ナザリック小話   作:こりど

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ソリュシャンの休日 4

 

 

 ガラクタと乱雑に積み重なった廃材が火球に包まれて爆発した後炎上した。通常、魔法による火炎は出現も消失も物理現象を無視したように行われる。紅蓮の炎が高く上がり続けているのは何らかの仕掛けがなされているのだろう。

 分断された後ろ側、爆炎の焔の向こうに蒼の薔薇の二人が驚愕しているのが一瞬見えた。ニヤリと笑いさらに一発の火球を撃ちこみ完全に視界をさえぎる、さぁそこはもう通れん、さっさと横の脇道に入れと駄目押しにもう一球撃ち込んだ。

 

「さて後は分断した前の小僧どもをゆっくり追い込んで来る、それが終わったら俺は先に帰らせてもらう、蒼薔薇の方はお前らに任せたぞ」

 満足そうにゆらりと影のごとく歩きだした黒いローブの塊。彼の名はデイバーノック、人間ではない。『不死王』の通り名を持つアンデッド――に組織における彼と同格の存在、薔薇の装飾が施されたレイピアを腰に付けた黒髪に長髪の優男風の男が声をかけた。

「おやおや、たまに出勤したと思ったら<火球(ファイアーボール)>を数発撃つだけの簡単なお仕事で上がりですか、もっとごゆっくりされても宜しいのですよ?」

 『千殺』マルムヴィストの、のんびりした口調にくるりと振り向いた虚ろな眼窩の底に怒りを込められた赤い光が瞬いた。

「貴様、何か文句があるのか? これは事前にゼロとも相談した取り決めなのだがな」

「いえいえお気に触りましたか? とんでもない、確かに貴方の姿はいくらここ(スラム)でも昼間では目立ち過ぎる。やる事をやったら退散して頂くのはまったく理に適っておりますな」

「……ふん、あまり安く見ない事だな、<火球(ファイアボール)>の魔法を魔法の品(マジックアイテム)で代用しようとしたらどれだけ莫大な出費がかかるか知らんわけでもあるまい、つまらん事は二度と言うなよ」

 確かに、と大げさに一礼するマルムヴィストにもう一度息を鳴らすと――肺の無い骸骨でそんな事が可能なのか――デイバーノックは踵を返した。

 

 歩み去った死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が建物の角を曲がるのを見届けて、年齢不詳の妖艶な女性『踊る三日月刀(シミター)』の二つ名を持つエドストレームが呆れたようにそこだけが不自然なほど赤い唇を開いた。

 

「何を余計な挑発を? 貴方らしくも無い……そう言う事を言うタイプの人でもないでしょう?」

 舞踏(ダンス)と言う魔法を付与された三日月刀(シミター)を最大5本同時に操る事のできる異能の持ち主である。その名の通り舞踏家(ダンサー)、口元を薄いベールに包み踊り子のような官能的な格好をしている。

「いや何、あいつ普段からこっちのことわざわざ人間って言う事あるでしょう、ついねぇ」

 肩を竦める、人間種というくくりでこちらを見下しているような態度が気に食わん。とまでは流石にマルムヴィストも口には出さない。

 

「仲間意識なんぞ俺達には不要のものだ、それよりこちらはこちらの仕事をするぞ」

「そうね、行きましょうか、貴方の『空間斬』期待してるわよペシュリアン」

「期待してもらって結構だ、かの有名な蒼の薔薇のガガーラン、この国でもガゼフに次ぐ知名度の戦士だ。さぞかし切り応えがありそうだ」

 頷く全身鎧(フルプレート)の戦士、隙間無い完全武装のその姿はスラムの中では浮いてすら見える、腰に見える刀の柄は見事な装飾が成されていて彼自身のこだわりを感じさせる。

「王国で二チーム、いやこないだ三チームになったんでしたね? ともかく貴重なアダマンタイト級冒険者です。楽しませてもらおうじゃないか。蒼の薔薇に俺のこの棘がどう刺さるのか実に楽しみだな」

