ダンジョンで銃を撃つのは間違っているだろうか   作:ソード.

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第32話 矯正されろよ

『ねぇ、私と一緒に処刑人に戻ろうよ。こんな弱い世界は壊して、私とクラウドが好きにできるようにしよ?』

 

 

『俺はもうあの頃に戻るつもりは毛頭ない』

 

 

『そうでもないよ? だって......』

 

 

『処刑人に戻らずに私を倒そうなんて千年早い――いや、永遠に無理だよ』

 

 

 

 

脳裏にラストルとの会話が甦る。今さらそんなことを思い出すのは、本心では戻ってはいけないとわかっているからなのか。それとも、やはり処刑人だった頃の自分が正しいと思ってしまったからなのか。

答えは出ない。なぜなら、今自分が考えるべきは目の前の標的をどうするかだけだから。

 

 

「で? 一体誰が答えるんだ? 正確に、誰が実行したのか答えてくれよ。正直に話せば少しくらい手加減してやるよ」

 

 

ザッザッと一歩ずつゆっくりとクラウドは入口からヘスティアたちに詰め寄る。

ヘスティアはこのことは予期できていた。家族や仲間を何よりも大切にするクラウドが、ベル達がモンスターを押しつけられて危険な目に遭ったなどと言われればこうなることくらい。

このまま黙りを決めてもクラウドが引くとは思えない。話が通じるうちに何とかして怒りを抑えさえなければ。

 

 

「答えないのか? それとも、答えたくないのか? お前らに拒否権なんざねぇぞ。

俺はヘスティアみたいに優しくも慈悲深くもないからな。そいつのことを恨みもするし憎みもする。だからせめて潔くなれ。そうした方が身の為だ」

 

 

クラウドがイライラしたように声を低くする。命たちも戸惑いながら正直に話そうかと思案し始める。

 

 

「今なら特別に俺にボコボコにされた後に泣いて謝れば命までは取らねぇからよ。さっさと白状しろ、俺の気が変わる前にな」

 

 

決心した命は、自分だけでも、と立ち上がって告白しようとした。が、桜花がそれを手で制し、他のメンバー5人の前に立つ。ヘスティアは思わず、「やめろ」と叫びたくなったがとうに遅かった。

 

 

 

 

「指示を出したのは俺だ。責めるなら俺を責めろ。

だが、俺は今でもあの指示が間違っていたとは思っていない」

 

 

 

 

「そうかよ」

 

 

 

 

その瞬間、何かがヘスティア達の横を駆け抜けた。視認すら不可能な『それ』は桜花の巨体を捕らえると近くの壁へと叩きつけた。

 

 

「が......はっ......」

 

 

「よく『(処刑人)』の前でそんな台詞を吐けたもんだな、大男。

大した勇気だ。決して格好良いとは思わねぇがな」

 

 

クラウドは桜花の首を右手で掴み、壁に押しつけていた。桜花は両手で振りほどこうとするがビクともしない。

 

 

「責めるなら俺を責めろ? そんな台詞が今さら通用するかよ、馬鹿馬鹿しい。

責められるだけで済むわけねぇだろ。少なくとも俺は、償いも謝りもしない相手に不干渉でいるつもりなんざ毛頭ないぜ」

 

 

桜花の顔が青ざめ、腕から力が抜けていく。それでもクラウドは構わずに続けた。

 

 

「間違っていたとは思っていない? 仲間を助けることが間違いとは思えないって意味か?

