デビルサマナー 葛葉ライドウ 対 霧幻ノ影【ライドウ×P4】 作:ライ・ライホー
昼間は華やかさを魅せる世界も日が沈めば逢魔の刻となる
偶然、そして悲運にも闇の住民に魅入られてしまった人間は悪魔の世界へと引き摺り込まれ、為す術なく貪り喰われる
―――――闇を駆ける閃光
溢れ出る緑光を刀に纏い、鮮やかなる手腕で次々と敵を斬り伏せる。彼を奇襲しようとすれどその背後を護るように彼の従者たる異形が爪を振るい、瞬く間に敵は殲滅された。
守護者として相応しく、その男は平穏の戻った宵闇の世界へと再び消えて行く
その彼の姿は――――――――――
2011年4月19日、晴
八十稲葉、鮫川河川敷沿い
「おはよーさん」
「ああ、おはよう」
天気は快晴
地元の学生が通う八十神高校の通学路を一人の青年が歩いていた。
彼の名は鳴上悠。この春都会からこの田舎町まで越して来た転校生だ。物静かな雰囲気と灰色の髪が特徴的である。
そんな彼に後ろから声を掛けてきたのは彼のクラスメイトである花村陽介。明るくお調子者で少々ウザいと評価を受けているオレンジ髪の青年だ
「…昨日、変な夢を見た」
「夢?どんなのだよ?」
「そうだな…。確か夜の街みたいな所でモンスターを刀で斬ったりしてる夢だったかな」
「そりゃまた非現実的な……。あ、でもそれってシャドウと戦った時の奴じゃね?夢って記憶を整理する為にあるって言うし」
「シャドウ…とも違う奴だったような。不定形だったり薄っぺらい奴だったり鬼みたいな奴がいてかなり個性的だった」
「ははは!そりゃ面白そうだな。案外見てないだけでシャドウにもいそうだけど」
「もしくはペルソナとか」
「あー。そういやお前って俺と違って色んなペルソナ持ってんだっけか。里中も一つだけっぽいしやっぱお前が特別なのかね」
「俺もそこの所はよくわからないから…」
まるでゲームの話題を出すかのように非現実的な話を口にする二人。一見高校生らしく、それでいて不思議な会話だ
「里中も大分調子戻ってるし今日辺りテレビの世界に行かないか?」
「ああ、元からそのつもりだ。向こうの霧が晴れるのはまだ先だけど早く助けるに越したことは無いし」
「おう。…にしても、テレビの世界とかシャドウとかペルソナとか。この数日で一気に来て正直まだちんぷんかんぷんだぜ」
「はは、俺もだよ」
聞けば多くの人が子供騙しと受け取りそうな単語の数々
…彼らが今、人知れず大きな陰謀に立ち向かっている身であると信じる者は果たしてどれほどいるのだろうか
――――――彼らが住んでいる地域、八十稲葉では最近連続誘拐殺人事件が発生していた
死因は不明、まるで見せつけるかのように高い所に吊るされた死体…それらは連日、人々の恐怖を煽り続けていた
既に二件も発生し、警察でも犯人は疎か全貌すら掴めずに手を焼いている奇怪な事件
……その真実の一旦を、彼らは知っている
「とにかく、今日こそ天城救出だな
あの里中が増えりゃシャドウだろうが楽勝だろうし。アイツ普段は肉肉うっせー肉魔人だけど運動神経はあっからなー…」
「だーれが肉魔人ですって?」
「げっ!?さ、里中さん……」
背後から掛けられた威圧感ある声に思わず敬語化する花村。だが「里中」と呼ばれた緑のジャージを上に着た彼女も鳴上達と同じクラスメイトであり、つい先日に彼らで言う所の”仲間”となった人物なのである。
「鳴上君、あたし準備出来てるから!必ず雪子を助けに行こうね!」
「勿論。放課後、すぐにジュネスに集合しよう」
「おうよ!早く助け出して旅館の人も安心させようぜ」
彼らが話題に出す”天城雪子”という人物
彼らのクラスメイトである彼女が失踪したのはほんの数日前の出来事だ
彼女の実家である天城屋旅館が捜索願を出したもののその足取りは今に至るまで全く掴めず、警察の捜索は困難を極めていた。
彼女は確かに誘拐された。しかしその場所は”現実世界”ではない。
力を持った者しか干渉できない”テレビの中の世界”。彼女は何者かによってその異世界に落とされたのだ
鳴上悠達はその世界に干渉でき、尚且つその中に巣食う異形「シャドウ」を退ける力がある数少ない人物達だった
件の連続誘拐殺人が続いていることもあるが、それ以上にあの異世界に人間が足を踏み入れることで起こる”現象”は下手をすれば命を落としかねない程危険なものだ。
