「(怒ってただろうなあ……絶対)」
夕日が世界を朱色に染め上げる頃、とあるハイウェイ沿いにある空き地に立ち、クラリスは思いを馳せていた。
思い出すのは出発する前に見たルーナの顔だ。納得がいかない、理不尽だという感情が顔にくっきりと表れていた。その顔がフォルトゥナ島にいるネロになんだか似ていて、2人に申し訳ないつつ思わず苦笑が漏れる。
「何かいいことでもありましたか?」
「いや、ただの思い出し笑いだ」
隣にいたエドガーが、クラリスに問いかける。それに軽く返事をしつつ、クラリスは現実へと眼を戻した。
目の前に広がるのは、かつてそこが店だったかを示すような看板と古びた建物だった。それだけなら風情のある廃墟の1つに過ぎない。
問題は、そこにいる人々だ。まるでライブ会場にでもいるかのように音楽を流しながらダンスに興じる者、花火を打ち上げて楽しむ者、その誰もがお世辞にも常識のある人間とは思えない格好をしていた。
そして極めつけは大量のバイク、そしてバイクほどではないが複数ある車だ。まるで展示会でも開催されているかのように、あちらこちらにバイクや車が乱雑に停められている。
その持ち主たちは、明らかに決められた速度を逸脱した速さで、夕日を背負ってハイウェイへと消えていった。
「これは……どういう遊びの集まりなんだ?」
「二輪車に乗ってどこまでのスピードを出し、且つ無事に帰還することができるか。云わば度胸試しみたいなものでしょう」
若者たちが何をしたいのかが分からない、と耳打ちしてきたクラリスに、エドガーは淡々と返す。
彼とてこのような遊びに興じたことはないので、若者たちの心理まで完全に理解できたわけではない。専門家や関係者なら、不自然なまでの安全な社会が意図的な危険へと若者を走らせる、とかそれらしい解釈もできたのだろうが、あいにくエドガーはその手の専門家でもなかった。
「おいおい、レディ。まさかあいつらがお前の言う悪魔じゃないだろうな」
うんざりしたような声音のダンテに、しかし彼女は肯定も否定もせず「ほら」と若者の車や彼らのジャケットに描かれている1つの単語を指した。
「Devil Nest……悪魔の巣窟、か」
クラリスは呟く。まさに悪魔そのものを指す単語を見て、クラリスは納得したようにうなずいた。
「ハイウェイ管理局にとって、まさにあいつらは悪魔そのものよ」
「で、何でデビルハンターのお前が走り屋退治の依頼なんて受けてるんだ?」
「何を勘違いしたのか、私に依頼してきたのよ。でも私は畑違いだから、便利屋のあなたに依頼したってわけ」
「便利屋なら、そこにもいるだろう」
ダンテは同業者である女性を指し示した。指差されたクラリスは肩を竦めて、降参のポーズをとる。もし依頼の内容が本当に走り屋退治なら、クラリスにできることなんてたかが知れている。
「人間相手では、私もダンテも武器が使えない。私でもお手上げだな」
「クラリスの言うとおりだ。寧ろ悪魔より余計タチが悪い」
「そのくせ、一丁前に口だけは達者ですしね」
エドガーがついでとばかりに口を挟む。口が達者なのはお前の方だろう、とダンテは言いかけたが、余計なことを言ったら3倍返しで丸め込まれるのが常なので黙っていた。
「それに、ああいう連中は口で言って分かるような奴じゃないだろう。別をあたるんだな」
踵を返してその場を去ろうとするダンテに、しかしレディはまるで全て分かっていたかのようにいつもの調子で声をかけた。
「あいつらに言うこと聞かせるのに、武器も言葉もいらないわ。ついてきて」
***
「どうするつもりなんだか……」
「レディはあれでなかなか思慮深い人ですからね。無茶なことはしないはずですよ」
「エドガー、一般的に思慮深い普通の女性はデビルハンターなんてことはしない」
躊躇うことなく走り屋の一団へと足を向けるレディを3人は見送っていた。どうやら彼女はリーダーに話を通すつもりらしい。
門番のように立っていた走り屋の若者2人を押しのけて、レディはつかつかとリーダーに歩み寄る。茶色い髪を肩につくほどの長さに伸ばした、長身の男性がどうやらこのチームのリーダーのようだった。
