ダンジョンで銃を撃つのは間違っているだろうか   作:ソード.

30 / 54
今回はシリアス成分100%です。前回からいつもより間が空いてしまいましたが、ようやく書き終えました。
それではどうぞ!


第28話 前と同じ

豊饒の女主人で接客の仕事をしてから2日。

ラストルとの約束の日となった。クラウドはダンジョン9階層を訪れていた。ベルとリリには理由をつけて別行動中となっている。

 

 

(ラストルの奴......変わったな)

 

 

一昨日会った自分の妹弟子の姿を思い出す。容姿が女性らしくなったというのもあるが、纏っていた雰囲気が大きく違っていた。

付け入る隙も、実力の底もほとんど見えなかった。クラウドほどの達人となれば相手の力量を見抜くのもそう難しくない。だが、ラストルから感じたのはもっと別のものだ。

オッタルのような冷静さと闘気を込めた敵意とは違う。思考や心理を読むことすらできなかった。

 

 

「会ってみないことにはわからないな......とにかく」

 

 

審議員の少女から言われた依頼。ラストルを殺して自分達との繋がりを消せ、と。

無論、殺すのは却下だ。説得して処刑人から足を洗わせる。そうすれば審議員の連中にも大して不満はないはずだろう。

 

 

「......! そろそろか」

 

 

思案しているうちに、9階層へと下りたつ。ラストルとの約束の場所へと辿り着いた。

ここからはしらみ潰しにこの階層を探さないといけない。そう思っていたのだが――

 

 

「どうも、こんにちは」

 

 

黒い外套を羽織った小柄な人物がそこにいた。疑うまでもない。以前クラウドに接触してきた審議員の少女だ。

 

 

「何でここにいる?」

 

 

「検分役ですよ。あなたとラストルさんが会うという情報を耳にしたので、どんな話をするのか興味が湧きまして」

 

 

「前にも言ったと思うが、随分と暇なんだな」

 

 

「とんでもない。こうして今まさに職務を全うしているではないですか」

 

 

ケラケラと面白そうに笑う少女。前に会ったときと変わらず不気味な人物という印象が目立つ。

そうか。やはり、間違いない。

 

 

「職務を全うしている? お前、嘘をつくなよ」

 

 

「嘘? 何がです? あなた達の監視や調査も立派な――」

 

 

少女の言葉はクラウドの真剣な声によって途切れされられた。

クラウドは口を開き、真実(、、)を言い放つ。

 

 

 

 

「その下手な変装はやめろって言ってんだよ、ラストル」

 

 

 

 

辺りが静寂に包まれる。クラウドの言葉に対する返答はなく、2人はそのまま睨み合っていた。

やがて、少女の方から話を切り出す。

 

 

「何を馬鹿なことを......この場所がわかったのは監視や盗聴の結果であって――」

 

 

「そんなことは関係ないな。俺が気づいたのはもっと別の部分。足だ」

 

 

「足?」

 

 

「ああ。無意識にだろうが、お前は歩くときに独特の足運びをしていた。

剣術の達人だからこそ見られる癖だ」

 

 

「......」

 

 

彼女は黙ったまま外套で顔を隠す。反応ありと判断したクラウドはさらに畳み掛けた。

 

 

「それから、お前が履いてるブーツ。大量の血が乾いた後がついてる。モンスターじゃなく、人間のな。わかるんだよ、人間の血がどういうものか。

俺も嫌というほど浴びてきたんだからな」

 

 

彼女は外套の下から舌打ちをする。右手は握り拳を作り、イライラしているのがわかる。

 

 

「それに背格好もな。一昨日会ったお前と今のお前。体型は外套で誤魔化せるが、身長や声色はそんなに変えられないからな。

数あるダンジョンのルートからここを特定したのも、情報収集なんかじゃない。処刑人として、そして兄妹弟子としての経験から俺の思考や行動のパターンを読んだんだろ?」

 

 

クラウドは淡々と自分の推理を述べて、相手の様子を窺う。彼女は張り詰めていた身体からふっ、と力を抜いてため息をついた。

 

 

「はぁ......やっぱり何でもわかるんだね。クラウドってさ。

そうだよ、元々二代目処刑人への襲名なんてなかった。だって審議員(あの人たち)は私が斬ったんだから」

 

 

頭から被っていた外套をバサッと脱ぎ捨てた。その下には巫女服に似た戦闘衣(バトル・クロス)に身を包む少女――ラストル・スノーヴェイルの姿があった。

 