一刻も早く助け出したいが、失敗することは許されない
未だ色々な事が手探り状態である彼らだが、取り返しがつかない事態だけは何としても避けたかった
数日前に突入した時は天城の元へ辿り着く前に一悶着あった為に一度戻ったものの、体力が万全となった今なら何ら問題ない筈だ。
放課後、商店街で準備を整え八十稲葉の中でも一際目立つ大型雑貨店「ジュネス」へと一行は向かう。
田舎町だけあってすっからかんの家電売り場。その場所こそが”異世界”への入口であり、鳴上達は未だ慣れぬテレビの世界へと再び足を踏み入れた。
踏み入れた、のだが……
「えーっと…」
辿り着いた何時もの広場
本来ならば此処でこの世界の住人であるクマが出迎えてくれる筈だった。けれどあの明るい声が三人を出迎えることはなく、代わりにいたのは
『ふんふーん♪おえかきおえかきー』
大の字でぐーすか眠りこけるクマ
その上で漂いながら眠ってるクマの顔に只管落書きを施す白くて小さい何者か
一言で言おう。非常にシュールである
『ライドウおそいなぁ。ボクもう飽きてきちゃったよー』
鼻歌交じりに落書きしていた白いそれはやがて飽きたのか筆を片手にくるりと背後を向いた。その背後には当然ながら今テレビに入り込んだ鳴上達がいたのであり
『「…………………………」』
きっちり数秒、沈黙が場を支配した後
『「「「だ、誰だ!?」」」』
奇跡ながらも初対面でこの場の全員(クマ除く)が全く同じ驚き様を見せたのである
「え、ちょ。何アレ!何なの!?」
「落ち着け。俺にもサッパリだ」
「シャドウ…つか、シャドウって喋るのもいんのかよ!!」
わいわいがやがやと喋り出す三人の一方で当の白い何かはじーっとその人間達を見つめ何かしらを考え込む。
やがて思いついたようにぽんと手を叩けば
『にげろー!!』
「あっ!」
さっと振り返り霧の中へと逃走し始めてしまった。
当然、この奇妙な生き物を彼らがほっとくかと言えば
「おい!アレ逃がすな!捕獲しろ捕獲!!」
勿論そんなことはない。
真っ先に駆け出した花村に続いて鳴上や里中も白い生き物を捕まえようと走り出す。その後ろでは顔が無惨に落書きだらけとなったクマが未だ深い眠りについたまま放置されていたのだった。
「くっそ!逃がすかっての!”ペルソナ”!」
ふよふよと浮いたまま逃げる白い生き物に焦れたのか、花村が叫ぶと同時に空中から現れたカードを叩き壊す。
それと同時に彼の背後でゆらりと現れたのはマフラーのような物を首に巻き人の形をした、それでいて明らかに人では無い存在だった。
「ジライヤ!ガル!」
ジライヤと呼ばれたそれは花村の叫びに応えるように手の中で風を作り出せば白い生き物に勢い良くぶつける。しかし
『へへーん。効かないよーだ!』
「うっそ、マジかよ…!」
白い生き物に当たった風は呆気なく弾かれ掻き消される。おちょくるようにこっちへそう言う生き物に花村はぎりぎりと歯軋りした。
「そうか。風が効かないのか」
突然、花村の背後から冷静な声が聞こえたのはその時だ。
え、と花村が振り返る前にパリンと何かが割れるような音と傍らをビリビリとした衝撃が走った。
『ぎゃー!!』
慌てて振り返れば白い生き物は静電気を纏ったかのように感電し空中で静止してしまっている
「今だ!!」
里中がそう言って花村のようにカードを割れば今度はヘルメットを被った黄色のペルソナが現れ、白い生き物に刃を振り下ろした
『うわっ!』
「逃がすか!」
間一髪で感電が解け一撃を躱す生き物だったがその退路を塞ぐようにジライヤが現れれば、生き物はその手の中にがっちりと捕獲されてしまった。
「相棒ナイス!一発で弱点突くとか流石だぜ!」
「いや、花村も風が効きにくいからもしかして…と思ったんだ。当たってたけど」
「え?まさかの俺基準?」
その鳴上の背後には学ランのような服を纏った彼の”ペルソナ”が漂っていたことだろう。
「ちょっと!あたしも頑張ったんだけど!」
「お前確実に倒す気満々だっただろーが!コイツの正体がわからない内に倒そうとすんじゃねーよ!」
花村が無視をされたと怒る里中にそう言い返せば、改めてジライヤが捕獲中の謎の生き物を見遣る。
『うわーん!はなせー!おかーさんに言いつけるぞー!』
