第30話 祝宴
「リトル・ルーキー?」
「はい......そうなんです」
豊饒の女主人の一角にあるテーブルに白髪のヒューマンの少年が顔を突っ伏していた。
彼はベル・クラネル。つい先日、9階層にてミノタウロスを撃破しランクアップの最短記録、1ヶ月半を叩き出したレコードホルダーでもある。
今まで最短とされていた【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインや【剣舞巫女】ラストル・スノーヴェイルの1年を遥かに上回る期間にオラリオは騒然としたほどだ。
「うーん、まあ、そうだな......無難?」
「......ですよねー、神様もそう言ってましたし」
彼の対面に座って頬杖をつきながら答えた銀髪のハーフエルフの青年、クラウドはそんなベルに若干同情していた。
3ヶ月に1度、この街では
「確かに可もなく不可もなくって感じだが......格好悪いよりかはいいだろ。昔の俺の知り合いなんか【
「滅茶苦茶格好いいじゃないですか! そっち方がいいですよ僕だって!」
二つ名には、陥ってしまうであろう落とし穴が存在する。
元々暇を持て余した遊び人みたいな連中が神には結構いる。名高い神に気に入られ、好印象を抱かれやすい冒険者ならいい感じの名前をつけてもらえるのだが、時には完全にふざけているとしか思えないような名前がつけられていることがある。初めて二つ名を貰うときにそうなるか、ならないかは重要なのだ。
ランクアップして、いざ名乗りを上げようというときに悪口レベルの二つ名を言わなければならないのだ。
「まあまあベル様、いいではないですか。普通が一番ですよ」
「うう......リリまで......」
クラウドの左に座っているリリもまあまあとベルを宥めた。
ベルも初めて二つ名を貰えるわけなので、朝からホームでテンションを上げまくっていたが、神会から帰ってきたヘスティアから【リトル・ルーキー】なる名前を告げられた瞬間に固まって動かなくなったのだ。
ベルも年頃の少年だから仕方ない、とクラウドは苦笑いしていた。余談だが、同時期にLv.2になった人は【絶+影】という名に決まったらしい。誰だか知らんが気の毒に。
「しかし、ベル様。リリ様の言うように、あえて当たり障りのない名前に収まっておくというのも手かもしれませんよ?
あまりに長く複雑な名前になってしまうと数年後に後悔することになります。クラウド様もそういった経験が――」
「うん、キリア。いい子だから静かにしておこうな」
リリの右に座る銀髪の幼い少女、クラウドの専属精霊であるキリアに笑顔という名の威圧をかける。
高い頭脳と魔力を持つ彼女だが、如何せんこういった言動が目立つ気がする。
「私はいいと思いますよ、リトル・ルーキー」
「ランクアップおめでとうございます。クラネルさん」
4人が座ったまま話していると、ヒューマンとエルフの少女が2人、料理を持ってきた。
ここのウェイトレスを務めているシルとリューだ。
「お待たせしました、じゃあ始めましょうか」
「あれ、シル? 店の手伝いは?」
始めましょうか、と言いつつシルがベルの横に腰かけたのを見て、クラウドは不思議に思った。
「私たちを貸してやるから存分に笑って飲めと、ミア母さんからの伝言です。後は金を使えと」
その質問に答えたリューはクラウドの右隣に腰かけた。
男2人に女4人。何故だろう......全くやましいことをしたはずじゃないのに、『そういう感じの店』に来たかのような罪悪感は。
まあ、別に恋人がいるわけでもないからそこまで問題じゃないのかもしれない。
気を取り直して、ベルはエール、シルは果実酒、リリとキリアは
「クラウドさん、注ぎましょうか?」
「ああ、ありがとな、リュー」
最初に注いだグラスが空になると、右隣に座るリューが葡萄酒のボトルを持って注いでくれた。
これが俗に言う酌という奴なのだろう。そう考えたら何だかいけない気がしてきた。
イカンイカン。二十歳過ぎた童貞の思考回路などやはりこの程度なのだろうか。別に他の奴がどうなのかは知らないが。