 歪な刺突剣『薔薇の棘(ローズ・ソーン)』を軽やかに抜き放った男は歪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「ちっまだ手間取っているのか」

 のんびり現場に来たディバーノックは舌打ちした、どいつもこいつも人間風情どもがと私情入り混じったものを吐き出す。

 3人ほど地面に打ち倒された有象無象が肩口や切り裂かれた二の腕を押さえて血を流し呻いている。乱戦の末と言った所か。目的のラナーに連なる男はと見ると男と女一組は既に建物の入り口まで追い詰められていた。

 ならず者達は背後に現れた彼らの雇い主の一人の異形の登場にビクリとした。雇われたと言っても手伝えば金をやろうと言う程度の安い関係だ。だがこんな場所に住む人間にとっては彼らが皮袋を開いて見せた金貨の輝き以上に確かなものは無かった、どこかのどいつかを袋にするだけでそれが手に入るなら何の不足も無い。

 人の命は地価である、場所によって違うのだ。そしてここではそれは紙よりも軽い。

 そんな命より貼るかに重い金を僅かでも得られるなら相手は誰でもいいのだ、例えそれがどんなにヤバイ関係の人間だろうと。

 明日のメシさえどうなるのか知れない自分達にそれが何の関係があると言うのか、心配が必要なのは心配が必要な物を持つ者だけである。

 とは言え生物的な恐怖まではどうにもならない。どう見ても人間では無いこいつがこっちに来るのかよツイてない。

 雇い主は4人組だったが最悪の人物がこっちに回ったようだ。そう思った一同の中の一人リーダー格の男が嫌々ながらデイバーノックに近づいた。

 

「すいやせん、あの小僧思ったより手ごわくて」

「くだらんな、退がれ人間ども、俺がやる」

 ゆっくりとローブの端から骨の手が握る複雑な古代文字の刻まれた(スタッフ)が持ち上げられる。

「あっあの、殺すのは駄目だって言われてまして」

 

 別の雇い主の男――マルムヴィストからそう言い含められていた男は、異形の者が行使しようとしている彼の生きる世界とは違う力を前に卑屈に腰を折り上目使いに言った。別に責任とか言う話では無い、女の方は生きて捕まえたいと言う思いがある。

 一応生きていたら彼らに差し出す約束ではあるが、いくらか楽しむ時間はあるかもしれないし、あるいは、いっそ女は死んだとか言って自分達のものにする事も可能かもしれなかった。

 殺すのはおろか余計な傷はなるべく付けて欲しく無かった、あんな上玉でもお前みたいな化け物にはその価値がわかるまい?と引きつった愛想笑いの下で思う。

 そんな男達の本来の目的とは別のところにある欲望に助けられた面があったのでクライム一人にここまで抵抗される事にもなっていたのだが。

 

「心配するな、少し脅かしてやるだけだ」

 男には読めない表情の骸骨の顔に邪悪な笑みを浮かべると呪文を詠唱する。デイバーノックは包囲の輪がわっと広がって怪訝な顔をした若い戦士の男と、彼の新たに生を受けた負の美的感覚ではもはやよく解らない人間の感覚では美女であるとおぼしき者に告げた。

 

「おい、貴様ら、殺されないとタカでもくくっているのか? 少々の傷なら魔法で直す事もできるんだ、手足を吹き飛ばされたくなければ五体満足な今のうちにさっさと降伏するんだな、そこの男、頑張れば頑張るだけ後ろの女もタダではすまんぞ」

 言い終わると同時に両者の中間地点に<火球(ファイアーボール)>の魔法を炸裂させた。目も眩む圧倒的な熱量が瞬時に空間に出現し、晒され炙られた味方と相手の若い戦士の顔が熱さと驚愕に歪んだ。

 それを見て満足そうに細められた赤い光がふいに不敵な表情を見つけ、その女の目線とぶつかった。……何だこの女は頭の螺子でも緩んでいるのか?