「おかあさんって…シャドウにもお母さんっているの?」
「いや、流石にそれは無ぇんじゃね?」
「…もしかして、クマの知り合いかとか?」
鳴上がふとそう口にしたことでようやくほったらかしにしてた存在を思い出す。
慌てて広場へと戻れば未だぐーすかと呑気に眠りこけるクマの姿がそこにあったか。
「もう!起きろ!」
「むにゃむにゃ…もう食べられな…クマー!?」
里中に蹴りを入れられゴロゴロと鉄の柵まで転がされたクマはぶつかった衝撃と共に勢いよく起き上がった。
「クマ!?クマは一体どうしたクマ!?」
「ようやく起きたか。つか、不審な野郎が近くにいるのに呑気にぐーすか寝てるんじゃねーよ!」
「不審なヤロー…?」
「それよりクマ。はい」
只管はてなマークを浮かべているクマに鳴上が近付けばすっと手鏡を手渡す
「え、何々?センセイからのプレゼント?嬉しいク……なんじゃこりゃああああ!?!?」
手鏡に写る自分の惨状を目の当たりにしクマの絶叫が響き渡る
「なんつーか今のお前。正月の羽根つきで罰ゲーム食らった奴みてぇな顔してるぜ…」
「マルとかバツとか定番だよね」
「ぬおお……クマのぷりちーなお顔が台無しクマ…!」
只管ぐしぐしと顔を拭き取るクマを他所に改めて三人は謎の生物をどうするかの議論に戻った。
「いや、コイツ喋ってたからもしかしたらクマの知り合いかもーで捕獲してみたんだけど…あの様子じゃクマも知らねぇみたいだな」
「クマ、そんな知り合いいないクマよ!ぷんすか!」
顔を拭きつつ猛抗議するクマによりこの謎生物が一層謎となってしまった。
「…お前、一体何者なんだ?」
『え?ボク?
…ふっふっふ。聞いて驚け!ボクの名前はポルターガイスト!泣く子も黙るおっそろしい悪魔なんだぞ!どうだ!今なら命だけは助けてやる!』
「………」
恐ろしい威厳(を本人は出してると思っている)で話しかけるポルターガイスト相手に三人は無言で顔を見合わせる。
おもむろに鳴上が前に出ればジライヤの手の中にいるポルターガイストに近づきすっと手を上げ
ビシッ
『いてっ!?』
あろうことか無表情でデコピンを放った。自称悪魔と言えど不意打ちの至近距離で打たれれば流石に声を上げるようである。
『な、何するのさ!』
「いや、物理攻撃は効くのかと思って」
『だからってこんな仕打ちがあるか!もう許さないぞ!ボクの力でサツリクしてやる!』
「良いけど、その状態で出来るのか?」
『え!?そ、それは…えーっと…』
「うん。大丈夫。取り敢えず動かないようにすれば無害かな。そう言えば前に命綱代わりにしたロープを持ってたから縛っておこうか?」
「あ、あれか!花村もペルソナ出したままじゃ戦えないし良いと思うけど…」
「……俺、時々鳴上の考えてることがわかんねぇや」
出会ってまだ数日ながら次々と目の当たりにする転校生の奇想天外な一面に花村がこっそり溜息混じりに呟いたのも無理はないだろう。
…ついでに里中、お前何で普通に会話参加してんだよと心の中でツッコミを入れるのも忘れなかった。
やがて鳴上と里中が捕獲したポルターガイストをロープでぐるぐる巻にした事で一応の騒動は治まりをつける。
ポルターガイスト自身は『兄ちゃーん…』と呟いていたのだが、まさかシャドウにも家族構成があったなんて、と思う以外特に彼らは触れなかった。
これも確かに異様ではあるが何も今日来たのはシャドウを捕獲する為では無いのだ。
「よし!ゴタゴタとかあったけど気を取り直して雪子を助けに行くよ!コイツから話を聞き出すのはその後!」
「しょっぱなからインパクトデカすぎて忘れ掛けてたけどな…で、コイツどうするよ?クマ吉に監視させとくか?」
「およ?クマが!?」
「だってお前、一応非戦闘要員なんだろうが。それとも俺らの誰かと代わって前線でも出るか?」
「え!?そ、それは流石に遠慮しとくクマ…。で、でも!クマもナビの仕事があるから…」
「それもそうだよね。でも放置しとくと逃げちゃいそうだし…」
「ならいっそクマの中に収納すれば良いんじゃね?どうせお前、中身ねぇし」
「ええー!?」
『うわぁ!?』
わたわたとするクマの有無を言わさずに花村がぽこんとクマの頭を開ければポルターガイストを放り込み再び蓋をしてしまった。
「うわわわ〜。ムズムズとジリジリとゾワゾワの大洪水だクマ〜…」
