とっぷりと日が暮れた頃、2人のレーサーが空き地沿いのハイウェイに並んで今か今かと始まりの合図を待っていた。
言わずもがな、ダンテとヴィンセントの姿だ。
うなるバイクのエンジン音は、まるで大型の獣のうなり声をクラリスに彷彿させた。
「(悪魔の声にも似た音だな……)」
だから『Devil Nest』なのだろうか、とクラリスは若者たちのチーム名の由来を何ともなしに考える。
ダンテとヴィンセントがレースの準備をしている傍ら、クラリスとエドガーもレディが若者たちと交渉して取ってきたバイクに乗る準備をしていた。
「万が一にも怪我はないと思いますが、一応ヘルメットはきちんとつけておいてください。私も乗りなれているわけではないですし」
「そうなのか? ダンテは乗りなれていそうだが」
「ダンテは大抵のことならできますよ。あいつと違って私は凡人なんです」
ダンテたちから少し離れた道路の上でバイクの動作を確認しつつ、エドガーは同様に走り出す準備をしているダンテに目をやった。
クラリスが慣れないヘルメットをどうにか装着した頃、折りしもレディがダンテにヘルメットを渡そうとしているところだった。
だが、にべもなくダンテはそれを拒絶する。レディはまるでそれを知っていたかのように、無理をして勧めるようなことはしなかった。ダンテの場合は、その体に流れる悪魔の血のおかげでちょっとやそっとの事故では死なないと分かっているからだ。
けれども、その態度を挑発ととったのか、ヴィンセントも装着していたヘルメットを乱暴に外して道路に投げ捨てた。
「おい、そんな無茶な……!」
「うるせぇ、あいつ、舐めやがって……!!」
部下たちの制止も振り切り、自ら最後の安全装置を投げ捨てる姿は最早常軌を逸していた。
到底理解できない、とクラリスは頭を振る。エドガーも肩を竦めて彼の所業に呆れの意を示して見せた。
「おいレディ、一体どういうつもりだ」
「どういうつもりも何も、私はあなたとあなたの可愛い相棒が干上がらないようにしているだけよ。特に育ち盛りの子供のためには、ちゃんと保護者が稼いでこないとだめでしょう?」
まるでこうなることを予見していたかのような段取りの良さに、流石に何も聞かされていないダンテも不信感を抱いたのだろう。レディに問い詰めるように話しかけるが、相変わらず彼女は煙に巻いてまともに取り合おうとしない。
これ以上聞いても何も得られるものはないと判断したのか、ダンテは背中の大剣を外してレディへと突き出した。
「とりあえず、これは預かっておいてくれ。必要そうにないんでな」
「そうね、今のところは」
事も無げに受け取るレディ。だが、彼女の漏らした言葉に僅かな違和感を覚えたのか、ダンテの眉が微かに動いた。
「そろそろ、こちらも準備しておきましょうか。自転車に乗ったことは?」
「何度かは。後部座席に跨ればいいのか?」
レディが片手を高々と上げたのを見て、スタートが近いと気づいてクラリスはエドガーの乗るバイクの後部に跨った。
何ともいえない不安定さが本能的に僅かな恐怖をクラリスに与える。だが、悪魔と戦うことに比べればどうということはない、と思い直した。
「私の腰にでもしがみついておいてください。後はじっとしてくれれば大丈夫ですから」
レディの手が振り下ろされると同時に、2つの影が夜のハイウェイへと消えていった。間髪入れず、エドガーが操るバイクも2人の後を追うように発進する。
後部座席から響くエンジンの振動に驚かされながらも、
「(風と1つになっているみたいだ……)」
ダンテの所持しているスポーツカーに乗った時よりも、よりはっきりと風が自分と一体になっていることを強く感じる。背に負ったままのカリバーンの重みすら、いつしか感じなくなってしまいそうだ。
これが悪魔を追うための道中だということを忘れそうになるほど、スピードに身を任せて流れる空気と一体になる心地よさに酔いそうになる。