前は見せていなかったが、フードを外した彼女の髪は黒く、真っ直ぐ下ろしてある。腰には極東発祥の刀剣、打刀。

その上、頭部には黒い猫耳が左右についており、スカートと上着の隙間からは黒い尻尾が生えている。

3年前、13歳でLv.5となった猫人(キャットピープル)の少女。

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに匹敵する剣の腕の持ち主。

その二つ名は、【剣舞巫女(けんぶみこ)

 

 

「何でこんなことをした? お前が審議員の変装をしてたってことは、暗殺の依頼なんて最初からなかったってことになるだろ?」

 

 

「ははっ、そうだよ。クラウドなら見破るんじゃないかって不安だったけど、いざそうなると結構いい気分だね。

だって、それだけクラウドが私のこと見ててくれてるってことだから」

 

 

ラストルは見惚れるほど美しく、それでいて年相応に子供らしく笑った。

それを見たクラウドは喜びも怒りも感じなかった。ただ純粋に、『気持ち悪かった』。

 

 

「......あの資料に載っていた人を殺したのも、お前なのか?」

 

 

「うん。どうだった? クラウドほどじゃないけど、私も上手くできてたと思わない? そうでしょ? ねぇ、そうだよね?」

 

 

まるで親に誉められたい子供のように賛辞の言葉をせがむ。しかし、その眼は暗く、重く、黒い。

たとえ表面で笑っていようと、心は笑っていない。いや、そんなドス黒い感情を彼女は自覚できていない。

 

 

「......ッ!! 教えてくれ、何で審議員の真似事までして俺に近づいた? お前が誰かに騙されてるんなら、俺は――」

 

 

「はい、そこまで」

 

 

その刹那、目の前のラストルの姿が消えた。数M(メドル)あった2人の距離は瞬時に詰められ、ラストルは腰に備えた刀を抜いて斬りかかる。

クラウドも一瞬遅れて腰の小太刀『夢幻刀』を抜いて防御。

ラストルの刀の切っ先がクラウドの顔に届く一歩手前で止められ、冷や汗を垂らした。

 

 

「......遅いね」

 

 

「......お前が速いんだよ」

 

 

反応できなかったわけじゃない。現にこうして防ぐことはできた。逆に言えば、反応しかできなかったのだ。

クラウドの得意とする『攻撃の先読み』が全く通用していない。

 

 

「おかしいなぁ、クラウドなら今のくらい簡単に反撃できると思ったのに。

私の憧れてたクラウドなら。私の大好きなクラウドなら。私だけのクラウドなら。私のことだけ大好きに思ってるクラウドなら」

 

 

「......」

 

 

ここまで来てようやく理解できた。何が原因かはわからないが、精神が壊れているとしか思えない。

壊れている。常識から大きく逸脱しているのだから、読むようなものですらないのだ。これまで何人もの狂人と相対してきたが、そのどれとも違う。壊れ方の質が異なりすぎている。

 

 

「こんなの私のクラウドじゃないよ。『処刑人』のクラウドなら私のこと夢中にさせて放さないのに、『冒険者』のクラウドは見る影もないくらい弱くなってる」

 

 

「それがお前の目的か? 処刑人に戻ってまた人殺しの日々に戻らせるために......」

 

 

「だって、脅しでもしないとクラウドは言うこと聞かないじゃない。

ねぇ、私と一緒に処刑人に戻ろうよ。こんな弱い世界は壊して、私とクラウドが好きにできるようにしよ?

その後に出来る世界って最高だと思うよ。私たちの気に入らない奴をみーんな殺して、殺して、殺して、都合良く書き換えられるんだからさぁ」

 

 

ラストルは刀を握る手に力を込めてクラウドの方に押しつけてくる。クラウドも負けじと対抗する。

 

 

「お前と戦うように仕向けたのは、俺の処刑人としての人格を引っ張り出すためか。あとは、そのまま口車に乗せるつもりだったんだろ?

だけど無理だぜ。俺はもうあの頃に戻るつもりは毛頭ない」

 

 

「そうでもないよ? だって......」

 

 

ラストルは刀を握っている両手のうち、左手を放す。放した左手で腰から短刀を抜く。そのままクラウドの右足にギラリと光る鈍色の刀身を突き刺した。

 

 

「ぐっ......!」

 

 

「処刑人に戻らずに私を倒そうなんて千年早い――いや、永遠に無理だよ」

 

 

刀を上段に構え、一瞬で降り下ろされる。クラウドは小太刀の柄で短刀を持つ左手を払い、後ろに跳ぶ。

先程までクラウドが立っていた地面が割れ、亀裂が走る。

 

 

「まだまだ......だねッ!!」

 

 

ラストルは短刀を放り投げると、刀を無形の位に構え突進してくる。

さっきの攻撃を連続されれば劣勢になるのは必至。

 

 

