第44話 善処
18階層での戦いから数日。クラウドは一人、もはや行きつけの店となった豊饒の女主人へと足を運んでいた。
「それで、ラストルさんの件は解決したのですか?」
「ああ、今はロキのとこで世話になってるだろうな」
クラウドは店のカウンターに座ってグラスに注がれた
カウンター越しに見下ろすような形で話しているのはリュー・リオン。この酒場の店員であり、つい最近クラウドの恋人となった少女だ。
「結局、ラストルが使ってた違法薬物の出所も突き止められた。オラリオと繋がりのある宗教団体だったよ」
戦闘の後でラストルから回収した薬物は5年前に彼女がその団体から買ったものだったそうだ。
本人は鎮静剤の類だと聞かされて購入してしまったらしい。
その宗教団体は以前から詐欺や薬物取引、殺人などの黒い噂が絶えなかったものの証拠不十分で放置されていたのだ。
「宗教団体か……身近で神を見てきた方からすれば、信仰心なんてよくわからないよな……」
クラウドは一昨日、その団体を徹底的に調べ、証拠を見せつけた上で潰してきた。人員の中には何人か傭兵もいたが、全く相手にならなかったので実際半日くらいで全部終わった。
「しかし、これで一先ず問題はなくなったのですから安心してもよいのではないですか?」
「いや、そういうわけにはいかない」
クラウドは少し身を乗り出して話してくるリューを見上げるような形で返す。
「ラストルとの件で改めてアポフィス・ファミリアの構成員たちのことが心配になったんだ。
ただでさえあいつらは血の気の多い連中だったのに、今はファミリアが解散になったせいで益々危険になってる」
ファミリアが健在だったころは当時の副団長だったクラウドや団長の逸愧の統制もあって、暴走するようなことはなかったものの、今はその縛りもなくなっているのだ。
「下位の構成員はともかく、当時の幹部連中には俺やラストルと同格の使い手もいたくらいだ。
多分、ロキやフレイヤのファミリアに匹敵するくらいの規模はあったと思っていい」
「……そうですか。それならば、油断せずにいた方がいいでしょうね」
クラウドは「そうだな」とだけ返すとグラスに残った
「それに、ベルのことも心配だ」
「クラネルさんが?」
「ああ」
リューは何のことかわからないと言わんばかりに不思議そうな顔をした。
別にベルが問題を抱えているとかではない。むしろ、ベルの存在がどうしても周りに影響を与えてしまうと言った方がいい。
「ベルが一ヶ月半でランクアップしたことは当然知ってるよな?」
「はい」
「当たり前のことだが、ベルはそれまではほぼ無名の冒険者だった。俺が見てきた冒険者たちにあるような荒々しさやむさ苦しさもなかった」
クラウドとしては同時期に入団したこと、先輩として彼に色々と指導したことなどもあって弟のような存在だった。
「だが、そんな駆け出しの冒険者がいきなりランクアップの最短記録を大きく上回ってLv.2になった。
天才と言われるアイズとラストルでさえ一年かかったのに、その八分の一程度だ。注目されるに決まってる」
「つまり、クラネルさんが多くの神や冒険者に目をつけられることを警戒している、と?」
「そういうことだ。大抵は妬んだり冷やかしたりするくらいだろうが、大規模なファミリアの――好奇心や執着心の強い神の連中がベルに余計なちょっかいをかけるかもしれない」
神は基本的に人々から崇められる高貴な存在などではない。そんな連中はごく少数だ。
神は悠久の時を生きるため、
「ん? もうこんな時間か」
店内の壁に掛けられた時計を見ると待ち合わせの時刻に迫ろうとしているのが確認できた。
クラウドは懐から代金分のヴァリス金貨をテーブルに置く。
「これから用があるんだ、じゃあな」
「はい。またのご来店をお待ちしております」
リューも最後は店員らしくうっすら微笑んで丁寧にお辞儀をした。
クラウドは席から離れ、出口へと向かう途中であることを思い出した。
「そうだ、リュー」
「何でしょう?」
「明後日の午後は時間あるか?」
リューは「少し待ってください」と店の厨房の入り口辺りまで行き、戻ってきた。店員ごとに割り振られている休日の表を確認しに行ったのだろう。
「その日でしたら空いています。何か私に用事でも?」
「ああ、お前さえよかったら、一緒に出掛けようと思ってさ」
店が一瞬静まり返る。昼間で比較的人が少ないとはいえ、客もちらほらいるし、シル、アーニャ、クロエたち店員も働いているのだ。
そんな中でリューは数秒固まった後、口を半開きにしたまま頬を赤く染めた。
「そ、それ……は、つまり……?」
「デートしよう」
静まった店内にクラウドの放った言葉が反響し、何度も繰り返される(ように聞こえた)。
リューは俯いて両頬に手を当てている。
「どうした? 嫌なら別に強制したりは――」
「そうではないのです……ただ……」
「ただ?」
「男性とこういった形で出歩くのは初めてですから……色々と至らない点があると思います。それでも、構いませんか?」
