なんかバッドエンドしかないキャラに転生したようです。 作:あぽくりふ
「……やってらんねえ」
はぁー、と俺は溜め息を吐く。仰け反ると同時に椅子が軋み、閑散とした図書館の中に響いた。いかに前世の知識があると言っても、高校レベルの数学などではほぼ意味がない。しかも進学校レベルになれば逆に遅れているレベルだ。もともと真面目にコツコツ勉強するような人間じゃないのだ、俺は。だから三角関数なんてやらなくていいよね。そういうことにしておこう。
―――既に俺は高校一年生。あのSAOに兄が巻き込まれてから2年と少し、そしてSAO事件が解決して五ヶ月ほど経っていた。
世間を騒がせたSAO事件。色々と情報を精査した結果、やはり原作と乖離してはいないようだ。
つまり最後はアスナが意思の力(謎)で麻痺から復活して斬られて、キリトくんがブチ切れることでシステムを越える(謎)ことで茅場を倒したらしい。……うん、創作の世界だと首を捻るだけで済んだが現実で「気合いでシステムを越える」とかいうもはや意味不明な現象を起こされても困る。なんだよ意思の力って。頼むから物理法則に従ってくれ。そして茅場はそれに満足してんじゃねえよそれでも科学者か貴様は。ううむ、ツッコミ所が多すぎて困る。そして一番のツッコミ所は周囲の誰もそれを指摘していないことだろう。なんで納得してんだ貴様らは。
とりあえず一人のゲーマーとして言わせて貰うと、ユニークスキルとかいう公式チートがある時点でSAOはクソゲー、はっきりわかんだね。後継であるアルヴヘイム・オンラインにはそんなゲテモノがないことを切に願う。
まあ、それはともかく。
「……かったりぃ」
親の過大な期待に応えるべく中学三年間必死こいて勉強し、進学校と言われる都内の高校に進学した―――はいいが、いかんせん俺は所謂ぼっちという奴になっていた。
……いや言い訳をさせてくれ。別に俺はコミュ障でも人見知りでもない。ましてやキチガイでもない。ただ、一人でいることが苦でない人種だったのである。
だからこちらから話しかけもせず本を読んだり勉強したりしていたのだが―――どうやら、俺はあぶれてしまったらしい。別にいじめられたりするわけでもないが、クラス内ヒエラルキーで言えば下から数えたほうが早いという部類。すなわち、毒にも薬にもならない無害な人種、という立ち位置に収まってしまっていた。
……いや、別にいいんだけどね?下手に目立つよりは余程マシとは言える。
「はぁ……」
というわけで、可もなく不可もない人生を謳歌している俺だった。ちなみに彼女はいない。前世からいない。……別に悔しくなんかないし。ほんとだし。
そう誰にともなく言い訳をしながら周囲を見渡すと、ふととある光景が目に入ってくる。
「……?」
雑誌を捲りながら、少し前のテーブルに座っている少女がそれを丹念に読み込んでいく。それも1ページ1ページ、目に焼き付けるかのようにだ。その表情は真剣極まりない。
だがその顔が段々と青白くなっていき、ついに限界を迎えたのかぱたりと閉じてしまう。そして、しばらくした後に再び雑誌を読み始めるのだ。以上のサイクルを三回ほど繰り返したのを見た後、俺はそっと目を逸らした。
―――え、なにあの変な人。
多分関わったらダメな類いのアレだわ。そう考えて完全無視を決め込むが、僅かに俺の好奇心が刺激された。読んでるだけで真っ青になるような雑誌とかここにあっただろうか。
野次馬根性を発揮した俺は本を取りにいくような振りをしつつ、その後ろを足早に通り過ぎる。その過程でちらりと少女の手元の雑誌を一瞥した。
「……?」
だが、それはホラー雑誌でもクトゥルフ系列の雑誌でもない。そこにあったのは、ただの銃のカタログ的な雑誌だった。
……ひょっとして銃が苦手なのか。だがそれでは銃の雑誌を見る理由にはならない。というか、嫌なものをじっと見つめているとかマゾかよ。
そう独断と偏見で判断した後少女を「変態」に分類しつつ、俺は無造作に追っていたタイトル群から目を逸らし、蔵書の詰まった棚に背を向ける。そして再び少女に目を戻し―――思わず二度見してしまった。
青白くなった顔。まあこれはいい。だが口を塞ぐように当てられた手。これはアウトではなかろうか。
―――もしやこいつ。リバースする気か。
「おい、あんた……」
背後から呼び掛けてみるが反応はない。よく見ると体も震えていた。ヤバくないかこいつ。
……ああくそ、と俺は呻く。ここで吐かれるのは最悪だ。さすがにこんな所でリバースされれば俺が大迷惑である。見掛けてしまった以上、どうにかするしかない。
「……移動するぞ。ほら肩貸せ」
目の焦点すらも合ってなさそうにふらつく視線。それを見てこれは本格的にヤバいと判断する。急いで右腕を担ぎ―――ああもうめんどくせえ。半ば強引に少女を背負うと、俺はずっしりとした背中の重みに戦々恐々としながら階段をかけ下りた。頼むから背中でリバースは止めて下さい。したら恨むぞ。
途中すれ違った司書の人に目を丸くされて何やら声をかけられたが、スルーしてトイレ―――の前に設置されている洗面台へと向かう。そして慌てて背中の少女を下ろすと、その背中を