「大丈夫だろ。相当縛ったから暴れられないだろうし」
「そう言う問題じゃないクマ!およよ〜クマの純潔がヨースケに奪われたクマよ〜」
「気持ち悪い言い方すんなっての!」
「ねぇ、そろそろ出発しない?あんま時間掛けすぎると現実世界の方が夜になっちゃうって」
「そうだな。花村、クマ、先を急ごう」
「おう!」
「ま、待ってクマ〜!これは重要な問題クマよ〜!」
がやがやと賑やかに話しながら自称特別捜査隊の面々は霧の中へと歩み始める。
緊張感も何も無いが、それが彼らのここの所の日常であり、そして誰かを救う為の一環でもあったのだ。
そう、彼らはまだ”この世界”に対する経験が甘かった。
『物を言うシャドウ』
その認識がどれ程誤っていたか…いや、そもそも”この世界”に対する知識にどれだけ無知であったかをこの時の彼らは知らなかったのだ
***
『うふ、王子様、首を洗って待ってろヨ!』
「あ、待って…!!」
紅色に染め上げられた西洋風の城の内部
彼らは現在、此処にいる天城雪子の救出の為この城へ突入していた。
暫く進み、開けた扉の先で本人を見つけたと思ったのも束の間、派手なドレスに身を包んだ天城は奇怪な言葉を投げかけた後に走り去ってしまったのだ。
「今の雪子、どういう事なの!?まさかあれ…」
「そうクマね…たぶん”もう一人のあの子”クマ」
まるで別人のように振る舞った親友の姿を見て動揺する里中にクマは深妙な顔付きでそう返した
もう一人の自分…どうやらこの世界では己の心中にある抑圧された精神が制御を失うと暴走して本人の目の前に現れるようなのだ。
その姿は目が金色を除けば本人に瓜二つ。今回の天城は何故かドレス姿だったものの、それまでに鳴上達が遭遇した影……花村と里中のものはどれも本人そっくりであり、そして本人の目の前で歪んだ本音をブチまけたのだ。
影は否定されれば暴走するしかない
かつてクマがそう言ったように本体に否定されたシャドウは異形化して襲いかかって来た。
その試練を乗り越え、己の心と向き合った時に心の鎧となる”ペルソナ”が彼らに発現したのである。
今回、天城雪子は自発的にテレビへ入ったのではない。
テレビに干渉出来る何者かによってテレビへ押し込められたのだ
自分の意思ではない以上、何が起こるかわからない。鳴上は先を急ごうとする里中を諭しながらも上階へ目指す階段を登っていた。
「むむむ…なーんかセンセイ達に伝える事があったような無いような…」
「何唸ってんだコイツ…まあ、この前来た時も色々唸ってたし今更か」
「ところでクマ。さっきの悪魔?はおとなしくしてるか?」
「うーん…ついさっきまでゴソゴソしてたけどようやっと諦めたクマ。つか、そろそろ出して良い?いい加減気持ち悪いクマ」
「もう少し待ってくれ。今は余り止まってる時間がない」
「そうだよ!シャドウが騒いでるってことは雪子も危ないってことでしょ?速くあの”もう一人の雪子”を何とかしないと…」
「ああ、万が一暴走しちまったら大変なことになる。我慢しろ、クマ」
「わ、わかったクマよ〜。もそもそクマー…」
道中に現れるシャドウも全てペルソナで蹴散らして行く
鳴上達のやる気は凄まじく最早道端のシャドウは足止めにすらならなかった。
『うふふ…ふふふ…
もうすぐ王子様が私を迎えに来てくれます。
ふふ…私はいつまでもお待ちしてます…いつまでも、いつまでも…』
「雪子…」
城内に響き渡る親友の声に里中は苦い顔をした。
これは恐らく、雪子が求め表したい”何か”と関係しているのだと、里中自身もぼんやりとだがわかっていた。
「あった!彼処だ!」
やがて幾つかの階段を登った先に扉だけの部屋があるのを鳴上達は見つけた。
「この気配は間違いない!あの子クマ!」
クマも扉の先の気配を感じ取りそう断言する
「皆、準備は良いか?」
「勿論!」
「行こう!」
鳴上が他の二人へと確認を取った後、目の前の扉へと手を伸ばした。
「雪子!!」
扉の先は紅で彩られた玉座であった。
そこにはドレス姿の天城雪子、そして和服姿で座り込むもう一人の…いや、本物の天城雪子がいただろう。その姿は何処までも対照的だった
「やっぱりだ…天城が二人!」
花村の叫び声に気付いたのか、ドレス姿の天城が此方へ歪な笑みを向けた。
『あらららら~?やっだもう!
