なんかバッドエンドしかないキャラに転生したようです。   作:あぽくりふ

30 / 33

この章はオリジナル、というわけではなく劇場版SAOオーディナルスケールの話です。知らない人にもわかるよう進められたらいいなぁ……。









閑章/OS/電子亡霊の演算駆動
#1 Specter


 

 

 

──オーグマー、というものがある。

 

 それは本当につい最近発売された、次世代型ウェアラブル端末だ。その機能は端的に言えば現実拡張であり、VRではなくAR機器と称されるものだ。その利便性は実際非常に高く、随所で利用されているのが見受けられる所から絶大な人気を誇っていることは容易に察せられる。加えてそう高価な代物でもなく、かくいう俺も購入してみたのだが──。

 

『やあ、新川君。丁度良かった、たった今君のデバイスにARカラテ道場をインストールしたところだよ。試してみるかい?』

「........................はぁ」

 

 無言でオーグマーを外す。眉間を指で揉むと、再び装着する。

 

『どうしたんだ、VR酔いならぬAR酔いか? まあ君ほどの適合者であればそんなことは無いと思うのだが──』

「テメェのせいだよクソハゲ」

 

 バグか? バグなのか? 残念、仕様です。

 あんまりにあんまりな状態に、溜め息を吐いてソファに腰を下ろす。視界でうろちょろするキテレツ電子生命体が非常に鬱陶しい。

 

『失礼な、私はハゲてなどいない。ほら見たまえ、この容姿端麗な姿を』

 

 そう言って、くるりと()()が回って見せる。俺は自分の目が急速に死んでいくのを実感しながら口を開いた。

 

「......お前すげぇよ。自分から幽霊になった挙げ句セルフTSするとか常人の神経じゃ出来ねぇわ」

『そう褒めるな』

「褒めてねぇよ変態科学者」

 

 常日頃から頭がおかしいとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。流石は世界に名高い天才脳科学者兼犯罪者の魔王カヤバーンである。死ねばいいのに。死んでるけど。

 

「さっさと俺のデバイスから出てけ。ウイルスバスターぶちこむぞ」

『ははは、面白い冗談だね。そんなものが通用するとでも?』

「クッソ腹立つわぁ......」

『知らなかったのかい?──大魔王からは逃げられない』

 

 ドヤ顔だというのが更に怒りを煽る。ついでに見た目だけならば美少女なのがムカ着火ファイアインフェルノ並みに腹立つ。

 というか、

 

「それ、ユイのパクりじゃねーか」

『失敬な。パクりではなくリスペクトだよ。色も違っているだろう?』

 

 世間ではそれをパクりと言う。

 ユイとは異なる白髪をつまみ上げながら、変態TS電子幽霊科学者は口を尖らせた。

 

『それにあれは私の娘のようなものだ。ならば容姿が同じでも問題ないだろう?』

「問題しかないことに気付け」

 

 むぅ、と唸る様は端から見れば可愛らしいが、中身が三十過ぎのおっさんだと知っている身からすれば気持ち悪いことこの上ない。捻り潰したくなる。

 

『......ふむ。少し君は勘違いしているようだが、今の私は厳密には"茅場昌彦"ではない。茅場昌彦の記憶を受け継ぎ、彼の理念と思考ルーチンを組み込まれた人工知能に過ぎないんだ。つまり私は"茅場昌彦"でありながら彼の最高傑作たる電子生命体ということになる』

「つまり?」

『今の私に性別など関係ないため女性アバターでもモーマンタイ』

 

 大問題だよ馬鹿野郎。再度溜め息を吐いた。

 

......しかし、である。今の話によれば、茅場昌彦は自身の死を人工知能の完成と同義にしたということになる。己の死でSAO事件を収束させ、かつ後継者としての最高傑作を残した。結果としては、意識の連続性などに目を瞑れば死すら超越したと言えないだろうか。

 

「......やっぱ、お前は変態だよ」

『そうか?』

「そうだ」

 

 この天才(バケモノ)め、と毒づく。やはりあれは怪物だ。死んでなお自分の目的を果たそうとしている。

 

「まあとりあえず、このわけわからんアプリを消してくれ。邪魔くさすぎる」

『それは無理だ。消せないように干渉してある』

「ぶっ殺すぞテメェ」

 

 何故そんなにカラテに拘るのだろうか。カラテを高めたところで俺にニンジャになる予定はないというのに。

 

『それより、いいのか? 朝田詩乃から連絡が来ているが』

「......チッ」

 

 舌打ちする。だがしょうがない。さっさと喫茶店に来い、と書かれているメッセージに返信すると、俺は邪魔くさい電子幽霊を伴って外に出るのだった。

 

