ちょっとした伏線回収と、物語の今後における話です
こうして、夕方。3人は朝からダンジョンに潜って戦い、大量の魔石といくらかのドロップアイテムを引っ提げてギルドの換金所を訪れ、それを大量の金貨へと替えてもらった。
「「72000ヴァリス....!?」」
ベルとリリは信じられないと言わんばかりに目を見開いて固まっている。ファミリアを移籍して以来、今日の探索はかなり稼げたためクラウドも少し驚いてはいた。
「凄いよね!? これ夢じゃないよね!?」
「やったぁー! たった1日でこんなにお金がー!」
「はしゃぎすぎだ、お前ら....と言いたいが、今日は2人とも頑張ったな」
クラウドは手を取り合って喜んでいるベルとリリの頭を左右の手で優しく撫でた。2人とも誉められて嬉しかったのか、さして抵抗もせずに受け入れている。
「....では、その、そろそろ分け前をいただけますか?」
「うん、はい!」
リリがおずおずと2人に報酬を求めると、ベルは笑顔で今日の収穫の3分の1――24000ヴァリス分の金貨の入った袋を手渡した。
「....へ?」
「あぁ、これなら神様に何か美味しいものを食べさせてあげられるかも....!」
ベルはキラッキラした顔で手に持った金貨を見つめている。今までよりも稼げた分、ファミリアにとっての貯蓄が増えたことに喜んでいるのだろう。
「ベル様、クラウド様、これは....どういうことなんですか?」
「どういうことって、今日の収穫の分け前だろ? 俺とベルとリリの3人だから1人あたり24000ヴァリスだ」
「そうではなくて....その、自分達だけで使おうとか思わないんですか?」
「え、どうして?」
ベルは何のことかわからないと言った風に首をかしげる。
「まあまあ、リリ。お前が一役買ったことは事実なんだし、ここはベルの厚意に甘えとけよ」
「でも、こんなに....」
「何だ? サポーターが分け前を貰うのはそんなに不思議なことなのか?」
クラウドの問いにリリは疑問や哀しみなどの感情の入り交じった表情になる。その後、小さな声で「わかりました....」と了承された。
「そうだ、これから3人でご飯食べに行こうよ! クラウドさんも、ほら!」
「おいおい、そんなに慌てなくても――」
突然、クラウドが素早く後ろを振り返る。左手は流れるような動作で腰のホルスターへと伸びて、銃のグリップを掴んでいる。
「ど、どうしたんですか?」
「クラウド様?」
ベルとリリはクラウドの放つ雰囲気に驚いて萎縮してしまう。やがてクラウドは険しくしていた顔を緩めて、銃から手を離す。
「ベル、リリ。悪いが今日は付き合えそうにない。2人だけで楽しんでくれ」
「え、何か用事でも?」
「ああ、ちょっと知り合いに会わなきゃいけなくなってな」
クラウドは2人に背を向けると、暗くなってきた街へと歩き出した。
「じゃ、じゃあ行こっか、リリ。」
「そう....ですね」
普段は見せない彼の威圧感。つい最近会ったリリでさえ、その雰囲気に足が震えそうになってしまった。
「(何者なんですか....あの方は)」
■■■■■
夜の帳が下りて、辺りの見通しが悪くなる。メインストリートから離れた人通りの少ない路地は数えるほどの魔石街灯に照らされているだけで、かなり暗い。
クラウドはそんな暗闇とは対照的な、首の後ろで括られた銀色の髪を揺らして歩いていた。
「ここまで来れば安心か....」
ピタリと歩を止めて、小さく呟いた。ベルたちと離れてここまで移動した理由はこれだ。
あんな人通りの多いところで戦闘になるわけにはいかないからだ。
「聞こえてんだろ? もうこっちは安心だから出てこいよ、話がある」
見渡す限りに人影はないが、その言葉は明確に誰かに向けられたものだ。そう、クラウドが視線を注いでいる民家裏の道に隠れている人物へと。
「安心?」
「笑わせんなよ」
「それは此方の台詞だ」
3人。いずれも粗暴な印象が目立つヒューマンの男だ。錆の目立つ金属製の鎧を着て、右手にはギラリと街灯の光を反射する剣が握られている。
