Devil Sisters   作:千代里

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Four years ago--混沌のにおい
<6>Side:Clarice-束の間の安息


 旧式のヨーロッパを思わせる古めかしい城の中を、子供たちの嬌声が響く。彼らを見守る女性は、自分の隣に並ぶ青年に目を細めながら言った。

 

 

「クレドの馬鹿野郎。石頭、意地っ張り、でこっぱち」

 

「最後のは悪口なのか?」

 

 

 青年の名前はクレドではなかったが、自分の師である者に対して悪口を並べたてられては黙ってもいられない。だが、言っている相手も彼の知り合いなので、面と向かって喧嘩を売るわけにもいかなかった。

 

 所はフォルトゥナ城のホール。クレドの悪口をつらつらと並べる女ことクラリスと、それを聞かされている青年ことネロは壁に凭れ掛かって久しぶりの観光に沸き立つ子供たちを、見るとはなしに見ていた。

 今日はネロが住んでいる孤児院の遠足の日だ。ボランティアとして孤児院のシスターたちだけではなく、いつも何がしかの援助をしてくれるキリエとその両親も来ている。

 遠足といってもフォルトゥナ島から外に出るわけでもなく、近くにあるラーミナ山を越えて唯一の観光名所といえるフォルトゥナ城に行くというだけのことだった。

 ネロも幼少の時に一度通った道であり、クラリスにとっては任務で何度か赴いている地であるので物珍しさは然程ない。

 結果として暇を持て余した二人は、入口から入ってすぐのホールで取り留めもない話をして時間を潰していた。

 

 

「キリエが聞いたら怒るぞ?」

 

「彼女なら今は子供たちをまとめるのに必死だろう?」

 

 

 折しもホールをよこぎるように全体を使って鬼ごっこを始めた子供たちを纏めるために、キリエが目の前を横切っていった。年上のはずなのに子供たちに遊ばれているような絵図を見て、二人は思わず同時に肩を竦める。

 幼少時から薄々気が付いていたが、堅物の上司としてクラリスが一目置くクレドと異なり、彼の妹は随分とお人好しな性格に育ったようだ。その優しすぎる性格は、彼女の親たちの指導の賜物ともいえるのだが。

 

 

「で、何を一体そんなに怒っているんだ? クレドに説教でもされたのか?」

 

「銃を使いたいと言ったら却下された」

 

「銃?」

 

「そう、銃」

 

 

 クラリスは腰のガンホルダーから無造作にハンドガンを取り出し、ネロに見せた。ネロは生まれて初めて見る拳銃をまじまじと見つめ、そして何度かクラリスと銃を見比べた。

 年を経るにつれて精悍さを増した顔が、そこにはある。キリエが女性らしさを増したせいで、昔に比べてその対照性はより明確なものとなっていた。故に、拳銃という武骨なものをクラリスが操るという絵図は想像に難くなかったが。

 

 21歳という、まさに年頃の女性が、言うに事欠いて銃が使いたいとは。彼女は年々一般常識から外れていっているような気がする。

 

 

「曰く、騎士団の理念としては常に一振りの剣を持って悪魔に対処すべし云々。要するに銃は邪道ということだ」

 

「でも、銃が悪魔に効くのか?」

 

「人間に撃つ時のような即効性は期待できない。だが、腕力が悪魔に劣る人間が悪魔と渡り合うには、銃は十分考慮の余地がある武器だと思う。瞬間的な破壊力は剣に勝るはずだ」

 

「合理的だな。だが、反感は買いそうだ」

 

「ただでさえ邪道だというのに、私が提案したからなおさら、な」

 

 

 クラリスは自嘲めいた微笑をネロに見せた。だが、ネロはそれを彼女同様、笑って受け止めることができなかった。

 女性でありながら騎士団に所属し、それなりの成果をあげてしまっているクラリスは、騎士団の半数以上から常に反感を持たれている。

 フォルトゥナの女性の多くは、慎ましやかで清楚で大人しい傾向があった。時代錯誤な中世じみた街並みが、彼女たちを自然にそうさせているのかもしれない。

 だが、クラリスは余所で育った時期があったためか、彼女たちとは常に一線を画していた。男勝りの行動力に、並みの男性でも逃げ出すような悪魔と理知的に渡り合おうとする意欲。どれも男たちの一般的な女性像からかけ離れている。

