ダンジョンで銃を撃つのは間違っているだろうか   作:ソード.

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今回はネタや恋愛要素が多く含まれます。それを踏まえて御覧になってください。


第21話 魔導書

「クラウドさん、今帰りました」

 

 

「おう、おかえり」

 

 

ベルがバスケットを返しに行って数十分後、代わりに分厚い本を抱えて帰ってきた。キリアはクラウドと話した後、再びお昼寝タイムに入っている。

クラウドは白のYシャツの上からエプロンを着て夕食の準備をしながら、ベルに尋ねる。

 

 

「それどうしたんだ? 随分仰々しい本だけど」

 

 

「ああ、これ....シルさんから借りたんです。とは言っても元々は酒場に置き忘れてた人のものらしいですけど」

 

 

へぇー、と生返事をして残りの食材を確認する。キャベツやニンジン、その他諸々の野菜が残っていたのでこれらを野菜炒めにしようと調理場に移動してフライパンを温め始めた。

 

 

「あとは....パンか。最近こればっかだな」

 

 

パサパサのパンも出てきた。何か付け合わせがあればいいが、極貧ファミリアにそんな余裕はない。ただでさえ4人分の食費をダンジョンでの稼ぎとヘスティアのバイト代から賄っているので、贅沢など言ってられないのだ。

 

 

「なあ、ベル。明日の朝食は......ベル?」

 

 

クラウドが振り返ると、どういうわけかベルは小さな木製のテーブルの上に借りた本を開いて、それに突っ伏していた。

 

 

「読んでて眠くなったのか? それにしては早すぎるけど....」

 

 

起こしてやろうかと思ったが、ここ最近ダンジョンで稼ぐために必死になっているベルのことを思うとそうしたくはなかった。クラウドは傍にあった自分の上着を優しくかけてやると、夕食の調理に取り掛かった。

 

 

「たっだいまー、帰ってきたよ!」

 

 

元気な声と共にドアが開かれ、地下室にその音が響く。ふとドアの方に視線を向けるとヘスティアが帰ってきているのが見えた。

 

 

「あれ? ベル君、寝てるのかい?」

 

 

「みたいだな。そろそろ夕飯できるから起こしてくれるか?」

 

 

「ああ、うん。ベルくーん、ほらほら今日はステイタス更新をするんだろう」

 

 

ヘスティアがベルの肩を揺すって起こす。ベルは眠そうに目を擦りながら、大きく欠伸をしていた。

 

 

「あ....か、神様?」

 

 

「そうそう、ボクだよ。慣れないことして眠くなったのかい?」

 

 

「あはは....そうみたいですね」

 

 

ベルは早速シャツを脱いでベッドにうつ伏せになって背中を晒す。ヘスティアはそれに股がってステイタス更新を始めた。

 

 

「なるべく早く終わらせろよ」

 

 

「わかってるよ」

 

 

クラウドは4人分の食器をテーブルに並べ中央に料理の盛られた皿を置いた。今日の豆のスープと野菜炒めはかなりいい出来に仕上がったと自分でも感心しているほどだ。

奥のカーテンで寝ているキリアを起こしに行こうとするクラウドの後ろから、ヘスティアがボソッと声を漏らす。

 

 

「....魔法」

 

 

「「え?」」

 

 

ベルとクラウドはそれに同じタイミングで反応した。ベルのステイタス更新中にその単語が出たのは、単なる偶然なのか。

 

 

「魔法が....発現した」

 

 

「ええええっ!?」

 

 

「へばにゃっ!?」

 

 

ベルが驚きのあまり上体を起こしたため、それに股がっていたヘスティアは妙な声を上げて後ろに倒れ込んでしまう。

 

 

「ふああ~....クラウドさまぁ、何事ですか?」

 

 

「......」

 

 

クラウドが開いたカーテンから寝間着姿のキリアが可愛らしく欠伸をしていたが、それは彼の耳には届いていない。弟分の突然の成長に言葉を失っているのだ。正直、まだ実感が湧かないと言っていい。

 

 

「ヘスティア、俺にも見せてくれ」

 

 

ヘスティアはすぐさまステイタスを紙に写してベルに渡した。そこの《魔法》の項目には【ファイアボルト】という文字が確かに存在する。だが、クラウドにはそこに確かな違和感を感じた。

 

 

「詠唱文がない....?」

 

 

