廃教会に剣撃の音が響き渡る。神速とも呼ぶべき速度での攻防がその場では繰り広げられていた。
「いい加減、当たれよッ!!」
クラウドが空中から左手の銃を5回発砲。それに対して逸愧は太刀で弾丸を全て弾く。
「まだまだ年下の小僧に負けるわけにはいかねぇよ!」
着地したクラウドに逸愧が太刀で斬りかかる。クラウドは咄嗟に小太刀で防御するが、力負けして弾き飛ばされる。
地面を足で擦りながら倒れるのを抑え、再び発砲。
そんな一進一退の戦いが続くこと数分。ただでさえ壊れていた教会内は銃弾の穴や刀傷でボロボロになっていた。
「そろそろ止めにしねぇか? 確かに俺とまともに戦えるくらいにはなってるが、今のお前からは怒りしか感じられねぇよ。
そんな野郎の剣とぶつかり合っても全然楽しくないんでな」
「楽しくなくて結構だ。今の俺が怒りに任せて力を振るってることくらい理解してる。
その上で、俺は今こうやってんだよ」
お互いに所々掠り傷や服の破れがあるがそこまで消耗してはいない。
それもそうだ。もしこの2人が全力で戦いでもすれば辺り一体が消し飛んでもおかしくない。
「はぁ......やっぱ一度外れちまったら元に戻すのは難しいもんだな。お前の主神様でも無理ときてる。
ま、そのために『保険』も用意しておいたんだがな」
「保険?」
「おっと、失言だったか」
逸愧は太刀を地面に突き立て、抉り取るように振りかぶる。刀によって弾かれた礫が散弾のようにクラウドに襲いかかる。
クラウドは高く飛び上がり空中で半回転。天井に足を着けた。
「そんなの当たるかよッ!!」
天井を蹴り、流星のような速さで真下の逸愧に迫る。重力と真上から小太刀を降り下ろす力が合わさり、破壊力を上げる。
「詰めが甘い」
逸愧も同じく飛び上がり太刀を突き出す。クラウドは空中で攻撃を中断。身体を回転させ刺突をかわす。
舌打ちしながら地面に着地し、遅れて着いた逸愧を睨む。
「これ以上続けるのかよ。いくら言われても剣を交えても、俺は退いたりしないぜ」
「ったく、昔と変わらずアホな弟子だな。俺は個人的に今お前があの小僧を痛めつけることに反対してるわけじゃねぇ。お前の言い分にも一理あるだろうしな。
だがよ、お前の仲間はどう思うだろうな? 自分達に優しくしてくれた先輩が人を半殺しにした、なんて聞いたらな」
逸愧は太刀の峰で肩をトントンと叩き、諭すようにクラウドと話し始めた。
「確かに恨むだろうな。軽蔑されるだろうな。あいつらが謝れって言えば謝ることになるかもしれない。
だけどそれでもいい。俺は少なくとも、自分の立場や評価が危うくなるなんて理由であいつを放っておきたくない」
「......わかってるのか? それをやったら『お前』は一生今の『
「......ッ!」
クラウドはその一言に顔をしかめ、目を逸らした。確実に今の勢いに任せれば桜花は殺される。
5年前にクラウドは処刑人としてオラリオの犯罪を衰退させ、平和を手に入れた。その時に決めたのだ。もうこの平和な街に人殺しを生業とする処刑人は必要ない。これからはその本性を抑え込み、精神の奥へと追いやってただの冒険者として生きていこう、と。
もう一度人を殺したら......人殺しに慣れてしまっていた自分に戻ってしまう。もう一度処刑人に戻ったら、また冒険者になるための切っ掛けを見出だせるのか。
いくら考えても答えは出ない。ただ思考が空回りして、答えに辿り着かない。
「後悔......するのかよ」
初めて人を殺したのは9歳の頃。殺した晩は眠れず、食事も喉を通らなかった。
人間の肉を断ち、血を浴びたときの感覚は今でも記憶に残っている。それから一人、また一人と何百もの人間をこの手で葬ってきた。
今、あの男を――ベル達の危難の元凶となった人物を許して自分は後悔しないのか?
