Devil Sisters   作:千代里

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<30>Side:Luna-変容

「なんとかって街で女性の行方不明事件が頻発……だって」

 

 

 ばさり、と新聞をたたむ音がする。新聞紙に隠れていた少女が顔を覗かせ、台所から漂ういい匂いに鼻をひくつかせた。

 時刻は正午を少し過ぎた頃。先日の事件が嘘のように、平和で穏やかで静かな事務所の姿がそこにあった。

 

 

「その街には近づかない方がいいわね、ルーナ。あたしたちも行方不明になっちゃうかもしれないし」

 

「お前らみたいなちんちくりんのガキを、女性とは言わないだろ」

 

「何よ、ダンテ。こんな素敵なレディを捕まえてそんなこと言うなんて!」

 

 

 前言撤回、とルーナは内心で呟く。

 今日も今日とて、事務所にはパティがやってきて掃除と飾り付けをせっせと行っていた。

 以前の掃除の際に邪魔だからとルーナはパティに一度飾りを片付けさせていた。その後はお泊り会の話で飾りのことは頭から吹き飛んでいたようだったが、どうやら今日の来訪までに思い出してしまったらしい。

 

 エドガーが戻ってきたときにはなくてよかったな、とダンテが今日呟いていたのをルーナは聞き逃さなかった。

 

 

「(エドガー……ね)」

 

 

 先日、自室で少し話をした後も、彼は何度か事務所を訪れていた。大抵が夜遅い時間なので、ルーナは寝ていることが多く顔を合わせた機会は少ない。

 パティやモリソンに至っては会ったことすらないはずだ。クラリスのような便利屋ではなく、彼は勤務時間が決められているような真っ当な仕事をしているのだろうとルーナは推測していた。

 

 

「(あいつが私を見るとき、何かすごく嫌そうな顔をするんだよね。嫌ならこなきゃいいのに)」

 

 

 どうせロクな用事もないんだろうし、とルーナは独り言を呟く。ムラマサが辟易するほど、かの魔剣に愚痴を零したため、ムラマサも自身の安寧のために彼は来ないで欲しいとぼやいていたぐらいだ。

 唯一の救いとしては、ダンテが彼と話す時は楽しそうにしているということだった。

 ルーナとしてはあまり面白くはなかったが、ダンテが喜んでいるのに水を差すのも野暮と思い2人の関係に口を挟むことは避けている。

 

 

「ダンテ、パティもルーナも女性であることには変わりないんだ。少しは気を遣ってやれ」

 

 

 そう言いながらクラリスがキッチンから出てくる。ルーナが彼女の家で食事をした際に漏らした言葉を気にしてか、最近彼女は食事時になると必ずといっていいほど事務所を訪れていた。

 以前より何かと世話を焼いてくる姉を邪険にも扱えず、折角だからと食事面ではその好意に甘えさせてもらうこととしている。

 

 

「しかし、パティが来ているとなると分量が足りないな……」

 

「俺の分はピザを注文するからいい」

 

「またか?」

 

 

 有無を言わさず受話器をとり、いつものピザ屋にいつものピザの注文をするダンテ。そんな彼の姿を見て、クラリスは諦め半分呆れ半分のため息をついた。

 パティとルーナは肩を竦め、顔を見合わせて苦笑しあう。だが、それがまるで人間の友達同士のコミュニケーションのようだと気がつくと、ルーナは笑みを曖昧に歪ませ視線をパティから逸らした。

 

 

「ルーナ、どうかしたの?」

 

「……なんか、パティがいると調子が狂う感じがする」

 

「そう? あたしはルーナといると調子がよくなるのに」

 

「……そう」

 

 

 適当に相槌を返しながら、ルーナはクラリスから昼食のパスタが盛り付けられた皿を受け取った。

 受け取りながら、パティを横目で見やる。もし、悪魔の襲来があったとして、パティが助けられなかったとして、それを自分は無関係だと切り捨てられるのだろうかと自問自答する。

 今までの自分なら「できる」と即答できるはずだった。だが。

 

 

「(あなたのような存在がダンテの傍にいる方が、私よりも余程悪だ……か)」

 

 

 先日浴びせられた怜悧な言葉が、ふと脳裏に蘇り彼女は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 

 

***

 

「ところで、パティ。もしかして飾りつけ終わるまでここにいるつもり?」

 

「うん。やっぱりこうして親しみやすい感じにしておかないと、お客さんがこないと思って」

 

 

