「ラストルッ……!!」
「やーっと会えた、ね?」
眩しいくらいの笑顔を浮かべる
眼を奪われそうなくらい美しかった。
ラストル・スノーヴェイル。クラウドの妹分であり、元同僚。
「何でここに……」
「何でって、クラウドに会うために決まってるよ。クラウドったら、私が会いに行こうとしても街にいないんだもん」
ラストルは口角を上げ、笑顔を作っているが眼が全く笑っていない。泥に黒インクを混ぜたような色をしている。
「悲しかったなぁ、辛かったなぁ、泣いちゃうかと……思ったなぁ……!」
ラストルは左手で顔を覆い隠し、悲痛そうな声色で話す。それに動揺してしまったせいか、彼女に間合いを詰められたことに一瞬気づかなかった。
「嬉しい……私、嬉しいよぉ。クラウド、やっと会えた……」
両腕を背中に回され抱き付かれた。服越しに彼女の体温と身体の感触が伝わる。
伝わってはいるが、そんなことは全く気にならなかった。それを簡単に上回るほどの悪寒が全身を支配しているからだ。
「……やめろ」
「……なんで?」
「……離れて、くれ」
「……やだぁ、もうちょっと……」
抱き付く腕に力が込められ、より密着してしまう。
自分でも不思議でならなかった。かつては家族としても弟子としても可愛くて仕方なかった彼女にこんなことをされて
「くっ!!」
「きゃっ!!」
クラウドは強引に振り払うようにラストルを自分から引き剥がした。激しい運動をしたわけでもないのに汗が頬を伝い、肩で息をしてしまう。
「どうしたの? クラウド、恥ずかしかった?」
「……!! ちげぇよ……」
眼を合わせられない。俯きがちにクラウドは叫んだ。
「何で嫌がるの? 昔はよくしてくれたのに……」
事実だ。昔、ラストルやアイズがふざけ半分に抱きついてくることはよくあった。
正直、その時間は本当に幸せだった。心が洗われるような感覚さえあった。
だが、これは何だ? じわじわと神経が削り取られるような不快感に包まれてしまう。
何なんだ、こいつは。誰だ、こいつは。
「誰なんだよ……お前……!!」
質の悪い冗談であってほしい。目の前の少女が
「今のお前はどうかしてる! ファミリアから失踪して! 徒に街の人達を殺して! 何がしたいんだよ一体!」
ラストルはクラウドの心からの叫びに対しても不思議そうに首をかしげるだけだ。
「一体何があったら……『そんな風』になるんだよ……」
泣きそうだった。数日前に会ったときも十分おかしかったが、今の彼女から漂う雰囲気はまるで違う。
「そんな風にって……今の私、何かおかしい?」
「おかしいに決まってるだろ……」
「おかしい……かぁ」
ラストルは僅かに差す光に顔を照らしながらクスクスと笑う。
「私、気づいたんだ。何で五年前にクラウドが処刑人をやめちゃったのか」
「……前にも言っただろ。オラリオはもう前みたいな街じゃない」
「だよね。そう、それだよ。あんなに輝いてた
要領を得ない。街の人達のために戦ったことでクラウドが変わったことは事実だ。それがラストルにとって何が不満だというのか。
「昔から殺して殺して殺して、すっごくすっごくすっごく強かったクラウドが、大好きだったのにさぁ……それなのに――」
ラストルの顔からフッと笑みが消える。肩から力が抜け、深く息を吸う。
「それなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにっ!!!!」
壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す。繰り返すにつれて声が怒気を纏っていく。
「この街が
ラストルは懐から一つの瓶を取り出した。透明な瓶の中に白い錠剤が詰められている。
「みーんなみーんな、みーんな
ラストルは瓶の中身を揺すり、じゃらじゃらと音を立てる。間違いない、あの中身は危険だ。
「ラストル、それは一体何だ? 何が入ってる?」
「あはは、気になる?」
ラストルは悪戯を楽しむように笑い、瓶を突き出した。
「【
「……どんな薬だ」
「大したことないよぉ。頭がすっきりして身体が軽くなって、気持ちよくなっちゃうだけ。それで、ちょーっとだけ自分に正直になっちゃうんだ」
そういえば聞いたことがある。数年前に悪徳ファミリアが密造していた危険薬物の効果と酷似している。
「人を憎んだら殺して、物が欲しくなったら盗んで、お金が足りなくなったら奪う。
そんな正直で単純で素直な人達ばっかりになればクラウドも殺したくなっちゃうよね? そうだよねぇ?」
ラストルの言葉を聞くだけで腕が震える。言っていることが信じられない。
「安心して、危ない薬とかじゃないなら。恐いのは最初だけで、私も飲んでるうちにどんどん気持ちよくなってきちゃったんだよ。こんな風に……」
ラストルは瓶の蓋を開け、薬を三錠取り出して口の中に放り込み咀嚼する。
「やめろ、ラストル!! 飲むな!!」
「えー、クラウドも飲んでみなよ。きっと気に入るよ。私、今よりもっと素直になったクラウドも見てみたいなぁ」
ラストルは開いたままの瓶からまた薬を左の掌に三錠取り出す。何をするつもりか一瞬で感じ取れたがラストルの方が少しだけ速い。
「ムグッ!!」
ラストルは左手でクラウドの口を覆うように掌の薬を口の中に押し込んできた。
