おかしいな、と思ったら修正します。
黄昏の館での師弟喧嘩(その後騒ぎになって追い出された)から数時間後、昼の豊饒の女主人にヒューマンとハーフエルフの2人組が訪れていた。片方は2
店の入口をくぐると、その近くにいたエルフの女性店員が来客に反応する。
「いらっしゃいませ。何名様でしょう....か?」
「2人だよ....」
何度か顔を会わせたエルフの店員――リュー・リオンはクラウドに気付くと同時に彼と一緒に来店した逸愧の外見に萎縮してしまう。
あのリューをビビらせるとは、師匠恐るべし。
「珍しいですね。クラウドさんが昼に顔を出すのは。何かあったのですか?」
「どうしてもここに来たかったんだよ。というか、一周回ってここが安心できる場所だって気づいた」
豊饒の女主人なら多少値は張るが食事しながら話もできるし、何だかんだ言ってここの店員たちとは仲が良い。
何より、美少女揃い(一名ほど例外がいるような気がしないでもない可能性が存在するが)の空間にいるというのは癒される。
「えっと......それは、つまり、そういう......」
「ん? 何か言ったか?」
リューがパチパチと瞬きを繰り返して何やら呟いているが、語尾になるにつれて小さくなって聞き取れない。
そこへクラウドの後ろに立っていた逸愧がフフッと笑って2人の会話に入る。
「何だ、クラウド。お前の女か?」
クラウドとリューのやり取りを見て勘違いしたのか、それともからかっているのか。
多分後者だろう。
全くこの師匠は......わけのわからんことを。
「誤解を招くようなことを言うなよ。別に付き合ってるわけでもないんだから」
なあ、とクラウドはリューに同意を求めるが当のエルフ様は右手で顔の右半分を覆って黙りこんでいる。心なしか彼女の顔が赤くなっているような気もする。
「どうしたんだ? 急に静かに....」
「お......女って......」
チラチラとこちらを見ては「ああっ....」と目をそらすリュー。
何があったというのだろう。
「どうした? 顔が赤いけど....」
熱でもあるのかな? と空いている彼女の左頬に右手で触れようとするが、そこで思い留まって手を止める。
「....って。ああ、ごめん」
エルフである彼女は自分が認めた者以外との接触を許さないのだ。
熱を確認するという、ある程度の理由があっても許しきれないことはあるだろう。
そんな風に戸惑っているとリューが顔を少しクラウドの手に近づけてきた。
「......どうぞ」
......何が、「どうぞ」なのだろうか。
まさかとは思うが、『このまま頬に触って熱があるか調べていいですよ』という意味ではないだろう。
もしそんなことをすれば殴られても蹴られても文句は言えないのだ。
そんな不埒な心が生み出した解釈は一旦捨てよう。せいぜい『このまま何もせずに席に座ってください』みたいなことだろう。
そもそも、さっき師匠が勝手に恋人だと間違えてしまったせいで不快な気分になっているはずだ。
「ああ、じゃあ座らせてもらうよ」
「......えっ」
大人しく店の角にある2人用のテーブルの椅子に腰掛けた。何故だかリューが残念そうな顔をしていたように見えたが、気のせいだと意識の外に追いやる。店の奥にいるシルやアーニャたちが盛大にため息を吐いていたようにも見えたがそれも何か別の要因があってのことだろう。
観察眼にはそれなりに自信があったが、それも鈍ってきたのだろうか。
「ったく、お前は....まあいい。お前の唐変木は今に始まったことじゃねぇからな」
「....何の話だよ」
逸愧はクラウドと向かい合うように座ると呆れたように言ってきた。師匠には及ばないが、これでもいくつもの死線をくぐり抜けてきたのだ。注意力や警戒心はそこそこあると思っているのだが。
「で? そんな神妙な顔して話したいことってのは何だ? せっかく久しぶりに帰ってきたってのにバカ弟子の話に付き合ってやろうってんだ。
かなり切羽詰まった話なんだろ?」