「リューもこれ飲んでみるか? 結構美味しい酒だぜ」
「えっ? いえ......まだ、仕事中ですし......それに......」
「確かに仕事中だけど、少しくらいは肩の力抜いてくれよ。自然に振る舞ってくれた方が俺も楽しいからさ」
「そ、そうではなくて......」
クラウドが気恥ずかしさを誤魔化そうと自分のグラスをリューに差し出すと、彼女は戸惑ったように目を泳がせた。
「あ......そっか、ごめん。流石に男が口付けたグラスじゃ駄目だよな。別のグラスに注いで――」
「まっ、待ってください!」
クラウドがテーブルに置かれていた別のグラスに手を伸ばすがリューから止められ、手を戻した。
「私は、それで構いません......」
「え? でも......」
「本当に、構いませんから......」
「そ、そう......か? じゃあ、ほら」
クラウドが葡萄酒の注がれた自分のグラスを渡すと、リューは少し震えながらそれを握り、口元へと近づける。
そして、所謂『間接キス』なるものが発生しようとした瞬間だった。
「不健全ですよ、御二人とも」
いつの間にか、キリアが席を立ちそのグラスを掴んで、リューが口をつける直前で止めていた。
因みにベル、シル、リリの3人もジーッとそのやり取りを見ていた。
「き、キリア? 一体何を......」
「いえいえ、クラウド様が公共の場で不健全な行為に至るところだったので。家族として止めに入ろうと」
「そ、そ、そう、なのか? ありがと」
クラウドは愛娘的存在からの威圧にただ苦笑いしかできなかった。
一方リューはというと、若干悔しそうに自分のグラスの水を飲んでいた。そんなに葡萄酒飲みたかったのか。
「それで、これからどのようにするつもりですか?」
「どのようにって?」
「中層のことです」
食事中、リューがクラウドたち3人に確認したいことがあると話を始めた。ベルがLv.2になったことで、今まで足を踏み入れなかった13階層以下――つまりは中層への進出を考えるようになったことについてだ。
「あまり口出ししたくはありませんが......すぐに中層に向かうのはやめておいた方がいいでしょう」
「むっ! リリたちでは力不足と言うんですか?」
「そういうわけではありません。ただ、中層と上層は違う。単純にソロでは処理しきれなくなります」
上級冒険者であるクラウドと、おそらくそうであろうリューもそういう考えだった。
Lv.2での中層は初見ではかなり危険だ。もしベルとリリの2人で行けばまともに潜ることもできないだろう。
「それとな、ベル。俺はしばらくダンジョンに行けないから、それも考えておいてくれ」
「え、ええっ!? 何でですか!?」
先日のラストルの待ち伏せ。そう簡単にはいかないと思うが、かつての自分に似通った心理の持ち主である彼女はクラウドの思考や行動を読むことができる。
もしラストルと交戦になればベルとリリのサポートには回れない。最悪、2人を巻き込むことになる。
「いつまでかはわからないけど......なるべく早くその用事は終わらせようって思ってるからさ。
中層に潜るのはその後でもいいだろ? それか、誰か別の人とパーティーを組むとか」
「うーん......でも、そんな簡単に組んでくれる人なんて......」
ベルがうーん、とこめかみを押さえて考えていると近くのテーブルにいた客が立ち上がって声をかけてきた。
「はっ! パーティーのことでお困りか、リトル・ルーキー?」
声をかけてきたのは中年のヒューマンの男3人。その中の1人がテーブルの横まで来て立ち止まる。
「仲間を探してんなら、俺たちのパーティーに入れてやるぜ? 俺たちはLv.2だ。中層にだって行ける」
突然の誘い。見ず知らずの冒険者がどういうわけかベルに手を貸すと言うのだ。ベルは焦りながらもその誘いに少し喜んでいた。
しかし、ベルの正面に座るクラウドが横槍を入れる。
「......随分と気前がいいな。何が狙いだ?」
「ああ? 何の話だ?」