「……俺がリーダーのヴィンセントだ。何の用だ、あんた」
「あんた達、悪いけどここ、立ち去ってくれない?」
あまりにも直球すぎる彼女の言葉に、クラリスは思わず息を呑んだ。もしリーダーの男が激昂してレディに手を出すようなことがあったら、止めに行かねばならないと身構える。
だが、相手の男は「なんだそりゃ?」と驚いたような言葉こそ漏らすものの、怒りのあまりに殴りかかるようなことはしなかった。
一方、その取り巻きの男達の方がクラリスの予想するような反応を見せていた。
「俺たちがどこで何をしようが勝手だろ!!」
「急に来て何言ってやがんだ、こいつ!」
クラリスとダンテ、双方の顔が不快そうに歪む。
ダンテが何を感じたかはクラリスには分からないが、明らかに法的に許されないことをやっているのに、自分のことを棚にあげて都合の良い屁理屈を通そうという態度は到底彼女にとっては理解できないものだった。
ふ、とエドガーのほうを見やると、彼はとりたてて表情を変えることもなく、観察するようにレディとリーダーのヴィンセントの様子を見守っている。
「見ろ、レディ。自分たちがどれだけ傍迷惑なことをしているか、分かっていない連中にいくら話しても時間の無駄だ」
「いえ、多分分かってやっていますよ。あの類は。もっとも分かっていてやっているからこそ、計り知れない馬鹿なのでしょうけども」
「なにぃ!!」
ダンテの言葉とエドガーの追い討ちに、取り巻き達がいきり立つ。
わざわざ火に油を注ぐようなことをしなくてもいいのに、とクラリスは内心でため息をついた。
「待て!!」
今にも2人に食ってかかろうとする手下を制しつつ、リーダーが声を張り上げる。
「あんたたちの言いたいことも分かる。でも、ちょっと待っていてくれないか?」
「どういうことだ?」
リーダーはどうやら話が分かる常識的な人間のようだ、とクラリスは思い、質問を返す。
「どうしても、勝負しなければならない奴がいるんだ」
「勝負……?」
クラリスの疑問に、リーダーは走り抜けていくバイクたちに視線を向ける。それで、クラリスは彼の言っている勝負相手がエドガーの言う『度胸試し』の相手なのだということが分かった。
推測に過ぎないが、どれだけ速いスピードを維持したまま走り続けられるかを争うということだろう。
「3週間前、俺の兄貴がある走り屋と勝負して……死んだ」
だが、彼の言葉を聴いて思わず息を呑んだ。
度胸試し、という言葉で少し甘く考えていたのかもしれない。当然、スピードが上がりすぎたバイクでバランスを崩すということは、そのまま交通事故に繋がる。
スピードが上がっているバイクから転げ落ちれば、人間ならまず即死だ。もし一命を取り留めても、一生ベッドの上での生活になるかもしれない。
フォルトゥナにいる時でも交通事故はあったが、それはあくまで不慮の事故に過ぎず、こんな遊びのような走りをすることで命を落とす者は皆無と言ってよかった。
だからこそ、彼の言った言葉がクラリスにとっては衝撃的だった。
「そいつはこのハイウェイじゃ伝説の走り屋で、勝負した奴は皆死んでいる」
「(伝説……皆死んでいる……?)」
真面目に事情を打ち明けるヴィンセントの言葉を邪魔したくなかったため言葉にはしなかったが、しかしクラリスは首をかしげずにはいられなかった。
彼の言葉は御伽噺染みている。その走り屋とて、結局は無謀な度胸試しに命を賭ける人間の1人に過ぎないだろうに。
「俺はどうしても兄貴の仇を取らなきゃならねぇんだ!!」
「それは……お兄さんにスピードを出させ、事故へと繋がるような走り方をさせたから相手を殺すということか? スピードを出したのはお兄さん本人なのにか?」
「俺達走り屋の仇をとるっていうのは、殺すとかそういうことじゃない。勝負して、そいつに勝つってことだ」
仇をとる。
その単語の持つ重みがクラリスとヴィンセントの中では決定的に違うことに、クラリスは説明されて漸く気がついた。
