少女の姿。

 

 特にあの女性の方、クラリスについてはエドガーとしても特別の思い入れがあった。

 

 

「1年前に助けたときは、まさかあそこまでしっかりと立ち直れるとは思いませんでした」

 

 

 1年前。クラリスが魔人の状態のまま暴走してしまい、彼女の父にけしかけられてダンテと対峙していたときのことだ。

 ダンテはクラリスに一撃を入れることで彼女をどうにか止めたが、その後の処置は彼らの戦いを見ていたエドガーが行ったことだった。

 悪魔と人間の間に生まれ、悪魔に弄ばれながらもその心だけは屈しなかった彼女がどんな選択をするのか気になって、結果的に手を出すに至った。

 まさか、自分の言葉が再起の切っ掛けになったとは思わず、改めて気恥ずかしさを覚える。

 

 

「それにダンテも……まさか斬られるとは思いませんでした。以前よりは少し警戒心というものを持つようになったみたいですね」

 

 

 そんなことを1つ1つ思い出し、小さく言葉にして、彼は家路に着く。

 借りたばかりの部屋は、今までは寒々しいとしか思わなかった。だが、今日は少し違うものになるかもしれない。

 

 そう思って扉を開け、

 

 

「遅かったじゃない。首尾は上々だったようね。ちゃんと、見てたわよ」

 

 

 椅子に腰掛けた妙齢の女性が、嬉しそうに微笑んでいた。女性の肌は色白を通り越して、血色の悪さを感じるような青白さだった。肩の上を流れ落ちる髪は燃える炎よりも血を思わせる暗い赤だ。

 さも我が家のように寛ぐ女性を目に、しかしエドガーは驚くそぶりすら見せなかった。しかし、先ほどまで浮かれていた笑みはあっという間に消え、機械的に濡れた上着を黙々と脱ぎ捨てた。先ほどの浮き立つような感情は、その女の姿を見た瞬間に彼の胸から消えてしまっていた。

 

 

「ずいぶんと楽しそうな顔をしてたわね。久しぶりの友人との再会はどう? 劇的な再会のシーンを作ってあげたでしょう?」

 

「話が違っていたように思いますが? 私は自分から彼らの元に接触すると言いましたよね。それをあんなまがい物を作り出して、無関係な人を襲わせるなどと……」

 

「それはあなたが悪いわ。いつまで経っても、いつかやる、後でやる。そんな言葉ばかりだと女は退屈するものよ」

 

「……」

 

 

 視線に殺意を乗せて、エドガーは嫣然と微笑む女を睨みつける。雨の中影の悪魔を斬りつけた時よりも余程激しい憎悪の視線をぶつけられて、しかし女性は平然としていた。

 

 

「できるなら、あの子供をいただいてからの方がよかったのだけれども、まあそこは後で貴方が上手にやってくれるのでしょう?」

 

「どうでしょうね。とりたてて違和感なく復縁できたのだから、それで良しとしてくれませんか」

 

 

 女の視線などものともせず、彼は首のタイを緩めてベストをコートの上に重ねるように脱ぎ捨てる。その所作1つ1つにはどこか気だるさが漂っていた。

 

 

「言われたことしかしない下っ端は、無能だと思うなのだけれど?」

 

「下っ端? いつから私たちはそういう関係になりましたか? 貴様みたいな奴の手先になった覚えなどありませんが?」

 

 

 漸く女の方をまともに見ながら、エドガーは声を荒げる。口調は丁寧だったが、そこには紛れもない怒りが滲んでいた。

 その怒りを受けてか、女も今までも余裕ぶった態度を捨て、凄むような目つきでそれに応じる。

 

 

「ええ、そうねぇ。あんたの大事なものも、あんたの命そのものも、誰が握っているかお忘れぇ?」

 

 

 先ほどのどこか色気すら感じる妖艶な空気はどこへやら、まるで獲物に襲い掛かる蛇のような女の声がエドガーにかけられる。

 それと同時に、エドガーは眉を顰めた。

 嫌悪からではない。体の内側から生じた痛みに、勝手に体が反応してしまったものだ。

 反射的に痛みの出所である左胸を片手で押さえ、彼は言葉を発することなくただ鋭く彼女を睨みつけた。

 

 

「確かに約束は守るっていったわぁ。あんたが私の言うとおりにしてくれたら、あんたの大事なものもあんたも自由にしてあげるってぇ。でもねぇ……」

 

 

 女は立ち上がり、立っているのもやっとといった様子のエドガーの横を通り過ぎながら、囁いた。

 

 

「私は悪魔だから、気まぐれなのぉ。言いたいこと、分かるわよねぇ?」

 

 

 くすくす笑いを残しながら女の気配が背後から消えていくのを感じ、漸くエドガーはその場に崩れ落ちることができた。

 乱れた息を整え、痛みのあまり流れた冷や汗を拳で拭う。何度目かの深呼吸の後、今度こそ誰もいなくなった部屋で男は一人呟いた。

 

 

「最悪だ……」

 

 

 仰ぎ見た天井はいつもより高く思えた。

 再会した友人の笑顔を思い出すと、先ほどと異なりただただ苦い思いだけが募っていく。

 

 それでも自分は、何食わぬ顔で彼に笑いかけるのだろう。素知らぬ顔でクラリスと談笑し、ルーナにちょっかいをかけるのだろう。

 そうして日常を取り戻したように振舞うのだろう。

 ――背中に刃を隠したまま。

 

 

「本当、俺は最悪だ……」

 

 

 呟いた言葉は誰にも聞かれることもなく、虚空へと消えていった。




随分ご無沙汰していました。
家にある本の整理、図書館の本の整理、その他やりたいこと諸々もあって
なかなか創作の方に手をつけられずにいました。
サイトの方に載せている小説を整理したついでにこちらも更新という形に今なっています。
エドガー編はこれにて終了。やや辛気臭い部分もある彼ですが、クラリスがある程度解ききった闇をより濃く深く抱えている人といえばいいでしょうか。
これからも頻繁に登場するキャラクターですが、あくまでタイトルがSistersなのは私なりの拘りみたいなものです。
次回からアニメの話に戻っていきます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。