前回真面目な話を書いたので今回は軽い感じで行こうと思いましたが、結局違うという......難しいですね。
ある日の豊饒の女主人の前で1人のエルフの少女は店先の掃除に勤しんでいた。
箒でゴミを1ヶ所に集めて塵取りを使って集める。この作業を何度か繰り返していた。
「あそこまで否定しなくても......」
彼女は脳内で、何度も会って仲良くしている銀髪碧眼のハーフエルフの青年を思い浮かべていた。
自分より少し高い背丈に一見すると女性のようにも見えるほど整った顔立ち。
初対面のときから見せていた優しさと、時折窺える笑顔は純粋に魅力的だと思えた。先日の店での唐変木な様にはかなり落胆したが。
「まさか......既に誰かと付き合って......」
リューは見出だした一つの可能性を首を左右に振って掻き消した。だが、クラウドに恋人がいると考えたら辻褄が合う気がする。
自分と恋人であると勘違いされたときにあそこまで堂々としていたのは、恋人がいるがゆえの余裕だったのだろうか。
出来ることなら、そうであってほしくはない。自分の気持ちが恋心なのかはハッキリと理解できないが、彼が自分の髪を撫でてくれたときに不快に思う気持ちがほとんどなかったのは事実だ。
「......私らしくもない」
これが気の迷いか変えようのない感情なのかは不明だ。しかし、自分にはそんなことは関係ないことだろう。
いくら強く優しい彼でも
彼のことだから、友人としての関係は変わらずに済むかもしれないが、そういう対象としては見られなくなるだろう。
恋人同士になるなど、無謀だろう。
(もしそうなら......いっそのこと彼に全て話して――ん?)
頭の中であれこれ考えていると、ザッザッザッと一歩一歩踏みしめて歩く音が近づいてきていることに気づいた。
その方向に目を向けると件のハーフエルフの青年が何時ものごとく白いワイシャツに黒のジャケットを羽織り、フラッフラしながら歩いてきていた。
「おはようございます、クラウドさん」
「......」
何故だか返事がない。顔が下向きで前髪で目元が隠れているため、表情がよくわからない。
ある程度の大きさの声で話しかけたはずなのだが、聞き取れなかったのだろうか。
そのまま無言で歩き続けて自分にぶつかりそうになったが、軽く身を引いて通り過ぎるのを待った。
しかし、それは迂闊だった。突然クラウドは体勢を崩しリューの左肩に頭を乗せるようにもたれかかってきたのだ。
「な......っ!?」
予想外すぎた。確かにクラウドは些かフェミニストらしい行動が多かったし、それに不満を抱いたことも少なくないが、いきなり色々越えている気がする。
クラウドの息が首筋に当たってゾクゾクとした感覚が駆け巡る。サラサラの銀髪の感触も同じように伝わってきて、思考が追いつかない。そもそも何故こんな状況が出来上がってしまったのか、皆目見当もつかない。
周りを見ると道行く人々がチラチラこちらを見ているのがわかった。完全に注目されている。それを認識した途端、さらに顔が熱くなる。
「く......くら......うど、さ......」
「.........」
途切れ途切れの声で話しかけるがやはり返事はない。むしろ、より力が抜けて体重を預けてくる。
どうすればいいのか。周りからの冷やかしや嫉妬を込めた視線にも本気で耐えられなくなってきた。
リューは恐る恐る彼の両肩を掴み、手で押して剥がそうとした。だが、ここであることに気づく。
「スー......スー......」
「え?」
規則正しい呼吸、そして眼を瞑り半開きになった口。まさか、この男は――
「ね、寝て、いる......?」
■■■■■
