「ルーナ、最近少し背が伸びたんじゃないか?」
ガタン、ガタンガタン。
「一応、世間では育ち盛りって年のはずだから」
ガタガタガタ、ガンガンガン。
「そういえば年を聞いたことがなかったな。いくつなのか、聞いてもいいか?」
ゴンゴン。
「12歳。モリソンの持ってくるカレンダーが間違ってなければ」
トントン、ゴン!!
「じゃあ私と10歳違いか。おい、パティ。いい加減にしないか! 叩いてもテレビは直らないぞ!」
先ほどからルーナとクラリスの会話を邪魔していた騒音は、事務所の居間兼応接室の机で、壊れたテレビをパティが叩いている音だった。今朝来てからずっとこの調子で、積極的にパティに関わろうとしないルーナも思わず肩をすくめずにはいられなかった。
ルーナは普段テレビを見る習慣がない。そのため、パティはこの事務所に捨て置かれていた古びた箱をきちんと楽しむことができる子供であった。聞いてもいないのに聞かせてくれた話によると、孤児院にあるテレビは自分より年下の子たちに譲っているため大好きなドラマを見ることができないのだそうだ。
「だって、クラリス! 今日『春のボレロ』の最終回なのよ!!」
「そりゃ残念だったな。俺もテレビの悲鳴のせいで昼寝ができなくて残念だ」
いつものように、机に足を投げ出すスタイルで昼食後のうたた寝を楽しもうとしていたダンテからも苦情が飛んでくる。
大人2名からの非難が真っ当すぎて、反論ができないパティは頬を膨らませることでせめてもの抵抗とした。そんな彼女の姿を頬袋をいっぱいにしたリスのようだ、とルーナは思う。
「じゃあダンテ買ってきて! 今すぐ!」
「金があればな」
「何ですぐお金なくなっちゃうのよ!!」
「金にうるさい女借金取りと、業突く張りの親父が全部持っていっちまうからだよ」
本人の金遣いの荒さも多少関係あるだろうに、とルーナは内心で思う。事務所にある過去に購入してきたと思われるドラム、ビリヤード台等々をダンテがきちんと楽しむ姿をルーナは見たことがなかった。賭けの腕はともかくダンテは器用な方なのだから、一芸に秀でることも可能だろう。それをしないのは飽き性なのか、それとも悪魔と戦うことに比べれば刺激が足りなすぎるからか。
そんな折、不意に扉が開く音がしてルーナは顔を上げる。そこにはダンテの言う『業突く張りの親父』が立っていた。
「誰が業突く張りだ、誰が」
「よう、モリソン。また金にならない仕事を持ってきたのか」
「馬鹿を言え。俺が持ってくる仕事は金になる仕事ばかりだぜ。ただし、ちゃんとやれば、だがな」
モリソンの言葉に、流石のダンテも返す言葉がなかったようだ。ハイウェイの悪魔を倒した報酬を、戦いの最中に鉄橋を破壊したことで全て借金へと消えたのはルーナの記憶にも新しい。
あのルーナにとっていけ好かない胡散臭い青年――エドガーが彼と行動をすることになったようで、ダンテの荒っぽい仕事ぶりが少しはましになるのではないか、とルーナは淡い期待を抱いていた。だが、あの男ですら結局ダンテの傍若無人な仕事ぶりを是正することができなかった。そうなったらルーナは最早白旗をあげるしかない。
「ねぇ、モリソン。テレビ壊れちゃったの。直せない?」
「テレビ?」
自分で直せないと漸く理解したのか、パティはやってきた新たな大人であるモリソンにテレビの修理を頼み込み始めた。
「今日『春のボレロ』の最終回なの! ねえ、お願い!」
「今日は車か、モリソン?」
モリソンにしがみつくパティを押しのけるように、ダンテが昼寝を諦めて歩み寄る。肯定するモリソンに、ダンテは欠伸をしながら、
「なら、持ってきた仕事を請けてやるから車で寝かせろ」
有無を言わさず事務所の前に停めてあるモリソンの車に乗り込む。余程眠たかったのだろうか、とルーナは首を傾げつつ、自分も外へと飛び出した。
ムラマサは既に手中にある。先日の影の悪魔の来襲から、ルーナはムラマサを必ず自分の側に置くようにしていた。以前のような過ちを二度と犯さないためにだ。
クラリスは口元に手をやって暫し考えるような素振りをしていたが、自身のギターケースを手にとりルーナに続く。今日は便利屋の仕事もなく退屈だから来ていたと言っていたし、暇つぶしがてら付いて来たのだろうとルーナは考える。
「(姉として妹が心配だから……とか言いそうだけど)」
依然としてクラリスのことを、血の繋がった姉とルーナは感じることができなかった。10歳も年の離れている――その年齢差すら今日初めて知った――のだから仕方がない。そもそも今の自分には家族愛のようなものはきっと実感できないだろうと、客観的にルーナは自分を分析して結論付ける。
後部座席の自分の隣に座るクラリスを一瞥する。
ふと目が合い、クラリスはいつものように穏やかに微笑み「何か用か?」と言葉をかけてきた。いつものように「別に」と、自分でもつれないと分かっている返事をしてルーナは外へと視線をやった。
***
「お二人さんは相変わらずだな」
数十分ほど沈黙を保ってた車内に、突然モリソンの声が響く。
モリソンが運転する車はダンテのスポーツカーよりは広いが、それでも4人が入ると十分狭かった。元が小柄なこともあり狭さに不満を感じることもなく、漠然と外を眺めていたルーナはいきなり声をかけられて、僅かに運転席の紳士へと意識を向ける。