「恐くないから、ほら、ほうらぁ……」
口の中で薬が転がされ、唾液で溶かされていく。このまま飲み込んだらまずい。
クラウドはラストルの左手首を掴み、口を押さえる手を離した。
「ゲホッ、ゲホッ」
ラストルの手が離れた隙に足元の地面に薬を吐き出す。激しく咳きこんで唾液で溶かされた成分も出来るだけ体内から取り除く。
摂取したのはごく少量で済んだようだ。クラウドが口元を拭いながらラストルに向き直ると、青ざめた顔をした彼女が見えた。
「どうして……どうして嫌なの? クラウドが私のこと突き放したことなんかなかったのに……」
「……もうやめろ。その薬をこっちに渡して大人しくファミリアに帰るんだ」
これ以上の会話は不毛だ。何とかして元に戻すしかない。地上に戻れば何かしら治療法が見つかるはずだ。
ラストルは青ざめた顔から一変、ニヤリと不気味に笑う。
「ああ、そっかぁ……わかったよ、わかっちゃったよ」
ラストルは腰に差した刀の柄に手を添える。クラウドも右手に小太刀、左手に拳銃を装備し警戒を強めた。
「あなたこそ一体誰? クラウドみたいな格好して、クラウドみたいな声して、クラウドと同じような武器持ってて……そんなので私を騙せるとでも思ったの? クラウドはそんなこと言わないもん、私が嫌がるようなこと言うはずないんだから……」
「ラストル……?」
「消えてよ、偽者。その姿で、その声で、クラウドの真似なんかしないでよ!!」
柄を握る手がぶれる。
「【
クラウドは小太刀を縦に構え、真一文字に振るわれる刀を受け止める。抜刀術は刀を抜き放つ際の角度でおおよその軌跡が読める。
躱すことはできなくとも、防ぐことならなんとかなるはずだ。
「かっ……はっ……!」
受け止めたはずが、気がつけば後ろの木に激突していた。抜刀が速すぎて吹き飛ばされてしまったのだ。背中の鈍痛に気づいた直後に激しく喀血し、地面を血で濡らしてしまう。
「冗談だろ……」
剣術の威力に驚いたのも束の間、ラストルが刀を水平に構えた状態で回転しながら突進してきた。
周囲の木々を薙ぎ倒しながらクラウドの首を切り落とそうと迫る。
クラウドは身を屈めたまま前転し、彼女の間合いから外れる。
「逃がすか!!」
ラストルは回転を止めると、地面を蹴って走る。
間合いを詰められる前に足を止めるしかない。クラウドは左手の拳銃で足を狙い、三発発砲した。
「遅いね」
ラストルは弾道を完全に読み、三発全てを刀で弾く。
「死ねっ!!」
身のこなしも恐ろしく速い。銃弾を弾く間に距離を詰められた。刀を小太刀で捌くのが手一杯だ。
「中々やるよね、偽者のくせに!!」
「こっちは死に物狂いなんだよ!!」
「うざったいっての!! さっさと斬り殺されろ!!」
ラストルは左手で鞘を帯から抜き、クラウドの頭を横殴りに振り抜く。
「ガッ!!」
鞘に鉄でも仕込んであるのか、打撃の威力が半端じゃない。脳震盪を起こして身体が揺らぐ。
「余所見してる場合!?」
「んなわけあるか!」
クラウドは両手の武器を手放し、正面からラストルの両手首を掴む。攻撃を封じたまま頭突きをし、怯んだところで腹に膝蹴りを叩き込み距離をとる。
クラウドはもう一つの拳銃を抜き、掌に魔力を込める。
「【
稲妻と竜巻を纏った銃弾が木々と地面の草や葉を吹き飛ばしながら突き進む。
「チッ……」
ラストルは躱せないと悟ったのか、舌打ちをしながら刀で防御の姿勢に入る。
だがそんなことに大した意味はない。彼女の小柄な身体は紙のように空高く飛ばされ、身体に電撃が走る。そんな攻撃を受けた状態で空中での体勢の建て直しなどできるはずがない。ラストルは背中から地面に強く打ちつけられた。
(終わった……のか?)
ラストルの身体は仰向けのままピクリとも動かない。無理もない。こんな距離で【暴虐雷雨】をくらって大怪我にならない奴はクラウドが知る限りオッタルか師匠のシオミ・逸愧くらいだ。
「死んでないよな……」
クラウドは小太刀ともう一つの銃を拾い、ラストルの元へ駆け寄った。ラストルの両眼は閉じられ、振るっていた刀も手から離れている。
胸元が僅かに上下に動いていることから呼吸はあるようだ。念のため手首の脈拍も確認したが問題なく拍動している。
「……よかった」
「何が、よかったのかな?」
浅く呼吸していた口から突然平坦とした声が発せられる。
しまった、と身構えたところでもう遅い。左足首をラストルの左手が掴む。足で払おうとするが彼女の力の方が強いためほとんど拘束は弛まない。
「チョロチョロ逃げ回ってくれてさ……もう逃がさないよ」
「まだ動けるのか……!」
中々拘束は外れない。クラウドは無理矢理にでも離そうと小太刀を抜こうとするが、ラストルはそれを許さない。
「その足、もらうよ」
ラストルの冷ややかな声と共に左足に薄く冷たい金属が入り込む感触があった。
おそるおそるラストルに掴まれている左足を見る。そこには脛の半ばあたりを刺し貫く刃があった。遅れて鋭い痛みが走り、地面に踞る。
「ゲームオーバーだよ、偽者」
ラストルの病み具合がエスカレートしているような……いや、元々だったかな? 何故か会話文は書きやすかったです。
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