ダンジョンで銃を撃つのは間違っているだろうか   作:ソード.

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第38話 それぞれの過去

リューとの一件(何があったかは割愛するが)の後、クラウドは彼女に連れられ18階層のとある場所へ来ていた。

 

 

「ここは?」

 

 

「……今から説明します」

 

 

彼女が足を止めたのは森の中にある開けた空間だった。土を掘った形跡の残る地面にはいくつかの十字架が立っていた。

言わずともわかる。これは墓だ。それも、彼女の大切な人たちの。

 

 

「ごめんなさい。貴方に来てほしくて我儘を言ってしまいました」

 

 

「いや、気にしてないよ。俺もすることがなかったからさ。それに、何か理由があったんだろ?」

 

 

リューは硬い表情のまま手に持った花を一つ一つの墓に供えていく。

クラウドもそんな彼女の後ろ姿を見ながら目を閉じて両手を合わせる。

 

 

「クラウドさん、今から話すことはとても重要なことです。

恐らく、貴方の思う私の人物像が変わる可能性が高い。それでも――」

 

 

リューはゆっくりと振り返りながらクラウドと目を合わせる。

 

 

「聞いては、くれませんか?」

 

 

今までに見たことのない表情。

彼女と知り合ってまだ二ヶ月も経っていないが、こんな表情は初めて見た。

ばつが悪そうな、決心がつけられないような雰囲気。

何となく、予想できてしまった。彼女の抱える闇を。黒歴史を。

 

 

「聞くよ。俺も自分の素性について話したから、今度はリューのことも知りたい」

 

 

リューはクラウドの言葉に少しだけ表情を和らげた。そして、その唇を開く。

 

 

「私は、ギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に載っています」

 

 

「………」

 

 

「冒険者の地位も……既にありません」

 

 

彼女が元は冒険者で、今は酒場の店員になっているのは何故か。いくらか疑問に思っていたことが頭の中で繋がる。

 

 

「私が所属していたのは【アストレア・ファミリア】。聞いたことは?」

 

 

「……あるよ。オラリオで犯罪が横行してた時期に街の治安維持を行っていたファミリアだ。5年前に俺が処刑人を辞めたころに丁度解散されたって話だったか」

 

 

「そうです………解散の原因はファミリア間の抗争でした。

この18階層で私以外の団員は全員死亡。遺体すら発見できませんでした。この墓は彼らの武器や持ち物を埋めて作ったものです」

 

 

「……いくら正義を掲げても犯罪組織や対立するファミリアとの衝突は避けられない。

あの荒んだ時期にはそう珍しいことでもなかっただろうが……そうか、そんなことが……」

 

 

クラウドとて、アポフィス・ファミリア、ロキ・ファミリアと有数のファミリアで戦い続けてきた人間だ。

その過程での仲間の死は何度も経験してきた。しかし、仲間を皆殺しにされて一人孤独を味わった彼女の苦しみに比べたら、血が繋がっていなくとも家族がいた自分の方が遥かに恵まれていると思えた。

 

 

「私はその後、主神のアストレア様に都市の外へと逃げてほしいと頼みました。

あの方に、私を見てほしくなかった……あの頃の私を……」

 

 

「それからどうしたんだ? それでギルドから危険視されるとは思えないが………」

 

 

「それからが問題だったのです。私はアストレア様が去った後、取り返しのつかないことをしてしまった」

 

 

彼女の唇が引き絞られる。言い淀んでいるように見えた。

クラウドが静かに待っていると、リューも意を決して話を続けた。

 

 

「まずは仲間を殺したファミリアを――次はその関係者、疑わしき人物を全て殺しました」

 

 

「………!」

 

 

予想はできていたが、正直彼女の口から聞きたくはなかった。殺すことで奪う命の重みを、それによって落ちる奈落の深さをクラウドは知っている。

 

 

「正義を信じて戦った私とは似ても似つかない。仲間を殺されたことに対する怒りを、彼らにぶつけることしか頭になかった………復讐に駆られた狂人と化していたんです」

 

 

リュー僅かにその美しい顔を歪める。当時の激情が外面に漏れ出ているのだろう。

 

 

「豊饒の女主人で雇ってもらったのはその後です。復讐を終えた私をシルが助けてくれて、ミア母さんに匿ってもらうよう頼んでくれました。かつての【疾風(リオン)】の名を隠し、髪も染めました。

これが、私の過去です。私の……過ちです」

 

 

リューが段々と話の最後になるにつれて顔を曇らせる。クラウドからの反応に怯えながら、話を終えた。

 

 

「幻滅……したでしょう。申し訳ありません。

騙すつもりはありませんでしたが、結果としてそうなってしまいました」

 

 

「………リュー、俺は――」

 

 

「言わないで、ください」

 

 