「あんなところで戦って、誰かに加勢でもされたら厄介だからな」
「恨みはねぇが、死んでもらうぜ」
「恨むなら自分の不運を恨むんだな」
ニヤニヤと笑いながら此方ににじり寄ってくる。クラウドはまだ銃を抜く気配はない。
それはそうだ。さっきから男たちはクラウドの方を見てはいるが、チラチラと
「やああああっ!!」
ヒュッという背後からの風切り音がクラウドの耳に届く。剣による背後からの不意打ち。
本来なら彼の背中にバッサリと刀傷が生まれ、そこから鮮血が吹き出すのだろう。だが、そんな予想は簡単に裏切られた。
「小賢しいんだよ、三下が」
斬りかかってきた相手の右手――剣を握っている手を振り返らずに掴み、捻り上げる。掴まれた相手は悲鳴にも似た呻き声を上げて剣を落としてしまう。
怯んだ相手の顔面に膝蹴りを叩き込み、意識を刈り取る。
「会話と威圧で注意を引いて、背後から一撃。作戦とすれば悪くないが、細部が雑すぎるな。
クラウドの放つ雰囲気――確かな殺気に男たちは金縛りにかけられたかのように硬直してしまう。だが、その内の1人が首を必死に左右に振って自身を奮い立たせる。
「ちょ、調子に乗んなぁ!! お前ら、やれぇ!!」
3人が正面、右、左の3方向から迫ってくる。全員が剣を上段に構えて彼を斬り殺さんと殺気を放つ。
クラウドは少しも慌てず、素手のまま対応してみせた。
「そらっ....!」
正面の相手の腹部に左拳を叩き込み、1人を無力化。そのまま拳を突き出して、目の前の地面に叩き伏せると左右からの剣を回避。
それに気づいた2人が泡を食って横薙ぎに剣を振るおうとするが、クラウドの動きと比べれば圧倒的に遅い。
振り向かずに、両手による裏拳が左右それぞれの相手の顔面に命中。漏れ無く意識を失う。
「あとは1、2、3....か?」
左右のホルスターから銃を抜き、両手に握る。標的は1時、3時、8時の方向、全て斜め約45度。
3度の
やがて、ドサドサッと何かが地面に落ちてくる。
「急所は外してやる、もうちょっと腕上げてから出直してこい」
いずれも弓と矢を持った獣人の男女が合わせて3人。恐らく、獣人の発達した視力や聴力で優位に立っていると考えてたようだが、それすらも甘い。
「な....んで、こんな暗闇で見えるわけが....」
クラウドの近くに落ちてきた1人が撃ち抜かれた膝を押さえながら、睨んでくる。クラウドは肩を竦めて、相手を見下ろす。
「さっきのヤツらにも言えることだが....隠れるつもりがあるんなら、もう少し
俺の
相手は悔しそうに顔を歪めた後、クラウドに蹴りを見舞われ地面に倒れた。
クラウドは一息吐くと、銃をホルスターに収めた。
「いやあ、お見事です」
場違いな拍手の音が響く。音の方にいたのは、黒いローブを羽織った小柄な人物だった。声からするとアイズと同年代の少女だろうか。
「その外套....薄々勘づいてたけど、やっぱりか。でもおかしいな、前はもっと背の高い男だったけど」
「あ、覚えてます? これ実は前任の方から引き継いで着てまして。けど、サイズ合ってなくてブカブカなんですよ」
「ブカブカなら俺がサイズ調整でもしてやろうか? その趣味の悪い【審議員】の外套なんざ御免被るけどな」
審議員。5年前までクラウドと関わりのあったギルドの非公式組織の名前だ。
クラウドの暗殺におけるターゲットのリスト、その人物の情報などの提供をしていた組織でもある。
「あははっ、あの伝説の処刑人から手直しを受けられるなら多少なりとも趣味が悪くても構いませんよ」
「....その名前で呼ぶな」
処刑人。クラウドの5年前までの通り名。なおかつ、クラウドが5年前に捨てた名である。
「つれない人ですねぇ、5年前は私たちと仲良くしてたじゃないですか」
「誤解があるようだから先に言っておく。俺が協力したのは『犯罪者の根絶』っていう目的が同じだったから、互いに利用してただけだ。
