妹たちとバレンタイン
「バレンタイン?」
「そうそう、明後日がその日!」
「うん......だから、2人で作ろうって......」
クラウド・レインがロキ・ファミリアを脱退する5年前、2月12日の朝。
食堂でフォークにパスタをくるくると巻きつけて食べているクラウドの両隣で、幼女2人がちょこんと座ってサンドイッチをその小さな口で頬張っている。
右には金髪のヒューマンの少女、アイズ・ヴァレンシュタイン。左には黒髪の
双方とも11歳でLv.3に至るという一流の冒険者であり、クラウドの妹分でもある。
「......いや、悪いんだが。何だ、バレンタインって?」
「え? もしかして知らないの!? ああ......確かにお兄ちゃん、去年まで付き合い悪かったから......」
クラウドはそもそもそんな単語を聞いたことがなかった。
7歳からの今まで、アポフィス・ファミリアの暗殺者で最初の6年、解散後に処刑人の活動で3年。計9年を血と硝煙の匂いにまみれてきた彼は世間の行事に大して興味を示さなかったからだ。
現にロキ・ファミリアに入ってからの最初の3年間も処刑人の活動が忙しく、そんな行事に付き合ってもいない。
3年前にクラウドとラストル、そして2人の師匠でもある逸愧はロキ・ファミリアに移籍したのだが、逸愧はすぐに旅に出て、クラウドとラストルも中々馴染めずにいたというのもある。
「ウチが教えたるわ。バレンタインっちゅーのは好きな子にチョコを手渡すことなんや。
せやから、ウチにチョコ頂戴やアイズたーんっ!!」
「「「ロキ、煩い」」」
「ぶべらっ!!」
アイズに飛び掛かる彼らの主神ロキだが、幼女×2とその義兄によるトリプル鉄拳制裁が顔、胸、腹に叩き込まれる。
「ま、何か作り方とかで分からないところがあったら言えよ。できる範囲なら兄ちゃんが教えてやるから」
哀れなる無乳の神を退けた後、使い終わった食器を運ぶために席を立った。まだ幼い義妹にチョコレートとはいえ、料理ができるかは定かではない。いざとなったら3人で作るのも悪くないだろう。
「むー、お兄ちゃんは心配性だな」
「大丈夫、ちゃんとリヴェリアたちと一緒に作るから」
ラストルもアイズも心配いらないと笑ってはいるが、それでも放っておけない気持ちはあった。
まあ別に可愛い家族の作る料理なら多少出来が悪くても嬉々として食べる自信はある。問題ないだろう。
■■■■■
日を跨いで14日。ロキ・ファミリアのホームの居間では何やら不穏な空気が満ちていた。
そこにはファミリアの男性団員とロキのみが集まり、非常にむさ苦しいと言わざるを得ない。
主神であるロキを除く女性団員は全員ダイニングに集まっており、チョコレート作りに励んでいる。それを今か今かと待ち望んでいるわけだ。
フィン、ガレス、ベート、クラウドの幹部勢とロキはソファーに座り団欒としている(ように見えた)。
「おい、クラウド。お前、今年は何個貰えんだ?」
ベートが突拍子もなくクラウドに聞いてきた。今年はなどと言っているが、別に今まで貰ったことなどない。
「いや、何個も何も......とりあえず最低でも全員一つはあるんだろ? 数なんか関係あるのか?」
「大有りだろうが。俺が聞いた話だと、より多く貰えたヤツが男として上回ってることになるらしいぜ」
......ベートの話がよく見えてこない。
確かに甘党のクラウドにとって多く貰えることは嬉しいことだが、それで勝ち負けを決めるのはどういうことなのか。
「クラウド、君はそもそもこの行事がどういう意味なのかを理解してないんじゃあ......」
「そりゃそうだろ、聞いたのも一昨日が初めてなんだし」
クラウドの向かいに座るパルゥムのフィンが苦笑いしていることにため息を吐いてしまった。
だから知らないって。
「ベート曰く、『本命』が貰えるのかって意味だと思うよ」
「本命?」
