それを踏まえた上でどうぞ!
「ん……」
何だか懐かしい天井だ。目を覚ましたクラウドはいの一番にそう思った。
そうだ。ロキ・ファミリアのホーム――黄昏の館のクラウドの部屋だ。
「ああ……そっか、昨日ここに泊まって……」
寝ぼけ眼を擦りながら、意識を覚醒させていく。
そういえば昨日リューとの夜のまぐわい(誓ってマッサージ以外してないが)を終えてヘスティア・ファミリアのホームに帰る前に、アイズとラストルのところにキリアを迎えに行ったのだ。
だが、黄昏の館に着く頃には夜も遅かった上、せっかく二人きりになっているベルとヘスティアの邪魔をするのも気が引けたのでこの館で一泊することにしたのだ。
ちなみにベルたちにはロキがわざわざ使いを出して知らせていた。贅沢に人を使うな、全く。
「眠い……」
盛大に欠伸をしながら上体を起こす。さっさと着替えてキリアと一緒に帰らなければならないのだ。二度寝したい気分を振り切って、ベッドの上面に手を置いて床に立ち上がろうとした。
だが、ベッドの上面に置こうとした手は全く異なる質感をクラウドに知らせていた。柔らかい、指の力の強弱で形が自在に変化するようだ。
「あっ……おにい……ちゃん……そんな………いき、なり……」
「…………は?」
明らかに聞き覚えのある声だった。確実に該当する人物が一人しか存在しないが、本心ではそうであってほしくなかった。間違いなく自分が触っている柔らかい物体の辺りからしている。
女神か天使とでも見紛うほどの美しさを持つ金髪の少女が左隣に眠っていた。アイズ・ヴァレンシュタイン。クラウドの義理の妹だ。
となると当然、今クラウドが触って揉みしだいているのは、彼女の胸元にある膨らみだ。
「は、はは……ははは……」
人は自分の受け止めきれない事態に直面したとき、それが限界を越えていると驚いたり困ったりする前に、笑ってしまうのだと理解できた。
クラウドは数秒頭を抱えて力なく笑うと、呆れ気味に眠っている彼女の肩を揺する。
「……アイズ、朝だぞ。その……自分の部屋に戻って――」
アイズを起こそうと揺すっている手にしゅるっと、何か紐状のものが絡み付いた。ぎょっとして思わず声が止まってしまう。
一体なんだこの紐は? 手に取って指を滑らせる。黒い、ふさふさした毛が生えていてとても心地良い。
その紐の行方を追っていく。どうやらアイズの反対側、クラウドを挟むように右隣から伸びてきているようだ。どんどん視線を右に移していく。
そして、またもや渇いた笑いが出てしまった。
「もー……おにいちゃん……だめだよぉ……しっぽ……ばっかりぃ……」
鴉の濡れ羽色とでも表現すべき黒い長髪。頭から二つ生えている三角の猫耳。そして、さっきから手首に巻き付いている紐は、彼女の腰辺りから伸びている尻尾だ。
ラストル・スノーヴェイル。クラウドのもう一人の義理の妹の
義妹揃ってか貴様ら。
「……っ! お前ら、起きろ!」
「ん……えあ?」
「ん……クラウド?」
クラウドは少々声を張り上げ、強めに二人の肩を揺する。どうやら起きてくれたようだ。
「ふああ~、おはよー」
「おはよう……二人とも、起きたんだね」
「ああ、うん。起きたんだけど現状の整理のために一端俺のベッドから降りようか妹たちよ」
何とも可愛い欠伸をしながら起きた二人だが、今はそれどころではない。クラウドは三人に掛かっている毛布を外し、部屋の隅に畳んでおいた。
アイズとラストルはのそのそとベッドから立ち上がる。だが、二人ともまだ眠いのか、ベッドにすとんと腰かけてウトウトし始めた。
「待て待て待て! 二度寝すんな!」
二度目の起床と言ったところか。二人ともまたもや盛大に欠伸をしながら意識を戻した。もう寝るなよ。
「で? 何で俺のベッドで寝てたんだ?」
クラウドはそんな二人の前で腕を組んで仁王立ちし、早速聞きたいことを聞くことにした。起きたらいるはずのない人物が横で寝ていたら流石に何でいるのか問い詰めたくもなるのだ。
「えっと……添い寝……したかったから」
「そのままの流れで既成事実を作っちゃおうかなーって」
「うん、お前らの言い分が大幅に常識から外れてることはわかった」
どこで育て方を間違えたんだ。というかラストル、やけに猫耳と尻尾を動かしながら意気揚々とそんな台詞を言ってるが、そんな言葉をどこで覚えた。
「外れてないよ! 私もアイズも昔はクラウドと一緒のベッドで寝てたでしょ!」
「それはまだお前らが十歳かそこらの頃の話だろ? この歳でこんなことやってたら……その……色々と問題があるだろ」
「問題? クラウドは……私達と寝るのは、嫌なの?」
アイズが不安げな顔で聞いてきた。「うっ」と言葉が詰まってしまった。クラウドもこんな場面で否定するほど鬼ではないし、そもそもそんな気持ちもない。
「……嫌とかじゃなくてな、お前らもそろそろ一人で寝られるようにしろって言いたいんだよ」
一応、兄として優しめに諭すことにした。あまり頭ごなしに否定するわけにもいかないのだ。
だが、ラストルは不満そうに唇を尖らせながら反論してくる。
「むー、別にクラウドがいないと寝られないわけじゃないけど……ただ……」
「ただ?」
「クラウドの『妹』だった期間はアイズより短いんだから、その分の埋め合わせくらいしてもらいたいなーって思ったの」
どんな理屈だ。
確かにラストルは三年前から行方をくらましていたのだからその期間分は会ってすらいない。だけど、もうちょっとやり方なかったの?