俺は1度たりともお前らの行いを容認した覚えもないし、仲良くしたこともない」
「ありゃりゃ、手厳しい」
さっきから、妙にイライラする。彼女の口調が気に入らないのか、それともこの飄々とした態度に嫌気が刺すのか、どちらにしてもいい気分はしない。
「で? 今度はこんなチンピラども雇って何するつもりだったんだ? 大方、俺を殺せば無罪にしてやるとかって言いくるめたんだろうが、もうちょっと別の手段は無かったのかよ」
「いやいや、小手調べですよ。処刑人の腕が鈍っていないかを確かめただけです。
でも、どうして殺さないんですか? 昔なら躊躇せずに殺してたのに」
「......昔の話だろ。それにさっきも言ったが、俺は誰彼構わず殺すわけじゃない。決して誉められた手段じゃないが、それだけは俺なりの矜持だ」
「....へぇ」
外套を目深に被っているので表情は読みづらいが、その下から見える口元には確かに笑みが浮かんでいる。
「話を戻すぞ。何のためにあんなことをした? さっき聞いた『最近の被害』っていうのと関係あるのか?」
「ご名答。流石は処刑人です」
「その名前で呼ぶなって言ってんだろ。次呼んだらぶっ飛ばすからな」
「おお、恐い恐い」
両手を胸の前で振りながら、わざとらしくおどけてみせている。絶対にこいつは理解してねぇ、と心の中で悪口を言っておく。
「最近の被害....エイナの資料にあった死体の画像を見たが、あれはただの模倣犯じゃないだろ」
「どうしてそう思うんですか?」
「画像はどれも、心臓や頚椎を刃物で斬られてる。それも恐ろしく正確にな。
一介の殺し屋やゴロツキ程度なら、こんなに鮮やかな手口で人は殺せない。これは明らかに殺しに慣れているヤツの仕業だ。しかも相当の実力のな」
「それで私達が関わっていると?」
「当たり前だ。こんな腕の立つヤツをお前らが見逃すわけないだろうが」
暫しの沈黙。お互い、下手に動揺してボロを出したり相手のペースに持っていかれるのを注意しているのだ。
やがて、彼女はふふふっと冗談めかして笑った。
「そこまでお見通しなら、隠す必要は無いですねぇ。それは確かに模倣犯ではないです。
再び、あなたが現れたんですよ」
「は?」
あなたが現れた。文字にすると漠然としたものだが、意味は理解しかねた。自分が知らず知らずのうちに殺人に手を染めていたとでも言うのか。
「ああ、この言い方だと語弊がありますね。正確に言えば、あなたの役割を継ぐ人物――要するにあなたの後継者が現れたってことですよ」
言葉が詰まった。喉から僅かにかすれた声が漏れるだけで、まるで言葉にならない。
後継者? 処刑人の? つまり、それは――
「....二代目、処刑人」
「そう、5年前にあなたが引退してから今の今までその役割を全うしてきた『もう1人の処刑人』が」
「....誰なんだ? 正体を知ってるんだろ? 知らないなんて言わせねぇからな」
「そんなに焦らなくても....」
笑いながら話す彼女にクラウドはとうとう怒りを明確に向けた。
「いいから答えろッ!!」
クラウドの威圧に少々気圧されてしまったのか、彼女は口元で苦笑いしながら答えた。
「あなたのよく知ってる人です。そう――ラストル・スノーヴェイル」
瞬間、その場に電気が走った。いや、正確には走っていないが、そう錯覚してしまうほどだった。
電撃に迫るほどの速度でクラウドが彼女の目の前まで移動し、その胸ぐらを掴んだ。
「ふざけるなッ......!!」
「....【電撃縮地】って言うんですよね? 速いなぁ、ビックリ仰天です」
「お前....何考えてやがる! 5年前までの俺の仕事で、もう処刑人の役目は終わったはずだろ! しかもよりによって――」
「自分の家族に――義理の妹に同じ真似をさせているのか、ですか?」
ラストル・スノーヴェイル。
アポフィス・ファミリアの元団員にして、クラウドのもう1人の妹分である少女。
「おかしなこと言いますねぇ。役目は終わった?