「うん、本来は女性が日頃世話になっている男性にチョコを渡す行事で......そっちは『義理』って言うんだけど、中には好きな異性に渡す意味も含まれてるらしいよ」
「それが本命ってヤツなのか? でも、俺は貰うアテなんかないぞ」
16歳になってまで女性と交際どころか肉体的接触もない。恋人いない歴と年齢が同じなのだ。
ハーフエルフなので容姿も良く、ロキ・ファミリアのLv.5でもあることから交際を申し込まれることはあるが、受け入れたことはない。下手に付き合いでもして、自分の過去について知られればその人物にも危険が及ぶ。それを考えると交際には踏み出せないし、何よりそういう男女間の愛情がハッキリと理解できない。
「え? クラウド、それ本気で言うとるん?」
「は?」
「いやいやいやいや、だって自分、可愛い妹2人から貰えるんやろ?」
ロキのカミングアウトに一時的に黙っていたベートが立ち上がり、クラウドに食って掛かる。
「何ぃっ!! クラウドテメェ!! まさかアイズから本命貰うつもりかコラアッ!!」
拳を振りかぶるベートだが、それよりも早くクラウドから脳天にチョップを受けて沈められる。
「落ち着け、暴れワンコ。ロキも冗談はやめてくれ。妹から貰うって、それこそ義理だろ? 尚更ダメじゃねぇか」
フィンとガレスは呆れたように苦笑いしてしまう。
だから何なんだよ。
一方ロキは、ワナワナと身体を震わせ拳を握りしめていた。
いや、だから何なんだよ。
「そんなんやったらウチが貰うっ!! アイズたんの本命チョコ寄越せえええええっ!!」
「や・る・か!!」
ロキの頭を左手で受け止め、寄せ付けない。ロキは両手を伸ばして抵抗するが、クラウドの腕の方が長いため、スカッスカッと空を切る音しかしない。
「お前にやるくらいなら1人で美味しく頂いてやるに決まってんだろ!! お前は義理で我慢しろ無乳を司る神が!!」
「自分も女を胸でしか判断せぇへんのか!! 全世界の貧乳に呪われてまえ!!」
「貧を通り越して無に等しい女神様に言われたくねぇよボケェ!!」
「女に優しくせぇって習ってないんか!! 馬に蹴られて死ね!!」
ワーワーギャーギャー争う主神とその眷族。そんな攻防が数分続いた。
「やめろ、2人とも」
「あぐっ」
「ひんっ」
突然何者かに頭を掴まれる2人。一体誰だ、とその人物を確認する。
「2人とも、少し頭を冷やそうか」
「此方にまで声が聞こえていたぞ。もう少し静かに、できないのか?」
「フィン......」
「リヴェリア......」
団長と副団長による笑顔の威圧。その後2人はこってり搾られた。
■■■■■
「はい、どーぞ」
「ほらほら、食べて食べて!」
「ありがと、アイズ、ラストル」
他の男性団員が配られた義理チョコを食べている中、クラウドはそれとは別に可愛い妹から一つずつチョコを貰っていた。
「アイズは......クッキーにしたのか?」
「うん、他にも貰うだろうからって......」
「そうか、じゃあ、いただきます」
アイズから貰った分のクッキーを袋から取り出し、一口囓った。
「ど、どう?」
アイズがソファーに座っているクラウドの前に立ったまま少しだけ見上げるように目を合わせる。
クラウドはしっかりとそれを味わい、呑み込んだ。
「うん、美味しいよ」
「ほ、ほんとに......?」
「ああ、本当だよ。不味いわけない」
普段から料理をするクラウドからすればまだ少々甘いところもある。少し固まりすぎているような気がするが、そんなものは気にならなかった。多少拙くても熱心な気持ちが感じられる。
「お兄ちゃん......これ」
「? ああ、それか」
アイズが両手で自分の頭をポンポンと叩いた。これはいつもの合図だろう。
クラウドは右手をアイズの頭に置いて彼女の美しい金色の髪を撫でた。
「よーしよーし」と優しく撫でている内にアイズの表情がとろーんと柔らかくなる。