「ラストル……あのな、そういうのはちゃんと言えばやってやるから。こんな風に突拍子もなくやるなよ」
この二人は妹だが、血が繋がっていない。しかし、血が繋がっていないが妹なのだ。
何が言いたいのかって? お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねとか言えるわけないだろってことだ。
だが、そんな揺れ動くクラウドの心境を知る由もないラストルは目をピカッと光らせて勢いよく立ち上がった。
「え、してくれるの!? ホントに!?」
「あ、ああ。できる範囲のことならな」
「やったー! 約束したからね、取り消し禁止だよっ!」
ラストルはさっきまでの眠そうな雰囲気とは打って変わって、キラッキラした笑顔でガッツポーズをしている。こいつ、ついこの間までとキャラ変わりすぎだろ。
すると、そんなラストルの横でアイズがおずおずと右手を挙げているのがわかった。
「どうした、アイズ」
「わ、私も……してほしい……」
「うんわかった、してやるからとりあえず服を着替えような」
いつまでも寝間着のままで話なんかできるか。それに、まだ朝食も食べてないんだ。
「あ、じゃあクラウド! さっそく私の着替え手伝って!」
「ラストル……ずるい。私には、髪の手入れをして」
「却下」
◼◼◼◼◼
クラウドは妹二人を部屋から追い出すと、さっさといつものワイシャツとジャケットに着替え(というかこの一種類しか着る服がない)食堂に向かった。
食堂ではロキ・ファミリアの団員たちが丁度朝食をとっているころで、クラウドたちも空いている席に座ることにした。
だが、後ろから誰かに服の袖を引っ張られ踏みとどまる。
「クラウド、あれ」
振り向くと、アイズが長テーブルのとある席を指差していた。
「? なんだ……よ?」
アイズの指が示す方向に視線を移すと、そこには銀髪の幼女と朱色の髪をした誰か(少なくとも体系の起伏が乏しすぎて男女の違いがわからない)が座っており、その誰かが幼女にスプーンで救った料理を食べさせてもらっているのが見えた。
「…………」
クラウドはしばし無言になった後、食堂の掃除用具入れからハエ叩きを手に取り、その『妙に既視感のある誰か』の背後に立つ。
未だにキャッキャしながら「あーん」をしてもらっているところへ、クラウドは肩をポンポンと優しく叩く。
「ん? 誰や一体――」
「よう」
案の定――もはや違っていたらどうしようかと思ったが――キリアにあーん
をさせていたのはクラウドの元主神のロキだった。
「く、くらうど……起きとったん……」
ロキはひきつった笑みで、身体を小刻みに震えさせている。顔中に脂汗も浮かんでいるため、もはや女神らしさがわからなくなっているが。
「ああ。そうだよ。となれば俺の言いたいこともわかるよな?」
「な、なんのことやかさっぱり……」
怯えるロキに向かってクラウドは闇より真っ黒な笑顔で答える。
「人の娘にちょっかいかけてんじゃねええええええ!!」
クラウドのハエ叩き棒による三往復ビンタの爽快な音が鳴り響いた。
「あばばばばばばっ!!」
「ふん」
クラウドはロキが両頬を真っ赤に染めて(決して羞恥や怒気などではない)気絶している間にキリアから事情を聴くことにした。
「なるほど。つまり、俺がいないのをいいことにキリアと遊んでたってことか」
「確かに違いありませんが、私は大丈夫でしたよ」
「何で?」
キリアはあっけらかんとした顔で言った。何だ? やっぱりロキにもある程度世話になっている手前、無下にはできないってことか。
「上司からのパワハラに耐えるのも社会での勉強と聞きましたので、そう思えば大丈夫です」
「何か嬉しいような哀しいような……」
我が娘よ、その歳で達観しすぎだ。いや、実際には年齢不詳みたいな感じだが、その見た目でそんな台詞を言っていたら色々心苦しい。
てか、ロキ。キリアにも割と嫌がられてたんだな。ちょっと可哀想に思えてきた。