 

「ほう、人間にしてはなかなか肝が据わっているじゃないか、人間の女。死ぬのが怖くないのか?」

「あら? この程度の程度の低い魔法でいい気になってる三流の雑魚にどこをどう恐れたらいいのかしら?」

 怖いものなどこの世に何も無いと言った風情の見下すような無礼な口を叩く女。小馬鹿にしたような微笑にデイバーノックの黒い姿から怒気が焔のように上がった。

 

「……減らず口を叩くなよ女、どれほど高度な事が……俺の使う魔法の位階も解らぬ無知な小娘が、この『不死王』デイバーノック様に対して……」

 そう言い掛けた不死の大魔法使い(エルダーリッチ)は不意にブワリと黒く得たいの知れない何かが目前で急速に膨張したような錯覚を受けてビクリと言葉を止めた。

 

 思わず空虚な眼窩で前方の未熟そうな兵士と女を見直した、体が押されるほどの質量すら伴う得体の知れない何か(パワー)が膨らむを一瞬感じたのだ。巨大なそれは何故か歪な風船のように膨らんだぐねぐねした小山を幻視させた、かけるなら彼の骸骨の額に汗が浮かんでいただろう。

 だがふと周囲を見るとそれを感じたのは自分だけのようで、気が付くとそれは嘘か幻のように消えうせていた。

 きょとんとした顔のまぬけ面がいくつも視線を向けているのを感じ彼はアンデッドの身にもかかわらず内心赤面した。そしてそんな周りと自分に猛烈に腹を立てていた。見ればその虚を突いた形で獲物の二人はとっとと建物の中に逃げ込んでいたのだ。

 おのれとその三階ほどの高さの建物を見上げ、ふうぅと荒く息を吐く。だが一応予定通りだ。

 

「おい、お前ら何をしてる、追いかけろ!」

「だ、旦那は付いて来られないので?」

「愚か者め、こんなせまい場所で魔法詠唱者(マジックキャスター)が満足に力を発揮できるか。後で別の者を寄越す。それまでにお前らで片付けておけ!」

 叩きつけるようにそう言われた男は恐縮の体で手で合図して仲間を突入させた、言い草は大いに不愉快ではあったが、恐怖と共にこれでこの化け物がこの場から居なくなってくれるなら彼としても万々歳だったのだ。

 デイバーノックは立ち去る苛立ち紛れに地面をひとつ蹴った。

(くそっ何を言ってるんだ俺は)

 生者を超越した存在、不死の王たる自分が取った行動が自分でも理解できず気に食わなかった。いや実は解っている。

 背を押されるように本能が訴えたのだ。一刻も早くこの場を離れよと、そう感じたのは事実、そして理性では無く不安からその直感に身を委ねてしまった。知性をもって他の下等なアンデットとは隔絶した存在であるという考えを持つ彼らのような者にとってそれは屈辱である。

 本来の予定では最後までここで事の成り行きを見届けるつもりだったのだ。だが自分の感じた怯えを隠す為にか、気が付いたら言を取り繕って自分はその場から逃げていた(・・・・・)

 

 一体何だと言うのだ、得体の知れない恐怖、ようやっと遠く現場を離れ胸を撫で降ろし彼は思った。あの小僧がそこまでの力を潜在的に持っているとでも言うのか、ありえない。ではあの女が?

 

 あの人数なら本来ほとんど心配は無いはずだが、やはり誰かを代わりに行かせるべきだろう。

 迷いこんな事ならあの場所ならサキュロント辺りが適任だったかと八本指でも下位の者を思い浮かべる。この場なら恥を忍んで一つマルムヴィスト辺りに頼むべきだろうか。だがやはりそこまで考えても自分が戻る気になれなかった、これではまるで怖い場所に戻りたくない子供ではないか。

 

「……くそっ!」

 不死者の王たる自分が何たる事か、たかが人間風情がこのデイバーノック様に不安を感じさせるとは不遜極まりない。

 普段は知性によって抑えている生者に対する憎しみが心の底から噴き上がる、俺は全ての者を超越した存在になるのだ、そうだ今の組織など足がかりに過ぎない、力が欲しい、俺を侮る者全てを許しはしない。もっと力が欲しい。骨のこぶしを軋むほどギリギリと握り締めた。

 

 

 

 

(殺すぞ下等アンデッドの分際で!)