「....順を追って説明していく。あんまり大きな声は出さないでくれよ」
それから、自分が処刑人だったこと、ラストルが二代目を引き継いだこと、それを説得させようと考えていること。注文した酒(日本酒というらしい)が届いてからはそれを無表情で呑んでおり、話し終える頃には1本空になっていた。
「つまり、ラストルとはなるべく話し合いでの解決を望んじゃいるが、戦いになることはほぼ間違いない。だが、不殺を貫いたまま勝てるかどうか危ういからそれを解決する策を考えてほしい、ってとこか?」
逸愧はグラスに酒を注いぎながら話を要約してみせた。師匠が帰ってきたのは予想外だが、この問題の解決はこの人が一番適任だ。
「ああ、大体そんな感じだよ」
「....甘いな」
嘲るように笑うと同時にグラスに入った酒を煽る。半分ほど呑んだところでテーブルにグラスをテーブルに置く。
「一度捨てたくせに必要となったらまた作ってほしいってか? お前に弟子としての尊厳とかねぇのかよ」
逸愧は目を細めて正面に座るクラウドを睨む。
「あるわけないだろ。誇りだの自尊心だのにこだわって大切なものを失うのはゴメンなんだ」
「言うじゃねぇか。一応は鍛冶師を生業としてる相手に無償で武器を貰おうって腹かよ」
逸愧は10年以上前からアポフィス・ファミリアで専属鍛冶師を務めている。当時の団員は彼の作った武器で武装したことで無類の強さを誇っていたほどだ。
当時のクラウドが使っていた武器――銃ではないもう1つの武器もまさにそうだった。
「ちゃんと金は払う。時間はかかるかもしれないけどなるべく短期間で返済はする」
「......その前に1つ、聞かせろ」
「何をだ?」
テーブルに頬杖をつき、さっきよりも低いトーンで問うてくる。
クラウドは嫌な予感がしていた。こういうときの師匠は何かとんでもなく大切なことを聞いてくると、経験で知っていた。
「お前、処刑人になったことをどう思ってる?
今は不殺を信念としてはいるが、奪った命に対する向き合い方ってのはどういう風に考えてやがんだ?」
先日、リリとの話でもそれに似たことがあった。人殺しの罪はどう償うべきか。
自分のやったことが正義だったかどうかなどわからない。自分の暗殺によって5年前にオラリオが平和になったものの、もしかしたら別の道があったのではないかという気持ちがある。
自分の技術を磨くことは好きだが、別に暗殺が好きなわけではない。綺麗事が言えるなら殺戮による恐怖ではなく、殺さずとも何か別の解決方法が欲しかった。
「俺は――」
『クラウド様は自分の大切な人を不幸にしたいとでも言うつもりですか!!』
違う。そうじゃない。
俺は....俺の思いはそうじゃない。
「俺が殺した人――それを大切に思っていた人たちにはいくら謝っても償いきれない。
殺されても、文句は言えない。そう
死んでも、それは罰として受け入れないといけない。リリと――自分の暗殺の間接的な被害者と出会って、話すまでは本気でそう考えていた。
しかし、今はそうじゃない。
「俺はもう死ぬわけにはいかない。俺のこの手は、誰かを守るためにあるんだ。
今まで殺してきた人たち、今を平和に生きてる人たちのためにも俺は1人でも多くの人間を助ける。
それが俺の答え、俺の贖罪だ」
死という逃げの一手は選ばない。自分が死んで誰かが不幸になるなら、生きて誰かを救いたい。
10人を不幸にしたのなら100人の幸せを守りたい。それが冒険者としての自分の人生のあり方だ。
「......なるほど、ギリギリ及第点だな。まあいい」
逸愧は軽く頷くと、憎たらしくニヤニヤ笑う。よほど愉快だったのか。
相変わらずこの人の笑いにおけるパターンは掴みにくい。
「金はチャラってことにしといてやる。試作品のテストも兼ねて使うってんなら持っていけ」
そう言ってバックパックからその『試作品』を取り出し、乱暴に放り投げてきた。
■■■■■