 昼食を終えてクラリスが台所で片づけをしている頃、パティはもう一仕事と言わんばかりにファンシーとしか形容できない飾りを各所に再度飾りつけ始めた。

 最早ダンテは何も言わないことにしたらしい。彼が内心で飾りつけが片付くまでエドガーに来ないよう厳命しようとまで考えているとは、2人の少女も流石に気づいてはいなかった。

 

 

「うーん……。まあ、パティが好きなようにしたらいいんじゃない?」

 

「また他人事みたいに言って。ルーナの部屋もあとで可愛くしてあげるからね!」

 

「えっ」

 

 

 以前自室にあげた際に、殺風景過ぎるとパティが憤ってはいたが、予想外からのとばっちりにルーナは顔を顰めた。

 ダンテがパティのおもちゃにされている分は2人の問題なので言及はしなかったが、自分が巻き込まれたなら別問題だ。どうやってパティに部屋をいじられることを回避するかルーナが頭を悩ませようとした時だった。

 

 チリンチリンとドアベルが鳴り、来訪者の存在を室内にいる者に告げた。

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 

 とっておきのよそ行きの笑顔で来客を迎えたパティは、そこに立つ人物を見つめて目を丸くした。そして大きな声で、

 

 

「写真の人!」

 

「ダンテ、あなたこんな子供に一体私のことをなんと説明していたんですか」

 

「俺のせいにするな」

 

 

 変な呼ばれ方をしたためか、来訪者である男――エドガーは眉根を寄せてダンテにいやみを言った。ダンテはパティに彼のことを何も伝えていないので、パティの反応は至極当然といえる。

 そんな2人の背後で、ルーナは嫌そうに顔を歪めた。夜ならば寝る時間を言い訳に自室に引きこもれるが、今日はそういうわけにはいかない。

 何よりパティが自室を改造するのを引き止めるためには、彼女と直接交渉する必要がある。その機会を自ら投げ捨てるわけにはいかなかった。

 

 

「えーっと、エドガーさんだっけ。そういえば、ルーナからこの前会った悪魔は偽者だったって聞いていたけど」

 

「そこにいるそっちが本物。そいつが数日前に戻ってきたの」

 

 

 ダンテが口を開く前に、ルーナが新聞紙で顔を隠しながら嫌そうに説明する。さまざまな説明を端折ったいい加減な説明ではあったが、パティは納得したようだった。

 ルーナは新聞の裏側で、苦虫を千匹ほど潰したような表情をしていた。やはりこの男は好きにはなれない、と何度目になるか分からない確信をしながら。

 

 

「じゃあ、お客さんじゃない?」

 

「残念ながら、可愛いお嬢さん。ダンテ、先日頼んだ銃、もうできてますか?」

 

 

 パティに一礼した後、コートを脱ぎながらエドガーはダンテに話しかけた。彼が先日去り際に残した言葉を、ダンテは珍しく律儀に守っていたらしい。

 銃器に疎いルーナには分からないことだったが、週休6日を公言して憚らないダンテが、珍しく起きて何かしていることが多いと彼女なりに観察はしていた。そしてそれは、どうやら彼の友人のための武器を作っていたということらしい。

 

 

「整備は自分でやるんだな。アフターサービスは保障外だ」

 

「十分ですよ。市販品だとすぐに壊してしまいますので」

 

 

 そういってダンテが放った2丁の銃を器用にも難なく受け取り、エドガーはそれを腰のガンホルダーに収めた。ダンテが使っている無骨なエボニー&アイボリーよりは小ぶりで、いくらか見劣りするとルーナは思う。

 もっとも、銃なんて撃ったことがない自分が口出しできる立場でもないか、と思い、新聞紙から覗かせていた頭を引っ込めた。

 

 

「ところで、ダンテ。あなた、随分と見ない間にいい趣味になったようですね」

 

「……っ」

 

 

 呻き声のような音を漏らしてダンテが口を噤む。エドガーの目線はパティが飾り付けたフリルのついたカーテン、ぬいぐるみ、レース飾りに花飾りへと移っていった。

 口元には今にも噴き出すのを必死にこらえているかのように、引きつった笑みを浮かべている。その笑みは、にやにやと形容できそうだった。

 

 

「この店ってこんなに殺風景だから、あたしが飾り付けてあげたの。そうしたら少しはお客さんも増えるでしょ?」

 

 

