あれれ? 何か新章入ってから本編が停滞しまくってるような……
アイズ達との朝食を済ませ、黄昏の館を後にしたクラウド。それから一端ヘスティア・ファミリアのホームに帰って身支度をして、現在豊饒の女主人の店先で近くの時計盤を確認しながら相手を待っていた。
「……」
リューがどんな服装で来るのか、どんな表情を見せるのか、何より今回のデートを楽しんでくれるのか。クラウドの脳内はさっきからそんなことでいっぱいだった。
因みに到着したのは約束の三十分前。少し早いかもしれないが、生真面目な彼女のことだ。最低でも十五分前には待っているとクラウドは踏んだ。定番通りの五分前集合でもしようものなら彼女を十分も待たせてしまうことになる。
デートなら男が先に待つべきである、と何かの本に書いてあった気がする。その本を全面的に信じるわけではないが、人生初のデートでさらに相談相手もいないのだ。こんなものに頼りたくもなる。
「しっかし、こんなのでよかったのか……?」
クラウドは自分の首から下を見下ろす。いつもの黒のジャケットと白のワイシャツだ。我ながら無難な選択をしたものだと思ったが、今日はさっきも述べた通り、初デートだ。変に冒険して失敗するよりは適度に危険を避ける方が得策だろう。
「クラウドさん、お待たせしました」
「お、来た……か」
横から声をかけられ、反射的にそちらを向いた。リューの今日の格好は袖の短い白のワンピース姿だ。
「……あ」
反射的におかしな声が口から漏れ出ていたことに、クラウドは全く気づかない。
普段のウェイトレスの制服も凛々しさと可愛らしさがあって素敵だが、こんな風に普通の町娘のような私服も違った良さがある。しかも、ウェイトレスの制服と違い、スカートの丈が太股の半ばまでしかない。
「クラウドさん? 聞こえていますか?」
「お、おう。聞いてる、うん」
感動と観察のせいで口が開きっぱなしだった。リューも心配になったのだろう。近くまで来て顔を覗き込んできた。
近い近い近い! それに何だかいい香りがする!
若干自分の思考が変態寄りになってきたことを察知し、首を左右に振ってそんな考えを掻き消した。
「それなら構いませんが……その、どうですか? 私の格好は」
「……似合ってるよ。というか、見蕩れてたくらいだ」
本当によく似合っている。が、そう思うと今の自分の格好が情けなく思えてきた。リューはお洒落をしてきたというのに、自分は普段の泥臭い雰囲気の戦闘服兼私服なのだから。
「クラウドさんのその服装も、似合って……いますよ」
「いや、でも俺だけいつもと変わらないのって、マズかったんじゃあ……」
「問題ありません。私も、男性が喜ぶ服というのがわからなくて……シルに相談したら、これがいいと」
シル、よくやった。
クラウドは心の中であの鈍色の髪の少女に賛辞の言葉を述べた。今度店に行ったらいつもより多く金を使ってやろうと誓う。
「じゃあ、そろそろ行こうぜ。ほら」
「……? クラウドさん、これは?」
クラウドはごく自然な手つきで右手をリューに向けて差し出した。リューはどういう意図があるのかわからず、瞬きを繰り返している。
「手、繋いでおこうと思ってさ」
「え?」
リューは言葉の意味を理解した途端に固まった。そうだった、手も繋いだことなかったんだっけ。
「そう……ですね。では……失礼します」
リューはおずおずとクラウドの左手に自分の右手を伸ばし、握った。俗に言う恋人繋ぎというやつだ。
「クラウドさんの手、意外と大きいのですね……それに、指も細い……」
「お前も……柔らかいんだな、手」
リューが顔を赤くして照れているせいでクラウドまで恥ずかしくなってきた。女子と手を繋いで恥ずかしがるような歳でもないのに、不思議でならなかった。
「なんか、いざこういうことすると恥ずかしいな。はは……」
「はい、私も……」
落ち着け、俺。そもそも俺達は色々すっ飛ばしてあれやこれやを済ませた間柄じゃないか。そう、例えば――
「もう、キスまで済ませたのにな……」
「なっ!?」
リューが突然クラウドの方に素早く顔を向けた。クラウドは何事かわからなかったが、リューの表情と先程思い浮かべていた(少なくとも自分ではそのつもり)言葉で合点が行った。
「く、口に出てたか?」
リューはコクリと頷いた。
しまったあああああ!!