中層でパーティーが危険になったのは団長であるお前の責任だろうがよ。自分達は死にそうで仕方なかったなんてよく平気な顔で言えるな。

団長なら殿になって仲間を逃がすくらいの気概を見せろよ。誰とも知らない奴らならうっかり殺しても許されると思ったのか? 残念だな、許されねぇよ」

 

 

クラウドが桜花の垂れ下がった右腕の下腕部を掴む。ヘスティアは何をするか察したのだろう。立ち上がって止めに入ろうとした。

 

 

「許されないっていうのはこういうことだ。身を持って体験してみろ」

 

 

クラウドは桜花の腕を掴む手に力を込めて握り潰した(、、、、、)

 

 

「ガッ、アアアアアアッ!!!」

 

 

桜花の悲鳴が教会を揺らすほど響いた。クラウド以外は思わず目をそらしてしまうが、当の本人は不快そうに舌打ちして手を離した。

 

 

「騒ぐなよ。数ある骨の内の一部が砕けただけだろ? 治そうと思えば治るんだろ? ベル達はこれ以上の苦しみを味わってるんだぜ? だったらいちいち気にするな、鬱陶しい」

 

 

「クラウド君、それ以上はやめるんだ!!」

 

 

「桜花殿!」

 

 

「桜花!」

 

 

ヘスティア、命、千草が立ち上がって叫ぶ。並の第一級冒険者を遥かに上回る今のクラウドならいつ桜花を殺してもおかしくない。

今のリミッターの外れたクラウドが不殺を貫けるかも怪しい。せめて桜花とクラウドは引き離さなければならない。

そんな考えは当然クラウドに読まれていた。クラウドは桜花の首を掴んでいた右手を離してヘスティア達に向き直る。

 

 

「うるせぇッ!!」

 

 

クラウドが叫ぶと同時にヘスティアたちは金縛りにあったかのように動けなくなる。クラウドの放つ殺気、その圧力に当てられ、身体を縛り付けられたのだ。

 

 

「邪魔するなよ、ヘスティア」

 

 

クラウドは笑いも怒りもしていない。表情に出すような心境ではないのだ。ヘスティアは咄嗟に神威を解放しようとするが、それすらも封じられている。

 

 

「精神的圧力による行動不能状態。案外、人ってのは暗示や思い込みが体機能に支障を来す生き物だ。こいつはその応用でな。よほどの手練じゃないと解けねぇよ」

 

 

クラウドは淡々と説明すると、ヘスティア達に向けていた碧色の瞳を再び桜花に向ける。

 

 

「さて、どうする大男? 謝るか、半殺しにされるか、瀕死にされるか、死の淵まで行ってみるか。どれか好きな選択肢を選べよ」

 

 

桜花は答えない。いや、答えられないのだ。クラウドの腕力で首を掴まれ、腕を折られ、今も凄まじい殺気に当てられているのだから。

 

 

「それとも具体的な方法をご所望か? 目潰し、皮剥ぎ、骨折、裂傷、打撲、脱臼、猛毒、失明。全部簡単だぜ? どうする?」

 

 

「お、れは......」

 

 

桜花は息が絶え絶えになっている状態で言葉を紡ぐ。クラウドはいかにも面白くなさそうにそれを待った。

 

 

「後悔......して......いない」

 

 

「そうかよ」

 

 

さっきと同じ台詞。同じ表情。同じ仕草。クラウドは腰のホルスターから拳銃を取り出した。そして、迷わず照準を桜花の胸元に当てる。

 

 

「格好悪いな、お前。下衆ならみっともなくても最後くらい格好良く着飾ってみせろよ。

じゃないと、ますます殺したくなるからよ」

 

 

クラウドが持つ拳銃が青白く発光する。銃弾がクラウドの魔力を吸収し、その余波が見えているのだ。

たとえ魔法詠唱なしの即席の魔力の弾丸だろうと、その威力は計り知れない。

 

 

「悪事の一番怖いことって何だかわかるか? 慣れることだ。

そうやって罰から逃げれば、お前はまた同じことを繰り返す。ニ度目も三度目も四度目も。やがてそいつは罪の意識を失っていく」

 

 

クラウドは引き金に人差し指をかけ、ググッと少しずつ力を込める。誰もが叫ぼうとするが、クラウドの殺気によって声を発することすらできない。

 

 

「矯正されろよ、お前。そしてボロボロになった身体と心でベル達に懺悔しろ!!」

 

 

クラウドは一気に引き金にかけている指を引く。発射された銃弾が桜花の身体を貫き、圧縮された魔力によって体内をズタズタにする。

 

 

 

 

 