クラウドは否定しようとしたが、リューの様子を見て言葉が詰まってしまう。

彼女の目が潤んで、涙が一筋頬を伝っていたからだ。リューは慌てて涙を手で拭い、クラウドに背を向けた。

 

 

「わかっています。貴方が私に言いたいことがあるのは、わかっているんです。

ですが……せめて、私の口から言わせてください………貴方の言葉では、私はもう、自分を………保てないかもしれません………」

 

 

表情こそ見えないものの、身体が僅かに震え、声に嗚咽が混じっている。泣いている、のか。

 

 

「私は……最低です。自分の激情に任せて多くの人を殺めた……醜いエルフです………」

 

 

やめろ、と。そう言いたくなった。それ以上、自分を追い込まないでくれ。

 

クラウドはそんな思いを込めて、自分に背を向けている彼女の両肩を掴んだ。

 

 

「………!?」

 

 

「震え、治まったか?」

 

 

リューは困惑しながらゆっくりとこちらに振り向いた。案の定、その美しく整った顔は涙で濡れている。

 

 

「あのさ……リュー、昨日の夜のこと――お前の部屋で話したこと覚えてるか?」

 

 

「………はい、覚えています」

 

 

クラウドが彼女の部屋で話した自分の素性。クラウドが処刑人だったことについて、彼女が出してくれた答えを。

 

 

「あのときお前が言ってくれたこと……俺は凄く嬉しかった。だから、俺からも同じように返事をさせてもらう。

俺が、お前の過去を知ったくらいで幻滅すると思ってるのか?」

 

 

「……え?」

 

 

リューは信じられないと言わんばかりに顔を動揺の色に染める。クラウドは構わずに続けた。

 

 

「それにさ……俺の好きなお前のこと、悪く言うなよ」

 

 

自分でも強引なことを言っているのはわかる。だけど、こんなところで責任を逃れたらこれから先、自分は一生後悔する。

 

 

「………私がしたのは、貴方のように誰かのためではない……個人的な復讐です」

 

 

「誰かのためだなんて思ってない。あれは俺が勝手にやったことだ。頼まれたわけでも、縋られたわけでもない」

 

 

そうだ。自分が幼い頃から培ってきた殺しの技術、冒険者としての能力。それがあればこの街を変えられると思ったから。そういう街にしたいと思っただけだ。

顔も名前も知らない誰かのために人生を捧げるなんてしたくない。一人の人間である以上、自分の正義を通したいと思っている。

 

 

「それに、さっきの話を聞いてて、お前の表情を見てて、少し嫌な気分になった」

 

 

「?」

 

 

「嫌われる、避けられる、見限られる、そんな感情が表に出てた。ずっと俺の顔色を窺うみたいに。

いいか、リュー。俺はな――」

 

 

クラウドは彼女の両肩から手を離す。少し息を吸って彼女と目を合わせ直した。

 

 

「お前を嫌いになったりしない」

 

 

リューの空色の瞳が強く開かれる。涙の流れる目元は僅かに赤くなっている。

 

 

「お前のしたことを忘れろだなんて言わない。これから一生心に残さないといけなくなる。

だけどな、いつまでも自分を責めることだけは……やめてくれ」

 

 

「でも、私は………」

 

 

「心に傷のない人間なんかいない。お前はこれから、その大きな傷と向き合って、ちゃんと折り合いをつければいい。

それを俺が咎めるなんてどうかしてる。これまでと同じ――いや、これまで以上に大事な仲間だって思ってる」

 

 

「いいん……ですか? 貴方は、こんな私を――」

 

 

最後までは言わせなかった。そんな台詞をこれ以上彼女に言わせたくない。

言わせては、いけない。彼女が潰れてしまわないように。

 

 

 

 

「俺は本気で、お前に会えてよかったって思ってる! 昔も今も同じくらいな!

他の誰かがお前を悪く言うなら、そいつら全員俺がぶっ飛ばす! だからお前も! 自分のことを駄目だなんて言わないでくれ!」

 

 

 

 

リューの顔が、一瞬固まる。やがてじわじわと涙腺が決壊し、涙が止めどなく溢れてきた。

クラウドは慌てて宥めようとするが、リューはそれより早く行動に出た。

 

クラウドにゆっくり近づいて、左肩に顔を預けてくる。クラウドは一瞬動揺したものの、ぎこちない動作で彼女の両肩に手を置く。

 

 

「ごめんなさい……少しだけ、こうさせてください……」

 

 

「ああ、俺でよかったら好きなだけどうぞ」

 

 

いつもなら恥ずかしさで拒否するところだが、今回ばかりはそうはいかない。流石にここで逃げるようじゃ人間としてヘタレすぎる。

 

 

「……何で急に話す気になったんだ? しかも俺に」

 

 

「昨日は貴方から話を聞きましたから、次は私が話さなければ不公平でしょう? それでは理由になりませんか?」

 

 

「いや、全然。話してくれて嬉しかったよ」

 