そう。魔法とは本来、詠唱文の後に魔法名を口にして初めて発動できる。

魔法詠唱の省略スキル【魔術装填(スペル・リロード)】と魔法のスロット数の制限無効スキル【魔術開放(スペル・オーバー)】を持つクラウドでさえ、ステイタスの魔法項目にはそれぞれ長ったらしい詠唱が存在する。

つまり、この【ファイアボルト】という魔法の特性は――

 

 

「ベル、もしかしたらこの魔法....詠唱の必要がないのかもしれないぜ?」

 

 

「必要ない....んですか?」

 

 

「その分威力は落ちるだろうが、それにしても無詠唱か....俺も聞いたことないぞ」

 

 

クラウドが腕を組んであーだこーだと思案していると、ヘスティアがそこに割って入る。

 

 

「まあ、とにかく明日ダンジョンで試し撃ちでもしてくるといいさ。大丈夫、慌てなくても君の魔法は逃げたりなんかしないぜ?」

 

 

「あ、はい....そうですね」

 

 

もう夜遅いし、これから夕食だ。ダンジョンに行くわけにもいかないし、それに一晩眠ると魔法が消滅するわけでもない。明日から心置きなく使えばいいのだ。

しかし、それを了承していたベルの表情はどこか不満で、残念そうな様子だった。

 

 

「さ、夕飯にしようぜ。今日はいつもより豪華にしてみたんだ」

 

 

「おお! 凄いじゃないか、さあベル君もキリア君もおいでよ!」

 

 

「はいただいま....ベル様? どうしたのですか?」

 

 

「え? ああ、なんでもないよキリアさん」

 

 

結局それから4人で仲良く食事したが、心なしかベルの表情が曇っているように見えた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「ん....」

 

 

その日の深夜。クラウドはベッドに横になった状態で目を覚ました。掛けてある毛布の中にはキリアが潜り込んでおり、もぞもぞと身じろぎをしながら寝息を立てている。そんな愛娘のような子に心が和み、右手で優しく彼女の髪を撫でてやる。

 

 

「う~ん」

 

 

すると、少し離れたところから何やら呻き声が聞こえてきた。どうやら寝言でも言っているのか意味不明な言葉を発している。

 

 

「ジャガ丸くん....許してくれ」

 

 

「?」

 

 

何でジャガ丸くんに謝ってるんだ?

 

 

「うう....ヘファイストスが揚げたてです!」

 

 

「......」

 

 

どうやらジャガ丸くんとヘファイストスがごっちゃになっているようだ。端から見ると滑稽極まりない寝言としか思えない。

 

 

「まあいいや....寝よ」

 

 

そのとき、クラウドは眠気のせいで気づいていなかった。ベルがホームにいないことに。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「で? 早とちりして魔法を試しにダンジョンに行って、考えなしに連発したせいで精神疲弊(マインドダウン)になって気絶。気がついたらアイズに膝枕されてたので必死に逃げ帰った、と。これでいいのか?」

 

 

「はい....そうです」

 

 

早朝。ベルは床に正座させられソファーに座ったクラウドに見下ろされていた。因みにヘスティアとキリアはまだ寝ている。

 

 

「しかもご丁寧に飛鳥文化アタックで逃げてきたのか? まったく、余計なところで器用だな」

 

 

「あ....あすか....ぶんか?」

 

 

ベルは全く聞き覚えのない飛鳥文化アタックという単語に疑問を覚える。

 

 

「確か、今から千年以上前にいた極東のヒューマンが使ってた技なんだってさ。簡単に言えば前転での体当たりなんだが......って、そんなことはどうでもいい」

 

 

クラウドは首を左右に振って話を戻す。

 

 

「勝手にダンジョンに行って、危険な目に遭ったんだろ? もしアイズが通りかからなかったら無事じゃすまなかったんだぜ?」

 

 

「ご....ごめんなさい」

 

 

「......はぁ。いいか、どうしても魔法を試したいなら俺が付き添いくらいしてやるから。もう無茶なことするなよ」

 

 

「......はい」

 

 

「わかればいい」とクラウドはベルの頭をワシャワシャと乱暴に撫でる。

 

 

「ヘスティア、キリア。朝だぞ、ほら起きろ」

 

 

2人の身体をユサユサと揺すって起こす。目覚めた幼女2人は起き上がると眠そうにソファーに座り込む。

 