 得意げなパティの言葉に、エドガーは納得の首肯を返す。ただ、どうしても笑いの発作を抑えることはできなかったらしく、低い笑い声が漏れていた。

 そんな彼から隠れるように、ダンテは手元の雑誌に目を落とした。折りしもダンテのその姿が新聞紙の裏に顔を引っ込めたルーナのそれに似ていて、エドガーは先ほどとは違う意味の微笑を浮かべる。

 

 その時、玄関の向こうから「ダンテさーん」と事務所の主を呼ぶ男の声がした。

 

 

「もしかして、お客さん!?」

 

 

 エドガーとの会話をやめ、パティが踵を返して扉を開けようとした。だが、逆に先に扉が開き、

 

 

「バジル風味辛口サラミピザ、オリーブ抜き、お届けにあがり……うわっ」

 

 

 ピザ屋の店員がピザを片手に現れる。その店員は部屋の内装に気がつくと驚きの声を漏らした。そんな男の驚きをとがめることもなく、

 

 

「ご苦労さん、代金は月末まとめて払うぜ」

 

 

 と、ダンテは事も無げにツケを宣言しながらピザを受け取る。新聞紙ごしの少女からの呆れ混じりの目線も、知人の苦笑も素通りしてダンテはピザにかじりついた。

 閉め出されるようにピザ屋は外に追いやられ、扉の向こう側へと消えていった。

 

 

「これで分かっただろ。お前のファンシーな趣味を理解するような客はここには来ないぞ。分かったならさっさと戻せ」

 

 

 上から頭ごなしに言われてパティは膨れ面を見せたが、ダンテはまるで気にする素振りすら見せず、黙々と遅くなった昼食をとり始めた。

 嫌な沈黙があたりを流れる。ルーナは新聞紙の隠れ家からそっと顔を覗かせパティの様子を伺った。

 ダンテに否定されたことで、そのファンシーな趣味がこちらに飛び火しないことをルーナは祈っていた。だが、エドガーが彼女に何事か囁くと、パティも納得したように肩をすくめてみせた。

 耳をそばだてていたルーナには、彼が何を言ったのかが聞こえていた。

 

 

「この事務所に住んで長いこともあって、急に模様替えされるのが嫌なんですよ。わかってやってください」

 

 

 ダンテよりやや下手に出た発言が功を奏したのか、パティも納得してくれたらしい。ルーナは自室の改造を避けられたことを確信し、ほっと胸をなでおろした。

 同時に、このことだけは彼に感謝していいか、という思いをちらと過ぎらせたのだった。

 

 

***

 

 

 それから十分ほどした頃。エドガーは用が済んだはずなのに、片づけを終えたクラリスに紅茶を出されたこともあって帰るに帰れずそのまま居座っていた。

 クラリスはパティが散らかした飾り付けを片付ける手伝いをしており、ルーナは相変わらず新聞紙の虜を演じていた。何しろ彼女の隣にはあのいけ好かない男が座っているのだ。顔を上げれば嫌でも目線が合ってしまう。

 

 昼下がりの静寂を居眠りして過ごすことを決めたらしいダンテのまどろみを打ち破ったのは、再び玄関の扉が開く音だった。

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 

 今度こそと言わんばかりに笑顔で客人を迎えるパティだったが、入ってきた客、もとい女性はパティには目もくれずに部屋へと目をやっていた。

 

 

「へぇ……。暫く見ない間に随分といい趣味を持つようになったのね、ダンテ」

 

 

 気軽に彼に話しかけるこの女性は誰だろう。パティは何の躊躇もなく部屋にあがってきた女性を目で追い、そしてダンテの方をちらと見やった。

 ダンテは黙したまま動かない。彼が知らん振りを決め込むということは、彼の知人なのだろうかとパティは思う。流石の彼も、客が来てこのような態度をとることはないだろう。

 ぬいぐるみの片づけをしているクラリスは、彼女の姿を見るとばつの悪そうな笑みを浮かべた。そんな彼女に女性の方もウインクで応じる。

 2人のやり取りを見る限り、少なくともクラリスとは知り合いなのだろうと推測はできた。

 

 やがて女性は窓際に立ち、外の様子を見つめながら、

 

 

「そう、あなたがパティ・ローエルね」

 

「え、なんで知ってるの!? あたしってもしかして有名人?!」

 

「ええ、DevilMayCryの事務所に頻繁に訪れる女の子。ここらではちょっとした有名人ね」

 

 

 パティは女性の言葉に顔を輝かせていたが、ルーナは新聞紙から片目だけ出しながら浮かれる少女に呆れまじりの声を投げた。

 

 

