まあ、何はともあれようやく3巻終了です。それではどうぞ!
「私の抜刀術に斬れないものなんかない」
失血を確かに感じながらクラウドはラストルを睨む。
自分の知っている彼女じゃない。少なくとも今の実力は並のLv.6を上回っている。
これが、人を殺すことを厭わない人間の実力――気遣いや敬意を払わない剣術の殺傷力。
「東洋剣術とステイタスによる超神速の抜刀術か......」
「そう、その衝撃に耐えるこの刀も結構な業物なんだけどね。
それにしてもびっくりだなぁ。今ので戦闘不能になってもおかしくないのに、思ったより傷が浅い。
やっぱりちょっと
頭についた黒い猫耳を嬉しそうに揺らしながらラストルは笑う。お世辞にも綺麗さや魅力は感じられなかった。それを遥かに上回る雰囲気が漂っている。
「手加減......だと」
「わからなかった? だって私の大事なクラウドが死んじゃったら可哀想でしょ? だから、全力は出さなかったの。
今のは正確に言うと超神速でも一番遅い、『雪帳・壱式』」
血の気が引いたか、絶望を感じ取ったのか。クラウドの顔は青ざめて冷や汗が流れる。
まだ本気を出してもいないのにこれだけの速度と威力――全力で向かってくれば勝ち目は非常に薄いのは明白だった。
「速さだけで勝負が決まるわけじゃないだろ」
「でも、かわせなかったでしょ。もし私が全力を出してたら今ので死んでたんだよ。
私だって大事なクラウドを斬ったりしたくないし、クラウドの綺麗な身体に傷を残したくないから手加減したのに......ああ、でも心配しないで。瀕死になってもちゃーんと助けてあげるから」
「気遣いしてんのはどっちだ!」
右手の小太刀を鞘に納めて、右腰のホルスターの拳銃で
数Mの距離にも関わらず身体を左にずらして回避される。続けて左手の銃で回避した直後を狙う。
「見えてるって、言ってるでしょ!」
ジグザクに回避行動を取りながら距離を詰めて銃の間合いを潰しに来た。
左手の銃を持ち替えて刀を受け止めるが、それでは止まらない。
銃身に亀裂が入り、遠くに弾き飛ばされる。
「チッ......!」
「やあああっ!!」
がら空きになった右腹部に逆胴が迫る。咄嗟に左腰の小太刀を鞘から引き抜いて刀を止める。
小太刀を回転させて刀を流す。続けて銃撃、小太刀での防御。蹴りや肘撃ちも駆使する。
一進一退、傷を負いながらもラストルの猛攻に反撃する。
「ちょっとずつ戻ってきたね、昔みたいに攻撃に殺気が入ってきた。でも、まだ足りない。
処刑人には戻りきれてないみたいだね」
「......もうその話は、やめろッ!!」
「ああ、いいよクラウド。その表情......怒ってる顔も最高......」
クラウドはギリッと歯軋りすると右手の銃をラストルに向けて超短文詠唱を述べた。
「【啼け】」
クラウドの持つ最強の魔法。最大出力とまではいかないが、銃弾に込められた魔力増幅の効果で強化されたそれは第一級冒険者であろうと容易く打ち破る。
「【
銃弾は雷を散らし、風を纏いながら直進する。銃の持つ速度と貫通力に魔法効果が上乗せされてラストルへと迫る。
本来ならここで打ち止めのはずだが、ラストルは予想外の行動に出た。クラウドが銃を撃つ直前、左足を蹴り抜いて後方へ退避したのだ。
しかし、銃弾の速度に敵うわけもない。後ろに下がったところでかわせないと彼女もわかっているだろう。
そこで気づいた。後退した彼女が刀を鞘に納めていることに。
「なっ......!?」
縦に一線、切れ目が入り雷雨の塊は左右に分かれラストルを通り過ぎて壁に激突する。
防ぐでもなく、避けるでもない。斬り裂かれた。こんな芸当をした相手は今までにいない。最大出力だったとはいえ、あのオッタルでも防ぐ手段を取ったというのに。
ラストルは抜いた刀を再び無形の位で構え、不気味な笑みを浮かべる。
「【
ま、それはそれとして......今のが全力? そんなわけないよね?」
「......言うかよ、そんなこと」
「いいこと教えてあげよっか? 使いなよ、【
ラストルの発した単語に言葉を失う。
呪装契約。オッタルとの戦いで死に瀕したクラウドが使った奥の手。身体に強烈な負担をかける代わりに、契約印にチャージしておいた