その寸前だった。

 

 

「その辺にしとけ、バカ弟子が」

 

 

銃の前半分が綺麗に切り落とされ、中断させられた。何が起きたのかクラウドも含めた誰もが戸惑っていると、その原因はすぐにわかった。

クラウドの横に鋼のような筋肉を纏った2Mを越える長身の男がいた。

 

 

「朝からドタドタ街中駆け回ってて何があったのかと思って来てみれば、何やってやがる? ただでさえボロい家を全壊させる気か?」

 

 

クラウドとラストルの師匠。

元アポフィス・ファミリア団長にして現ロキ・ファミリア仮所属。

オッタルに並ぶ都市最強のLv.7。

シオミ・逸愧。

 

 

「......師匠」

 

 

「ようやく気づいたのか? 鈍い奴だ」

 

 

逸愧は右手に刃渡りの長い刀を握っている。クラウドの小太刀は勿論、ラストルの打刀より長く、反りも深い。

聞いたことがある。あれは日本刀の一種、太刀と呼ばれるものだ。通常の刀よりかなり長いため東洋で使いこなせた例は少なく、基本的に馬上戦で使われていたらしい。だが、逸愧の巨体にその刀は相応の大きさに見えた。

 

 

「邪魔するなよ。今こいつを潰さねぇと俺は納得がいかないんだ」

 

 

「今のが当たってたらそこの小僧は死んでたぜ。お前の女神様の意志は尊重しねぇのか?」

 

 

「関係ないな。ベル達を助けに行くのは俺1人で十分だ。わざわざ助けなんざ借りるかよ」

 

 

互いに動かずに睨み合いが続く。時間にしてほんの数十秒だが、この場にいた人間には数十分にも感じられた。

やがて逸愧が「はっ」と透かしたように笑った。

 

 

「口で言っても聞かねぇってか? 世話の焼ける弟子だ」

 

 

「そういうのを余計なお世話って――」

 

 

逸愧の笑い顔に怒りを覚えたのかクラウドが戦闘態勢に入り、その姿がぶれる。

 

 

「言うんだよッ!!」

 

 

縮地による高速移動からの回転蹴り。逸愧の背中めがけて鋭い蹴足が迫る。

 

 

「そいつは悪かったな。いや、謝る気はねぇけど」

 

 

逸愧は振り返ることもなく左手でクラウドの足を受け止めた。クラウドは心底不愉快な顔で歯軋りする。

 

 

「俺はアンタのそういうとこが嫌いなんだよッ!!」

 

 

クラウドは拳銃を捨てて右手で小太刀を抜いて斬りかかる。逸愧はさして焦りもせずに右手の太刀でそれを捌く。

 

 

「そんな力任せの剣技が通用すると思ってんのか!!」

 

 

逸愧は太刀を押し出してクラウドを吹き飛ばす。しかし、クラウドも空中で体勢を立て直し地面に足から着地した。逸愧もゆっくりと歩いてヘスティア達とクラウドの間に立つ。

 

 

「どいてくれ、師匠。俺はそいつを許せないんだ」

 

 

「断る」

 

 

「......どいてくれ」

 

 

「断る」

 

 

「どけよッ!!」

 

 

怒りを露にしたクラウドは左手を前に突き出して魔法の詠唱を行った。

 

 

「【顕現せよ】」

 

 

呪装契約の解放時のみ発動可能な特殊魔法――

 

 

「【魔呪武装(スペル・アームズ)】」

 

 

ズズズッと左の掌に黒い粒子状の物体が集まり、形を成していく。オッタルとの戦いでも使用した黒い拳銃だ。

 

 

「どかないなら、力ずくでどかしてやるよ。俺がアンタを越えてやる」

 

 

「やってみろ、この未熟なバカ弟子が」




次回はクラウドと逸愧の師弟対決。オッタルを破ったクラウドの全力に対してどう挑むのか、ご期待ください。

それでは、感想、質問などありましたら感想欄に、意見や要望、アイデアなどがありましたら活動報告にどちらも遠慮なくご記入ください。

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