「それ、私のときも言われてたからね」

 

「そうね。ルーナの場合、ここに住み着いてたからもっと過激な噂になってたわね。クラリスの時も大概だったけれど」

 

「過激……ってどんな?」

 

「それは内緒よ」

 

 

 人差し指を口元に当て、女性は「しーっ」と言った。噂の張本人たる姉妹はどこか気まずそうにそれぞれの作業に戻っていった。

 

 ルーナが横目で隣を見ると、隣に座っていた男も同様にこちらを見ていることに気がつく。口元が先ほど部屋の様子を見た時同様、おかしさを隠せずに不自然に歪んでいるところからして、また笑い出しそうになったのだろうか。

 ルーナがまだ幼いこともあったため、彼女が事務所に来た当初は、やれ隠し子だ、やれ誘拐事件だ、と噂されていたことはルーナも知っていた。

 お節介なことに正義感に燃えた人間たちが、事情を問い詰めに押しかけてきたこともあり、その事件はルーナとしてもあまり思い出したくはないことである。

 

 クラリスは男女が一緒にいるとありがちな噂の類だったので、精神的なもの以外は実害がなかったのがルーナと違ってせめてもの幸いだろか。

 

 

「で、今日は何の用で来たんだ? わざわざガキを見物しにきたってわけでもないだろ」

 

 

 ガキ呼ばわりされて膨れ面になっているパティ。そんな彼女を宥めながらパティがつけたカーテンを外してもいいか、クラリスが尋ねているのをルーナは新聞紙の隙間から覗いていた。

 同じブロンドヘアなこともあって、余程2人の方が姉妹に見える。それを寂しいとは思わないし、うらやましいとも思わない。今のところ、その気持ちに嘘はないはずだった。

 

 

「仕事の話ならお断りだぜ。最近俺が週休6日制だということを忘れているやつが多すぎる」

 

「相変わらずつれないのね……」

 

「週休6日制なんてまだやってたんですか。いい加減少しは真面目に仕事してみたらどうですか?」

 

 

 どこかとってつけたように悲しげな声音で呟く女性に重ねるように、ルーナの隣で紅茶と茶請けの菓子に舌鼓を打っていた男が口を挟む。

 その言葉で、弾かれたように女性が顔をあげた。そしてそこにいる者に気がつき、目を丸くする。

 

 

「……エドガー? 久しぶりじゃない!! 何してたのよ、こんなはた迷惑な奴をほったらかしにして」

 

「こんなはた迷惑な奴なのでほったらかしにしてただけです。ダンテ、女性の頼みを無下にするものじゃありませんよ。特にレディの頼みは」

 

 

 エドガーと女性、もといレディの口ぶりでルーナはこの2人も知り合いなのだと理解する。一体彼がダンテにとってどれほど古い知り合いなのか、ルーナには想像もつかなかった。

 レディとダンテは、レディから以前聞いた話によると彼がまだ若くて無茶してた頃からの付き合い、だったらしい。

 ルーナの知っている情報といえばその程度で、積み重ねた時の流れには到底及ばないのだろうと歯噛みしていた。

 

 

「そうね、ダンテじゃなくてあなたに頼むのも悪くないかもしれないわ」

 

「エドガー、やめとけ。どうせこいつの持ってくる仕事は厄介ごとばっかりなんだから」

 

「ということですので、やめておきます」

 

 

 エドガーは先ほどのパティに負けないほどのとってつけたような笑みで、レディの誘いを断った。

 ルーナはこれを存外意外に思った。人当たりの良さそうな紳士に見えて、我を通す時は通す性格らしい。そういうところは、確かにダンテに似ているともいえた。それとも、ダンテが彼に似たのだろうか?

 

 

「じゃあしょうがないわね。ねえダンテ、あなた私にいくら借金があるか分かってるの? 今日の私は借金の取立人でもあるのよ?」

 

「おい、初耳だぞ。それは」

 

 

 片付けを中断したクラリスがキッチンから人数分の紅茶を載せた盆を持って姿を見せる。そしてその顔を見るに、どうやら彼女の中でのダンテの株価は更に暴落したらしい、とルーナは察する。

 事務所に入り浸る機会は少なくなかったが、レディが借金の話を直接持ち出す機会にかち合ったのは今日が初めてらしい。ルーナとしては既に当たり前の事項だったので、今更目くじらをたてるほどでもなかった。

 

