Devil Sisters   作:千代里

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<33>Side:Edgar-越えた者、越えられない者

「元に戻しても結局お客様来ないじゃない」

 

「いつもこんなものよ。それでも一応成り立ってるんだから文句言わないの」

 

 

 部屋にあるドラムをなんともなしに打ちつつ頬を膨らませるパティに、ルーナが宥めるような言葉を送る。

 バイクの悪魔の事件を聞いてから数日、まだ朝早い時間からやってきたパティの相手をルーナはしていた。

 自分が置いてかれた理由がバイクに乗せるには小柄すぎたから、というどうしようもない理由であったことをクラリスから聞かされ、漸くルーナも留守番の理由に納得した。

 

 

「何回も言ってるが、俺は週休6日だ」

 

「じゃあ、いつ開いてるのよ」

 

「ダンテの機嫌がいい時ですよ」

 

 

 朝からやってきたのはパティだけではない。店の前で会ったと言ってエドガーも室内で寛いでいた。クラリスが来ていないのはボランティアの日だからだろう。

 いつの間にかこの事務所はダンテの家兼仕事場からたまり場の様相を呈していた。

 

 ルーナはふん、と鼻を鳴らしながら黒髪の青年を一瞥する。

 相変わらずルーナは彼に対して苦手意識を抱いているが、当の本人はルーナに対して我関せずの態度をとることにしたらしい。以前までの隠しきれないほどの嫌悪のようなものは、最近は鳴りを潜めていた。

 

 

「それに、この前の事件の報酬がそろそろ入るはずだ」

 

「あのバイク悪魔のこと? バイクに化けて走り屋さんたちを惑わしてたっていう」

 

「何せあのハイウェイ管理局からの依頼だ。たっぷり報酬を弾んでくれるはずさ。今レディが交渉に行って……ほぅら、きた」

 

 

 パティに返事をしていたら、ダンテの机の電話が音高く鳴り響いた。嬉しそうに受話器をとる様子からして、お金が欲しくないわけではないのだな、とパティは思う。

 レディと会話を弾ませる彼を尻目に、エドガーから改めて先の追跡劇について尋ねようかと考えたとき、

 

 

「は? 借金上乗せ? 鉄橋を壊したから?」

 

 

 聞きたくない言葉にルーナの顔が引き攣る。レディの言う借金が本当にあるかどうかはともかく、これでまた1つレディに頭が上がらない理由ができたとルーナは悟った。

 舌打ちをしながら受話器を投げつけた様子からして、今回貰うはずの報酬も新しい借金の支払いに消えていったようだ。

 

 

「だから言ったでしょう。本当にいいんですか、と」

 

「気づいてたなら、なんで止めなかったんだ」

 

「他にどんなやり方があるっていうんだ、と言って問答無用で壊したのは貴方ですよ。ちょっとは見境なしに物を壊す癖を直したらどうですか?」

 

 

 エドガーの言葉を信じるなら、制止する機会はあったらしい。それを振り切ってやってしまったのなら、これはどうしようもなくダンテの過失だ。

 弁解の言葉もないなあ、と嘆息するルーナは、ふとパティと目が合い、つい苦笑いを零した。

 零してから、気づく。

 何故こんな、友達とするようなことを、彼女とは自然にできるのだろう、と。

 

 

「ダンテ、本当に運に見放されてるわね。ねぇ、ルーナ」

 

「ポーカーとビリヤードの結果で大体予想がつくでしょ?」

 

「うるせぇ、そこの2人」

 

 

 ダンテが雑誌を顔に載せて不貞寝をしようとした時、玄関が開き1人の男が薄暗い事務所に足を踏み入れた。

 それは、あのハイウェイで兄の影を追って命を落としかけた男だった。

 

 

***

 

 

 パティが来客のために自分のマグカップで紅茶を出してから、漸く男――ヴィンセントは口を開いた。

 

 

「あの女の人にあんたがここに住んでるって聞いて……一言、礼が言いたかったんだ」

 

 

 ありがとう、と頭を下げる男に対して、しかしダンテは自分の机から動くこともなく、そして雑誌を顔からどけることもしなかった。

 彼らしい慇懃無礼な態度は来客に対してはあまりに失礼なものだ。しかし、常日頃からこのような態度なので同居人のルーナですらあれこれ指摘するのを諦めているようだった。

 

 

「あのまま行っていたら……俺も死んでいた」

 

 

 それは事実だろう、とエドガーは思う。スピードの出しすぎで死を誘発させていただけではなく、恐らくヴィンセントが悪魔を追い抜こうとしたら悪魔はその姿を変えてダンテにしたように彼に襲い掛かっていたはずだ。

 そしてその襲撃を避けるのは普通の人間には不可能だ。

 

 

「何となく、聞こえた気がしたんだ。兄貴の声が。『死ぬ奴があるかよ』って」

 

 

 エドガーはヴィンセントの言葉に、緩く頭を振る。それは、本当にただの気のせいだと彼は断じる。

 