確かに、それを使えば勝つことも可能かもしれない。それでも――
「使わない」
「何でかな? 今までの戦いでわかったでしょ、使わなかったら負けるって。それでどうして使わないのかな?」
「さっきも言ったろ、言わないって」
ラストルは「ふーん」と澄ましたように笑い、刀を右肩に乗せる。
「当ててみせようか? もしそんなのを使ったら、簡単に処刑人に戻っちゃうから、とか思ってるんでしょ?」
「......うるせぇよ」
「負けるわけにはいかない。でも、処刑人に戻りたくもない。
無理に決まってるよ、そんなの。ある人がこんな言葉を残してるの。『何かを手に入れるということは、何かを犠牲にするということ。どっちも手に入れようなんていうのは理想に過ぎない』って。
今のクラウドがまさにそれ。そんな風に迷ってるから、結局こうやって私に負けるんだよ」
そうかもしれない、とは思った。人間としての誇りや尊厳を捨てて人を殺し、オラリオを平和にしようという考えに至ったのは他でもないクラウド自身。
どっちも欲しいだなんて我儘を言うのは、単なる綺麗言に過ぎないのかもしれない。
「そうじゃない......違うだろ」
だけど、違う。そうじゃない。その理屈には納得できない。容認できない。
「そいつは結局、楽して物事を終わらせたいクズの台詞だろうが。
自分の正義や信念を貫くためなら、何かを捨ててもいいって諦めてるだけだ。
いくら感情で悔やんでも、目的のためなら仕方ないって無理矢理否定してるだけだ。
そうやって自分を許し続けて、必要のない犠牲を増やしてるだけだ。
たとえ目的を果たせても、犠牲にしたものの先にあるのは後悔と不満の混じった自己満足だけだ」
ラストルは無表情でこちらを睨むと、盛大にため息を吐いた。
「はぁ......そういうことだけは変わらないんだよね......」
「悪かったな」
「誉めてるんだよ、これでも」
再びの攻防の始まり。そう思われたが、ある一人の乱入者によってそれは妨害された。
「アイズ......」
「何でここに......遠征に行ったはずじゃ......」
金髪金眼のヒューマンの少女。凄まじい速度で自分たちのいる空間に飛び込んできたのだ。
「クラウド......大変っ! ベルが......ミノタウロスに――」
「な......!?」
ミノタウロス。ベルが1ヶ月前に遭遇したモンスターで、中層にしか生息しない牛型の怪物。
ベルが何の相談もなく中層に潜るとは考えにくい。だとすれば、上層に現れたというのか。
「場所は!?」
「E-16の広間だって......小人族の子が......」
「どこに行こうっていうの?」
2人の会話にラストルが不機嫌そうに口を挟んだ。
「久しぶり、アイズ。ちょっと見ない間に変わったんだね」
「え......嘘、もしかして、ラストル......?」
アイズは信じられないと言わんばかりに口許を手で覆った。
「そうそう、よく覚えてたね、全然嬉しくないけど。
何があったか知らないけど、帰ってくれないかな? 今は私とクラウドが話してるの。邪魔するなら、斬るよ」
刀の切っ先をアイズに向けながらラストルは警告する。アイズも剣を抜いて、しばらく膠着状態が続いた。
こうしている内にもベルの命の危機が迫っているが、目の前の問題も無視できない。
どうすればいい、とクラウドは脳を全力で回転させて策を考えるが、またもや思わぬ展開が起こった。
「アイズっ! ここにいたぁー!」
「ったく、どこまで行ってんだよお前は!」
アイズが来た通路からさらに冒険者がやって来た。ティオナ、ベートらのロキ・ファミリアの幹部達だ。
「......またあの人たちか、鬱陶しいなぁ。クラウド、今日はこのくらいにしておくから。また会おうね」
ラストルは懐から小さな白いボールを取り出し、地面に放った。
辺り一体に濃い白色の煙幕が発生し、視界を遮られた。数秒後、視界は回復したが彼女の姿は消えていた。
「クラウド......今のって」
「話は後だ、早くベルのところに行くぞ」
ラストルのことは気がかりだが、今はベルの方が優先だ。