 借金があるといっても、レディが積極的にそれを取り立てている様子もない。

 大の男ならともかく、小さな子供に貧しい生活を強いることをレディが嫌って配慮している可能性もなきにしもあらずではあったが、ルーナ自身も生活に苦労した覚えはない。

 借金というのは面倒な依頼をダンテに頼むときの、いわば彼女なりの無理を通すための方便だということだ。素直に頭を下げるような性格でもない彼女なりの、ものの頼み方なのだろうとルーナは察していた。

 

 だが、クラリスがそれを知る由もない。ダンテの机に、彼は飲まないと分かっていながら紅茶を置きながら、胡乱な者を見つめるような瞳で彼を見た。

 

 

「あら、ダンテ。クラリスには言ってなかったの?」

 

「言いふらすようなもんでもないからな。それに、借金の取立てをされたところで、今すぐ返せると本気で思っているのか?」

 

「まさか」

 

「始まりは1台のバイクでしたのに、いつの間にか相当膨れ上がっているようですね。あなたの借金」

 

 

 まるで喜劇でも見るように、笑みを崩さずにエドガーは言う。「そうなのよ」とレディが相槌を返し、肩を竦めながら事務所の隅に置いてあるビリヤード台へと歩み寄った。

 ビリヤードを真面目に嗜むような趣味を持つ者が生憎いないため、台には薄く埃が積もっている。そんな台に置いてあるキューをレディは手に取り、挑戦的な笑みを浮かべて言う。

 

 

「じゃあ、こういうのはどうかしら。8番ボールが入ったら無条件で依頼を受ける、というのは?」

 

「素直じゃないな、お前も。お前が負けたら借金ちゃらの追加に現金2万円だ。それで、どうだ?」

 

「ダンテ、そういうこと言うと負けるよ」

 

 

 パティが興味津々でビリヤード台に近づくのを横目で見やりつつ、ルーナはダンテに忠告めいた発言を送った。

 彼の賭けの負けっぷりときたら見事なもので、何故か自分が直接絡まなくても賭け事になると自然に負けてしまうのだということを、ルーナは長年の付き合いで理解していた。

 先日、エドガーとダンテがポーカーをしている様子をこっそり覗いていた時に、漸くルーナはダンテが勝っているところを初めて見た。その時は、自分は夢を見ているのではないかと思ったぐらいだ。

 もっとも、それを言うなら隣で紅茶を啜っている澄ました顔のこの男は、そのダンテよりも賭け事に弱いと言うことになるのだが。

 

 レディの持つキューがビリヤードの玉を突く音が聞こえる。文字通り玉突き式に玉が玉に弾かれ、ごろごろと台の上を玉が転がり、やがて1つの玉が穴へと落ちた。

 それが8番ボールであることを、ルーナは見るまでもなく、そしてダンテは横目で見ることで、理解した。

 

 

「すごい!!」

 

 

 パティはレディの腕前に歓声をあげ、クラリスも感嘆の吐息を漏らす。ルーナは新聞紙を片付け、先の事件から片時も離さずに置いていたムラマサに手を伸ばした。その間もエドガーと目線を合わせないようにする努力は怠らなかった。

 

 

「……ちっ、わかったよ」

 

 

 舌打ちをうち、不承不承いつもの真っ赤なコートを羽織りはじめるダンテ。クラリスも何も言わずとも自身の黒いコートを手に取る。

 エドガーも立ち上がり、ソファに畳んでおいていた上着を広げ始める様子を見る限り、どうやら彼も付き合うつもりではあるらしい。それなら最初から素直にレディの頼みごとを引き受ければいいのに、とルーナは不満を覚える。

 

 

「そんなにビリヤードがうまいなら、ハスラーでもやったらどうです?」

 

 

 上着に腕を通しながら、エドガーはキュー片手に得意げに微笑むレディに尋ねる。だが、レディは不敵ともとれる笑みを浮かべ、こう答えた。

 

 

「玉を弾くだけじゃ物足りないわ。打ち込んで、ぶっ壊すぐらいしないとね。あなたなら知ってるでしょ?」

 

「まあ、私自身打ち込まれてぶっ壊されかけましたから。まったく、私みたいないたいけな少年に何てことしてくれるんでしょうね」

 

「あいにく、私の知ってるいたいけな少年は屋根から飛び降りたりしないのよ」

 

 

 軽口を叩き合う2人を見つつ、ルーナは玄関に向かおうとした。しかけて、その足は止まった。レディの手がルーナの肩に伸び、その歩みを止めていると気がつき、ルーナは眉を顰めた。

 

 