(防御は小太刀、攻撃は――)

 

 

左腰のホルスターからシルバーフレームの拳銃を抜く。

中~遠距離では銃の方が有利だ。クラウドの精確無比な射撃の腕と銃の速度の前には、第一級冒険者であろうと防御と回避は困難なのだ。

 

右手に小太刀、左手に銃を持ち、ラストルの右肩と左足に一発ずつ発砲。

 

 

微温(ぬる)いなぁ」

 

 

二発の銃弾は刀によって弾かれ、他所へと逸らされる。続けて三発、発砲。それも刀に阻まれ彼女の身体に傷一つつけることはない。

だが、それも想定の内。銃を弾いてできた隙を小太刀で衝く。ラストルは柄頭で防ぐが、クラウドは刃をずらし右腕を斬りつけた。

 

 

「......ッ!! 腕が......」

 

 

「せりゃああッ!!」

 

 

左手に持った銃のグリップ部分で水平に殴ろうと振り抜く。ラストルは軽く身を屈めて回避し、クラウドと距離をとる。

斬られたラストルの右腕は刀と共にダランと力が抜けて垂れ下がっている。夢幻刀の効果、『体力吸収』が働いているのだ。

 

 

「俺がアイズやお前との稽古で負けたことなんかなかっただろ? 諦めて降参しろ。こんな刀でも、お前を斬りたくない」

 

 

「何なの? その刀」

 

 

「殺さずに制す刀、小太刀『夢幻刀』。師匠から受け取った、俺の誓いの証だ」

 

 

「不殺......かぁ」

 

 

ラストルは垂れ下がった右腕を動かして、感覚を戻していく。十分に回復したところで、またもや笑う。

壊れた感情を見せながら、笑う。

 

 

「ますます気に入らないなぁ。戦いで相手に気遣いを見せて何になるの? 戦いは、殺し合いは、命のやり取りだよ。弱ければ死ぬ。油断すれば殺される。命を奪わない戦いなんて、本当の戦いじゃない――ただのチャンバラごっこだ!!」

 

 

右薙、左薙、袈裟斬り、逆袈裟。明確に殺意の籠った鋭い攻撃。間違いない。3年前に会った彼女とは何か違う。人格だけでなく、別の何かが彼女に力を与えている。

互いに息を切らして睨みながら叫ぶ。

 

 

「いくらお前が叫んでも、喚いても、俺は考えを変えたりしない! 殺すってことは、失わせるってことだぞ! そいつも、そいつの周りの人間の人生も狂わせる!」

 

 

「わかってるよ、そんなことはさぁ。散々人に迷惑かけて、傷つけてきたくせに家族の幸せを願うなんて馬鹿げてる。そういうのを虫が良いって言うんでしょ」

 

 

「たとえそうでも、罪のない人たちを不幸にしていい理由になるか!」

 

 

クラウドは小太刀を刺突(つき)の構えにして前方へ走る。ラストルの剣の速度と正確さに対抗するには、それ以上の速度が必要だ。

クラウドの得意とする足運び、『電撃縮地』。その名の通り電撃の如き高速移動で相手の間合いを侵略する。

 

 

「本当に、前と同じ(、、、、)かなぁ......?」

 

 

縮地の直前、ラストルの呟く声が聞こえた。ラストルは右手の刀を左腰の鞘に納める。

 

何のつもりだ?

 

刀がなければ流石に彼女といえどクラウドに勝ち目はない。

 

それくらいわかってるはずなのに、どうしてわざわざそんな真似をする?

 

 

一瞬でそこまで考えたが、その直後にはもう『結果』が現れていた。

クラウドの身体に右切上に刀傷が入り、鮮血が吹き出した。

 

 

「超神速抜刀術『雪帳(ゆきとばり)

知らないよね? だってこれは、私がこの3年間で手に入れた力なんだから」

 

 

「抜刀......術......」

 

 

聞いたことがある。刀を鞘に納め、抜き放つことで剣速を加速させる技。極東の剣客が使う一撃必殺の技だ。

 

 

「3年前まで勝てなかった? アイズと互角? 違うよ。

私は負けない。人を殺したことのない人にも、人を殺すことをやめた人にも、負けるはずない」

 

 

ドクドクと血が溢れ、地面に血溜まりができる。クラウドは傷口を抑えて膝をついてしまう。

ラストルは痛みに苦しむクラウドに血で濡れた刀の切っ先を向ける。

 

 

「私の抜刀術に斬れないものなんかない」




ようやく正式にラストルの登場です! 今回は彼女の壊れよう、執着心などを表現しようと頑張ってみました。読者の方々の予想を良い意味で裏切ることができたのでしたら幸いです。

それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。