目の前の男は慣れているのか、特に感動する様子すら見せずどんどん離れていく真っ赤なコートの男の後を追う。
「気持ちいいですか?」
あまりにも黙りこくっていたからか、エドガーの方から話しかけられてクラリスはどきりとした。こんな時に不謹慎すぎただろうかと、焦りがちら、とよぎる。
「気持ちは分かりますが、楽しむのはまた今度にしてください。あの馬鹿2人、スピードの出しすぎだ……。ダンテも、どっちが馬鹿なんだか分かったもんじゃない」
「追いつけそうか?」
「追いついたらヴィンセント氏から不興を買いますよ。つかず離れずといった頃合までスピードを上げます。しっかり掴まってください」
ダンテとヴィンセントは一体どれほどのスピードを出しているのだろう、とクラリスはともすれば視界から消えてしまいそうな2つの光点を見つめる。
真っ赤なコートの影が翻っている方がダンテだろうか。ヴィンセントよりも優勢のように見えるが、不意にヴィンセントのスピードが上がる。その瞬間、テールランプとは別の紅い光が、ヴィンセントのバイクから立ち上がったような気がした。
「なんだ、あれは!?」
「ニトロでしょうかね。確かにスピード勝負をするのは必要かもしれませんが……命知らずな」
益々遠ざかる赤光を追うために、エドガーがスピードを上げる。同乗者がちょっとやそっとじゃ死なない者だと分かっているからの荒業だろうか。
クラリスは彼の邪魔にならないように、なるべく重心を動かさないように意識しつつ、
「……追いつけるのか?」
「正直あんなスピードを出したくはないのですが、この場合はしょうがないですからね。後で警察に通報するのだけは勘弁しくださいよ」
「分かってる。私のことは気にしなくていいから、存分に追い上げてくれ」
エドガーは首肯し、そしてクラリスはより強い風を体で感じた。自分のブロンドヘアが風圧で解け、後ろに靡くのを感じる。
全身が空気に溶け込んでいくような錯覚を覚えつつ、クラリスは若者達ががむしゃらにスピードを追う理由が何となく分かる気がした。
命を落としてまですることではない。その考えはぶれていないが、だが同時に爽快感に酔ってしまう気持ちも分からなくもないと思っていた。
「随分とのんびり走っているんですね、ダンテ!!」
「うるせぇ、そっちこそ女連れで危険運転とかいい度胸だな!!」
「幸い貴方と違ってちゃんとヘルメット、被ってきてますので!!」
スピードを出したことでダンテと並んだのか、エドガーとダンテの言葉の応酬が始まった。本当に仲がよいのだな、とクラリスは改めて苦笑する。
そうこうしている内に、先行して走るヴィンセントは鉄橋に差し掛かり、通り抜けようとしていた。
僅かに遅れてエドガーとダンテも追従する。
瞬間、
「(耳鳴り……)」
ヒイィィという何かが軋むような音が、クラリスの耳に響いた。
一瞬あまりの速さに耳がおかしくなったのかと思いきや、掴まっていたエドガーの体が僅かに強張ったことでそうでないことに気がつく。
「聞こえますか?」
「聞こえる。何だか気持ち悪い……」
「橋が軋んで……ってことはなさそうですね」
先ほどまでの気持ちよさが一転し、漂う空気が冷たく淀んだものへと変化している。そんな折、ふと目の前を走る光が2つに増えていることに気がつく。
1つは先を行くヴィンセントのもの。そして更に向こうにいる真っ赤な明かりは、
「あれが……悪魔?」
「兄貴……!!」
風が運んできたヴィンセントの言葉に、クラリスは眉を顰める。
彼の話では、彼の兄は既に亡くなっているのではなかったのか。それともあれが伝説の走り屋で、待ちわびた敵討ちのチャンスに心を奮い立たせた故に漏れた言葉なのか。
しかし、そう考えるのも束の間、ヴィンセントの声はまるで取り付かれたような狂気を孕ませ始めた。
「兄貴、兄貴兄貴兄貴……!!」
「待て、行くな!!」
