なんかバッドエンドしかないキャラに転生したようです。   作:あぽくりふ

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ナイヨォ……ケンナイヨォ!





#2 Hlidskjalf

 

 

 

 まあ──あまり長引かせて語るのも宜しくないだろう。

 

 オーディナル・スケール。オーグマーというAR機器を使用するこのARアプリゲームにはひとつの目的があった。それはSAO帰還者(サバイバー)からかつての記憶を強制スキャニングし、強奪する事だ。無論そのような高出力スキャニングを行えば脳に負担がかかるだろう。現にアスナと呼ばれる少女は記憶の欠落に苦しみ、桐々谷和人は憤怒に身を焦がしている──。

 

「とまあ、そんな感じの独白があるとそれっぽいか」

『ふーむ。そんな様子を何も思うことなく眺めているあたり、キミの悪癖は治ってないと見える』

「悪癖?」

箱庭の中の現実(シミュレーテッドリアリティ)。キミほど冷徹に現実を俯瞰できる者はいないだろうね』

「ハッ」

 

 鼻で笑う。これでもマシにはなったのだ。しかしこの世界が虚構である、という認識は一生離れる事はないだろう。ただ、虚構であると同時に現実でもある、という事実を受け入れられるようになっただけのこと。

 (オレ)の記憶にもう惑わされることはない。彼女という楔がある限り、俺はこの世界を現実だと受け入れよう。

 

「そんで? 目的はわかったんだろうな」

『無論だ。彼等の目的は擬似的な人間の蘇生だよ』

「……蘇生だぁ?」

 

 胡散臭い。顔を顰めてみれば、茅場──スペクターは肩を竦めてみせた。

 

『キミは人間という存在を構築する要因が何か知っているかな? 哲学的かもしれないがこれは大きく分けると』

「長い。纏めろ」

『要は他人の記憶で哲学的ゾンビを作り上げようとしている、という事だ』

 

 やれば出来るじゃないか。ふむ、と顎に指を当てる。はてさてどうしたものか。どうせ“物語”としてはキリトがその邪魔をするのだろう。ならばスムーズに処理するためその露払いをするか。

 

『あと、ついでに面白い事実がある。オーディナル・スケールにおいて第二位を記録する少年を知ってるかな?』

「ああ、あの……なんだっけか」

 

 何処かスカした奴だった気がする。それとアスナに話し掛けていたような。なるほど、あれも今回の黒幕側か。何度か朝田(シノン)と共にレイド戦に参加したが、その際に実にアクロバティックな動きをしていたのを思い出す。

 

『ランキング二位、エイジ。彼はオーグマーと連動するようにしてとある機器を身に付けている。いや機器というよりはスーツと言うのが適切か』

「おい」

 

 睨み付ける。俺は根本的なところでは面倒が嫌いなのだ。スペクターの、生前から変わらない()()に溜息を吐いた。

 

「結論から、手短に、話せ」

『キミはそうやってすぐ結論を急く……だが、まあいい。簡潔に言えば、エイジ──後沢鋭二はパワードスーツを着用している。オーグマーと連動し、スーツ表面の人工筋肉により身体能力を通常の二倍近くにまで跳ね上げている。加えてオーグマーそのものにも予測プログラムが仕込まれていてね、人体行動を先読みする事が出来る。生身の常人ではまず勝てる要素が無い』

「は?」

 

 思わずそんな声を漏らしていた。馬鹿を言え、そんなチート仕込みではVRならともかくARで桐々谷和人が勝てるはずが無い。というか奴はそれを使用することでランキング二位を維持していたことになるのか。そりゃ誰も勝てない筈だ。

 どうせクライン旗下の風林火山を病院送りにしたのもエイジなのだろう。ええい面倒な装備を。

 

「……おいおい、それどうするんだよ。ARでそんなチート行為されたらいよいよ打つ手が無い。こちとらろくすっぽ運動もしないゲーマーだぞ?」

 

 お手上げだ。主人公補正に頼るしかない。或いは法的措置。……いや、無理か。SAO事件の背後に日本政府を初めとするいくつもの組織が暗躍していたように、このオーグマーの異常な流行とそれに伴うオーディナル・スケールというARゲームの熱狂の裏にも何らかの組織がいるのは間違いない。

 茅場(スペクター)曰く、人類の進化を望む者達。次の段階へ、電脳化へと世界を収斂させる事を願い──SAO事件において電脳世界への過剰適合者(オーバーアダプター)を作り上げた、啓蒙家気取りの暗躍趣味な連中。かつてはバイエルン啓明結社と称された、時代錯誤な秘密結社のアホども。

