今後とも応援よろしくお願いします。
『クラウド様、体力と
『ああ、そうみたいだな。助かった』
『どういたしまして。とは言ったものの、助けたのは私ではありません。
貴方を助けたのは、
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謎の声と意識の交換を行っている最中、オッタルの剣がクラウドに向かって振りかかっていた。その攻撃が通れば、少なくともクラウドはもう戦えない。オッタル自身も勝利を確信した瞬間だった。
そんな彼の自信を嘲笑うかのように、握られた剣の刀身はクラウドの左手によっていとも容易く掴まれた。
「何っ!?」
咄嗟に剣を左手から振りほどこうと引き寄せるが、尋常ではない力で掴まれたそれはどれだけ力を込めてもクラウドの手から離れない。
そもそも、何故折れたはずの左腕でこんな真似ができる?
「何だよ、ホントはこんなに軽かったのか? お前の剣ってのは」
さっきまでの掠れた弱々しい声ではない。憎たらしい程までに勝ち誇った声。さっきまで意識が朦朧としていた人間の声ではない。それに、髪の色が銀色から黒曜石のような漆黒に染まっている。瞳も、鮮やかな青から燃えるような赤い色に変化していた。
「お前は....お前は、誰だ?」
この戦いで初めて、オッタルは焦りの表情を見せ緊張に身体が震えた。そんなオッタルの言葉に、またもや余裕に満ちた低い声が返される。
「何だ、俺の名前もう忘れたのかよ?」
クラウドが剣を掴む力が強くなり、ミシミシと刀身が軋む。オッタルは慌てて剣を引き剥がそうとするが、もう遅い。
バキィンと剣が砕かれ、破片がクラウドの左の掌からこぼれ落ちる。
「俺は【
もう二度と忘れんなよ」
次の瞬間、クラウドの右拳がオッタルの腹部に叩き込まれその巨体は後方へ見事な直線を描きながら吹き飛んだ。
■■■■■
「(身体が軽いな、どうなってやがる?)」
クラウドはオッタルを殴り飛ばした際の自分の力に少し違和感を感じていた。何らかの外的要因がなければ、あんな簡単に格上の相手に張り合うことなど不可能なはずなのに。
そんな彼の心の声を感じ取ったのか、またもや誰かの声が脳内に響く。
『当然です。今の貴方は
「(というか、お前誰だよ? この能力もお前のお陰なのか? そもそも呪装契約って何だよ?)」
『ご安心を。質問には後でお答えします。ですから今は、目の前の敵に集中してください。
それでは、後ほど会いましょう』
プツンと糸が切れたような音を残して、その声の主はそれきり話さなかった。
だがしかし、その答えを知るために、何よりベルを助けに行くために今は戦いに専念しなければならない。
しかし、今の自分の姿は鏡も無いのでわからないが、黒い髪に赤い瞳に変わったせいかかなり攻撃的な風貌に変化していた。
オッタルは地面に足を擦り付けた際の摩擦で何とか倒れることなく、踏みとどまっていた。だが、剣を折った事には変わりない。今の自分の力が彼に通用する。それだけわかっただけでも十分すぎた。
「はっ!!」
オッタルは背中に掛けていたもう一本の大剣を抜き、地を蹴ってクラウドに一瞬で肉薄。剣による薙ぎ払い、突き、袈裟斬りなどの攻撃を繰り出してくる。
今は両手の銃も無い。何より近接戦闘でオッタルより優位に立つなどかなり難しいことだ。焦りを感じたが、それは最初の一瞬だけだった。
なぜなら、クラウドは攻撃を全て回避出来ているからだ。
「(見える....回避も....さっきまでとはまるで世界が違う)」
さっきは必死で攻撃の方向や力などを事前に読み続けて、それでも傷を負わされたというのに、今はどうだ。
一回一回の攻撃を目で見て、その上で正確にかわすことができている。
「(あいつが遅くなった? いや、
クラウドが攻撃を掻い潜っていると、オッタルはクラウドの胴体を真っ二つにせんとばかりに腰の部分に横薙ぎを繰り出す。
かわさなければ死、かわしても確実に隙ができる。
オッタルはそのまま剣を横に力強く振り払う。と、そこで不思議に思った。
「!? 消えた....!!」