ダンテの制止を振り切り、再度ヴィンセントの乗るバイクが加速する。まるでダンテとの競争を忘れたかのように、目の前のバイクを追って彼の姿が掻き消えようとする。
たまらず、ダンテが銃を抜き放ちヴィンセントのバイクに向かって撃つも、スピードも相まって狙いが定まらないのか、それとも当たっても弾かれてしまうのか、全く止まる気配がない。
そして、乗り手の方もバイクが銃に撃たれるという異常事態に気づくことなく、スピードを更に上げようとする。
「……ちっ」
舌打ちをするダンテ。
このままでは兄弟揃ってあの正体不明のレーサーに冥府へと連れ去られてしまう。どうしたものか、とクラリスが先を走る謎の走り手に目を向けた時、
「(……あれ)」
突如現れた赤光に夢中になって気がつかなかったが、瞬間乗り手から青いコートが翻ったように見えた。慌てて瞬きを繰り返すと、既にそれは掻き消えていた。
思わず身を乗り出しかけて、自分がエドガーにしがみついた状態であったことを思い出す。
「……あなたも、何か見えましたか?」
「すまない、気のせいだ」
バランスを崩したら2人とも事故を起こすことになってしまう。そのことを謝罪している時、おもむろに銃声が響いた。
突然の出来事に何事かとクラリスが目を丸くした時、
「この耳障りな音のせいであの馬鹿を止められねぇ、鉄橋を壊すぞ!!」
「……は?」
唐突過ぎる言葉に、クラリスの口から自分でも間抜けと思う音が出る。
先ほどから聞こえる耳障りな音が、ヴィンセントに何か影響を与えていることは明白ではある。
そしてその音を消すためにはバイクのエンジン音や銃声よりも大きい何かで、上書きをする必要があるということも理解できる。
「鉄橋を壊すのは構いませんけど……本当にいいんですか!?」
「他にどんなやり方があるっていうんだ!?」
エドガーもクラリスと同様のことを考えたのだろう。だが、彼が何かを言う前に、既に曲芸めいた射撃で、鉄橋の鉄骨に数発の弾痕をダンテは刻んでいた。
しょうがない、とばかりにエドガーも片手でガンホルダーから、ダンテに改造してもらったばかりの銃を取り出す。
ダンテのような大型の銃ではないからか、見劣りこそするものの、その射撃精度はダンテと同等だった。
「(このスピードで、こんなバランス悪いところで……)」
鉄骨に弾が食い込む甲高い音、そしてついに脆くなった鉄骨が橋の形を維持できず崩れ始める音が背後から響き始める。
その轟音たるや、耳鳴りのような不気味な音を上書きして余りあるものだった。
思わず顔を顰めつつ、クラリスは前を走る、敵討ちにとりつかれた男の様子を見守る。
鉄橋を通り抜けた頃、既に鉄橋は鉄橋の形を成していなかった。崩落してくる鉄骨を、エドガーがこれまた曲芸染みたハンドルさばきのダンテに追従して回避する。
その時には、既にヴィンセントのバイクはダンテのすぐ隣に並ぶほど減速していた。ライトに照らされて浮かび上がった彼の顔は、まるで自身が全力で走っていたように憔悴しきっていた。
「そうまでして……兄貴のケツ追っかけてどうする」
ダンテが言葉と共に、ヴィンセントのバイクのタイヤを銃で打ち抜く。折りしも、ハイウェイを沿うように茂みが広がっており、そこに向かって飛び込むように彼のバイクは横転していった。
鉄橋を壊した頃から減速していたのだろう、激しく体を打ち付けることもなくヴィンセントの体は草むらへ投げ出されていった。
彼の様子を見届けて、クラリスは安堵のため息をもらす。その息が聞こえたのか、エドガーも僅かに同様の息を零した。
「なにほっとしてんだ、お2人さん。まだ終わっちゃいないぜ?」
「確かに、そうですね。ただ、彼の気持ちも分からないでもなかったので、つい」
「そうかよ。ったく、あの女、最初からあの伝説の走り屋かという奴を誘い出すのが狙いだったな」