―――直後、決壊するようにして少女は嘔吐した。身を震わせながら吐く様はまるで病気の子猫のようだ―――と場違いな感想を抱きつつ、俺はゆっくりとその背を擦る。逆流した胃酸の臭いが充満するが、我慢できないほどのものではない。いわゆる貰いゲロをするような気配も俺にはなく、少女が落ち着くまで俺はその背中を擦っていた。
「落ち着いたか?」
「……え、あ」
少女が憔悴した様子ながらもようやくはっきりと意識を取り戻し、混乱したかのように目を白黒させる。それを見て苦笑し、俺は立ち上がった。
「ちょっと待ってろ」
返事を聞かずにその場を離れ、図書館出口近くにある自販機で水―――いろはすを一本購入する。戻る途中で職員にどうしたのか、と聞かれたため事情をかいつまんで説明し、タオルを持ってきてくれるように頼んでおく。
そして少女の元へと戻ると、彼女は口元を水で洗っている所であった。
「ほら、これで口を濯いでおけ。気持ち悪いだろ」
「あ……ありがとう、ございます」
ぽつりと礼を言うと、少女は勧められるがままに口内を洗浄し始める。
そして職員がタオルを持って駆け寄ってくるまでの間、しばらく俺は少女の隣でただ立っているのだった。
「……あの。ごめんなさい」
「いいよ、別に気にするな。……ぶっかけられたわけでもねえし」
頭を下げる少女を見て、俺は苦笑しながら手を横に振る。思うところがないでもないが、別に内心痛罵の嵐……というわけでもない。特に気にしてないのは本当のことだった。
「………………あの」
「?」
俺が今座っているのは図書館から出てきた所、エントランスホールにあったベンチ。ここの区立図書館は公民館なども兼ねており、なかなか大きなビルの1階と2階のフロアを陣取っているのだ。当然そんな所で頭を下げられていればこの上なく目立つ。よって俺としてはさっさと頭を上げて欲しかった。
だが気付けば、少女はじぃっと此方の顔を注視している。探るようなその視線に居心地の悪さを感じつつ、俺は眉をひそめた。
「あなたって、確か同じクラスの……」
「へ?」
同じクラス。俺はその言葉に喚起され、少女の顔をまじまじと見つめた。
……顔の両横で細く結わえたショートの黒髪に、近眼なのか眼鏡をかけた小柄な少女。ぶっちゃけて言えば何処にでもいそうな、あまり記憶に残らないタイプの女子だろう。痩せた子猫を彷彿とさせる彼女を前にして、俺は諦めたように息を吐いた。
「すまん。全くもって思い出せん」
「……朝田詩乃。名前はともかく、クラスメイトの顔くらいは覚えておいて欲しかったけどね―――新川くん」
「俺の名前知ってんのか」
驚きに目を見開くと、少女―――朝田は呆れたように眉を上げる。
「知ってるわよ。いつもぼけっと外を見てる一人ぼっちくんでしょう」
「むぐ……」
俺の行動まで把握しているとは、やはり本当にクラスメイトだったらしい。それにしては見覚えがないのだが―――冷静に考えてみたらクラスメイトの顔を誰一人として明確に思い出せないことに気付いて、俺は肩を静かに落とした。いやこれはきっと俺の記憶力が残念なだけなんだ。……どっちにしろ俺が悪かった。
「……朝田、か。うん、多分忘れない。忘れないように努力しておく」
「どれだけ私の影薄いのよ……?」
いわゆるジト目というやつで此方を睨んでくる朝田詩乃。俺はうんうんと頷いて脳にその名前を刻みこんだ。
「図書館でリバースしかけた少女、朝田詩乃。うし覚えた」
「その不名誉な覚え方は止めて!?」
朝田が悲鳴に近い声を漏らす。俺は肩を竦めて初めて名前を覚えたクラスメイトを見据えた。
「……で、朝田はなんであそこでゲロしそうになってたんだ」
「……率直に言うのはやめてくれない?」
「なんでもんじゃ作ろうとしてたんだ」
「普通にリバースでいいわよ!」
「んじゃ、なんでリバースしかけてたんだ?」
純粋な疑問として訊ねてみると、朝田は暫し逡巡した後に躊躇いがちに口を開いた。
「……銃が、その。少し苦手なのよ」
「ほう」
リバースするほどに苦手、ということか。そう考えて俺は少し首を傾げた。
いわゆる
「写真を見るだけで、か……」
「モデルガンのケースを見ただけで気持ち悪くなるくらいだから。治したいとは、思ってるんだけど……」
「ほーん……」
ふむ、と頷いて腕を組む。朝田は少し離れてベンチに腰をかけた。
「……さっきはお手洗いまで連れて行ってくれてありがとう。私、あのままだったら本に向かって吐いてたから」
「どういたしまして……まあ気にすんな。むしろあのままリバースされたほうが迷惑だったし」
改めて礼を言う朝田にそう返し、その横顔をじっと見つめる。そして、俺はふと思い付いた案を言うことにした。
「……なあ、朝田。お前はそのリバース癖を治したいんだな?」
「リバース癖って。……まあ、そうね」
そのためにあの雑誌を見てたんだし、と朝田はぼやくように続ける。
「多少荒療治にはなるが、治せるかもしれないぞ?」
「…………え?」
目を丸くする朝田。それを見ながら、俺は自分の提案を口にするのだった。
「―――"ガンゲイル・オンライン"って知ってるか?」