「ち、違……いや、正確には違わないけど! ただ頭の中をよぎっただけで、とにかく、変な意味とかは全然――」
「わ、わかっています。ですから、落ち着いてください」
手を繋いだまま、数分。二人は周りで羨ましそうに睨んでくる多数の男性冒険者たちと、建物の陰から覗く
◼◼◼◼◼
「く~ら~う~どぉ~!!」
「ラストル様、声を抑えてください。気づかれてしまいます。アイズ様も身を乗り出しては危険です」
「だって、クラウドとあの人……くっつきすぎてる」
一人目は長い黒髪に同じく黒の猫耳と尻尾を持つ
二人目は銀色の髪に翡翠色の瞳をした精霊の少女、キリア。
三人目は金髪に金眼のヒューマンの少女、アイズ。
何故こんなところに? クラウドがいたらこんな台詞を吐いていたかもしれないが、理由など言うまでもない。尾行だ。
つい先日二人がデートの約束をしたという情報を乙女の勘(断じてストーキングなどではない)で聞きつけ、その様子を追跡することにしたのだ。
「確かにくっつきすぎだね……うぅ~、手を繋いでもらうなんて私も何度かしてもらっただけなのに……」
「ふふん、私はクラウド様に抱き締められたことがあります。一緒のベッドで眠ることも珍しくありません」
「それなら、私も……頭を撫でてもらったよ……」
クラウドの義理の妹と娘である三人はそれぞれ彼との触れ合い談義に熱を上げている。
そうこうしているうちにクラウドとリューの二人は照れくさそうに手を繋いだまま歩き始める。
「あ! 移動するみたい。追いかけよう」
キリアは物陰から移動しようとするラストルの手を掴み、引き止める。
「待ってください。クラウド様たちは相当に腕が立ちます。気取られないように魔法をかけておきましょう」
キリアは右手を軽く上げて魔法の詠唱に入る。
「【
青白い光の円環が三人を取り囲み、三人の爪先から上が少しずつ透明になり、周囲の風景に同化していく。
「わっ……すごい」
「本当に、消えてる?」
「我々三人の姿が他の人からは見えなくなります。正確に言えば、我々の存在を極めて認識しにくくするものですが」
三人とも、他の二人の声や姿は認識できている。対象者同士ならば認識可能なのだろう。
「ただし、気をつけてください。誰かに触れられたり、大声を出すと隠れきれなくなる可能性がありますので」
「りょーかい」
「わかった」
こうして、クラウドとリューの知らないところで三人の追跡者が動き出した。
◼◼◼◼◼
「着いたな。ほら、ここだ」
一方、クラウドとリューは商店街の一角にある店に着いていた。店先には最近流行りの衣服やブーツ、ペンダントやイヤリングなどが並べられている。
「ここは……装具店ですか?」
「ああ、ヒューマンやエルフなんかがよく利用してるな。値段も手頃だから便利なんだよ」
店内も中々立派なものだった。大手の商業系ファミリアの店のような絢爛豪華な雰囲気はないが、隅々まで清掃が行き届いており、埃や塵も見られない。
店の四方の壁に掛けられた服はシンプルで動きやすそうなものから、優美な装飾の施されたものまで幅広く揃っている。
「ちょっとここに用があったからさ、ついでに済ませとくよ」
「用? どのような?」
「これ、替えてもらおうと思って」
クラウドは自分の両足を――履いているブーツ――を指差した。
「この前ラストルと戦ったときに酷使しすぎたからな。ちょうどいい機会だしな、新しくしてもらうよ」
クラウドは店のカウンターに立つ禿頭のヒューマンの男性に声をかける。
「店長、ブーツがくたびれてきたから新しいの頼むよ」
「おう、ちょっと待ってな」
店主はカウンター横にある棚を開き、そこからブーツを取り出す。クラウドが今履いているものと同じデザインの黒い革製のブーツだ。
「前のより軽くて破れにくい。その上、爪先と踵には革の内側に鋼が仕込んである。どうだ?」
「よし、それで頼む」
「あいよ、十万ヴァリスな」
クラウドは懐からヴァリス金貨の入った袋をカウンターに置く。すると、店主が何かに気づいてクラウドの後ろを珍しそうに見る。
「おい、おい、クラウド」
「何だ?」
「あのエルフの嬢ちゃん、お前のツレか?」
クラウドは振り返って店主の視線を追う。そこには店のアクセサリー類を眺めているリューの姿が。
「そうだけど?」
「もしかして、コレか?」
店主は左手の小指を立てて尋ねてきた。
その聞き方は一応知っているが、何か親父臭かった。聞かれるこっちも恥ずかしくなるだろ。
「ああ、俺の彼女だよ」
「何ぃぃぃぃ!?」
店主は口をあんぐりと開けて絶叫する。何でこんなに騒々しいんだこの人は。
「何てこった……お前は俺の知り合いで独身の最後の砦だと思ってたのに……」
「誰が独身の最後の砦だ。俺はまだ二十代だぞ、彼女ができてもおかしくないだろ」
「唐変木野郎には彼女なんて出来るわけないって安心してたのに……」
「誰が唐変木だ。あんたもそんなだからいつまでも独身なんだろ」
何だこの状況は。何でブーツの新調の話から知り合いのオッサンを慰める(慰めになってるのかどうかわからんが)流れに……
「リュー、お前も何か買う――ん?」
クラウドは今まで視界から外れていた彼女を捉えると、そこには宝飾品の棚に置かれた
「リュー?」
「あっ、クラウドさん」
「……これ、欲しいのか?」
リューは一瞬戸惑ったように眼を泳がせる。即答しない辺り、『本当は欲しいが言い出せない』という考えが感じられた。
クラウドはその首飾りを手に取ると両手で首飾りの鎖の部分を掴み、リューがそれを首から掛けている様を想像する。
「……アリだな」
「え?」
「欲しいんだろ? 俺が奢るよ」
クラウドはカウンターで今も絶望的な顔をしている(いつまでその顔なんだ)店主の所へ持っていこうとするが、リューはそれを引き留めた。
「待ってください。確かに、貴方の気持ちは嬉しい。で、ですが……クラウドさんに悪いです」
「気にするなよ。恋人同士なんだからさ、プレゼントくらいさせてくれ」
リューは僅かに顔を綻ばせながら「……では、お言葉に甘えて」と了承してくれた。
「店長、これも追加で頼む」
「ん? おお、じゃあさっきのブーツと合わせて……四十万ってとこだな」
「おいこらちょっと待て」
もしかしてこの首飾り三十万もするのか!? ブーツの三倍!?