 

 ……と、あまりにも身の程知らずな発言につい全力で殺気を飛ばしてしまった、今は反省している、ソリュシャンは無表情の下で心の頭をコツンと叩いた。

 しかしあの蒼の薔薇の小さいのといい館をいざ一歩外へ出てみると短期間に彼女をイラ立たせるものの何と多い事か、それとも自分は運が悪いのだろうか。

 

 リズミカルに弾ねる豊かな膨らみが少々うっとおしい今後の外出の際はサイズの検討も必要だろうと、次の段を昇りながらキラキラと艶やかにカールした金髪を白い首筋から軽く払う。

 しかしやはり、今回ばかりはそもそもあの雑魚が悪いと彼女は考える。

 不死王などと、そのような尊称は相応しいのはこの世でただ一人、ナザリック大地下墳墓の主、いと高くにして残虐と英知の究極、アインズ・ウール・ゴウン様以外にありえない。

 あんなゴミが軽々しく自称していい名では絶対に無いのだ、ふいに言われたら誰でも激怒する、そうナザリックにおいては。

 例えば冷静にして寛容と言える、温厚な性格ではナザリックでも随一であるだろう彼女の今の直接の上司セバスとて到底許す事はできないだろう、その場で誅殺が当然である。そう思えば我慢できた自分をいっそ褒めてあげたいぐらいである。

 

 一応咄嗟に対象をあの腐れアンデッドに限定したソリュシャンだったのだが。危うく気持ち的にはその場の下等生物を全員皆殺しにするところであった。

 そしてそうなった場合残念ながら今日半日時間を割いて手に入れたこの貴重な情報源も処理するハメになっていただろう。

 少々自信が揺らぐ事態だ。戦闘メイドの内では自分は沈着冷静なタイプのつもりであったがと何かとトラブルを招く一番の毒舌を誇る仕事仲間の事が頭をよぎった。

 

 忠義と役割、合反する想い。自分がやってみれば実践はままならぬものだったと自嘲する。忠実なるシモベとしてあのような事には怒るのが当然であるが同時に怒りを発露してはならない。

 これでは冷血をもってある職業(クラス)暗殺者(アサシン)など片腹痛いではないか、その本分は刃がその身に差し込まれるまで獲物が気が付かないほどの感情の抑制にある。

 加えて情報収集もままならぬとあれば栄えあるナザリックの玉座周りを守る戦闘メイドとしては恥ずべき所であった。わざわざ代表してナザリックの外で活動しているのに仲間達にも顔向けできない。

 

 ソリュシャンは必死で戦うクライムの背後に庇われながら埃の積もった階段をピクニックのように汚れを避けながら軽やかに昇っていた。

 ヒラヒラした高級な服装は袖も長かったので、どこにも引っ掛けずにいるのは奇跡的に思われたが全身センサーのような彼女にとっては実は容易い事だった。

 お嬢様として演技のため時折邪魔な障害物を腹立たしげに蹴ったりもしたが、こちらに注意を払う余裕も無い彼の後ろで一々お嬢様のフリもいい加減馬鹿馬鹿しく、面倒になっていた。

 そこで彼女は未だ昇っていない上層の階段を、密かに呼び寄せた影の悪魔(シャドウ・デーモン)に通行できる様に前もっておおまかに道を空けさせていた。

 

「早く上へ!」

 

 錆びの浮いた粗末なブロードソードが繰り出されて来る。弾き返し激しく切り結ぶクライムの切羽詰った声にハイハイと文句混じりで応えながらソリュシャンは階段をとんとんと上がった。さてこの青年はこの後一体どうするつもりなのか興味もあった。

 

 今は狭い階段のせいもあって戦闘において有利な上を取るクライムはならず者二人ほどを相手取りながらなんとか自分を庇いながら後退できていた。だが体力はいつまでも持つまい。

 剣戟の音を背後に冷ややかな目で周囲を見ると、古く無駄に頑丈そうな格子の嵌め殺しの窓である。太い鉄枠はそちらからの脱出は到底無理そうに見える――無論普通の人間ならと言う意味であるが。

 

 元よりソリュシャン一人なら脱出はまるで造作も無い事だったが。彼女が見た限りこの建物は周囲より一つ頭が高く飛び移れる建物も見当たらなかった。つまり孤島である。とその辺の事も踏まえて敵も――彼女自身に心辺りは無くどこのどいつか知らないが――自分達をここへ追い込んだハズである。

 その辺の事をこの前で頑張る熱血漢はちゃんと考えているのだろうか?