何だか凄くいい香りに包まれている感覚があった。さっきまで計り知れないほどの睡魔に襲われていたので、苦肉の策として『歩きながら寝る』という奥義(決してクラウドの剣術の奥義ではない)を使っていたのだ。そうしてヘスティア・ファミリアに帰っていたが、途中からハッキリとした記憶がない。
「目が覚めましたか?」
「......リュー?」
「はい」
瞼を開くと金髪のエルフの少女がこちらを覗きこむように見ていた。視界から察するに、今自分はベッドに寝かされていて彼女はその横で椅子に座っているのだろう。
「ここは?」
「店にある私の部屋です。クラウドさんが眠ってしまったのでここまで運びました」
「まさか、店の前で寝ちゃったのか?」
「......は、はい。私も驚きました」
何だか歯切れが悪いが気にしないことにした。とはいえ、店の前で眠ってさらには彼女の部屋のベッドまで借りてしまったのだから、少し悪い気がした。
「何があったのですか? あんな風になったのですから並大抵のことではないとは思いますが」
「出稽古という名の過剰労働。日の出にはアイズに剣術指導、それから師匠と模擬戦、そしてホームに帰って全員分の食事の用意、最終的には弾薬作りで徹夜。
それが3日連続で続いたんだ。だから60時間以上活動を続けてるってこと」
「......大変ですね」
クラウドは上体を起こしベッドから立ち上がる。リューは一瞬止めようとしたが別にいい、と手で制する。
「その......なんかごめんな。迷惑かけただろ? 店先で寝てたんだし」
「正確には違います......」
「何がだ?」
小声で否定されたのは何故だろう。まあいいか。
「何か手伝えることとかないか? 流石に何も無しに帰るのは気が引ける」
「手伝えること......ですか」
リューは十秒くらい考えたところで何かが閃いた。クラウドとしては肉体労働的なものでもあったのかと考えたが、直後にその予想は裏切られた。
「クラウドさんは......接客はできますか?」
■■■■■
「合格だ。これなら多分店でも大丈夫だよ」
「ああ、ありがとうございます......」
クラウドが感謝の言葉を述べると後ろに立っているウェイトレスたちが「おお!」と驚きの声を上げているのがわかった。
クラウドは試験という名目でミアさんに見てもらったのだが、どうやら合格のようだ。
「よかったですね、クラウドさん。ミアお母さんに気に入られたみたいですよ。その制服もすっごく似合ってますし」
シルがポンポンと肩を叩いて笑顔で誉めてくれた。クラウドとしては嬉しいような気恥ずかしいような、そんな複雑な表情で笑うことしかできなかった。
今クラウドが着ているのは戦闘や生活で使っているジャケット型の
「確かに手伝うとは言ったけど......何でこんな格好に......」
「よく似合っていると思います、私も」
「そうか? ありがとな、リュー。あんまりこんな格好しないから不安なんだ」
「欲を言えば私たちの制服を着てもらいたかったんですよ? これでも十分な譲歩ですって」
「シル!? 何かサラッと口走ったよね!? もし仮に俺が女装でもしようものなら、瞬く間に変態扱いされて社会的に抹殺されるから!!」
いくらクラウドが女顔だからといっても肉体も精神も紛れもない男なのだ。
本人の望まない形であろうと女装などしようものなら、その瞬間に男としての尊厳が砕け散ることは間違いない。
「ええー、いいじゃないですか。髪を下ろして目元とかメイクすればそれっぽくなりますよ。他の子たちもクラウドさんの給仕服姿が見たいって言ってますし」
「嘘だよね!? 絶対何かの冗談だよね!?」
大して誇りや自尊心に執着しないクラウドも流石にそれは御免被りたい。次の日から街を歩けなくなる。
「あ、そろそろお客さん入ってきますよ。ほらクラウドさんも」
「ちょっ、引っ張るなよ!」
シルとアーニャに片腕ずつ掴まれて店に引っ張られる。
おい、運ぶな、運ぶなって!