 

「おはよう、ベル君、クラウド君」

 

 

「おはようございます」

 

 

「寝癖ぐらい直さないとダメだろ」

 

 

「クラウド様が直してくださぁ~い」

 

 

寝ぼけ眼で懇願してくるキリアを他所にクラウドは朝食の準備に取り掛かろうとキッチンへ向かう。

その途中だった。昨日ベルが豊饒の女主人から借りてきた本が開いたままソファーの横に置いてある。恐らく昨日の内にここまで移動してしまったのだろうが、問題はそこではない。

その本には何も書かれていないのだ。何の文字も、何の絵も存在しない。ただの紙の束だ。そして、これには見覚えがある。

 

 

「ベル......確か昨日この本読んでたよな?」

 

 

「はい、そうですが....」

 

 

クラウドが本を拾い、冊子を閉じてから表紙部分をベルに見せると即座に肯定された。そこで思い出す。昨日ベルが魔法を発現させたのはこの本を読んだ後だということに。

 

 

「ヘスティア、これ」

 

 

「ん、何だい?」

 

 

ヘスティアに本を手渡す。もはやこの時点で自分の手が小刻みに震えていることにも気づかない。

 

 

「これは....魔導書(グリモア)じゃないか?」

 

 

「ですよねー....」

 

 

もう口調も崩れた。そう、これはそんじょそこらの本ではない。

 

 

「か、神様....クラウドさん。グリモアって一体....」

 

 

「簡単に言うと、強制的に魔法を発現させるアイテムだな。シルめ....偶然とはいえ何でこんなものが」

 

 

「も....もしかしてすごく高価だったりして........」

 

 

ベルが恐る恐る2人に尋ねると両方とも冷や汗を流しながら答えた。

 

 

「ヘファイストス・ファミリアの一級品装備と同等かそれ以上、だね」

 

 

「しかも効果は一度きり。2人目にとってはただのガラクタだ」

 

 

ガラガラガラ....レンガが崩れるような感じの音が3人の脳内に響く。

ヘファイストス・ファミリアの一級品装備となれば低く見積もっても何千万ヴァリスもする。日々の食費さえ怪しいヘスティア・ファミリアにそんな蓄えなどない。

この本が誰かの忘れ物である以上、正直に言わなくともその持ち主が名乗り出ればバレてしまう。一体どうすればいいのか、そうやって悩んでいたときヘスティアが本を持ったまま出入口へと向かう。

 

 

「いいかいみんな、君たちはこの本のことを――魔導書のことなんか知らない。そして、本の持ち主に偶然会い、本を読む前に持ち主に返したんだ......そうだろう?」

 

 

「なに普通に誤魔化そうとしてるんですか神様!? 早まらないでくださいぃぃぃ!!」

 

 

ベルは部屋から出ようとするヘスティアの腕を掴んで必死に引き止める。ヘスティアも負けじと力を振り絞って抵抗している。

 

 

「放すんだ、ベル君! もはやこれしかボクたちが生き延びる方法はないっ!!」

 

 

「やめろヘスティア! 考え直せ!」

 

 

クラウドも彼女を後ろから羽交い締めにして動きを封じる。だが、なおもロリ神様の抵抗は止むことはない。

 

 

「君たち、下界には綺麗事だけじゃ解決しないことがある! 住む場所を追い出され、ジャガ丸くんを買えないほどひもじい思いをして、廃墟の地下室に閉じ込められ、さらにはとんでもない額の負債を背負わされる....世界にはそんな不幸や理不尽が蔓延っているんだ!!」

 

 

「それはアンタの行動が原因だろ! 何を世界のせいにしようとしてんだ!?」

 

 

「放せっ、放せぇぇ!! 世界は神より気まぐれなんだぞ!」

 

 

「こんなときに名言生まないでくださいぃぃ!!」

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「すいません、すいません、すいません、すいません!!」

 

 

その後、ベルとクラウドの2人で豊饒の女主人へと向かった。ベルは今現在、シルと女将のミアに平謝りしている。

 

 

「それは....大変なことをしてしまいましたね、ベルさん」

 

 

「いやいや、シル。お前も一応当事者の1人だからね!?」

 

 

確かに悪気や作為があったわけではないが、渡したのが彼女というのも事実だ。

 

 

「ベルさん、クラウドさん....許してくれないんですか?」

 

 