クラウドの姿が見えない。空中に飛び上がったようにも見えなかったが、一体どこへ消えたのか。
「何処見てんだ?」
オッタルの後ろからクラウドの声が投げ掛けられた。よく見ると、クラウドはオッタルの振るった剣の腹の部分に足で立ち、器用に身体を支えていた。
そのままクラウドの右足からオッタルの側頭部へ回し蹴りが放たれる。
その威力にオッタルは脳が揺すられ、立ち眩みを催す。
クラウドは反動をつけて剣の腹から飛び上がり、地面に華麗に着地した。
「ぐっ....」
オッタルは蹴られた箇所を手で押さえて呻いている。中々のダメージになったのだろう、明らかに顔から滲み出る雰囲気が変わっている。
しかし、クラウドは様子を見ている内に、段々とオッタルの口角が上がっていることに気付いた。ほんの僅かだが、確かにその武骨な顔に笑みを浮かべている。
「どうやらお前を見誤っていたようだな。何をしたのかは知らないが、一気に俺と同じ高みに達するとはな」
恐らく、オッタルは嬉しいのだろう。さっきのように必死に策を労して、隙を突いて、勝利にしがみつこうと足掻いていたクラウドとは一変して、自分と同じ力を振るっている彼と戦えて。かつて自分が引き分けた相手と熱戦を繰り広げられることに。
「嬉しそうだな。まあ正直俺も嬉しい限りだよ。だって、これでお前に勝てるんだからな」
「抜かせ」
オッタルはまたもや剣による接近戦に持ち込もうとしてくるが、今度はクラウドがそれを許さなかった。
「【顕現せよ】」
魔法の詠唱。スキルによる短縮ではない。自分でも知らないはずの詠唱なのに、頭にその新たな詠唱文が浮かんだのだ。
「【
ズズズッと両の掌に黒い粒子状の物体が集まり、それが形を成していく。一瞬にして結集したそれはクラウドの使いなれた主要武器――銃だった。
武器を創造する。一見すると大したことがないように思えるが、彼のような冒険者にとっては、それは凄まじい能力だ。
クラウドは銃を握ったまま、数秒オッタルを見つめ、落ち着いて詠唱を始めた。
「【斬り殺せ】」
詠唱に際し、クラウドの掌の銃が淡く発光する。銃弾が魔力を吸収しきれていないのだ。それほどまでに大きな魔力がこの魔法には込められている。
「【
【
だが、それはオッタルにも予想できること。しかも真正面からとなれば剣で防ぐこともできる。
「甘いっ!」
自信ありげな声でオッタルが叫ぶが、またもや銃を撃った地点からクラウドの姿が消えている。
「お前がな」
そして、これも二度目。背後からの声。また剣の腹に乗ったのかと錯覚したが、今は剣を振るってすらいないし、しかも声はもっと遠くから聞こえた気がしたのだ。
そして、驚愕に声も出なくなった。背後から挟むようにクラウドが左手の銃を撃ち、そこから黒い十字型の光が放たれたからだ。
「ちっ....」
いや、これだけならまだ防ぎようはある。前後からの攻撃であろうと同時に叩き落とすことは不可能ではない。
「安心してんなよ」
無論、そんなこともクラウドにはお見通しだった。2発目の銃撃の後、さらにオッタルの背後に回ってきた。クラウドは銃口をオッタルの背中に直接押し付けて、発砲。
3度の斬撃の衝突。最後に放った1発によって怯んだオッタルは2発目、3発目を防ぐことができず魔法効果の弾丸をまともに受けてしまった。
オッタルはそれこそ肩から肩に届くほどの大きさの十字傷を負いながら、まだ自分の足で立っている。
「だから無駄なんだよ、それじゃあ。
空を漂う
オッタルは悔しそうに、クラウドを睨み言葉を投げ掛ける。
「一体、何をした? あの神――アポフィスと何の取引を交わしたのだ?」
「は?」
オッタルの質問にクラウドは何のことかわからずに首をかしげる。
「如何に危険なことをしているのか、自分でもわかっていないようだな。神に自分の魂を売るなど、正気の沙汰ではないだろう?」
クラウドはオッタルの言葉に対してようやく得心がいった。自分でも薄々思っていたが、これはアポフィスと関係があるということに気付いたのだろう。
だが、クラウドはさして気にする様子もなく答えた。
それがなんだ、神に魂を売った?
