Devil Sisters   作:千代里

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<7>Side:Clarice-目覚め

 カリバーンの柄を軽く回し、吹かした推進剤から得た推進力で剣を豪速で振りぬく。

 力任せで振り回された大剣は、クラリスを囲んでいたかかし状の悪魔――スケアクロウをまとめて切り裂いた。

 腕にかかる力は相当なもののはずなのだが、彼女は振りまわされることなく地に足をしっかとつけている。

 

 

「まったく、蛆みたいに湧く奴らだな!!」

 

 

 いつも以上の乱暴な言葉が、誰もいない城内に響く。僅かに頭の片隅に残った理性が、もうネロやキリエたちの避難は済んだのだろうかと冷静に考える。

 先ほどの一撃で悪魔の波が多少引いたのか、頭に上っていた血がさっと引いたように普段の彼女が戻ってくる。

 

 口が裂けんばかりの狂った笑みはナリを潜め、素早く状況を確認した。今自分がいるのはホールから出てすぐの所にある廊下だ。この廊下は丁度ホールをぐるりと囲むような形になっている。

 避難ルートとして一番無難な道でもある。クラリスもまた、同じ道のりを走る。何も逃げようというわけではない。

 もし別の場所に悪魔が残っていたら、被害者が増えてしまうと思ったからだ。

 

 僅かな気配も見逃すまいと慎重かつ大胆に駆ける彼女の耳に悲鳴が聞こえたのは、その時だった。

 

 

「キリエ!!」

 

 

 聞き慣れた少女の声の出所を瞬時に聞き取り、彼女は前へ前へと向かう。廊下にはキリエと、彼女と一緒に逃げたであろう子供がいた。

 そして、忌まわしいあのスケアクロウも。

クラリスは自分が不思議なぐらいに落ち着いていることに驚きながらも、まだ使い慣れない銃を取り出し牽制のために引き金を引いた。

 単発では留まらない。あまりの速さに弾を発射する音が二重に聞こえるほどだ。クラリスの無茶な使用に耐えかねて弾が出なくなるまで、彼女は引き金を引き続けた。

 無論、射線からキリエたちは外している。単純な脳構造の持ち主らしいかかしの悪魔は、轟音にひかれてこちらを向いた。

 

 

「(そうだ、うすのろ。お前は私だけを見ていればいい)」

 

 

 その目ともいえない隙間にキリエたちを映すことすら、おぞましい。

 

 あっという間にクラリスと悪魔の間の距離は0になる。

 背中に負った大剣を抜き放ち、その勢いで悪魔を斬るだけでは飽き足らず吹き飛ばした。脆いずた袋で形成されていたかかしには一たまりもなかったのだろう。

 息は乱さず、ただ少し乱れた髪を払いクラリスはキリエたちに目をやった。キリエの視線が床を彷徨っていることに気が付き、クラリスもふと床に目をやる。

 

 どうやら、牽制で撃ったはずの弾が悪魔だけでなくフォルトゥナ城の床をも抉ってしまったようだ。これでも一応貴重な観光資源かつ歴史的資産の城の床に、だ。

 

 

「今さら気にした所で、どうかなるものでもないだろう」

 

 

 キリエは几帳面で真面目で優しい子だから気になるのだろうか。自分の命や子供の命より大事とまでは言わないだろうが。

 彼女は納得したかどうかはさておき、笑みを浮かべてクラリスにお礼を言った。

 

 

「ありがとう。この子、ちょっと足を悪くしていたみたいで……。それで、一緒に行ってあげてたの」

 

「そうか。他の子たちはもう逃げれたんだな?」

 

「そうだと思う。ただ……クラリス、ネロを見なかった?」

 

「ネロ? あいつならキリエたちと逃げたんじゃないのか?」

 

 

 嫌な沈黙が二人の間を行き交う。クラリスの表情は見る見るうちに曇っていった。そんな二人の間の空気を壊したのは、キリエの側で震えていた子供だった。

 

 

「ネロなら、悪魔やっつけてやるって剣持ってどっか行っちゃったよ」

 

「……はぁ!?」

 

 

 今まで聞いたこともないぐらいの彼女の怒り交じりの声に、思わず子供とキリエの肩が竦む。咄嗟に二人に謝りながらも、クラリスの表情は険しいままだった。

 怒りと焦り、苛立ち。そんなマイナスの感情が混ざったような顔で、彼女は2人に碌に別れも告げず、ネロを探すために駆けだした。

 

 

***

 

 

 

