その瞳に映る世界   作:竹鶴永寿

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あまりにも長いのて分割します。お楽しみください


虚構の悪夢――前編――

私が早退した次の日は来禅高校の開校記念日で休みだった。私は外に出るでもなく、自宅に籠っていた。思い出されるのは保健室での事。

とても恐ろしかった。時崎さんが言っている事の意味が、私は半分も理解できなかった。彼女は言った。

私は五河士道の後でいただくと。

焦がれるほどに彼を求め、欲する理由を、私は知らない。そして時崎さんは、私も彼と『同じぐらい』だと言った。この時点で、時崎さんが彼と私を求める理由を色恋である。と、断定することは出来なくなった。 それに、考えても分からない事をいくら考えても、答えなんて出るはずもない。私は、この問題を考えることを止めた。

 

次の日の朝。いつも通りに登校した私。時崎さんから何か言われたりするのではないか?と、警戒していた。でも、そんなことは無かった。彼女と話したのは朝の挨拶ぐらいで、それ以降は何も無かった。

 

放課後。私はすぐに帰る事にした。教室に残って駄弁る生徒、足早に部活に向かう生徒の間を脱け、私は一階の昇降口を目指して歩き出した。

変化は、突然だった。周囲が少し暗くなったと感じたときには私の視界には学校のコンクリートの床が迫っていた。気付けば倒れていた。周りに居た生徒達も私と同じで、皆一様に床に倒れていた。この異常な状況の中、薄れゆく意識の片隅で私は思う。

あぁ、前にもこんなこと、あったな。

思い出すのは5年前。薄れゆく意識の中、誰かに助けを求めたあの日。あの、最悪の日。

今度もまた、求めてみようか。よく分からないこの状況を、変えられるかも知れない。そう思いつつ、私の意識は薄れていった。

 

夢を見ていた。それが夢だと即座に気づけるほどに異質な夢。何もない広野に、『鍵』が刺さっている。『鍵』の全長は1m程だろうか。上を見上げれば『月』があり、広野を月明かりで照らしている。ふと気付いた。自分の周りに人がいた。皆が皆月を見上げ、月に手を伸ばす。しかし、次の瞬間皆が皆地面に倒れ伏す。そんな、異質な夢。気付いたところで私には、この異常な光景を見続けることしか出来ない。月に手を伸ばす人々が何度目か分からない地面に倒れるのを見たとき、変化が訪れた。全てが黒く塗り潰された。もう、上を見上げても何も見えない。

「『私』のために、こんにちわ。貴女のために、久しぶり」

背後から声がした。時々見る夢で聞く声だ。私は振り返って、彼女を見た。いつも見る夢と変わらず、彼女は私に微笑みかけていた。

「そろそろです。貴女は『私』を扱える。『力』を得る。次に目覚めたら呼んでください。『力』はそれに、応えるんです」

今回の夢も、少しパターンが違うようだ。ただ、私は彼女の言葉を聞き続ける。

「目覚めたら、呼んで下さい。『――――』と」

その言葉を最後に、夢は覚める。

 

 

 

時は少し戻る。時崎狂三と五河士道。二人が屋上で、対した時。

「狂三……おまえ、一体何をしたんだ!?何なんだ、この結界は……!」

士道の反応が楽しくて仕方ないといった様子で、時崎狂三はいっそう笑みを濃くする。

「うふふ、素敵でしょう?これは〈時喰みの城〉。わたくしの影を踏んでいる方の『時間』を吸い上げる結界ですわ」

「時間を……吸い上げる……?」

士道が怪訝そうに言うと、狂三はくすくす笑いながらゆっくりと歩み寄った。そして、優雅な仕草で髪をかき上げる。初めて露になった常に前髪で隠れていた左目。

「な……」

それを見て、士道は眉をひそめる。

その左目は、異様だった。無機質な金色。逆に動き続ける針。針が示すのは数字。狂三の左目を一言で言い換えるなら、時計だった。

「それは――」

「ふふ、これはわたくしの『時間』ですの。命――寿命と言い換えても構いませんわ」

言いながら、彼女はその場でターンする。

「わたくしの天使は、それはそれは素晴らしい力を持っているのですけれど……その代わりに、ひどく代償が大きいのですわ。一度力を使うたびに、膨大なわたくしの『時間』を喰っていきますの。だから――時折こうして外から補充することにしておりますのよ」