 即ち、イルミナティ。奴等を表す名は複数あるが、茅場(スペクター)は暫定的にそう呼称している。

 

 そのイルミナティが背後にいる限り、この事態に法的措置だのなんだのを絡ませるのは不可能に近いのは容易く想像出来る。つまり自分達で解決する必要がある。

 

「黒幕と話してどうにか解決出来ないもんかね」

『まあ、無理だろうね。話して解決できるならばこんな強引な手段を取っていない……それに重村教授は頑固だ。今更中止、なんてことはしないだろう』

 

 イルミナティの目的はつまるところ人類の電脳化だ。過剰適合者(オーバーアダプター)の生産もその一手に過ぎない。そして、今回はその一環としてAR機器の流布を餌に重村徹大は資金援助を手に入れ、便乗して記憶の強奪に走ったのか。懐かしそうに重村徹大の名を呟くスペクターに肩を竦める。このロクでなしの恩師だが、恩師もやはりロクでなしだった。

 

『ところでARアイドル《ユナ》のライブが近日開催されるのは知っているかな?』

「……おう」

 

 嫌な予感しかしないが、先を促す。

 

『悠長に集めるのが面倒になってきたのか、桐々谷君に嗅ぎつけられて焦ったのか。彼等はそこで大規模スキャニングを実行するようだ。スキャニングに関しても従来の規格から大きく逸脱している。恐らく──脳が焼き切れるだろうね』

 

 頭がボンッ!と爆発する様をジェスチャーで伝える妖精に顔を顰める。正直何人死のうが知った事では無い。だが…………知れば朝田詩乃は悲しむ。

 

『ああ、ついでに報告しておくが、桐々谷君はこのパーティーに招待されていてね。メールの文面と状況からして、地下で後沢鋭二と一騎打ちを行うようだ』

「……なぁ、スペクター。奴はパワードスーツを身に付けていると言ったな」

『そうだな、肯定しよう』

「それを踏まえた上で──現実世界での桐々谷和人の勝率を答えろ」

 

 電子亡霊が艶然と微笑む。演算結果は数秒も経たず吐き出された。

 

『2.4%』

「……………………、はぁ」

 

 当然と言えば当然だ。勝てる理由が無い。桐々谷和人は仮想世界の超人ではあるが、現実でのスペックは少し鍛えた人間にも劣る。パワードスーツを着用し、人体行動予測プログラムを仕込んだ人間相手の勝率は絶無に近い。むしろ可能性があるだけマシ、なのだろう。あとはそれを主人公補正で100%にまで引き上げるだけ。

 

「いや厳しいだろ」

 

 頭を抱える。いや、本来の物語としてはどうとでもなっていたのだろうと思う。だが俺という異物を抱え、イルミナティとかいう意味不明な組織まで出張ってきた以上本来の道筋通りになるかと問われれば──頷けない。バタフライエフェクト、という単語があるくらいだ。ここでみんな死んでバッドエンド、なんてコースもありえる。

 

「どうせテメェの事だ、何か考えがあるんだろう?」

 

 故に尋ねる。半眼で見据えれば、スペクターはその白髪を揺らして大仰に頷いた。

 

『勿論だとも、我が協力者(マイ・ディア)。要はキミが倒せばいいのさ』

「……わかりやすく言え」

『いやいや、言葉の通りだ。キミが、後沢鋭二を倒す。それがたった一つの冴えたやり方と私は進言するね』

 

 こいつ、人の話を聞いていたのか。パワードスーツ相手に勝てるわけがないだろ──と口にしかけて止める。この男……男?は狂人だが決して馬鹿ではない。

 

「対抗できる策でもあるのか」

肯定する(YES)。そろそろ届くと思うが?』

 

 同時にチャイムの音。インターホンで応対したところ宅急便のようだ。受け取った段ボールはなかなか大きく、そして重い。無論こんなものを注文した覚えはない。差出人は──菊岡?

 眉をひそめて開封する。引っ張り出した中身を広げれば、ダイビングスーツに似た何かがそこにあった。だが想像以上に重い。

 

「こ、れは」

『菊岡君はしっかりと仕事をしてくれるから助かるね』

 

 袋を開封して触れてみる。服のようでありながら所々機械的な要素も含まれており、指で触れればゴムのような感触が押し返してくる。そして首の辺りにはオーグマーにも似た機器が接続されていた。

 

「まさか、パワードスーツを作ったってのか……!?」

『重村徹大に作れて私に作れない筈がないだろう? そしてついでにキミのオーグマーにも仕込んでおいた』

 

 何を、と問う暇も無い。日常的に装着していたオーグマーが何かをインストールした事を通知する。慌てて視界の端を探れば、そこには一つのアプリが鎮座していた。

 