「とぼけるな。さっさと本題を話せ」
クラウドの低く怒気の籠った声にその男も過敏に反応してしまう。ベルはその男が今にもクラウドに殴りかかるのではないかと心配になった。
「ちょっ、クラウドさん! 何でいきなりそんな......パーティーに入れてくれるって......」
「ベル、確かにこいつらがある程度純粋な気持ちなら俺も許したが......こんな下衆は流石に無理だな」
クラウドの言葉の意味がわからずベルは困惑しながら聞き返す。
「えっと......どういう......」
「さっきから露骨なんだよ。こいつらの視線が。最初からリューたち4人しか見てない」
ここまで言われてクラウド、リュー、キリアの3人以外は大なり小なり表情を変化させた。
この男たちの目的は女子4人を侍らせたいだけなのだ、と全員が理解した。
「目は口ほどに物を言うって知ってるか? そんなにジロジロ見てたら普通気づくぞ。
俺が何百人そんな奴を見てきたと思ってる?」
クラウドは男たちを睨みながらグラスに残った葡萄酒を飲み干した。
「へっ、へへっ......な、なーに言ってんだ? 仲間なら分かち合いだろ? 当然の権利ってヤツだ」
「バレたらバレたで開き直りか? つくづく見下げた連中だな」
クラウドがすまし顔でグラスに新しく葡萄酒を注いでいると、ついに限界が来たのかその男は大きく足音を立ててクラウドのいる席に近づく。
「てめぇ......さっきから聞いてりゃ舐めたこと言いやがって。殴られてぇのか!?」
「殴られたくないに決まってるだろ。一度でもイエスと答える奴に会ったことがあるのか?
俺は今日酒が入ってて手加減できるかわからないんだ。悪いことは言わないからさっさと帰れ」
あくまでも淡々と言葉を連ねるクラウドにとうとうその男も行動に出た。
クラウドが左手で持っていたグラスが叩かれ、手から離れてしまう。グラスは床に落下しバラバラに割れ、まだ半分以上注がれていた葡萄酒も床に流れてしまう。
「......まだ途中だったのにな」
「どうだ? わかっただろ? 今謝れば許してやるぜ。何せ俺は寛大だから――」
得意気に笑っていた男の表情が固まる。一瞬でリューが小太刀を抜いて男の喉元に突きつけているからだ。
それと同じように後ろの仲間2人も、キリアが掌に魔法を顕現させた状態で立ち塞がっているため動けない。
「私の友人にこれ以上危害を加ることは許さない」
「動かないでください。痛い目に遭いますよ」
一触即発といった感じだ。もしどちらかが手を出せばその瞬間に男たちは瀕死にされることは間違いない。
クラウドも気持ちを押し殺して2人を止めに入る。
「落ち着け、リュー、キリア」
「......クラウドさん」
「クラウド様? どうしてです?」
「いいから、2人とも武器を戻してくれ」
数秒ほど迷っていたが、2人とも渋々自分の席に戻る。それと入れ換わりにクラウドが席を立って男たち3人の前に立つ。訝しげな表情で睨まれるが、それも大して気にしない。
「わかったろ? さっさと代金払って帰らないとタダじゃ済まないって。
だからさ、さっきも言ったと思うが......
ほんの少しだけ言葉に殺気を込める。クラウドの放つ、その威圧感に男たちはすっかり気圧されてしまい、震えながら後ずさる。
「お、お前......一体......」
「聞こえなかったか?」
クラウドは右手に拳銃を握って男の頭に発砲。しかし、弾は僅かに逸れて男の頬に触れるか触れないかの位置を通り過ぎる。
「うっ......うあああっ!!」
「まだ続けるか? 次は外してやれる自信が無いからな、うっかり命中するかもしれないぜ?」
地面に薬莢が落ちる音が響いた瞬間、男は懐から金貨の詰まった袋をテーブルに置いて仲間と一緒に走り去っていった。
「よし、飲み直すか」
クラウドは床に落ちた薬莢を拾ってポケットにしまうと、席に座り直した。
何だろ、このほのぼの感。前回との温度差が計り知れない。
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