「相変わらず?」
「お前さんはいつも通り世話焼きで、お嬢さんはいつも通りの仏頂面だなということさ」
「世話焼きなのは同意。何でついてきたの?」
ルーナは道中で初めて隣の姉へと声をかける。しかし、彼女の声は何の情も帯びておらず、ただの事実確認の質問であることをクラリスにはっきりと突きつけていた。
「何でっていわれても、することもないしな。お前とダンテがいなくなったら、私だけがテレビの悲鳴を聞かされることになる。それは勘弁だ」
「確かに、それは私も嫌。もっともパティに付き合わされてドラマとか見ても、よく分からないから直っても直らなくてもどっちも嫌だけど」
「パティお嬢様の最近の趣味は、どんなドラマなんだ?」
「恋愛ドラマ、だって。男の人と女の人が仲良くなったり離れたりする物語」
ルーナのドラマに対する感想を聞いて、クラリスは思わずくすりと笑う。男女の恋愛の駆け引きを面白いとは思えないと言う姿は、普段の態度からは考えられないほど年相応なものだったからだ。
だが当の本人は何故クラリスが笑い、モリソンも口角を緩ませているのが理解できていなかった。
「確かに、ルーナには早すぎるかもな。とはいえ、私もドラマのような恋愛は未経験だが。そこで寝ている男には、そういう浮いた話はないのか?」
「誰かとずっと、というのは聞いたことがないな。もっとも、こいつは悪魔に惚れられることが多いから、そこで帳尻が合っているんだろうさ」
寝ているのをいいことに、ダンテも話のネタの1つとされていた。ルーナは話が興味のない方向に走っていることに感づき、また外の景色に目をやる。
「最近よく来ているエドガーとは、モリソンも親しいのだろう。彼はどうなんだ?」
「親しいといっても、奴さんとはダンテほど長い付き合いじゃないがな。顔はいいし強く言い寄られたら断らない性分みたいだが、如何せん誰といても最終的に長続きはしないもんさ」
自分が最近は一方的に目の敵にしている男の、意外な一面を聞いてルーナは車内に再び視線を戻す。相変わらず事務所に来ている以外は正体不明の男だが、そのような一面もあるのかと純粋に驚きを感じていた。
「じゃあモリソン、お前はどうなんだ?」
「おっと、そこで俺にお鉢が回ってくるか。流石にドラマみたいな大恋愛はないなぁ」
はは、と豪快に笑って誤魔化そうとするモリソンと珍しく人の悪い笑みを浮かべる姉を見つつ、
「ドラマは、物語でしょ。嘘の話だから綺麗で、パティも夢中になるんだろうけど」
ルーナがぽつりと呟く。視線を窓へと向けたら、僅かに朱色に染まった空がルーナの瞳に映し出された。クラリスがこちらを見ていることを知りつつも、ルーナは言葉を続ける。
「誰かを好きになっても、思っていたのと違う一面が見えたら嫌いになってしまう。ドラマみたいにうまくいきっこない」
「……実際、流石に物語のように上手くいくことはないだろうな。だが、相手の違う一面を見て、それを受け入れ許容することもまた1つの愛情だと思うが?」
先ほどまでの浮ついた調子はどこへやら、いつもの落ち着いたクラリスの声が少女の耳に飛び込む。
確かに、クラリスの言い分は道徳的で正論で理想的だ。ルーナだってパティに付き合わされて色々なものを読むうちに、誰かを許容することが愛情の形であると知識では知っていた。
けれども、変えられない記憶も彼女の中には存在していた。
「たとえ、相手が悪魔でも? 悪魔の恋人でも、悪魔の子供でも、悪魔の夫でも、人間はそれを受け入れられるの? パティが見るドラマのように?」
車内の空気が、あっという間に沈黙で閉ざされる。フォルトゥナのように悪魔を嫌う社会でなくても、普通の人間が悪魔を好きになることができると断じることはクラリスには荷が重かった。
自分の父である悪魔が、自分を失敗作呼ばわりしたことは記憶に新しい。そして、そんな父が求めていたのは母の愛ではなく実験の成果物としての悪魔と人間の間に生まれる存在。ただそれだけであったこともまだはっきりと記憶に刻まれていた。
自身の父親に対して、既に考えることをクラリスは放棄している。クラリスにとって自分の父親が悪魔であるということは、自分に悪魔の血が流れているということに比べれば瑣末なものであった。それに、クラリスの母は事実を知ることなくこの世を去っている。それがある意味クラリスにとっては救いでもあった。
だが、と姉は思う。窓の方を向いているため表情の窺い知れない妹は、9歳の時にその事実を知った。彼女の母もそれを知った。知った直後に母に拒絶された。そこに悪魔は愛されない、という1つの因果関係を見つけるのはとても容易いことだった。
「……それが、ドラマじゃない。現実だよ。だからパティの見る物語は、よくわからないし見ていたくない」
そう少女が言葉を締めくくった頃、助手席の男が大あくびと共に目を覚ました。それが切っ掛けともなり、ルーナはそれ以上は口を開くこともなく、ただ窓の向こうの夕日を見続けていた。
やや短めですがアニメ3話のブラッドの物語です。
悪魔と人間の愛を信じるブラッド、信じないルーナ。
ダンテとブラッドだけでなく、ルーナとブラッドが出会ったときのそれぞれの反応が作者としても期待しています。