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
逸愧と別れた次の日の夕方、クラウドはホームに帰ってきていた。出迎えたベルは所々怪我を負っている。そういえばベルはアイズと今朝から特訓をしているんだった。自分から提案しておいて何だがちょっと心配になってきた。
「ベル、アイズとの特訓はどんな感じだ? あいつ上手くやれてるか?」
「うーん......確か、いきなり蹴り飛ばされましたよ。あとは一騎打ちでボコボコにされて......」
「上手くやれて......る、のか? それは」
腕は一流なのは間違いないが、如何せん天然が混じっている彼女に少し不安を覚えた。
「まあ、何かあったら俺に言えよ。出来る限りのことはするからさ」
「はい!」
さて、夕飯を作るかとキッチンに立ち残りの食材を確認していると、早速ベルが話しかけてきた。
「クラウドさん、そういえば....アイズさんから伝言を頼まれてて....」
「伝言?」
「はい......実は――」
■■■■■
「時間通り、か?」
「うん。ぴったりだよ」
まだ日の出から間もない時刻、クラウドはオラリオの市壁の上に来ていた。ベルが特訓に来る1時間前、アイズは既にこの場所で待っていた。
「ベルから聞いて来たけど、何か大事な用か? こう見えて朝早いのは苦手だからさ、手短に済ませたいんだ」
市壁の上にある足場に座り込んでアイズに話を聞く。アイズは愛剣『デスペレート』の柄に左手を添えて立ち上がる。
「クラウド....私に、クラウドの使う武術を教えて」
さっきまでは物腰柔らかな雰囲気で話していたクラウドは、その一言を聞いた瞬間に顔をしかめた。
「ダメだ。というか、この話は何回もしただろ」
「そうだけど、それでも、お願い」
数年前からこのやり取りは続いている。クラウドの使う武術はアポフィス・ファミリアでの師匠の指導と処刑人としての経験の蓄積。つまりは対人用の反則技だ。
「前にも言ったろ? お前は今のままでも十分に一流の冒険者なんだ。
『これ』は冒険者として生きていくのなら必要ない技術だ。もし修得できてもそれがマイナスになることも有り得る」
クラウドの武術は人殺しの技術だ。もし下手にこんな力を手に入れれば、アイズが人との戦いの最中、相手を殺してしまうかもしれない。
それくらい、危険な技なのだ。使用者であるクラウドでさえ極力使いたくはない。
「どうしても?」
「どうしても、だ」
「じゃあ、それとは別にもう1つ、いいかな?」
アイズは左手の人差し指と中指を立てる。
「私と手合わせをして」
「手合わせか? それなら別に構わねぇよ。丁度俺もやらなきゃいけない理由があったからな」
アイズはゆっくりと腰に差した剣を抜く。刀身が朝日の光を反射して、とても神々しく感じられる。
「クラウド、私はもう立派な冒険者。だから、前の私と同じだと思って油断しない方がいい」
「立派な冒険者......ってことは、そういうことか。Lv.6になったんだな、おめでとう。もうLvじゃあ俺の方が下になったんだな」
「うん。だから、前と同じだと思わない方がいい」
アイズは剣を正面に構えて少しずつ躙り寄る。クラウドもやれやれと立ち上がって戦闘準備に入る。
「クラウド、それから、1つお願いがあるの」
「何だ?」
「もし私が勝ったら、正式に稽古をつけて」
彼女の強さへの渇望。8年も彼女の傍に居たものの、強さを求める彼女の思考は変わらずだ。
「いいぜ」
「本当に?」
「ああ、ただし俺に
クラウドも懐から得物を取り出す。銃ではない、クラウドが使っていたもう1つの武器を。師匠から受け取ったその武器は――
結局何の武器なのか言わずに持ち越しです。そんな大層な武器ではないですが、言ってしまうと何だかもったいないので言わないでおきました。次回にどう足掻いても出ますのでご心配なく。
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