ダンテがおもむろに視線を上にあげ、交叉したハイウェイを上をバイクで走る赤いライダースーツの女性――レディに目をやる。
彼女は事も無げにリベリオンを高架下のダンテに向かって投げ、自身は高架を飛び越えダンテらと同じ車線上に飛び込んできた。
投げ渡されたリベリオンを、こちらも何ということもないように受け止めるダンテを見て、クラリスは今度は呆れ半分驚き半分のため息をついた。
「ダンテも大概だが、レディも……大概だな。悪魔の血が流れてないのが嘘のようだ」
「彼女、ロケットランチャーを振り回すような腕力持ってますからねえ。悪魔も泣き出すのは案外ダンテよりあっちの方なんじゃないですか?」
エドガーの声がどことなく引き攣っているのも、久しぶりに会う知人の現実離れた振る舞いに驚かされたからだろう。
レディはバイクに乗りながら二丁の拳銃で前を走るバイクを撃つも、当然ヴィンセントのように横転するようなことはなかった。銃で撃たれても平然としている様子からして、まず間違いなく乗り手は普通の人間ではない。
ダンテとエドガーもスピードを上げ、レディに併走する。
「おい、そんな弾じゃ止まらないって分かってるから、俺を呼んだんじゃないのか!!」
「分かってるなら追いついたら!?」
「簡単に言ってくれる……!!」
どこか挑発的なレディの言葉に、ダンテが舌打ち交じりに返す。それと同時にクラリスの顔が歪んだ。
今のスピードならまだ風が気持ちいい程度で済むが、もし目の前の悪魔に追いつこうとするなら更なる加速を要求される。
あいにくスピード狂ではない彼女にとって、これ以上のスピードは寧ろ恐怖感を煽るものとなる。恐怖は押さえつけることができるが、それでも率先して味わいたいものでもない。
「あら、難しいの!?」
「いいや、簡単さ!!」
レディの言葉に乗せられてダンテが更に加速する。だが、クラリスの予想に反して、エドガーがスピードを上げることはなかった。流石の彼も友人についていく気にはならなかったようだ。
乱暴な真紅の乗り手を乗せたバイクが、既にとても人間とは思えない真っ赤な靄をまとった姿のバイクに向かって突進していく。
明らかにバイクのスペックを超えたスピードに、バイクの方が根を上げるかと思いきや、
「ダンテの周りの空気が、光ってる?」
「どうやら、無理矢理バイクに魔力を注ぎ込んだようですね。一時的にスピードは上がるかと思いますが、あんな無茶したら確実にバイクが壊れますよ」
「魔力の付与なんて、そんな簡単にできるものなのか?」
「簡単ではありません。だからあいつは、ある意味天才なんです」
エドガーの言葉通り、瞬間的に加速したダンテのバイクはじりじりと悪魔に追いつき、そして悪魔を追い抜いていく。
スピードだけにこだわる悪魔ならそれで観念するかと思いきや、バイクがまるで意思持つ生き物のように、前を走るダンテに向けて飛び掛ろうとするのを見て、クラリスは顔色を変えた。
「まったく、悪魔ってやつは……!」
エドガーが舌打ちをする。
もっとも、既にそれに気づいていたダンテがバイクをターンさせながら、振り返りざまにリベリオンを突き上げる。悪魔は自ら剣先に飛び込むような形になり、実際大剣が突き刺さった状態で止まっていた。
どうにかその現場に追いつき、バイクを止まるや否や、ヘルメットを被った状態でクラリスはバイクから降りた。ケースからカリバーンを抜き放ち、戦いのための準備をする。
「遅かったな、お2人さん」
「道が混んでいましてね。手助けは不要ですか? 週休6日の怠け者さん」
「好きにすりゃいいさ!」
「なら、好きにさせてもらうとしますよ」
バイクの形をしていた悪魔の姿が、言葉を交わしているうちに変化を重ねて虫を思わせる四足の怪物へと変容する。ダンテがリベリオンを突き刺していたタイヤの部分は、鋭い刃を持った歯車のような形状に変わり、唸りをあげて高速回転を始めた。その回転に巻き込まれれば、肉が削り落とされるのは目に見えている。