「フリズ、スキャルヴ?」

『“フリズスキャルヴ ver.1.00”。私自らが手掛けたAR戦闘用プログラムだ』

 

 目を見開く。スペクターはくつくつと笑う。

 

『さて、では訓練を始めよう。なにせ期日は明後日、時間は全く以て無いのだから──』

 

 

 

 

 言っちゃなんだが、俺の家は豪邸だ。親が金持ちだからだ。開業医の三代目、日本という国の首都に鎮座する我が家は旧華族を初めとするバリバリの金持ち達との繋がりが大きい。故に最近話題のARアイドルライブのチケットも届く。何故かペアだ。なので朝田を誘ってライブに行くのも当然の流れと言えよう。

 

「……本当に良かったの?」

「別に損したわけじゃないしな」

 

 むしろあまり朝田も興味の無いユナのライブに連れてきてしまって申し訳ないくらいだ。しかし、だと言うのに朝田の機嫌は昨日あたりから妙に良い。何かいい事でもあったのだろうか。

 

『やれやれ、わかっているクセに知らない振りをするのもキミのぷぎゅ』

 

 やかましい。白髪黒衣の妖精を握り潰して消滅させる。まあすぐにも復活するだろうが。

 そんな事をしている間に、朝田があっと声を漏らす。釣られて顔を上げれば、群衆の中に見知った顔が見えた。

 

「アスナ!……と、キリト」

「シノのん!……と、新川くん」

 

 わーきゃーと抱き合って再会を喜ぶ女子高生達を尻目に、俺は桐々谷と苦笑を交わした。おっす、と手を挙げて近寄る。

 

「新川も来たんだな。こういうの、興味無いと思ってたけど」

「ん、まあ色々あってな……お前んとこは結城と二人──」

 

 と。そこで背後にいた三人の少女の姿が視界に入る。うち二人の面識は無い。だが俺のことは話に聞いてはいたのか、会釈すれば恐る恐る返してくる。SAO内での名前はシリカ、そしてリズベット。即ちキリトハーレム軍団の一員である。

 

「──じゃあ、ないみたいだな」

「おう……」

 

 若干疲れた顔をしている少年の肩を叩く。まあ、うん。こんだけ女子に囲まれて行動していたらそりゃ気疲れもするだろう。まあそれだけじゃないだろうが。

 

「お久しぶりです、新川さん」

「おう、久々だな桐々谷妹。ちゃんと勉強してるか?」

 

 残る一人、桐々谷和人の義妹に笑って返す。ALO編で加わったキリトハーレム軍団の一員であるリーファ本人だ。桐々谷直葉、十五歳。割と真面目に高校受験に打ち込まなければならない年頃である。

 

「大丈夫ですよ! 新川さんに教えて貰って数学はばっちりですし!」

 

 むん、と気合を入れるように握り拳を作る様に苦笑する。まあ気を抜かなければ彼女の狙う高校は十分射程範囲内だろう。都内でトップを行く偏差値75オーバーの高校でもない限りそうそう落ちることはあるまい。

 

「他の科目は大丈夫なんだな?」

「はい! これでも割としっかり勉強してるんですから」

 

 ならばいいか、と頷く。一応成績優秀という事で名の通っている俺が教えているのだ、万が一不合格ともなれば沽券に関わる……というのは冗談だが、悲惨な結果ともなれば俺の立つ瀬が無い。

 ちらりと兄貴の方へ視線を向ければ、まあ大丈夫だろ、と視線で返された。こいつもこいつで東都工業大学を狙ってるにしては数学が絶望的の一言に尽きるが……まあ、三年もあれば余裕で追い付ける。中学高校の勉強に才能は必要無い。必要なのはコンスタントな努力だけだ。

 

「よし、なら安心だ。まあわからないことがあったらいつでも聞いてくれ」

「その時は是非頼らせて貰います。うちの兄は全然役に立たないんで……」

 

 ジト目で見つめられながら、桐々谷は乾いた笑いを漏らした。……まあ、肝心な中学三年及び高校一年を含めた二年をSAO内で過ごしたのだ。そこらも含めて教えてくれるSAO帰還者(サバイバー)専用の特殊学校に通っているとは言え、数学に関してはよくてどっこいどっこいかもしれない。

 

「んじゃ、立ち話もなんだ。とりあえず入場しとくか」

 

 人混みの流れに沿って、俺達は再び歩き始めるのだった。

 





アルヨォ……ドクブキアルヨォ!

※OS編はサクッと終わらせてアリシゼーションに入りたいと思ってます。アニメ始まったしね!

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