「むー、アイズばっかりずるい! 今度は私の!」
近くにいたラストルが痺れを切らして割って入った。クラウドはやれやれと手を放して今度はラストルの相手をすることにした。ラストルは自分のチョコを取り、皿に乗せて出す。
「ラストルは......えっと、ケーキか?」
「うん! お兄ちゃんはケーキ大好きだもんねー!」
ラストルが手に持っているのは四角く切られたチョコケーキだった。出来栄えは高級な菓子店で売られているものとさほど変わらないほど良くできている。
「ほら、口開けて」
「ん、こうか?」
ラストルが言うように口をある程度開ける。まさか、と思ったのも束の間、ラストルはケーキを一口大に切り、それをフォークに刺してクラウドの口に運ぶ。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
辺りの男性団員やいつの間にか右隣に座っているアイズからジトーッとした目で見られるが、それもあまり気にしなかった。ここでそんなことに気を配るのはラストルに対して失礼だ。
クラウドはラストルから食べさせてもらったケーキをさっきと同様に味わった。甘さとほろ苦さが丁度よく混じりあっている。さっきのアイズのクッキーと甲乙つけがたい。
「どう? どう?」
「安心しろって、美味しいよ」
「わーい! やったー!」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ妹に微笑ましさを感じながら、クラウドは笑っていた。これからもこんな日々が続くんだろうなぁ、と。
「おっ、お兄ちゃん。私のも......」
アイズが右隣からさっきのクッキーを持って口元に近づけてきた。少し赤くなっている彼女に微笑みながらクラウドはそのクッキーを頂いた。
「どっちの方が美味しい?」
「あはは......それは比べられないな。アイズもラストルも一生懸命作ったんだし、俺には選べないよ」
「そう......ううん、でも、嬉しい」
「あーっ!! ずるい、アイズ!! 抜け駆け禁止!!」
ワイワイと騒ぐ幼い妹2人。血は繋がっていないが、2人とも家族同然だ。血縁など関係ない。
「お兄ちゃん、今夜は私と一緒に寝よ。ねっ、いいでしょ! ご褒美だと思って!!」
「え? まあ、いいけど」
「じゃ、じゃあ私も......」
アイズに右腕、ラストルに左腕を引っ張られ、クラウドはどっちにすべきか真剣に悩んでしまう。
今日頑張ったご褒美に言うことくらいは聞いてやるのも兄の務めだ。
「おいおい、俺の身体は一つだけだって。今日は3人で寝ような」
「じゃあ......私、腕枕がいい」
「はいはい、アイズは腕枕な。ラストルは?」
「私も!」
「はいはい。全く、おねだり上手だな、2人とも」
クラウドは立ち上がると、2人を連れて居間を後にした。
来年もこんな風に和気藹々と過ごしたいな、と心の中で思っていたクラウド。
しかし、この翌年にはラストルはファミリアから姿を消し5年後の事件へと繋がるのだが、それをこのときのクラウドは知るはずもなかった。
こんなにも幸せな日々に浸っていたいと本気で思うことができていたのだから。
この話を読んだ方がどう思うのか、私なりに考えました。恐らく「え? ラストルって昔こんなんだったの?」だと思います。「ラストルの性格ってどんなんだったっけ?」という方は28、29話をご覧になってください。
バレンタインということで、こういう過去話を投稿してみました。いかがだったでしょうか? 実は間に合えば14日中にどうしても無理な場合は15日の早くにもう1つバレンタインの話を投稿しようと思っています。こちらは本編の時系列の話となっています。よろしければそちらもご覧になってください。
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