クラウドはアイズとラストルの三人でキリアの横に座った。左からキリア、アイズ、クラウド、ラストルの順で座っている。
ちなみにロキは居間のソファーに寝かしておいた。中年オヤジみたいな笑い方で寝ていたのでさぞや楽しい夢を見てたんだろう。
「はい、クラウド。あーん」
「す・る・か」
食事を始めて早々、ラストルがあーんを要求してきた。駄目だって言ったろ。
「何で駄目なの? 昔はクラウドの方からしてくれたときもあったのに……」
「だから、何年前のこと言ってんだ。大体、お前久しぶりに会って何でそんなにはっちゃけてるんだよ」
こんな風に馴れ馴れしくしてくれるのは嬉しいが、こんな衆人環視の場でやるのはこっちだって恥ずかしいのだ。
ラストルは呆れたようにため息をついた。
「だってさ……しょうがないよ。投稿者がオリジナルヒロイン作ったのに、需要があるかどうか不安でしょうがなくて、新章に入ってから全然出さなかったんだもん。
そんなだからヤンデレから路線変更して積極的なキャラになっちゃったんだよ?」
「……誰に何を言ってんのお前?」
「いや、何だか言わないといけない気がして」
突然ラストルがおかしなことを言い出した。俺の知らない最近流行りのジョークか? 俺が取り残されてんのか?
「無理はありませんよ、クラウド様」
「キリアまでどうした?」
「クラウド様がリュー様と交際を始めたのが43話、つまりおよそ一ヶ月前です。それから今回で48話になります。新章に入ってからもう5話目になってしまいます。
私は何度か出ていますが、アイズ様とラストル様は今回が新章では初登場。上機嫌になるのも仕方ないかと」
「……全然わからないんだが。43話とか新章って何? それにリューと付き合ってまだ一週間くらいしか経ってないと思うんだが……」
俺の妹と娘が何を言っているのかわからない件について。俺が理解できないのがおかしいのか?
「それに……クラウドが今日デートに行くって聞いたせいで、私達、落ち着かなくて」
「は?」
アイズはクラウドの横で相変わらず人形のように呟く。クラウドはアイズの台詞の内容に思わず聞き返していた。
「わー! わーっ!」
ラストルが慌てて席を立ち、アイズの口を塞ぐ。キリアもアイズの頭を左右から握り拳で圧迫している。当のアイズは全然痛くなさそうだが。
「何でお前らデートすることを――」
「し、知らないよ私達は! いくらクラウドのこと尾行してたからってそこまでは掴んでなかったからね!」
「その通りです。私がこっそりクラウド様の影に潜んで情報を得ていたとしても、そこまでは知りませんでした」
「今の弁明で全部吐いたようなもんじゃねえか」
嘘をつくのが下手なのか、それとも突っ込んでほしいのかどっちなんだ。
あと、アイズが口を塞がれてそろそろ苦しそうだから離してやれ。
「確かにリューと午後からデートに行くけどさ、それが何か問題でもあるのか?」
「無いと言い切れないような気がしないでもないような……」
「クラウドが……自分の胸に手を当てて聞いてみたら、いいと思う……」
「そのときのお二人の状況にしたがって臨機応変な判断をしますのでご安心ください」
「お前らは何で肝心なときだけ答えが灰色なんだよ」
王国の執政みたいな言葉を濁した言い回しになっている気がする。言葉が何だか曖昧だ。
「とにかく、何をするのか知らないが……邪魔しに来るなよ。絶対だぞ」
「努力するよ」
「頑張る」
「善処します」
大丈夫だよな? 尾行したりしないよな?
クラウドは訝しげに三人を見つめた後、すぐにロキ・ファミリアを後にした。
よくよく考えたら原作6巻の内容全然進めてないことに気づきました(何やってんだ)。なるべく早く進めていきますので、よろしくお願いします。
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