クラウドはポーチからポーションを取り出し、傷を和らげるとロキ・ファミリアのメンバーを引き連れて、そのままベルの元へ全速力で走っていった。
■■■■■
クラウドが誰よりも速く、アイズの言う場所に到着した。情報通り、そこには右側の角を失い、右手に大剣を持ったミノタウロスと倒れ伏したベルの姿があった。ベルはライトアーマーもプロテクターも失っており、ヘスティア・ナイフと両刃短剣を握っている。
Lv.1のベルがここまで奮戦したのは正直驚いた。それと同時に心配になった。
直ぐ様、クラウドはベルに駆け寄り身体を起こす。
「ベル! 大丈夫か! おい!」
「うっ......くら、うど......さん?」
「よかった......意識はあるな」
恐れていた最悪の事態は免れた。生きてさえいれば治療させることも可能だ。
「クラウド! ベルは!?」
「大丈夫だ、ちゃんと生きてる」
アイズはベルとミノタウロスの間に立ち、腰の剣に手を添える。
あの時と同じ。1ヶ月前、アイズがベルに助けられたときと同じ状況。
そして、同じような彼女の言葉。
「大丈夫。今、助けるから」
助ける。自分の家族である少年と少女の一度は見たこのやり取り。
最初は『運命的な出会い』だった。だが、今のベルにとっては意味が違う。
「......ないんだっ」
「ベル?」
ベルがクラウドの手を掴み、自分の足で立ち上がる。その眼に映る感情は混乱でも、怒りでもない。
今まで見たこともない少年の雰囲気にクラウドは何も言えなかった。
「おい、まさか戦うつもりじゃ......よせ、ベル!」
「もう、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられるわけにはいかないんだっ!」
身体を支えていたクラウドの手を振り払い、一歩一歩地面を踏み締める。
助けられるわけにはいかない――普段なら「もっと自分を大切にしろ」と説得するところだ。
だが、この台詞は今までの意地や挑戦とは違う。
英雄に憧れる。英雄になりたい、という強い気持ち。
それならここで止めるのは彼にとっての足枷に過ぎない。
それなら、家族としてせめて、背中を押してやろう。
「わかった、ベル。頑張れ、そして勝ってこい」
「......はい」
■■■■■
「ま、ダンジョンで獲物を横取りするのはルール違反だわな」
「何を笑ってんだ、ベート」
ベルとミノタウロスが戦っている最中、ロキ・ファミリアの他のメンバーがその場に集まってきた。
全員、ベルの戦いには手を出さず横で見ている。
その中でベートが頭を抱えて笑っていた。
「いやいや、あのトマト野郎、つくづくミノタウロスに縁があるみてぇだと思ってよ。
つーか、いいのかよ? お前は止めに入ったりしねぇのか?」
「入らない。ベルが決めたことだ。本当に死にそうにならない限りは見守り続けるさ」
しかし、ベルはLv.1。Lv.2にカテゴライズされるミノタウロスに敵うはずがない。ましてや、1ヶ月半前に冒険者になったばかりの駆け出しだ。
普通に見れば、これはただの無謀な挑戦と取られても仕方ないだろう。
それを察したのかティオナが口を挟んだ。
「でも、あの子Lv.1なんでしょ? 絶対殺されちゃうよ」
「放っておいてやれって、ティオナ。あのガキ、男してるんだぜ? また惨めに助けられでもしたら、俺だったら死にたくなるね」
そんな会話に気弱そうな、小さな声がかかる。頭から血を流しているリリがベートにしがみついた。
「お願いします、冒険者様。ベル様を......助けてください......」
「お、おい! 離せっての!」
「ご恩には、必ず報います。リリは......何でも、何でもしますから......」
リリはそこまで言ってしがみつく力さえ失ったのか、ガクッと地面に膝をつく。クラウドはリリを受け止めると、両手でその身体を支えた。
「あんまり喋るな、リリ。限界が来てる。ほら、飲めるか?」
クラウドはリリの口元にハイ・ポーションを近づけてゆっくりと飲ませた。
少しずつ傷が消えていき、リリも痛みが引いているのがわかった。
「お願い......します......」