だが、いつまでも悪魔との力比べに付き合うダンテではない。歯車を弾き返し、自らは一歩飛びすさる。
バランスを崩して前に倒れこむ悪魔に、
「自分を追い越した相手に襲い掛かるなんて、マナーも何もない屑野郎ですね」
バイクでいうならばライトの部分にあたっていた真っ赤な瞳の部分に、エドガーの放った弾丸が叩き込まれる。あまりの速さに発砲音が連続して聞こえてしまうほどだ。
だが、その発砲音も数秒で止まる。弾切れを好機と見て、嬉々として嬌声を上げながら悪魔は飛びかかろうとした。
だが、
「私もいることを忘れないでくれないか?」
カリバーンを抜き、上空へと自身の膂力だけで飛び上がったクラリスの一刀が悪魔の腹部を貫通する。道路にカリバーンで悪魔を縫い止めるような形にし、クラリスは空に向かって声を張り上げた。
「レディ!!」
バイクから飛び上がり空へと舞い上がったレディのロケットランチャーが発射されるのを確認して、カリバーンを持って悪魔の体から飛び降り、距離を置く。
串刺しにしていたカリバーンを移動しながら無理矢理抜いたことで、悪魔の体から大量の血があふれ出る。自分がいいように弄ばれる怒りから悪魔がクラリスの方を見た時には、既にレディの放った弾が悪魔に着弾していた。
轟音と共に悪魔が爆ぜる。
夜を切り裂く赤い花が咲き、そして、真っ黒な煙が夜風に攫われた頃に、路上に残っていたのは悪魔が使っていた乗り手の体だけだった。
「まったく、素直じゃないな。最初からこれが目当てだったんだろう、お前」
「ごめんなさい、ハイウェイ管理局からの依頼は本当はこっちだったの。でも、私が素直に頼んだところで、あなた、言うこと聞かないでしょう?」
不満を漏らすダンテにレディは悪びれず言う。
2人のやり取りを聞きながら、クラリスとエドガーは互いに肩を竦めあった。
今は悪魔を倒し、そして復讐に取り付かれた1人の男が無事であることに喜ぶべきだろう。ヘルメットを外しながら、クラリスはそう思う。
ふと、自分達が走ってきた道を眺めていると、そこを歩く人影に気がつく。風が彼の言葉を攫い、クラリスの耳に彼の悲痛なうめき声が届いた。
「兄貴……」
男は、ヴィンセントは、その場に崩れ落ち、悪魔が乗り手として使用していた体にしがみついた。
「兄貴……兄貴……!!」
だが、ヴィンセントの兄は何も答えない。クラリスは、その場にいた全員がとうに気づいていた。彼が駆け寄ったのは悪魔がヴィンセントを誘い出すためだけに使っていた人形で、彼の兄ではないということに。
操り主が消えたことで、人形の姿も灰色の泥へとその姿を変えていく。
自身の兄の姿をした者の変貌に悲鳴と嗚咽を漏らすヴィンセント。そんな彼の様子を見つめながら、ふと隣に立つ男の声がクラリスの耳に飛び込んだ。
「それはもう、ただの抜け殻です。あなたのお兄さんは……もう死んでいるのですから」
ヴィンセントに聞かせるために言ったわけではないのだろう。彼は今、悲しみに押しつぶされ、周りのことなどを考えている余裕はなさそうだった。
だが、彼は、エドガーは言葉を続ける。
「死んだ人間は、何も望みません。敵討ちを望むことも生きたいと望むことも、何も思うことなどできません。死んでるんですから」
当たり前のことを当たり前のように、彼は言う。何か声をかけようか、とクラリスは口を開きかけたが、エドガーが自分の口に人差し指を当てていることに気がつき、噤みなおした。
遠くから響くサイレンの音が、今はやけにはっきりと聞こえていた。
実は最近まで投稿した気になっていたけど、よく考えたらハーメルンには投稿してなかったので慌てて投稿しました。
ハイウェイ物語の幕引き。バイクレースの描写は単調にならないかと結構気にしていました。
書いてる本人は原付で悲鳴をあげるような軟弱者ですが、クラリスは結構乗り気のようですね。
次回は終幕の物語です。