終わりませんよ。悪人が存在する限り、処刑人は死にません」
「それを生み出してるのは、自分たちの仕事の邪魔になる連中を処分してほしいっていうお前らの都合だろ! 今すぐ止めさせろ、さもないと――」
「さもないと殺す。わかってますよ、ええわかってますとも。ですから私の部下にはこう指示してあります。
もし反抗の意志があるならあなたではなくあなたの友人を狙え、とね」
クラウドは歯軋りをしながら胸ぐらを掴んでいる手を震わせる。審議員の連中ならばヘスティア・ファミリアやロキ・ファミリアのメンバーについても調べがついているだろう。ここで下手に刺激するのは危険だ。
やがて、クラウドは手を離し彼女を解放する。
「本題はここからです。聞いてくれますよね?」
「聞いてやるよ、何だ?」
彼女は外套の下で口角を吊り上げて笑っている。大人しく言うことを聞いたクラウドを少し挑発しているのだろうか。
「彼女を、殺してください。それが今回の依頼です」
今度はもう驚くとか、怒るとかそんな感情は自分の本能的な動きに凌駕されていた。
神速とも言える速度で右手で銃を抜き、彼女の眉間に突きつけた。
「何の真似ですかぁ? しまってくださいよ、危ないですから」
「つくづく俺を怒らせたいらしいな。殺す? 一体何のために、どんな理由があったらあいつが殺されることになる?」
もしかしたら、自分は今酷く醜い表情をしているのかもしれない。心には、疑問も、焦りも、憎しみもあるのだろう。だが、それよりも怒りという感情が他を圧倒している。
「どんな理由? あなたもわかっているんでしょう? 彼女は危険です。
5年前までの悪の
「......ッ!! お前らの勝手な都合であいつの手を汚させておいて、いざ自分達が危険になったら闇に葬るってか!? それが俺達の覚悟に対するお前らのやり方か!!」
「何とでも。それで? どうするつもりですか?
伝説の初代処刑人の手によって自らの後継者であり、愛する家族でもある人物に引導を渡す。ああ、何とも感動的なエピソードじゃないですか」
彼女は、相変わらず笑みを崩さずクラウドに畳み掛ける。その表情や声色からは悪意が感じられない。本心で、純粋に笑っている。
「....引き受けてはやる。ただし、殺しはしない。足を洗わせて、2度と関わらないように説得するだけだ」
「彼女がそれに応じるならどうとでも。まあ、きっぱり断ると思いますがね」
「やってみなきゃわかんねぇだろ」
クラウドは軽く舌打ちをして眉間に突きつけていた銃を下ろし、ホルスターに戻した。
「何はともあれ、引き受けてくれて嬉しいです。感謝感激です」
「お前らのためにやるわけじゃないってことを忘れんな」
クラウドは骨が変形するんじゃないかというほどに拳を握り締めると、踵を返して逆方向へと歩いていく。
「それから、最後に1つだけアドバイスです」
「あ?」
不意に呼び止められて、足を止める。まだ灯りに照らされて彼女の姿は目視できた。
「あの女の子....リリルカ・アーデでしたっけ? 放っておいていいんですか? 彼女の方は覚えてないみたいですけれど....」
「まだ確証がない。何より、もし6年前の子と同一人物なら簡単に俺の正体をバラせるわけないだろ」
「別にいいんじゃないですか? だってあれもあなたにとっては『処刑』の1つなんでしょう?」
その言葉にクラウドはさして表情を変えることもなく、返した。
「その『処刑』で悲しむ人間がいるとしてもか?」
「......」
何も言い返してこない。それが数十秒続き、クラウドは痺れを切らして再び歩を進める。そうして自分のホームへと帰っていった。
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