「......」
「どけ、アイズ。俺がやる」
見かねたベートが先頭に立つアイズの横に立ち、割って入ろうとした。
そこまで来てわかったのだろう。目の前で信じられない光景が繰り広げられていることに。
「......あ?」
「......あれ?」
「あの子......Lv.1じゃないの?」
そこにあったのはミノタウロスと互角に渡り合うベルの姿だった。
いや、正確には互角ではない。単純な実力ではミノタウロスが上回っているが、ベルも自身の速さと技術を駆使して一進一退の戦いを見せている。
「ねぇ、クラウド」
「何だよ、フィン」
ロキ・ファミリア団長のフィンがいつの間にかクラウドの横に立って質問していた。
「確かあの少年は、1ヶ月前には駆け出しだったんじゃないのかな?」
「......そうだな」
確かに今のベルの戦いは幾多のモンスターや人間と命のやり取りをしてきた自分からすれば、未熟だと言わざるを得ない。
しかし、自分にはないものを持っている。文句なく凄いと思える後ろ姿が、ベルにはあった。
「1ヶ月前に言っただろ。ベルは強くなるって。これがその証だ。
お人好しで、奥手で、純粋で、無邪気な奴だけど、あいつほど格好いい奴を俺は知らないからな」
ベルは両刃短剣を折られ、ミノタウロスは右手首を曲げられ、使い物にならなくなっている。
ベルは右手にミノタウロスが落とした大剣、左手にヘスティア・ナイフを持つ。
ミノタウロスは地に低く伏せて突撃の体勢をとった。
そのまま両者の距離は縮み、ベルは大剣を振りかぶり、ミノタウロスは左だけ残っている角で応戦する。
「......若い」
後ろに控えていたリヴェリアがボソッと呟いた。あの状態のミノタウロスに真正面から挑むのは失敗だ。
「チッ、馬鹿が」
「ベル様ぁ!」
舌打ちするベートに、リリの叫びが続く。このままではミノタウロスに嬲り殺しにされてしまう。
「大丈夫」
「ああ」
だが、クラウドとアイズはベルの狙いに気づいていた。
ベルは剣をミノタウロスの角に激突させる。銀色の剣は砕け、ミノタウロスの角による突きがベルへと迫る。
その瞬間、ベルはミノタウロスの身体より低く屈んで懐に入り込んだ。
そして、もう一つの得物――漆黒のヘスティア・ナイフをミノタウロスの腹部に突き刺す。
「ファイアボルト!」
それだけでは止まらない。そこからさらに繋げる。ベルの発声と共にミノタウロスの身体が膨張し、口から血と供に火炎が漏れ出す。
「ファイアボルトォッ!」
さらにミノタウロスの身体に魔法が叩き込まれ、球体のごとく肥大化する。
ロキ・ファミリアの面々とリリが唖然としている中、クラウドだけは笑っていた。
あと一撃だ、ベル!――
「ファイアボルトォオオオオオオッ!!」
直後、ミノタウロスの身体は爆発し、上半身が弾け飛んだ。魔石を失ったミノタウロスの肉体は消滅し、ドロップアイテム『ミノタウロスの角』が転がった。
「......っ! ベル様!!」
リリが叫んだ瞬間、ベルは力尽きて、前方へ倒れそうになる。その場にいた人物が駆け寄ろうとするが、それよりも速くクラウドが彼の両肩を掴んで倒れるのを防いだ。
「ベル、よく頑張ったな。格好よかったぜ」
「あはは......あり、がとう....ござ......い......」
続きは言えず、ベルは気を失った。クラウドはベルを抱き締めて背中をポンポンと叩いてやる。
クラウドはベルの肩と膝を両手で抱えてその場を去ろうとするが、フィンに呼び止められた。
「クラウド、一つ聞いていいかい?」
「何だ?」
「名前――彼の名前は?」
その場にいた人間、アイズとリリ以外の視線がクラウドに向けられる。
クラウドは心底嬉しそうに言ってやった。自分に残された誇りとも呼べる存在の名を。
「ベル・クラネル。俺の家族だ」
ラストルとの話はちょっとお預けします。近い内にちゃんと決着をつけますので少々お待ちください。
それと、お気に入り数が900を越えたことをとても嬉しく思います。これからもよろしくお願いします。
それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。