 

 いざとなれば何らかの方法でクライムの意識を奪い、自分らであれら(・・・)を皆殺しにする必要がある、そういった意味では人の目に触れず相手の人員が全てこの建物に入るのは彼女としても好都合だった。

 見た限りあの無礼な馬の骨が居ないのが残念だったが、アンデッドである限り世には出られない存在であろう、腹立たしいのは確かだが当面放っておいても当面は問題はあるまい、そのうち機会を見て始末してやる。ゾッとする微笑でソリュシャンはそう考えた。

 今は特等席で面白い見世物を演じる青年がどこまで頑張れるか見物する事にした。この子は未熟ではあるが相手の拙攻も手伝っていい勝負だ、降って沸いたようなアトラクションだが自分も少しばかり参加して手助けでもしてみようか、せっかくの休日なのだ少しは楽しまなくては、ソリュシャンは形の良い指先を唇に当てた。

 

「うおぉおお!」

 階段の踊り場に達したところで気合を入れた大上段からの一撃をクライムは振り下ろした、ステップバックして突きを入れる、肉に刺さる感触、深くは刺さずにすぐさま血の付いた切っ先を引き抜く。この際殺す事より怯んで欲しいと彼は考えていた。

 うめき声を上げ大きく後ろに後退した列の先頭の男を鋼鉄で補強した靴底で思い切り蹴り込んだ。弱い、所詮は素人である。元の色が解らないほど汚れたな布の服越しに肉にめり込む感触があり、将棋倒しに前が崩れた。

 とは言え数が違い過ぎる。せめて盾があればと思ったが街を出歩くのにそんなものを持ち歩いているはずも無かった、一応鎧着(チェインシャツ)だけは着こんで居た為相手の粗末な武器も相まって受けたのはかすり傷に留まっている、全身は疲労で重くなり関節は痛んでいたがそれだけだ。

「こちらへ!」

 それでどうするのだ?と暢気に見ていたソリュシャンの手を荒々しく取ってクライムはガンガンと階段を蹴り砕く勢いで一番上まで駆け上がって行く、ふうふうと吐く息の下でよく見ればお嬢様の足元はパンプスだった、今さらだがよくこんなもので走り回れるものだと感心した。

 

「ちょっと痛いわ!」

「すいませんもう少し我慢して下さい!」

 

 こんな状況にもかかわらずクライムは苦笑した。本来ピンチで笑うなどとは彼の性格(キャラ)では無い。だがこの後に及んでもまったく態度を変えないお嬢様に一周回ってもはやクライムは感心させられていた。

 

 先ほどの恐るべき邪悪な魔法詠唱者(マジックキャスター)相手に切った啖呵といい。正直な所あの<火球(ファイアボール)>の威力を見せつけられた時クライムは精神的に半ば折れていた。直感的にとても勝てないと思ってしまったのだ、だが彼の握る細い手の人物は違った。

 

 この女性は大いに性格に問題があるのは確かだった。しかし危機にあって小揺るぎもしないその自信は、自分も戦士としては精神も鍛えていると密かに自負していたクライムも瞠目するほどの物だった、いや正直言って敵わないとすら思った。近いところで言えばアインドラ様だったが凛々しいと表現すべき彼女ともまた違う、そしてそれは人の上に立つ者としてラナーとはまた違う意味で尊敬できる資質を持った人物だと彼は思ったのだ。

 