だが、気がついても納得はしていない。悪魔に親を殺されて仇をとると息巻く騎士団員を、市民を、子供を知っている彼女にとって、ヴィンセントの言葉はどこか違和感を伴って聞こえていた。
「(フォルトゥナの人たちは、悪魔に理不尽に一方的に命を奪われている。でも、この人たちは、自らすすんで命を遊び道具にしている。理解できないな……)」
自分が田舎育ちだから、もしくはフォルトゥナのように日常的に悪魔の脅威に晒されるような場にいたから、こんなことを考えてしまうのだろうか。
勝負すると死ぬと分かっている相手に、ただ度胸試しのためだけに臨んだヴィンセントの兄のことも、そして、同じ相手にすすんで挑もうとするヴィンセントの命を軽んじるような挙動も、クラリスには納得することができなかった。
同じことをダンテも考えたのだろう。はっ、と鼻で笑いつつ、
「走り屋同士のお遊びで死んじまった兄貴も馬鹿だが、敵討ちだなんだって言ってるお前はもっと馬鹿だぜ」
「なにぃ!?」
兄を愚弄するような言葉に、流石に今まで落ち着いていたヴィンセントも頭にきたのだろう。ダンテに向かって掴みかかろうとするかのように、ずかずかと歩み寄る。
ふ、とクラリスは近くにいる青年の、落ち着いた気配が乱れたことに気がつき、顔を上げた。
「(エドガー……?)」
今までヴィンセントの様子を見守っていた彼が、今は視線をハイウェイへ向けていた。否、彼が見ているのはハイウェイよりもずっと向こうの何かだ。
「エドガー、どうかしたのか」
「……あなたに聞くのはお門違いかもしれませんが、敵討ちって馬鹿のすることでしょうか」
「ああ、ヴィンセントの……。少なくとも彼がしようとしていることを、私は納得できない。それだけは確かだ」
「そうですね。あの青年はまだ若い。亡くなった兄が越えられなかった壁を、弟として無意識の内に越えたいと思っているのかもしれません。ただ、やり方が間違っているだけで」
何やらレディとヴィンセントが言葉を交わしているのを見つつ、クラリスは自分の答えがエドガーが得ようとしているものとは違うことに気がついた。
彼はもっと広義の、敵討ちという行為そのものの是非を問おうとしているのではないか。そこに考えが至るものの、今更話を蒸し返す空気でもなかった。
気まずい沈黙が2人の間を支配した頃、レディが2人の前に現れた。
「ヴィンセントとダンテが走りで勝負することになったわ。あなた達はどうする? 参加する?」
「ヴィンセントを挑発してダンテと走らせ、その伝説の走り屋を呼び出そうって魂胆ですか。あなたも人が悪い。大方その走り屋が悪魔なのでしょう?」
「多分、ね。ひょっとしたら凄く走りのうまい人間という可能性もあるけれど。それで、2人はどうするの?」
クラリスは瞬時思案する。もしその走り屋が悪魔なら、相手は高速で動いていることになる。悪魔で身体強化をしていても戦いの際の瞬発力はあるが、バイクのように常に高速を出せるわけではない。
そうなれば必然的にこちらも車かバイクのような二輪車で彼らを追う必要が出てくる。しかし、クラリスには大きな問題が1つあった。
「レディ、私はバイクが乗れない」
「なら、私が2人乗りで連れて行きますよ。大方あなたもダンテの後を追いかけるつもりなのでしょう、レディ」
「ご明察。じゃあクラリスはエドガーに乗せてもらいなさい。スピードの出しすぎはダメよ?」
「事故を起こしても私と彼女じゃ、ちょっとやそっとでは死にませんよ」
レディからヘルメットを渡してもらいつつ、エドガーは笑顔で返事する。
クラリスは生まれて初めての体験に、僅かな高揚を感じつつ不安と期待を混ぜた表情でヘルメットを被った。
アニメ2話の続きです。バイクに乗った経験がない自分としては、経験者の方と比べると少し物足りない部分もあるかもしれませんが。
全体的に導入部分の続きと言うこともあって、ボリュームは抑え気味。
エドガーとクラリスのコンビは双方の年齢もあって、気軽に話せるぐらいの関係ではあります。ルーナとは対照的ですね。