「な……っ」

その言葉に、士道は戦慄した。

彼女の言葉が本当ならば、今結界の中で倒れている人達は今、狂三に残りの命を吸い上げられていることになる。

狂三は士道の表情を見ると、なぜか、少し寂しそうな顔をした。だがすぐにその顔に凄絶な笑みを貼り付けると、指先で士道のあごを持ち上げる。

「精霊と人間の関係性なんて、そんなものですのよ。皆さん、哀れで可愛いわたくしの餌。それ以上でもそれ以下でもありませんわ」

士道を挑発するように眉を歪め、続ける。

「ああ――でも、でも、士道さん。あなたは――あなたたちは、特別ですわ」

狂三が士道から少し距離をとり、指を鳴らす。すると背後で、屋上に何かが倒れる音が響いた。士道は恐る恐る、背後に視線を向けた。そこには、クラスメートの少女『速水京子』が倒れていた。

 

「……な、なんで……」

士道はあまりにも予想外な人物の登場に驚いている。

「彼女もまた、『特別』ですわ。士道さんと同じ。わたくしが直接『食べる』に値する存在」

士道は考えた。自分には、精霊の力を『封印』する力がある。しかし、目の前で横たわる意識なき少女が、狂三にとっての『特別』である。というようには、全く思えなかった。

「俺には、お前の目的が分からないよ……狂三」

「……全ては、わたくしの悲願のために。士道さんと京子さんには申し訳ないのですけれど」

俺は、狂三を止めるためにここへ来た。真那にこれ以上狂三を殺させないために。狂三にこれ以上、人を殺させないために来たんだ。

「俺は、お前を止める。もう、お前に人を殺させない。もう、真那にお前を殺させない」

「ありがた迷惑ですわ。それに、士道さん?貴方、自分の立場をお分かりですの?」

「あぁ、分かってるさ」

「なら、今朝の言葉を撤回してくださいまし。もう口にしないと約束してくださいまし。そうしたなら、この結界も解いて差し上げても構いませんわよ?わたくしとしても、もともとわたくしの目的は貴方がたお二人なのですもの」

「な……」

来禅高校の中に居る人達全員が今、目の前の少女に人質として利用されている。今朝の言葉を撤回するだけ、それだけでいい。何も難しい事じゃない。選択の余地は無かった。意を決して、口を開く。

「……結界を、解いてくれ」

それを聞き、狂三が息を吐く。まるで、安堵したかのように。

「なら、言ってくださいまし。もうわたくしを救うだなんて言わないと」

狂三は撤回を促す。

「それは……できない」

「は―――?」

士道のその言葉を聞き、狂三は一瞬、何を言われたか理解でき無かった。

「……あら、あら、あら?」

その言葉の意味を理解出来てくると、狂三は顔を不機嫌そうに曇らせる。

「聞こえませんでしたの?それを撤回しない限り、わたくしは結界を解きませんわよ」

「……っ、それは、解いてくれ、今すぐ!」

「なら」

「でも、駄目だ!俺はその言葉を撤回できない!」

それを撤回してしまったら、もう、士道は時崎狂三を助けられなくなる。何も変えられない。

「――聞き分けのない方は嫌いですわ……ッ!」

狂三は軽やかにバックステップで士道と距離をとり、右腕を頭上に掲げる。

 

――瞬間。けたたましくなり始める警報。

「――っ、空間震警報……ッ!?」

顔が歪む。嫌というほどに聞き慣れたそれは、この世界を蝕む突発性災害――空間震の発生を知らせるものだった。

「きひ、きひひ、きひひひひひひひひひひひひッ、さぁさ、どォうしますの?今の状態で空間震が起こったなら、結界内にいる方々は一体どうなりますでしょうねぇ」

「……!」

言われて、士道は言葉を失った。しかし、疑問が浮かんだ。なぜ、狂三はそんなにも、士道に言葉を撤回させようとするのだろう。だって、それはそうだ。士道が何を言おうが、言葉は言葉。狂三の目的が自分と、後ろで意識を失っている彼女を『食べる』ことだというのなら、そんな言葉に構わず、目的を果たせばいい。なのに、なぜ、そこまで気にするのだろうか。その時、耳に付けたインカムが、士道の鼓膜を震わせる。逆転の発想。

 

 

五河士道は屋上に備え付けられたフェンスの方に歩き出す。そして、フェンスをよじ登り始めた。登り終わると、狂三の方に向き直る。

「空間震を止めろ、狂三。さもないと――俺は、ここから落ちて死んでやるぞ……!」

「は……はぁ……っ!?」

さすがに予想外だったのか、狂三が素っ頓狂な声を上げる。

「な、何を仰いますの……?気でも触れまして?」

「悪いが正気だ。やっぱり俺は、朝の言葉を引っ込められない。――それじゃあ、お前を助けられなくなっちまう」

狂三が、不快そうに顔を歪めるが、士道は構わず口を開いた。

「でも、おまえに空間震を起こさせるわけにはいかない。だから――」

「それで自分を人質に?短絡的にも程がありますわ。追いつめられた逃亡者ですの!?」

言われて、士道は小さく笑ってしまった。

「……そんな脅しが効くとお思いですの?やれるものならやってご覧なさいな!」

「……ああ」

士道は静かに言うと、体をフェンスの向こう側に投げ出した。

「――っ!」

しかし、落下の途中、士道の体は何者かによって支えられ、そのまま屋上に戻された。

「お……おう、狂――」

瞬間、士道は乱雑に放られた。投げられる前に見えたのは、自分を抱き抱える狂三の姿だった。

「あ―……」

士道は、大きく息を吐いた。

「あっ……たり前ですわ……ッ!」

すると狂三が興奮した様子で声を荒らげた。曰く、何を考えているのか、自分が居なければ死んでいた等々。

 