クラウドは思わず吹き出してしまった。リューはそれを見て俯いていた顔を素早く上げる。
「そんなこと言ったら、俺だって初めてだ。そんなの気にしない」
リューはそれを聞いて心なしか表情が明るくなった。
「じゃあ、明後日の正午にここに来るから、よろしくな」
「は、はい」
クラウドは話を終えるとリューから視線を外し、店の入口に向き直る。だが、ここで左側から伸びてきた大きな手がクラウドの右肩をガシッと掴んで引き止めてきた。
「話は終わりかい?」
誰だ? とその手の主を確認すると、大柄なドワーフの女性が額に青筋を立てながら立っていた。ここの店主のミアさんだ。
クラウドは顔をひきつらせ、ダラダラと嫌な汗を流してしまう。
「え、えと……はい」
「だったら早く行きな。お熱いのは結構だが、ウチの娘とあんまりイチャイチャしてたら商売にならないんだ。今度から気をつけな」
「……前向きに善処致します」
「聞こえなかったね」
「もうしません」
「よろしい」
ビックビクしながらクラウドは店を後にした。いなくなった後の店内で女性たちのキャーキャー騒ぐ声が聞こえたが、クラウドには恥ずかしがる余裕もなかった。
◼◼◼◼◼
『乾杯!』
南のメインストリートの路地裏の一角『
豊饒の女主人ほどの規模や綺麗さはないが、この荒くれた感じはいかにも冒険者の酒場といったところだ。
「何はともあれ、ヴェルフ。ランクアップおめでとう」
「これで
「ああ……ありがとな」
そう。実は18階層での戦いを経てヴェルフはLv.2へとランクアップした。そのお陰で『鍛冶』のアビリティを習得できたのだ。今回の祝賀会はそのお祝いである。
「しっかし、大変だったらしいな。18階層でお前らはあの黒いヤツと戦ってたんだろ?」
「あの黒いゴライアスのことか……」
クラウドの疑問にヴェルフは頭を捻らせる。その場にいたであろうベル、リリ、キリアの三人も考えるような仕草をとった。
「結局わからないままでしたね、あの階層主」
「確かに、
ベルとリリはやはりわからないようだ。そこでキリアが冷静そうな顔で発言する。
「私の推測ですが、ヘスティア様に何らかの関係があると思われます」
「神様に?」
「はい。ベル様を助けに来た際に見せたヘスティア様の神威……そしてその際に溢していた言葉」
『あのモンスター……多分、今の神威に反応したんだ。それで……』
ほんのわずかな声量だったが、クラウドとキリアは見逃していなかった。まあ、そんな台詞を呟いていれば怪しまない方がおかしい。
「だろうな。恐らく、神威もしくは神の存在そのものがダンジョンに影響を与えたと考えるのが妥当だ」
ヘスティアには作為などなかったのだろうが、神がダンジョンと何らかの関係があると見て間違いない。
だが、これはまだ未開の部分が多い。それに、これ以上話す必要もないだろう。
「ま、それはそれとして、お前らが無事で本当によかった。悪かったな。俺もそっちの戦いに参加したかったんだが、別の相手を任されてたから」
「それに関しては、誰もクラウド様を責めたりはしていませんよ。むしろ、クラウド様があの場で食い止めていなければリリ達の方の被害が拡大していたかもしれません」
そう、クラウドはあの戦いのときにラストルの相手をしていたせいで黒ゴライアスとの戦いには不参加だった。
幸い死者はいなかったらしいが、駆けつけることが出来ていたら、と考えるとどうしても申し訳なく思えてしまう。
「そうですよ。確かに、クラウドさんがいてくれたらとは思いましたけど、別の人を相手にしてたなら仕方ないじゃないですか」
ベルは気にしていない様子で笑っていた。ヴェルフもベルに賛同するように頷く。
「というか、ベル達の方こそ大丈夫だったのかよ。確かギルドに難癖つけられて罰金払わされたって聞いたが」
「「ああ……」」
ベルとクラウドの悲しげな声が被る。
実は今回の件――ヘスティアとヘルメスがダンジョンに潜り、この騒動を引き起こした原因であるとギルドから厳重注意及び罰金を喰らったのだ。
まあ当然罰金は神様方の懐などではなくファミリアの資産から出るのだが、その額はなんと――
「ファミリアの資産の半分……だったな」
「ええ……あれは辛かったですね」
実際にはクラウド達は比較的マシな方だった。零細であるヘスティア・ファミリアの資産の半分なら精々二、三十万ヴァリスで済んだ。
だが、ヘルメス・ファミリアはそれなりに規模の大きい派閥なので罰金の額もかなりのものだった。
ヘルメス・ファミリアの団員たちよ、可哀想に。
「心配するな。数十万ならこれから頑張れば取り返せる金額だ」
「そうですね、もっと頑張っていきましょう」
これからの意気込みに燃えるベル達。クラウドもベルの成長を感じられて嬉しかった。
「何だ何だ、どこぞの兎が一丁前に有名になったなんて聞こえるぞ!」
そこに水を差すような大声が響いたせいで喜びが曇ってしまうまでは。
人生で一回くらい「デートしよう」とか言ってみたいです(涙)
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