 自分は特別だとうぬぼれていたわけではない。無論、大人の騎士より強いと思ったことも微塵もない。

 だけど、僅かのおごりが全くなかったと言えば嘘になるのだろう。

 

 クラリスに追い払われて、ネロは最初は大人しくキリエと合流しようと思った。それがあるべき小市民の姿であるからだ。

 だが、彼は運悪く城に飾っていある剣に目を留めてしまった。そして、たまたまその場にいたかかしの形の悪魔は、ネロの試し斬りの相手としてうってつけだった。

 

 初めて悪魔を自力で倒したネロは、そこに確かな、だが芽生えさせてはいけない自信を得た。得てしまった。

 

 

「いったいどこから、こんなにわいてくるんだ……!」

 

 

 廊下の途中にあるひときわ大きなホールの中で、ネロは悪態をつきながらも必死で戦っていた。

 周りをぐるりと取り囲むのはかかし状の悪魔。そして、それらを包囲するように骸骨状の悪魔がこちらの様子を窺っていた。

 かかしは動きこそ鈍重ではあるが、その力はさすが悪魔といったところだ。普通に剣で受け止めていては歯が立たない。

 加えて、今までネロには実戦経験がなかった。

 

 

「クラリスには大口叩いたが……こいつら、動きが読みにくいったらない……!」

 

 

 今まで人間と戦うことはあっても、こんな化物を相手にしたことはない。人間なら僅かな挙動でその先の動きを読むことができても、こんな悪魔の攻撃を見切ることはしたことがなかった。

 

 右からの上段攻撃か。それともそれはただよろめいただけなのか。

 乱闘も初めてだ。左か、下か、はたまた上か。目がいくらあっても足りない。

 自然、防戦一方になり、徐々に壁に追いやられていく。背中が壁についたら終わりだ。ネロの頬を、嫌な冷や汗が一筋垂れた。

 

 

***

 

 

「ネロの馬鹿野郎……!! お前に悪魔の相手はまだ早すぎる!!」

 

 

 クラリスは背から既に剣を抜き放ったまま、ひたすらに廊下を駆けた。ただ、直感だけがネロへと続く道への手がかりだ。

 彼を突き放した時の不服そうな顔が瞼の裏に思い浮かぶ。あの時、懇々と説得していればこんなことにはならなかったのだろうか。

 

 後ろ向きな思索ばかりしていたクラリスは、不意に足を止めた。ぎゃぁぎゃぁという不愉快かつ聞き慣れた悪魔の嬌声が聞こえる。飛び込んだ空間には、スケアクロウと見慣れない骸骨状の悪魔がいた。

 脳裏に任務に失敗して無残な姿で帰ってきた騎士団の若者の姿が思い浮かぶ。嫌な想像が頭をいっぱいにしそうになったが、悪魔の群れの隙間からネロの無事な姿がちらりと見えてひとまずクラリスは安堵した。

 

 だが。

 

 

「(……なんだ、この音は)」

 

 

 今まで聞いたこともないような音だ。耳障りな悪魔の声ではない。キィィンといった金属的な、どこか神秘的にも感じる音だ。その音の方に目をやると、光を放つ石像があった。

 いや、いた。

 それは光を放ち、あろうことかステップを踏むように動きまわっていた。真っ赤な、どこか血を思わせる光を放ち、その光から矢を生み出そうとしている。

 放物線を描いて狙う先は、まだ悪魔たちの視界にないクラリスではない。その斜線の先にいるのは――

 

 

「……まずい!!」

 

 

 一も二もなく、彼女はネロの元へと走った。

 

 

***

 

 

 遂に逃げ場もなくなり、後はこの何合かの打ち合いで掴めた感覚で切り抜けるしかない。ネロが決死の決断をした時、事態は大きく動いた。

 

 まず、悪魔の馬鹿力のせいか、ネロの無茶な使い方のせいか、それとも本来装飾品として飾られていたため脆くなっていたのか、ネロが持ち出していた剣があっけなく、無残な音をたてて真っ二つに割れた。

 剣を折った悪魔は腕ともいえない腕を大きく振りかぶり、武器である刃をネロに斬りつけようとした。だが、

 

 

「……!!」

 

 

 刹那、突如その悪魔の頭から剣が生えた。生えたのではない、後ろから誰かが突き刺したのだと分かった瞬間、刺した張本人である女性が悪魔を刺したまま、振り返りざまに大きく薙ぎ払った。

 その一振りでかかしたちは皆まとめて吹き飛んだ。

 