自分は誰かに自分を売った覚えはないし、それをするつもりもない。
たとえそんなことになっても、そんな契約は反故にしてやる。
クラウドはフッと笑って銃を目の前の標的に向けた。
「だから俺が最強なんだよ」
クラウドがそう答えた次の瞬間、右手の銃から黒い光の粒が溢れていた。
「【啼き叫べ】」
オッタルは剣を構えたまま動かない。しかし、その顔に怒りや哀しみは無い。むしろ清々しいほど満足感溢れる笑みがあった。
クラウドもそれを認めたのか、魔法名を口にした。
「【
銃口から、暴風が巻き起こり、黒い稲妻を纏いながらオッタルに襲いかかった。
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「派手にやっちまったなぁ....これは、ガネーシャ・ファミリアから請求来てもおかしくないレベルじゃねぇのか」
やれやれとクラウドは頭を掻いて自分の懐事情の心配をしながら、闘技場の地下室から地上に出ていた。モンスターから避難したのか、辺りに人は居なかった。
「オッタルのヤツ....つくづく抜かりねぇな」
さっきの戦い、魔法で止めを刺したと思ったのだが、自分が魔法を中断させたところでオッタルとフレイヤの姿が消えていたことに気付いた。
大方、オッタルが彼女を連れてここから逃げたのだろう。こんなときでも主神のことを第一に考えるのは流石だな、とクラウドは少し感心していた。
とはいえ、これでようやくベルとヘスティアを助けに行ける。
「待ってろ2人とも、今助けてや....」
そうして歩を進めようとしたのだが、突然足元がすくむ。平衡感覚が失われ、立っていられなくなる。地面に両膝をつき、朦朧とする意識の中で感じたのは....
「なん....だ....? 背中が....あつ....い」
背中、つまりはステイタスの描かれた部分が異常に熱い。まるで熱した鉄板を押し付けられたかのようだ。
しかし、今は這いずってでも2人を助けにいかなければならない。クラウドが立ち上がろうと足に力を込めた瞬間――
「あ....うっ....」
ガクンと力が抜けて、その場にうつ伏せで倒れてしまった。いくら力を入れても、指一本も動かせない。そのまま視界がどんどん狭くなり、意識が途絶えた。
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「ご無事ですか、フレイヤ様」
「ええ。ありがとうね、オッタル」
オッタルはフレイヤを抱えて市街を屋根づたいに走っていた。
そう、オッタルは最後の一撃が致命傷になると悟りフレイヤを抱えてなんとか闘技場から脱出したのだ。
「それにしても....何なのでしょう、あの力は。魔法にしてはあまりにも強力です。恐らくアポフィスが、何らかの処置を施していたと考えるのが妥当かと」
「それはまだはっきりとはわからないわね。でも....」
フレイヤはゾッとするくらい美しく、そして上機嫌な笑顔で空を眺めた。
「これでまた、楽しみが増えたわ。益々あの子が欲しくなっちゃったくらいだもの」
オッタルも彼女のそんな顔を見ながら、
待っていろ、何時か俺がお前を倒す。
そう、心に誓った。