「すっごく可愛いけどダメです......」

 

 

ベルは顔を赤くしながら否定していたが、クラウドはそうでもなかったようだ。ただ頭を抱えて、不安に駆られている。

 

 

「全く、どうすりゃいいんだ....」

 

 

「クラウドさん、クラウドさん」

 

 

「ん?」

 

 

ちょいちょい、とジャケットの袖が軽く引っ張られる。何だろう、とクラウドが引っ張っている人物を見るとそこには満面の笑みを浮かべているシルがいた。

 

 

「えっと....一体....」

 

 

「はい、どーぞ」

 

 

シルがささっと素早く後ろに回る。すると、彼女の後ろに隠れていた人物が姿を見せた。

 

 

「......え?」

 

 

尖った両耳に金色に近い薄緑色の髪。この酒場のエルフの女性店員のリュー・リオンだ。

 

 

「あ....あの....クラウドさん」

 

 

「は、はい」

 

 

何故か敬語になってしまった。自分でも不思議としか言えない。

リューは両手を胸元まで持ってくると自分より少し背の高いクラウドと目を合わせようと上目遣いになる。何だか顔が赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

「....だ、ダメ....ですか?」

 

 

「......ッ!!」

 

 

一瞬脳が機能を停止したのではないかと錯覚してしまった。顔が熱い。心臓の鼓動がうるさい。軽いふらつきにも似た動揺を隠すことさえできない。

 

 

「だ、ダメじゃ....にゃい」

 

 

噛んだ。にゃいって何だ。猫人(キャットピープル)でも乗り移ったのか。これ以上ないくらい恥ずかしい。噛んだこともそうだが、美少女からの誘惑(?)に惑わされるほど純情な自分に。

 

 

「ほらほら、リュー。言ったでしょ、やっぱりクラウドさんはこういうのが好きなんだって」

 

 

「で、ですがシル....クラウドさんも困って....」

 

 

リューが顔を覗き込もうと距離を縮めてくる。思わぬ接近に完全に不意を突かれ、おかしな声が出そうになる。必死に堪えると、左手で顔を覆って右手を前に出す。

 

 

「嫌いとは言わないけど....その、だな....心臓に悪い」

 

 

「は、はい。気をつけます......」

 

 

何だこれ。魔導書を読んでしまったことを謝りに来たはずなのに、どういう経緯でこんな状況が出来上がったのかまるでわからなくなってきた。

そんなとき、ガコッという何かが落ちる音が思考を平静へと引き戻した。ミアさんが魔導書を店のゴミ箱に放り投げたのだ。

 

 

「確かにこいつは魔導書だね。でもま、読んじまったもんは仕方ないだろ。こんな代物を読んでくださいと言わんばかりに置いてくヤツが悪いんだ」

 

 

「「えぇー......」」

 

 

クラウドもベルもミアさんの割り切り方に驚いている。確かにこんな高価で希少なものを忘れるなど無用心極まりないが、2人としてはあまり納得できていない。

 

 

「そうですよ、もしベルさんが読まなくても他のお客様が読んでます」

 

 

「そういうことだよ。その持ち主だってそれくらいは覚悟してるさ。今回は運が良かったとでも思っときな」

 

 

シルとミアさんに押されて異論を唱えることもできない。クラウドも2人の言い分には一理あるとおもってしまっているので、余計に。

 

 

「じゃあ、持ち主が名乗り出たら俺に知らせてください。何とかしますから」

 

 

「はいはい、わかったよ。じゃあ、さっさと行ってきな」

 

 

とりあえず対策というか、間違ってもネコババにはならないようにしておいた。それを理解したのか、ミアさんも頷いて店の奥に消えていった。

 

 

「一先ずは大丈夫....なのか? 先が思いやられるな....」




サラッと書いてしまったので解説。
スキル【魔術開放(スペル・オーバー)
・魔法スロットの制限解除

クラウドが作中で5つも6つも魔法が使えてるのはこのスキルのおかげです。そろそろ疑問に思う読者の方がいらっしゃるとは思ったので書いておきました。第10話でいくつも魔法が使えることを疑問に思うシーンはあったのですが、自然に書ける機会があまりなかったのでこういう形にしています。

飛鳥文化アタックについては....細かいツッコミはご勘弁ください。アニメ5話を見て、完全にネタとして取り込んだゆえの私の遊び心です。

それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。

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