 これが騎士団の人間のあるべき姿なのだろうか。

 一種惚れ惚れとするような立ち姿、そしてその背中に、ネロはかける言葉を失った。

 

 

「クラリス……俺……――――っ!?」

 

 

 ほんのコンマ数秒の間に彼女は悪魔を薙ぎ払い、そして声をかける間もなく剣を投げ捨てネロを両腕で抱きしめた。安心して思わず感極まったというにはあまりに乱暴な抱きしめ方だ。

 まるで覆いかぶさるようなそれに驚き、ネロが戸惑いを覚えた時だった。

 

 

 不意に、クラリスの身体がガクリと揺れた。

 

 視界の端を赤い光が揺れる。

 

 密着していてよく見えないが、クラリスの唇の端から、何か赤いモノが流れ落ちていた。

 

 

 そして、まるでネロに倒れかかるように彼女はドサリと倒れた。

 開けた視界の向こうで、赤い光を放った石像が嘲るように飛び跳ねていた。

 クラリスの背中には、その悪魔が放った矢が深々と何本も刺さっていた。

 

 

***

 

 

 ネロの周りを取り囲んでいたスケアクロウだけを排除し、咄嗟に彼を庇うことができた。

 彼の身体能力は決して悪くない。うまく逃げてくれるだろう。それだけできれば上出来だった。

 

 背中に刺さった矢の数は、恐らく4本といったところか。思いのほか深く刺さって抜けそうにもない。一本は腹を貫通している。自分は動けない。

 呼吸が乱れる。口の中に鉄の味がじわじわと広がっていく。

 

 

「ネロ……」

 

 

 小さな子供のように現実を否定したくて首を振り続ける青年に、クラリスは痛みをこらえて笑いかけた。

 

 

「お前は、生きてくれ」

 

 

***

 

 

 クラリスの目が、開いたままどんどん虚ろになっていく。このまま彼女を見捨てて全力で走り出せば、キリエの所までたどり着ける。

 そして自分はいつもの暮らしに戻ることができる。

 ……いつも? 俺は何を言っているんだ。クラリスのいない生活がいつもだって?

 

 彼女を担ごうにも、力の抜けた人間は存外重たい。ならば、ここで自分が残った悪魔、あの憎たらしい石像も含めてすべてを殲滅するしかない。

 

 

「(…………無理だ、そんなこと)」

 

 

 嫌になるくらい冷静な自分が、その可能性を否定する。心はその場にとどまることを選び、理性はそれを否定する。どうしようもなくネロが立ち尽くした時だった。

 

 

 ゆらり、とまるで陽炎のようにクラリスが立ちあがった。彼女の周りの景色が歪んで見える。否、彼女を囲むように何かが彼女に纏わりついている。

 湯気のようなそれは、しかし禍々しい紅い色をしていた。

 

 

「クラリス……?」

 

 

 ネロの呼びかけに応えて、ゆっくりと彼女がこちらを振り向く。彼女のブロンドヘアがふわりと揺れる。振り向いた彼女の眼は――――いつもの空の色ではなく、沈んだ赤色の輝きを帯びていた。

 

 驚くネロを尻目に、彼女は再び前を向きゆっくりと歩き始めた。

 一歩歩くたびに周りの悪魔も一歩下がる。まるで喧嘩を売るべきではない相手に売ってしまったことを悔いるように。

 

 

 そして、彼女は吼えた。

 

 

「グアアアアアァァアアァアァ!!」

 

 

 濁った遠吠えと同時に、彼女の周りの不気味な紅が濃くなる。

 バチッと、まるで火花が散るような音が絶え間なく彼女から漏れ出ている。

 彼女の姿と、見たこともない人型の黒づくめのナニカの姿がブレて見える。

 

 ――そのナニカが悪魔に似ているなどと、ネロは思いたくなかった。

 

 

 クラリスは地を一蹴りし、あっという間に石像の悪魔に肉薄する。それは逃げだそうとしたのだろうが、その努力も虚しく一蹴りで粉砕された。

 徒党を組んで襲い掛かる骸骨状の悪魔も、彼女の前では敵ではないらしい。

 頭を砕き、腹を粉砕し、五秒としないうちに悪魔の残骸である砂の山がそこかしこにできあがった。

 

 ものの数秒で一帯の悪魔を駆逐したクラリスは、ぐるりと振り返りネロを見た。まるで感情が伴っていない真っ赤な目が、ネロを直視する。

 

 

「クラ……リス……?」

 

 