 だからだろう。騎士団に入団して既に数年が経過しているというのに、未だに彼女は騎士団の中では爪弾き者だった。

 それを知っているから、現在騎士団を統括しているクレドも彼女に団体での悪魔討伐の任務をまわさない。常にクラリスは一人で任地に赴き、一人で全てを解決してきた。

 クラリスはその方が気を遣わずに済むから楽だと言う。

 だが、彼女を姉のように慕うネロとしては、いくら彼女が平気そうにしているにしても、未だに納得しかねることだった。

 

 

「いろいろ言う奴はいる。そんな奴らに対して、私がとれる手段は一つだけだ」

 

「『結果を見せる。ただそれだけだ』」

 

「That's right.(その通り)」

 

 

 以前クラリスが言ったことだ。

 結果を見せる。ただそれだけで、彼らは口を閉ざす。

 彼女なりの処世術なのだろう。その生き様は、傍目から見たら誇り高いかっこいいものかもしれない。だが、ネロは同時に別の感情も抱いていた。

 

 

「(裏を返せば、言葉では誰も信じてくれない……ってことだからな)」

 

 

 彼女の感情を一から十まで理解しているとは言えない。だが、ネロも孤児院の中ではどちらかというとはみだし者であったため、その心情を悟ることぐらいならできた。

 

 彼の深刻そうな顔をどう読み間違えたのか、クラリスはおもむろにネロの頭に手を置き、銀髪をかきまわすように乱暴に撫でた。あまりに突拍子のない行動に、ネロは目を白黒させ、

 

 

「何するんだよ!」

 

「お前がぼーっとしているのを見たら、いたずらしたくなった。ちょうどいいところに頭もあったことだしな」

 

「ちょうどいい所って……」

 

 

 女性の中でもクラリスは長身の方だ。ネロも同年代の青年たちに比べれば上背はある方だが、その彼とほぼ同じぐらいの背なのだから恐れ入る。

 現在はほぼ同じ高さであるが故に、頭にも手が届きやすくなったと彼女は言いたいのだろう。けれども、まだ10代前半といえど、ネロの男の矜持としては少々複雑なものがあった。

 

 

「きれいな銀髪を見て、思わず撫でまわしたくなった」

 

「銀髪、ねぇ……」

 

「なんだか嫌そうだな。若白髪とでも言われたか?」

 

「スパーダと一緒だと思っただけだ」

 

 

 人に容姿のことについてあれこれ言われることは、ネロにとっては今まではさして問題ではなかった。

 だが、先日、偶々フォルトゥナの市民の崇める魔剣士スパーダが銀髪であったと聞いて、内心落ち着かないものがあった。

 魔剣士スパーダそのものに興味はない。だが、スパーダを崇める敬虔な魔剣教徒であるキリエの両親が、何かとネロの面倒を見てくれ、その過程でキリエとも交流を深めることができていた理由の根幹に、自分が銀髪だったからではないかという考えがネロの不快感を煽っていた。

 自分が非常にできた人間であるとか、無条件で他人に信頼されるものだとかいう幼稚な考え方はしていない。だが、レッテルを貼られているかもしれないと考えるのはあまり気持ちのいいことではなかった。

 

 愉快とは言えない感情を振り払うため、ネロは話題を切り替えることにした。

 

 

「クラリスこそ、そのブロンドヘア、ちゃんと手入れしているのか?」

 

「いっそ切ろうかとも思っている所だ」

 

 

 ネロは頭を抱えたくなるのをこらえながら、女であるクラリスに男である、しかも年下の自分が髪の手入れについて説かなくてはならないのかと思案した。

 行動が粗野であるため、彼女のことを知っている人間ほど気が付きにくいがネロはクラリスが一般的に言う「美人」の分類に入る方ではないかと思っている。無論、本人には言ったことはない。

 けれども、彼女の海のような深い蒼の瞳で見つめられると、はっとさせられるような美麗さが内在していることに気が付かないわけにはいかなかった。

 

 そんな浮ついたことを考えていたからだろうか。不意に目の前が真っ暗になった。まるで灯りを吹き消したように唐突な暗闇に、一瞬白昼夢を見ているのかと思ってしまったほどだ。

 その非現実を漸く受け入れようとした時、

 

 

「屈め!!」

 

 

 弾丸のように飛んできた命令に、ネロは反射的に従った。咄嗟に身を伏せたその瞬間、ズガン!!と轟音が耳元で響く。

 耳の奥を思いきり殴られたような衝撃。

 全身に微かに響く振動を感じながら、ネロは至近距離でクラリスが銃の引き金を引いたことに気が付いた。

 