 

なるべく彼女の体温を意識しないようにしているが、そんな建前とは裏腹に動悸は激しくなっていく。

心臓の音が聞かれてるかもしれない、とヒヤヒヤしてきた。

リューはさっきまで隠していた顔を見せてクラウドと目を合わせる。

 

 

「クラウドさん、私……貴方が好きです」

 

 

「……え?」

 

 

クラウドはリューの意味深な質問に首をかしげながら聞き返した。

 

 

「さっき、私のことが好きだと……」

 

 

「………!」

 

 

心臓を鷲掴みにされた。いや、正確にはされていないが、一瞬そう錯覚した。

確かにさっき好きだとは言ったが、クラウドとしては一世一代の告白だとは思わずに口にしていたので改めて指摘されると顔が熱くなる。

 

 

「気づかずに言っていたんですか? ……珍しいですね、貴方のそういう姿は」

 

 

クラウドの恥ずかしがる顔が面白かったのか、リューは微笑みながら言ってきた。余計に恥ずかしい。

 

 

「……確かに、ね? その、友達として? 仲間として? す、すすす好きだと……」

 

 

「恋人では……駄目ですか?」

 

 

「えっ、えっと……」

 

 

駄目ではない。むしろ、こんな女性を恋人にできるのならこれ以上ないくらいの幸せだ。

だが、しかし――

 

 

「………ごめん」

 

 

「………そう、ですよね」

 

 

クラウドは自分の言い方に問題があったことにすぐ気づいた。とても残念そうな顔で俯いているリューに慌ててフォローに入る。

 

 

「違うんだ……嫌とかじゃなくて、ただ――」

 

 

「ただ?」

 

 

「気持ちの整理がつかなくて……」

 

 

好きであることに違いはない。そうなのだが、今まで女性と交際したことのないクラウドにはそれがどういう愛情なのか整理がついていない。

少なくとも、こんな曖昧な気持ちや覚悟で告白などしてはいけないと思う。

 

 

「まだ……俺は……半分はあの頃のままだから……」

 

 

昨日の夕方に見せたもう一つの自分、『処刑人』としてのクラウドが。まだ自分の心には住み着いている。

自身の正義の為に人を殺す自分がいる。

 

 

「昔の俺を克服……あるいは越えることができたら、俺は迷いは捨てられると思う。

ただの冒険者として、完全に自分を取り戻せる。だから、それまで返事を待ってもらってもいいか?」

 

 

「………」

 

 

リューは複雑な表情で目を泳がせる。

 

 

「そうなったら、ちゃんと自分の気持ちが理解できると思ってる。なるべくお前を待たせない、だから――」

 

 

「……わかりました」

 

 

リューは戸惑いや哀しみの雰囲気を捨て、晴れやかな笑顔で了承してくれた。

しかし、少しだけ表情を険しくさせ「ですが」と続ける。

 

 

「手付分程度なら、もらっても構わないでしょう?」

 

 

「それってどういう――」

 

 

リューの手が両肩に置かれ、少し彼女の方に引っ張られる。

直後、右頬に柔らかく微かに濡れた何かが押しつけられた。視界の右側はリューの顔が支配しており、その感触が無くなると共にちゅっ、と音が立った。

 

疑うまでもないだろう。リューが自分の頬に口づけをしてきたのだ。

 

 

「あ………」

 

 

「……こんな感覚、初めてです」

 

 

突然の事態に言葉も出ないクラウドに、リューはぽつりと呟いた。

 

 

「誰かに触れる――ましてや、口づけをするなど忌避感しかなかったのに……貴方となら、嫌ではありません」

 

 

「お、俺……なら?」

 

 

リューもほんのり顔を赤くしながら頷く。

暫く、と言っても数秒だが静寂が辺りを包む。リューは意を決して、言葉を切り出した。

 

 

「その……告白をしてくれるときになったら、今度は貴方からしてもらえますか?」

 

 

告白を先延ばしにしている立場上、クラウドは何も言い返せない。大人しく頷いた。

 

 

「ああ、お前のためにも……必ず、そうするよ」

 

 

リューは少しだけ目に涙を溜め、綺麗に、それでいて可愛らしく笑った。

 

 

「………はい」

 

 

また一つ、生きるための理由ができた。そんな考えが頭に浮かぶが、後回しにしてしまう。

 

こんなにも美しい妖精を前にして、彼女以外のことなど考えられない。そう痛感したからだ。




まだゴールインには至らない二人。それでも友達以上恋人未満にはなれましたね。大きく進展です。ですがまだほっぺにキスです。プラトニック!

さあ、ラブコメはさておき。次回からはバトルに戻ります。むしろ、何故この一ヶ月半の回が殆どラブコメだったのか。もうタイトル詐欺レベルですよホントに。
銃も使ってませんし。銃も使ってませんし。(大事な事なので二回)

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