 

 

 

 

「遅い」

「悪い」

「許す」

 

 許すのか。

 微笑む朝田を前にして、俺は少しバツが悪くなって頬を掻く。責められるよりもこうした態度を取られた方が効くものだ。

 ちなみに待ち合わせていたのは死銃事件が始まる前からちょくちょく寄っていた喫茶店である。正直何か話をするのであれば俺の無駄に広い家で事足りるのではないかとも思ったのだが、朝田曰く「それとこれとは別物」らしい。よくわからないが、たまにこうして此所に来るようになっている。

 

 まあそれはともかくとして、時間を見誤って遅れたのは俺だ。

 

「......なんか奢るわ」

「そう? じゃあお言葉に甘えて」

 

 そう言って朝田が指定したのはショートケーキだった。地味に高いが高過ぎる訳ではない。俺の心情的にも、下手に遠慮されるよりは余程ありがたい──というのも理解しているのだろう。

......ここまで気配りできるというのに、何でコイツ今まで友達とかいなかったのだろうか。

 

 そんなことを思いながらオーグマーを弄る彼女の顔を見つめていると、朝田は小首を傾げる。俺は慌てて視線を逸らした。今は彼女にも友人は多い。

 

「そう言えば、あんたもオーグマー買ったんだ」

「流行ってるからな。幸い金も余ってるし」

 

 耳にかかっている部分を叩いて示すと、ふーん、と返される。店員が持ってきたお冷やをちびちびと飲んでいると、朝田はじゃあ、と続けた。

 

「オーディナル・スケールも入れたわけ?」

「おーでぃなる......すけーる......?」

「その反応からすると、知らないのね」

 

 聞き覚えのない単語に眉をひそめた俺だったが、懇切丁寧に解説してくれた朝田の話をまとめると、つまるところリアルで剣ぶんぶん振り回すタイプのARゲーム......であるらしい。

 

『説明しよう! オーディナルスケールとは──』

 

 やかましいのが視界に表れたため、ノータイムで物理的に遮断して朝田に話を促す。ちなみにこの変態科学者の遺産は俺以外には視えないようシステム的に弄くってある。無論、こいつ自身が弄くったのだが。

 

「朝田は入れたのか」

「まあ、ね。流行ってるし」

 

 あまりやる気もないということなのだろうか。とりあえず無料らしいので俺もインストールしておく。すると、俺の肘で叩き潰された筈のカヤバがひょっこり顔を出して呟いた。

 

『ちなみにそれ、君達には無害だが面白いプログラムが組み込まれているぞ。オーグマーにも言えることだがね』

 

 それを率直に言うとしたら──。

 

『記憶領域に直接アクセスし、特定の記憶をスキャニングする機能が搭載されている。ついでに言うとこの出力でスキャニングをすれば、下手すると記憶領域に後遺症が残る可能性があるぞ』

 

 ゴフォッグェフッフォ、と盛大に噎せた。びっくりして目を真ん丸に見開く朝田の様子が猫のようで非常に可愛らしいが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

「どういう意味だ......!?」

『だから、大丈夫だと言っているだろう?......ああ、だが君の場合はどうなんだろうね』

 

 腕を組むと、白髪を揺らして妖精は俺を見据えた。

 

『これは"SAOの記憶"にのみ反応するように出来ている。まあ十中八九君に作用することはないだろうが、可能性はゼロではないな』

 

......人の不安を煽るようなことばかり言いやがって。こめかみを押さえると、朝田が怪訝な顔で俺を見つめていた。

 

「ちょっと、あんた大丈夫?」

「......いやまあ、うん。ちょい噎せただけだ」

 

 そう告げるが、疑念は晴れないらしく。半眼(ジト目)になった彼女は俺の頬に触れ──つねった。

 

痛い(いふぁい)んれすけど」

「......あんた、何か隠し事があったら目を逸らすから」 

 

 手を放す。どうやら俺が目を見て話していなかったことがお気に召さなかったらしい。無意識にやっていた癖なのだろう。わかりやすいことこの上ないな、と自嘲する。

......まあ今は直す必要はないか、と。何となくそう思った。

 

「別に無理には聞かないし、力になれるかはわかんないけど。......相談しなさいよ?」

 

 できれば巻き込みたくはない。だが人間一人で抱え込めることなどたかが知れている。にっちもさっちも行かなくなってしまえば、俺はきっとこの少女を頼る。それでいいのだ。

 

「ん、了解」

「よろしい」

 

 だが、とりあえずやれることはやっておこう。そう思いながら、俺は引き続きオーディナル・スケールとやらの操作方法などを聞くのだった。

 