「後悔......するに決まってんだろ」
「いいのか? お前を待ってるのは仲間からの罵声と絶縁だぞ」
逸愧から挟まれた声にクラウドは声を荒げて反抗した。
「うるせぇッ!! そうならないために俺はそいつを叩きのめす必要があんだよッ!!」
自分が壊れていることくらいわかっている。仲間に受け入れられないことも理解できる。
それが理由になるなら8年前に処刑人を志すこともなかった。そんな真っ当で平凡な神経は捨てている。今更退けるわけがない。
「......そうか。ならもう俺から言うことはねぇよ。俺からはな」
「どういう意味だ?」
クラウドが怪訝そうに問い詰めると、逸愧はクラウドの後ろ――教会の入口を指差す。
「言ったろ? 保険を用意したって。無駄にならなくて済んだってわけだ。
後はそいつから聞け、このバカ弟子が」
逸愧の指の先に居たのは――
「......誰だよ、お前」
若葉色の給仕服を着た金髪のエルフの少女、リュー・リオンが立っていた。
◆◆◆◆◆
「誰だよ、お前」
違う。今まで自分が会ってきた青年と同じ人物だとはわかるが、確かに違う。
髪の色もそうだが、目つきも纏っている雰囲気も。顔や背格好の似た同種族の人物と言っても過言ではないほどに。
どういうわけかクラウドはリューのことを覚えていない。いやむしろ、誰なのかわかっていないのだ。
「クラウドさん、私です。......わからないんですか」
「だから誰だって聞いてるだろ。知らないんだよ、お前を」
優しく微笑みかけたり、慌てて弁明していた面影もない。やがて興味を失ったのかクラウドは自分に向けていた視線を外して再び『標的』を確認する。このまま向かわせてはいけない。
考えたときには足が動いていた。急いで歩を進めようとしていたクラウドの前に立って両手を開いて進路を妨げる。
「......何の真似だ。お前も邪魔しに来たのか」
「......そうです」
「なるべく標的以外に怪我させたくないんだ。わかったら帰れ」
心臓の鼓動が早まり冷や汗が流れる。正直に言うととても怖い。身体中に突き刺さるように殺気が溢れている。
クラウドはそんな自分の心中も知らず、無言で右脇を通り過ぎようとした。リューは反射的に過ぎ行く彼の右手を掴んでしまう。
「......放せよ」
「放しません」
「痛い目に遭いたいのか」
「それでも構いません」
「あそこで倒れてる大男みたくなりたいのか?」
「......構いません」
どちらも退くつもりはない。クラウドからすれば突然見ず知らずの少女に手を掴まれ、時間を無駄にしていると感じているはずだ。
そのせいかクラウドはイライラと不機嫌さを露にし、強引に掴まれていた手を振りほどいた。
「邪魔すんなって言ってんだ。俺の何なんだよ、お前は」
「......それは」
答えられない。同じファミリアだったわけではないし、共に戦った仲間でもない。
単なる仲の良い友人がいいところだ。そんな輩の言葉だからこんなにも会話が平行線になってしまうのか。いや、彼の主神や師匠ですら会話において彼を止められていないのだ。
(ですが......)
そんなことが理由になるはずがない。家族や戦友ではないかもしれない。それでも――
「クラウドさん......っ!!」
通り過ぎようとしたクラウドの背中から腹側にかけて腕を回し、そのまま抱きついた。
クラウドは軽く困惑して歩を止めた。
「聞こえてねぇのかよ......!!」
「――いけないんですか......」
リューの言葉が聞き取れずクラウドは思わず聞き返した。
「そういう関係にならないと、貴方を止めてはいけないんですか......」
「......」
クラウドは言い返せないまま口をつぐんだ。リューは目に涙を浮かべながら抱きつく手に力を込める。
「貴方がどんな過去を歩んできたのか、私にはわかりません。私の言うことは甘い戯言に過ぎないかもしれない......それでも、貴方がそんな姿になったら、元の『貴方』が死んでしまいます――」
「元の......俺?」
クラウドの身体から少しずつ力が抜け、持っていた小太刀と銃が地面に落ちる。リューは涙でクラウドの服が濡れていくのも構わず思いを伝える。
「お願いです......私のことならいくらでも傷つけていいですから......! 私は何でもしますから......ですから、私の好きな貴方を......殺さないでください......!」
身勝手で利己的な物言いだというのは承知している。それでも、このまま彼を行かせればもう二度と自分の知る冒険者の彼は死んでしまう、と直感した。
「っ......!?」
クラウドは毒気を抜かれたようにだらりと両手を垂らし、突然膝から崩れ落ちた。
「ころさ......れる、かよ......リュー......」
リューは気を失って倒れそうになるクラウドを支え、ゆっくり地面に座らせる。
クラウドの髪が闇のような黒から見慣れた白銀へと戻っていくのを確認し、ほっと胸を撫で下ろした。
前回の話が意外と感想や意見が多くて嬉しかったです。やっぱりそういった声を聞くとより力が入ります。
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