「何? まさか子供は行くなとか言わないよね、今更」

 

 

 レディもルーナが半人半魔だということは知っている。ダンテに同行してデビルハンターの手伝いをしていることも分かっている。

 なら、何故今更引き止めようとするのかと問いかけた。だが、レディはどこか困ったような顔をしながら、

 

 

「ごめんなさいね、ルーナ。今回の相手は、ちょっと子供じゃ対処しきれないのよ」

 

「今回の相手? レディが言うその相手って何?」

 

 

 もしかして、自分の想像しているものとは違うのかもしれない、と考え直してルーナは問いかけてみる。だが、レディが口にした答えは彼女の予想通りのものだった。

 

 

「勿論、悪魔よ」

 

 

 

***

 

 

「納得いかない」

 

「10回目。ねえ、何回そのセリフ言うつもり?」

 

 

 悪魔が相手ならなんの問題もない。そう思ってルーナは食って掛かったが、レディはどこ吹く風だった。しかも、何事かレディに囁かれたクラリスも、「それなら仕方ない」と言う始末だ。

 ダンテはルーナが同行することに反対したことは、今までなかった。だが裏を返せば、それは同行することを賛成していたわけでもなかったのだ。だから、ルーナが付いてこないことに反対をするわけもなかった。賛成もしてないのがせめてもの救いだろうか。

 

 

「ルーナって悪魔と戦うことが、すごく好きってわけでもないんでしょ?」

 

「好きに見えるの、パティには」

 

 

 首を振る巻き毛の少女に、ルーナも軽く首肯を返す。

 何も悪魔と戦いたいわけではない。だが、悪魔に無辜の市民が襲われるのを黙ってみていられない、というほどの正義感の持ち主でもない。

 ただ、まるで置いてけぼりにされたような疎外感が、ルーナは嫌だった。そして、そんなことを思っている自分がいるということを認めることが、まるで弱さを認めているようで益々彼女の神経を逆撫でさせていた。

 

 

「じゃあ、ダンテと一緒なのがいいの? ルーナ、やっぱりダンテのこと」

 

「ダンテのことは大事。でも、それとも違う気がする」

 

「あたしが言いたいのはそういうことじゃないんだけど……」

 

 

 何故か不貞腐れたように言うパティを尻目に、ルーナは窓辺へと歩み寄った。外はまだ日が高く、人通りも少なくない。ふと事務所の目の前を通り過ぎる親子の姿が視界に入り、ルーナは外の景色から目を離した。

 ダンテがいない。そのこと自体は、今までにも何度もあったことだというのに、先の雨の日よりももっとずっとルーナの心にはちりちりとした痛みが居座り続けていた。

 

 

「ルーナ、どこか痛いの? それともそんなにショックだったの?」

 

 

 不意にパティの声が近くでして、ルーナは肩をびくりと震わせた。自分の思考に没頭しすぎていたせいか、彼女の接近にまったく気がついていなかったらしい。

 いつも明るいパティの声が、こちらを労わるように穏やかなものになっていることに気がつき、ルーナは首を傾げる。

 

 

「だって、ルーナ、泣きそうな顔してる」

 

「え?」

 

 

 顔を触ってみたところで、自分の顔が見えるわけでもない。ルーナは呆気にとられたように口を僅かに開き、何度も自問自答した。

 泣きそうな顔? いったい誰がそんな顔をしているというのだろうか。パティの見間違いなのではないか。でも、部屋の中はまだ明るくて、見間違える要因など何一つないようだ。

 

 そんな彼女を尻目に、パティは今度はわざとらしいぐらいはしゃいだ声で、

 

 

「1人でお留守番って寂しいものね。大丈夫、今日はあたしがずっと一緒にいてあげるから!」

 

「調子がいいんだから、TVドラマ見放題とか考えてるんじゃないの?」

 

 

 軽口を叩き返しながら、それでも、言いようのない不満と寂寥に襲われている自分を励ましてくれようとしていることは分かる。

 だから、今は彼女にのせられて明るいふりをするか、とルーナは年上ぶったため息をついてみるのだった。

 




アニメ2話の導入部分ですが、人数が増えたことで結構長くなってしまいました。
パティへの面通しも済んだエドガーですが、ルーナには相変わらず蛇蝎のごとく嫌われています。
新聞紙に隠れるルーナですが、今回は出番はお休み。
アニメご覧になった方なら分かると思うのですが、流石に子供をバイクに乗せることは難しいかと思いまして大人組の出番となっています。
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