 チューニングの合ってないラジオの如く、彼女の姿が不気味な悪魔の姿と重なり、ブレる。まるで悪魔になりかけているかのような、寒気を感じずにはいられない現象だ。

 彼女はゆっくりネロに近づいた。そして思いきり振りかぶって――――

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 十分躱せると思ったはずなのに、急に拳を振りぬくスピードが上がったのか、もろに彼女の拳を受けてしまった。

 悪魔を一撃で粉砕するような拳だ。ネロはよろめくのではなく、思いきり吹き飛んで壁にめりこんだ。あっという間に頬が腫れ、じんじんとした痛みが走るのが分かる。

 

 

「クラリスっ!!」

 

 

 まるでこのまま彼女が何か別の存在になってしまうような気がして、ネロは柄にもなく大きな声で彼女を呼んだ。

 

 

***

 

 

 まるで夢を見ているような不思議なふわふわとした感覚だ。今自分が立っているのか座っているのか、それとも横になっているのかすらも分からない。

 何か大切なことを忘れているような、曖昧模糊とした世界をクラリスは彷徨っていた。

 

 

『クラリスっ!!』

 

 

 誰かが何か言っている。

 クラリス? それは一体誰のことだろう。そう思った瞬間に、あぁと納得の声を漏らす。

 それは私の名前じゃないか。

 

 名前を思い出したおかげか、急速に世界に自分が戻ってくる。自分の二つの足は地についていて、目を開けばそこには一番守りたかった者がいる。

 

彼は銀色の髪をして、青い瞳の持ち主で、名前は――――。

 

 

「……ネロ、どうしたんだ? 怪我しているじゃないか」

 

 

 まるで居眠りしているのを揺り起こされたように、クラリスは我に返った。

 自分がネロを庇ってからの記憶が抜け落ちているが、周りに悪魔がおらず自分が無事なことからネロが全て片してくれたのだろう。

 

 だが、彼は戸惑うような顔でこちらを見るばかりだった。

 

 

「……クラリス、だよな? 本当に、クラリスだよな?」

 

「あ、あぁ……。いったいどうしたんだ、そんな当たり前のことを……」

 

「…………。……いや、何でもない」

 

 

 ネロは何度も頭を振って、まるで何かを忘れようとしているかのようだった。彼の頬には、誰かに思いきり殴られたかのような傷がある。

 ふとクラリスは自分の右手に目をやった。傷も血もついていない、不自然なまでに小綺麗な手だ。何度もネロと自分の手を見比べる。

 

 彼の表情が不自然に強張っているのも、痛そうに頬に手をあてているのも、それは悪魔が彼につけた傷なんかじゃなくて。もしかしたら。

 

 

「ネロ、私は倒れてからのことを覚えてない。いったい私は何を、していたんだ?」

 

「…………クラリスは、悪魔と必死に戦って俺を守ってくれた。それだけだ」

 

「…………」

 

 

 さぁ、もう行こう。

 ネロは話を切り上げて立ち去ろうとしていた。

 

 彼の背中を見ながら、クラリスは暫しその場に立ち尽くした。自分の右手に残った何かを殴りつけたような感覚。手だけではない。足も全ての感覚器官が彼女が全身を使って何かと戦ったことを伝えている。

 その対象は悪魔と――?

 

 

「……私は、悪魔なのか? 人間なのか?」

 

 

 芽生えた不安がクラリスの中でゆっくりと根を下ろすのを、彼女は感じずにはいられなかった。

 




(執筆日 2013年6月10日)
前回書いた時もクラリスの目覚めはフォルトゥナ城でした。
DMC4では序盤のステージでも登場し、散々迷子になったので色んな意味で記憶に残った所でもあります。
魔具も持たないクラリスがデビルトリガーらしきものを引いたような感じがしますが、実際はもっと原始的な原理が彼女の中で働いているというイメージです。なので、肉体ごと変化しているわけではありません。
ネロはクラリスのことをすごい騎士のように語ってはいますが、DMC4のネロと比べると攻撃力は結構低いです。並みの女性の腕力ではありませんが、彼女が倒した敵はスケアクロウ、ヘルシリーズ、アサルトレベルなのでぶっちゃけると雑魚か少し強いレベルの悪魔しか倒してないことになります。

過去の作品を読みつつ現在も執筆していますが、現在サイトに公開した部分を書き直していまして、サイトで公開している部分とは異なる内容をこちらでは投稿することとなりそうです。(サイトの方も後程差し替える予定です)
世の中には私よりずっと上手に書ける作家様が沢山いらっしゃるので、私も頑張らねばと日々奮起しております。それでは、また次回会う日まで。
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