 死者は何も語らない。ヴィンセントの兄は死んでおり、彼が見た悪魔は彼の兄の姿を使ってヴィンセントを誘い出していただけだ。

 あの悪魔は、きっと例の軋んだ音を聴いた者が望む姿を、自分に投影する力を持っている。走り屋にとっては自分より強い走り相手を、ヴィンセントにとっては彼の兄を、そして自分とクラリスはきっと同じ者を見た。

 

 ――そして、ダンテはきっと何も見ていない。

 

 その強さがあまりに自分から遠いもので、思い出して思わずエドガーは聞こえないくらいの小さなため息をついた。

 

 

「もう兄貴の後を追うのはやめた。これからは、俺のために走る」

 

 

 立ち上がってそう宣言するヴィンセントを見て、エドガーはクラリスが聞いたらどのように思うだろう、とちらと考える。

 彼女自身がバイクの速さに虜になっていたようだが、それでも命を賭けるような遊びはきっと承服していないはずだ。あんなことがあっても、なおその遊びに夢中になることはエドガーであっても理解できなかった。

 

 でも、と同時に思う。

 

 兄の後を、故人の後を追うのをやめて自分のために走ると決めた彼の顔は、何か吹っ切ったような清々しさを持っているように見えた。

 

 

「だから頼む、もう1度俺と勝負をしてくれ」

 

 

 ダンテにもう1度勝負を挑む彼の姿は、きっと自分がなれない者だ。例えその勝負が眉を顰めるような危険な遊びだったとしても、自分は彼を馬鹿にすることができない。

 そんな彼の真摯な姿を見て、ダンテが何を思ったのか、雑誌を机に置いて立ち上がる。ビリヤード台の側に行き、彼は言った。

 

 

「賭けをしよう」

 

「賭け……?」

 

「ただの1つもボールが入らなかったら、その勝負受けてやる。ただ……」

 

 

 彼も好きだな、と友人の変わらぬ姿に呆れの苦笑いを零しつつ、エドガーは階上へと足を向ける。キューがボールを打つ音を聴きながら、彼は嘗ての自分の部屋の前に向かい、足を止めた。

 何か理由があってここに来たわけではない。ただ、何となくヴィンセントがいるあの場所にいたくない、と思って直感的に踵を返して歩き出しただけだった。

 

 部屋の扉を開けるわけにはいかない。ここは今は自分の部屋ではなく、階下にいる少女の物なのだから。

 自分の理由のない無意味な行動に呆れのため息を零し、今日は帰ろうと振り返ったとき、エドガーは自分の目の前に1人の少女が仁王立ちして立っていることに気がついた。

 

 

「そこ、私の部屋だから」

 

「知っていますよ。勝手に入ったりしていませんから」

 

「入られて困るようなもの、置いてないけどね。さっきのお客さんが、あなたも一緒にどうかって」

 

「どうって、何を?」

 

「バイク使った競走」

 

 

 どうやらダンテは相変わらず賭けに負けたらしい。だが、そこで何故自分にお鉢が回ってきたのかは分からなかった。

 首を傾げると、ルーナは苛立たしげに、

 

 

「なんか、ハイウェイでのあなたの走りを見て、2人乗りなのに凄いスピード出してたし、是非ともって。で、行くの? 行かないの?」

 

「これも何かの縁でしょう。付き合うとしますかね。それで、貴方はどうするんです?」

 

「ついていくつもり。乗れないとは思うけど」

 

 

 言うだけ言って階下に戻ろうとするルーナを、エドガーは思わず呼び止めた。振り返り、胡乱な目でこちらを見つめる彼女に、しかし彼は何も言わなかった。

 何かを聞こうとして、しかしその何かを掴みかける前に衝動的に声をかけてしまっただけなのだから。

 沈黙の内に、発する前に迷子になった言葉をどうにか彼は喉の奥で組み立てようとする。

 

 

「何か用?」

 

「……貴方は、何故ダンテについていくのですか?」

 

 

 何でこいつにそんなことを言われなければならないのか、と彼女の大きな目は雄弁に語っていた。

 だが、律儀にも彼女は返事をした。

 

 

「ダンテが私を人間だと言ってくれるから。ダンテなら、私が何をしても止めてくれるし」

 

「……やっぱり、貴方は私に似ていますね」

 

「私は似ているなんて、思いたくないけど」

 

 

 にべもなく言葉を叩きつけて、少女は階段を下りていった。

 本日何度目になるか分からないため息をつきながら、エドガーも彼女の後に続く。

 ダンテの悪運を呪いながら。

 




やや短めの後日談。
エドガーにとってヴィンセントはまさに真逆に位置する人間なのだろうと思います。
エドガーは死者の言葉を信じないし、そしてダンテほど強くはない。彼と友人であると自称していても、そこに差は歴然とあります。
そしてルーナは相変わらずエドガーが何となく嫌いかつ苦手です。
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