■■■■■
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「さ、3人でしゅ......」
「それでは、此方へどうぞ」
夕方の客入り時。クラウドと他の店員たちは来客の対応に回っていた。
しかし、さっきから女性客を自分が案内すると顔を赤くしたりキャーキャー言ったりするのは何故だろうか。
今現在ヒューマンの女性3人が来店したがやっぱりそんな感じの反応だ。
何度か疑問に思っていたが、多分男性の店員が珍しいだけだろう。
「ご注文は何になさいますか?」
「あ、それじゃあこれと、あとこれを......」
「かしこまりました。少々お待ちください」
さっき席に案内した女性客に注文を取ると、またもや「それらしい」雰囲気になった。
いやいや、まさかね。
クラウドは厨房から頼まれた料理をトレイに乗せて、さっきのテーブルへと歩いていく。
何だか男性客からの視線が痛い。
「お待たせしました。ご注文の品となります」
「ふぁ......ふぁい」
「では、ごゆっくりどうぞ」
笑顔で御辞儀をしてテーブルから離れようとしたところ、3人の客の内1人が大きめの声で呼び止めてきた。
クラウドは少々驚きながら歩いた道を引き返す。
「はい、何でしょうか?」
「ええっと......その、お名前を......教えて頂けませんか?」
話しかけてきたのは十代後半くらいのヒューマンの少女だ。黒髪が彼女の綺麗さを際立たせている。
彼女は顔を赤くして目を泳がせながら尋ねてきている。特に断る理由もなかったクラウドは素直に応じることにした。
「クラウド・レインと言います」
「じゃあ......く、クラウドさん! 私と、付き合って......くださいっ!」
「......え?」
流石にここで「どこかに行くのに付き合う」などという考えには及ばない。自惚れているつもりはないが、こういう経験は少なくない。
自分に交際を求めてきたり、一足飛びに結婚を申し込んできた女性もいたくらいだ。
当然のごとく断り続けてきた。好みじゃないというのもあるが、そもそも異性に恋愛感情を抱くことの心理をあまり理解できないのだ。
「申し訳ありません。お気持ちは嬉しいですが、そういったことは......」
「なっ、何でですか? 既に恋人がいるってことですか!?」
「いや、そういうわけでは......」
「だったら友達からでもいいですから! お願いします!」
困った。状況が状況なだけに食い下がられると収拾が尽きにくくなるのだ。
これが道端とかなら別れるだけで済むが、店内となるとそうもいかない。
そんな風にあたふたしていると、スッとクラウドと彼女の間にトレイを持った手が差し込まれる。
「彼が困っています。そこまでにしてください」
「りゅ、リュー?」
「......っ、わかりました」
リューの若干威圧感を込めた声に彼女も萎縮してしまった。
思わぬところで助け船が出た。
「ありがとな、助かった。結構長く粘られたからさ」
「気にしないでください。この程度のことは当然です」
リューも美人なので男に言い寄られることが多いのだろう。それならこういう事態にも慣れているはすだ。
「いや、それでも気にするって。それに......」
「それに?」
「助けてくれたとき格好よかったぞ」
リューは一瞬呆けたように固まるが、すぐにそっぽを向いてしまう。
「本当に無自覚なのですか......」
「だから何をだ?」
「自分で考えてください」
リューはスタスタと別の方へ歩いていった。それはともかく仕事に戻ろうと踵を返す。
すると、自分達のやり取りが終わるのを待っていたのか、1人の客がカウンターの席に座ってこちらを見ながら右手を上げているのがわかった。
「はい、ただいま参ります」
外見から推察するにその客は女性だ。着物のような白い長袖の上着に、赤いミニスカート。白いフードで目元は隠れて、その下から長い黒髪が伸びている。黒いブーツとスカートの間からは白い肌が覗いていて、それだけでも十分綺麗だと感じられた。
服装を全体的に見ると極東の巫女服と呼ばれるものに近い。
「ご注文は何になさいますか?」
「違うよ。呼んだのは別の用事。ちょっと話そうよ、クラウド。
いや、
クラウドは一瞬息を呑んだ。反射的に右手が腰に伸びるがそこには今銃はない。
「物騒にしないで。クラウドだってこんなところで私と戦いたくないでしょ?」
「そうだな......ラストル」
間違いない。身長や服装はクラウドの記憶とは異なるが、声や仕草は当時と変わらない。
ラストル・スノーヴェイル。クラウドの妹弟子にして、処刑人を引き継いだ二代目。
「久しぶり、あんまり変わらないね。最後に会った日のまま」
見た目は明るい、しかし何か別の気持ちを込めた笑顔を浮かべている。クラウドは正直、それにどう反応すればいいのかわからなかった。
「何でここに......いや、そんなことはいい。ラストル、話がある。すぐに――」
クラウドが話を進めようとすると、ラストルは人差し指を口元に直角に当てる。静かに、という意味だ。
「ちょっと待って。ここだとろくに会話できないし、改めて何処かで会おうよ。明後日の朝、9階層あたりでさ」
「......ラストル、聞いてくれ。俺は――」
お前を助けようとしてるんだ、もう処刑人はやめてくれ。
そう言えば良いものの、それもまた遮られる。
「だーから、そういう話は後でしよ? どうせ長話になっちゃうんだし。私だってクラウドとちゃんと話がしたいんだから」
「......明後日の朝、9階層だな」
「そ、約束は守ってね」
ラストルはフードの下で薄く笑うと適当に料理を注文し、それからは特に何かするわけでもなく普通に帰っていった。
彼女との数年ぶりの再会。それがこんなにも味気なく、そして空虚さを感じずにはいられなかったことに不満を抱き、クラウドは帰路についた。
後半より前半の方が数倍の速度で書けました。それでいいのか私は(本気で困惑)
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