 

「クラリス!?」

 

「ピクニックは中止だ。どうやら私の出番が来てしまったらしい」

 

 

 クラリスは万が一のために持ち込んでいた愛剣を背中から抜きはらう。その眼光はネロが今まで見てきたどの彼女よりも鋭く、触れれば切れてしまいそうなものだった。

 屈んだネロが恐る恐る立ち上がり、背後に目をやる。そこには目を背けたくなるぐらい醜悪な生き物が、眉間に鉛玉を受けてなお動こうとしていた。

 

 

「ネロ、孤児院の子供たちのことを頼む。至急騎士団員に連絡をつけてくれ!」

 

「クラリスは!? まさか一人で増援が来るまで戦うつもりなのか!」

 

「お前が戦うとでも言うつもりか? 素人は下がっていろ!!」

 

 

 のろのろと起き上がる悪魔に対して、躊躇なく剣を突き刺しながら彼女は吼える。その言葉の内容に、ネロはハンマーで頭をぶんなぐられたような衝撃を受けた。

 自分は今まで何のために剣の指南を受けていたかを、彼女は知っているはずなのに。剣を以て戦うことは、ネロにとっては生き甲斐であると同時に悪魔から守りたい者を守る手段であるということを、知っているはずなのに。

 それを、彼女は一蹴した。戦場に私情を挟まない心構えは確かにすばらしい。だが、ネロの矜持はその指示を黙って受け入れるほど、大人しいものではなかった。

 反感が胸の内から湧き上がるのを抑えることができない。彼女が悪魔を滅し終わったのを確認してから、ネロは怒鳴らないように努めて冷静に振舞いながら、

 

 

「俺だって伊達にクレドと何年も渡り合ってきたわけじゃない。手伝えることはないのか?」

 

 

 あくまで自身が不満を抱いていることを示さないように、慎重に尋ねる。だが、彼女は変わることない鋭さを秘めたまま、にべもなく言った。

 

 

「同じことを二度言わせるな。キリエと一緒に逃げろ。こんな押し問答している暇があったら、騎士団員を呼んでこいと言ったはずだが!?」

 

「……クラリス、俺は――!!」

 

 

 こちらに背を向け、きっぱりと言い放つ彼女に対して苛立ちを隠すことなど到底できそうもない。ネロは自身の正統性を主張しようと一歩前に出た時だった。

 

 

「……頼むから、」

 

 

 一瞬その言葉が目の前の女性から発せられていることを、ネロは理解できなかった。あまりに彼女に似つかわしくない、完全に意表を突いた細い声だ。

 

 

「頼むから、逃げてくれ。私は、お前に見せたくない。……お前を守り切って戦うと、言いきれない」

 

 

 高圧的に言われたのなら、売り言葉に買い言葉を返すこともできた。だが、こんな風に頼まれてしまったのでは返す言葉すら見つからない。

 突然突きつけられた今まで知らない彼女の姿に、ネロは狼狽え、碌に言葉を交わすこともできず去るしかなかった。

 彼の足音が遠くなるのを感じながら、彼女は自虐めいた薄い笑みをその口元に浮かべる。

 

 

「……すまない、ネロ」

 

 

 胸の内に燻る戦いを求める遠吠え。悪魔が出てきた瞬間に既に湧き上がっていた破壊衝動を、クラリスはネロが立ち去る今の今まで必死に抑え付けていた。

 ネロがいなくなった今、もう誰に憚る必要もない。解き放たれた内なる衝動は、自由の喜びを謳うように彼女の口から咆哮をあげる。

 

 背後から湧き上がる黒雲のような悪魔の群れを見ても臆することなく、彼女は獣の笑みを浮かべた。

 

 

「Hurry up baby!!(早く来な、マヌケ!!)」




(執筆日 2013年4月11日)
色々詰め込みたい話を詰め込んだせいで、少しごっちゃりしているような気もします。話が動かないまったりした時間が少ないこともあって、ついつい色々入れてしまうのは今後の課題ではないかと思っています。
ネロがまだ非戦闘員扱いなのが、ゲームと異なる点ではないかと思います。
なんだかんだ言ってますが、この時点でのネロはまだ13歳ぐらいを想定しています。
流石に中学1年生ぐらいの坊や戦いに巻き込むほどクラリスは外道ではありませんが、同時にあくまでも坊や扱いなので当の本人からは反感を買ってしまうだろうと考えて書いてました。
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