「狂三、おまえ、なんで俺を助けてくれたんだ?」

「……っ、それは――あなたに死なれると、わたくしの目的が果たしずらくなるから……」

「そうか。じゃあやっぱり、俺には人質の価値があるんだな?」

「……っ」

「さぁ、じゃあ空間震を止めてもらおうか!ついでにこの結界も消してもらう!さもないと舌を噛んで死ぬぞ!」

「そ、そんな脅し――」

「脅しだと思うか?」

狂三は一瞬悔しそうな顔を作った後、指を鳴らした。すると、周囲に響いていた警報が止み、辺りを被っていた重い空気が霧散する。

 

「ま――まぁ、構いませんわ。どうせもともと、わたくしの狙いは士道さんと京子さんだけなのですもの。何も問題ありませんわ。何も問題ありませんわっ!」

狂三は自分に言い聞かせるかのように叫ぶと、士道の方に向き直る。

「じゃあもう一つ――聞いてもらおうか」

「ま、まだありますの……っ!?」

狂三が困惑したように言う。

「一度でいい。――狂三。おまえに一度だけ、やり直す機会を与えさせてくれないか」

「え……?」

狂三が驚いたように目を見開き、すぐに眉をひそめた。

「……まだそれを言いますの?いい加減にしてくださいまし。ありがた迷惑でしてよ。わたくしは、殺すのも、殺させるのも、大ッ好きですの!あなたにとやかく言われる筋合いなんてどこにもありませんわ!」

士道を拒絶するように、狂三は叫ぶ。

「狂三。おまえ……誰も殺さず、命を狙われずに生活したことって……あるか?」

士道の言葉に、狂三は肩を揺らす。

「……っ、それは……」

「じゃあ、わかんねぇじゃねぇか。殺し、殺される毎日の方がいいだなんて。もしかしたら――そんな穏やかな生活を、おまえも好きになるかもしれないじゃねぇか……ッ!」

「でも、そんなこと――」

「出来るんだよ!俺になら!」

士道が叫ぶと、狂三は気圧されたように息を詰まらせた。

「おまえのやって来たことは許される事じゃねぇよ。一生かけて償わなきゃならねぇ!でも……ッ!おまえがどんなに間違っていようが、狂三!俺がおまえを救っちゃいけない理由にはならない……ッ!」

「っ――」

狂三が数歩後ずさり、士道が一歩前に踏み出した。

「わ、わたくし……わたくしは――」

狂三は混乱したように目を泳がせ、声を発する。

「士道さん、わたくしは……本当に……っ――」

狂三が何かを言おうとした瞬間。

 

「――駄ァ目、ですわよ。そんな言葉に惑わされちゃあ」

どこからともなく、そんな声が響いた。士道は訝しげに眉をひそめた。その声は――

「ぎ……ッ!?」

士道の思考を遮るように、前方の狂三が奇妙な声をのどから漏らす。

「狂三……?」

士道は狂三を見て――凍りついた。

「ぃ、あ、ぁ……」

狂三が、限界まで目を見開き、苦しげな声を響かせている。

視線を下へ。狂三の胸から、一本の赤い手が生えていた。

「え……」

それを見て、ようやく状況を理解した。

いつの間にか何者かが狂三の後方に表れ――狂三の胸を貫いたのだ。

「わ、たく、し、は」

「はいはい。わかりましたわ。ですから――」

狂三の胸から、手が引き抜かれる。瞬間、狂三が纏っていた霊装が空気に溶け消え、彼女の白い肌が露わになった。

「――もう、お休みなさい」

「……ぃぐッ」

あまりにも小さな断末魔を残し、狂三の身体が人形のようにくずおれる。そして、一度身体が痙攣したように跳ね――それきり、動かなくなった。

「な……」

士道は動けなかった。突然の事に、思考がついていかない。だって、狂三の後ろに立っていたのは。

「あら、あら。いかがいたしましたの、士道さん?顔色が優れないようですけれど」

――時崎狂三、その人だったのだから。

 

 




スマホ投稿の私には一括で出すには長すぎました。次話も出来しだい投稿の流れですので、お待ち下さい。読んでいただき、ありがとうございます。
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