 ならばそんな人物を守るのこそが騎士である、もっとも彼はまだ見習いと言っていい未熟者だったが。こんな時に頑張らなくては何の為に普段声も変わるほど鍛錬を積んでいるのか解らない。ラナー様もそうおっしゃって下さるに違いない、守りきって見せる。

 そう意気込み最上階のドアを開け放した彼だったが、完全に予想外の光景に思わずうめき声を漏らした。

 

 

 

 階段を上がった先には何も無かった。いや部屋向こう半分だけが無かったのだ。下からは見えなかったが建物の裏手がこんな事になっていたとは。こんな状況でも無ければあと一区画ほどで遠く城を背景に大通りが見える。なかなか開けた景色の見える場所である、だが逃げ場の無いこの場合は最悪だった。

 

 フロアーの半分が崩れて端に寄るのも危険と思われた。一番困ったのはバリケードででも塞いで立て篭もろうとしたアテが完全に外れた事だった。周囲に壁以外ドアすら何も無かった、まさしく人工的な断崖絶壁だ。

 

 高さを確認してゾッとした、10Mはあるだろうかとても連れに飛び降りて下さいと言える高さではない。鎧をまとった自分ならどうだろうか?試した事は無いが鎧を加算した重さによる落下と防御力で相殺されそうな気がする、手足の一本や二本は折れても構わないが落ちて行動が可能だろうか?いやそれ以前にこのお嬢様を置いていくわけにはいかないではないか。

 

 はっと守るべき女性の事を見る、相変わらず何事も起こって無いかのように物珍しそうに秀麗な横顔は眼下を眺めている、だがいくら何でも彼女も死ぬのは怖いはずだ。

 それとても彼女一流の強がりかもしれないではないか、今予定が狂いましたなどと言って保護対象を不安にさせてはいけないと腹に力を込め手叫んだ。

 

「下がって下さい、ここで奴らを向かえ討ちます!」

 

 あらそう、と言う答えはこの際聞かない事にして、絶望的な状況だがまだ何とかなる。

 心中、血の気が引いていたが自分を叱咤する。上がり口から出てこられるのは所詮一人ずつだ、確実に倒して粘っていれば、別行動になったイビルアイ達が助けに駆けつけてくれるはずだ。

 情けないが目下のところそれが唯一、自分に実行できる助かりそうなプランだ。

 

「その前にちょっとこっちをご覧なさい」

 えっ!?と言うクライムの頭がぐいと強引に回された。長い金髪が流れ彼の姿はその影になる。ふいに口がねっとりとしたもので塞がれた、あまつさえ柔らかでしなやかなものがぬるりと進入してきて目を白黒させる。3秒程の沈黙後、糸を引いてそれが離れた。

「さぁ頑張ってみなさい」

 

 深い湖のような瞳と微笑み。

 呆然自失からはっと立ち直ったクライムは上がり口に殺到する気配に剣を向けソリュシャンを後ろに庇った。

 口元に残った唾液が甘く感じられて頭がカッとなった。それを思わず舌でぬぐうと下腹部の底に熱いものが集まるのを感じて何を考えているんだ自分はこんな時にと心中叫んだ。火照る頭の中で尊敬する主人の笑顔が浮かび、そんな筋合いは無いとは解っていたがラナーに心から謝罪した。

 

 そんなクライムの真剣な顔付きを後ろから覗き見し、彼の体内の鼓動や空気中に発散される微量なオスのフェロモン類の味見をする。

 満足のいく効果を上げているようだとにんまりした。不定形(ショゴス)の特性である自分が体内生成した軽い興奮作用と雄としての本能を刺激する特性薬の効果を見て取った彼女は大人しく後ろに退がった。

 

 直接体液を注入するならもっと効果的なのだったのだがと唇を舐めた。

 取り急ぎ今はこれが精精だったが、どうせなら自分の長いものを直接脳に舌を差し込んであげる方が劇的な効果があるのだけれどと思い、彼女の手により更に美味しそうな匂いを発散する彼の背中を見て淫靡な涎が垂れそうになる口元をそっと抑えるのであった。

 

 

 

 




長くなったのでキスシーン入れてみました。
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