 

 

 

「カヤバ。話の続きだ」

『ふむ。まあ、話すことはそうないがね』

 

 数時間後。

 今日の夜にレイドボスに参加することを約束して朝田と別れた俺は、小声で会話しながら街を歩いていた。端から見れば変質者にも見えるが、オーグマーを例とするハンドフリーのウェアラブル端末が一般的に普及しているこの時代においてそう珍しいものでもない。変なところで時代の流れを感じながら、カヤバの話に耳を傾ける。

 

 曰く。オーグマーは構造的にはやはりSAOをデスゲーム化させた原因であるナーヴギアと同様のものらしい。物理的な問題からレンジでチンするレベルの出力こそないが、公表されている規格を遥かに越えるマイクロウェーブスキャニングが可能とのこと。安全設計ガバガバ過ぎんだろ、とも思ったがそこら辺は"組織"の手がかかっているのかと思い直した。

 本当にふざけた話だが、この世界には悪の組織じみた何かが存在しているのだ。でなければVRのデスゲームなんて大掛かりな大規模仮想社会実験(シミュレーテッドリアリティ)を仕掛けることなど出来はしない、とカヤバは嘯いた。

 確かにその方がむしろ信憑性はあった。いくら天才と言えど──やはり一人で出来ることは限られている。本当のことを全て言っている訳ではないだろうが、少なくとも嘘ではなさそうだった。

 

「で?そのスキャニングはいつ起こるんだ」

『簡単な話だ。SAOの記憶を強く想起させるような出来事によって、特定の記憶領域が励起状態になるとスキャニングは自動的に開始される』

「......つまり?」

『オーディナル・スケールのレイドボスには旧アインクラッドの階層(フロア)ボスデータが流用されている。よってゲームオーバーとなり、"死ぬかもしれない"というかつてのデスゲームの強迫観念を呼び起こすことで──』

「記憶を特定、スキャニング開始ってわけか」

 

 成る程、理屈は納得できた。問題は目的だ。

 

「にしても、何を思ってそんな記憶を徴収してるんだか」

『......さて、ね。そこは私にも見当がつかないな。だが別に悪いことではないだろう?』

「あん?」

 

 顔をしかめる。カヤバは言葉を続けた。

 

『SAO時代の記憶は多くの人間にとって苦痛に満ちたものだ。ならばそれを奪われるのは──』 

「それは違うぞ、茅場昌彦の亡霊(スペクター)

 

 切り捨てる。驚いたように目を見開くそれへ、俺は告げた。

 

「記憶ってのは人間を構成するもんだ。自己認識が人を形作る。逆説的に言えば記憶をいじるってのは人格そのものに干渉してるに等しい」

 

 淡々と、乾いた口調で指摘する。

 

「もし他人の記憶が流入すれば、多かれ少なかれその人間は影響を受ける。奪われるのも同じだ。奪われてしまえば、人間は過去のそれに戻ってしまう」

 

 人格なんて即物的なものだ。記憶の全てを奪われでもすれば、別人同然となるのは当然の話──一部でも同様だ。

 

「それはもう別の人間だ。人間は自己の記憶の堆積で完成していく。一つ一つの選択が現在(いま)の自分を創ってる。現在進行形で更新されてる。それを踏みにじっていい理由なんて有りはしない」

 

 そいつ自身が背負いきれなくなって忘れるのはしょうがない。だが、奪っていいものでは決してないのだ。どんな地獄のような記憶だろうと、それが現在へ繋がっているのだから。

 

「だから、まあ......奪ってもいい、って話にはならない。そんだけだ」

『......成る程、君は』

 

 何処か納得した風に頷き、妖精は俺を見上げる。

 

『理解したよ。先程の言葉は撤回しておこう』

「そうかい」

 

 肩を竦める。本音で返してしまったが、よくよく考えればそうムキになることでもない。何となく気恥ずかしくなってしまい、前方へと視線を逸らした。

 

『それはそうと、新川君』

「何だ?」

亡霊(スペクター)という呼び名は気に入ったよ。次からはそう呼んでくれ給え』

「......あ、そ」

 

 溜め息を吐く。身体的にはそうでなくとも、精神的な疲弊が肩にのしかかるようだった。

 

 

 

 






>>スペクター
 ついに爆誕したスペクターちゃん。見た目は2Pカラーのユイだが中身は天才科学者のおっさんである。TSロリ電子妖精カヤバくんさんじゅっさい、とかいうなかなかに業の深い属性を持ち合わせた変態。電脳世界では最強。私は神だァ!(アイガッタビリィー)

 ちなみにヒロインではない(戒め)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。