「……値切らせてもらっていいか?」
「女連れの男は却下だ」
「ちっ」
「舌打ちしたって却下」
まさかここで意趣返しが来るとは。中々やるなこのオッサン。
「……買うよ」
まあいい。男気、もとい彼氏らしさを見せるためにもこれくらいの出費は甘んじて受けよう。
そう、そうだ。ダンジョンに潜って、また金を稼げば取り返せる。まあ、それでベルたちに余計負担がかかることは申し訳ないが。ベル、リリ、ヴェルフ、すまん。
「ほら、リュー」
「……! ありがとうございます」
リューは首飾りを受け取ると自分の両手を首の後ろに回して結ぼうとした。だが、慣れていないのか中々上手くいかない。
「む、難しい……」
「無理するなよ。ほら、俺がつけてやるから」
「……あ、では、お願いします」
やれやれ。と、クラウドは首飾りを一旦受け取り、留め具の部分を両手の指で摘まむ。
そしてそれを彼女と向き合う形で首の後ろに持っていく……が、その直前でクラウドの手が止まった。
「………」
何かあっさりと「つけてやるから」なんて言ってしまったが、これはそんなに簡単ではないのでは?
なぜなら、クラウドは今彼女の顔が間近にある状態でさらに彼女の白くて細い首を囲うように手を回すわけだ。
当然、彼女との距離もかなり近い。もしどちらかがうっかり前のめりになろうものなら唇が合わさってしまうくらいだ。
(いかんいかんいかん。ナニを考えてんだ俺は)
正直、不可抗力だとしても彼女とふれ合うのは嬉しい。だが、いくら交際している仲とはいえ限度というものがある。
もしリューがこの状況の危険性(?)に気づいて、クラウドが不埒な企みをしていたなどと思われたくないのだ。
しかし、自分からつけてやると言った手前、今更断る理由も思いつかない。
クラウドはこれらの思考をほんの数秒で済ませ、決意を固める。
よし、このままさっさと首飾りをつける!
「……動くなよ」
「は、はい」
「……すぐにつけてやるからな」
「わかりましたから……その、何故囁くような声で……」
リューが何やら言っているが、クラウドの感覚器官はあまりそれらの情報を拾っていない。今は指先の動きに集中しているのだ。
「よし、これで大丈夫」
緊張と不安の入り交じった作業だった。大袈裟だと思うかもしれないが、これは本当のことだ。
「うん、やっぱり似合う」
改めてリューの格好を見るが、やはり首飾りをしている姿も絵になる。先程より彼女のお洒落の度合が上がった気がする。
「ありがとうございます。とても……嬉しいです」
「はは、どういたしまして」
リューは健やかな笑顔で感謝してくれた。ああ、良い。非常に良い。また財布が重くなったら何かプレゼントしよう。
「―――――!」
ん? 何か聞こえた。多分常人なら反応すらできないほどの微かな音なのだろうが、ステイタスによって発達した聴力でクラウドはそれを聞き取った。
「リュー、今何か言ったか?」
「いえ、何も。何か聞こえましたか?」
「何か話し声みたいなのが……」
ドタドタッ バサッ
店の隅から何やら騒々しい音が届いた。突然の音に驚いてその方向を向いて――原因が理解できた。
「いったたた……」
「見つかった……」
「不覚です、御二人とも」
そこには、店の床に仲良く倒れるラストル、アイズ、キリアの姿が。
「お前ら……何しに来たんだよ……」
一応次回で本編が少しだけ進む予定です。前フリ長くてすいません。
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