王子様が三人も!もしかしてぇ、途中で来たサプライズゲストの三人さん?いや~ん、ちゃんと見とけば良かったぁ!
つーかぁ、雪子ねぇ、どっか、行っちゃいたいんだぁ。どっか、誰も知らない遠くぅ。王子様なら、連れてってくれるでしょぉ?ねぇ、早くぅ』
「むっほ?これが噂の“逆ナン”クマ!?」
マシンガントークに興奮するクマを他所に里中はドレスの…天城雪子の「影」を睨み付ける。その視線に応えるかのように天城は口元を歪めた
『千枝…ふふ、そうよ。アタシの王子様…いつだってアタシをリードしてくれる…千枝は強い、王子様…
…王子様”だった”』
「だった…?」
『…結局、千枝じゃダメなのよ!千枝じゃアタシを、ここから連れ出せない!救ってくれない!』
「っ、雪子…」
もう一人の天城の悲痛な叫びに思わず言葉を失う
「や、やめて…」
本物の天城も悲痛な声を上げるがそれも最早弱々しかった。
『老舗旅館? 女将修行!?そんなウザい束縛…まっぴらなのよ!
たまたまここに生まれただけ! なのに生き方…死ぬまで全部決められてる!あーやだ、イヤだ、いやぁーっ!!』
「そんなこと、ない…」
『どっか、遠くへ行きたいの…ここじゃない、どこかへ…。誰かに、連れ出して欲しいの…一人じゃ、出て行けない…一人じゃ、アタシには何も無いから…』
「やめて…もう、やめて…」
『希望も無い、出てく勇気も無い…
うふふ…だからアタシ、待ってるの!ただじーっと、いつか王子様が
アタシに気付いてくれるのを待ってるの!どこでもいい! どこでもいいの!ここじゃないなら、どこでも!老舗の伝統? 町の誇り?
んなもん、クソ食らえだわッ!』
「なんてこと…」
自分に似た者の口から出た身勝手な言葉の数々に天城は茫然自失の様相を見せる
『それがホンネ。そうよね…?
もう一人の”アタシ”!』
まるで全てわかってるかのようにそう言われた瞬間、天城の中で何かが切れた
「ち、違う!あなたなんか……」
「よせ!やめろ!!」
「あなたなんか、私じゃない!」
その瞬間、撃鉄は下ろされた
『うふふふふふふ!
いいわぁ、力がみなぎってくるぅ!
そんなにしたら、アタシ…うふ、あはは、あはははははは!!』
甲高い笑い声と共に天城の影をドス黒い煙が包み込む。それは次第に肥大化し、次の瞬間には天井から吊り下げられたシャンデリアとその上に取り付けられた鳥籠の中にいる人面鳥へと変貌していたのだ。
「うぁ…!」
本物の天城は衝撃に耐えきれずその場に崩れ落ちる。
「雪子!!」
「アレ止めないと、あの子が危ないクマ!」
「わかってる!…行くぞ、相棒!」
「ああ!」
翼をひろげ、それでも飛べない籠の鳥を前に三人は対峙する
『我は影…真なる我…
さあ王子さま…楽しくダンスを踊りましょう?フフフ…』
「待ってて、雪子…あたしが全部受け止めてあげる!」
天城雪子を救う為の戦いが今、始まろうとしていた
****
「ペルソナ!」
里中の叫びと共に彼女のペルソナ…トモエが冷気を放つ。
雪子の影の傍にいる先程召喚された王子様のようなシャドウに真っ直ぐ飛んで行けば、弱点をついて呆気なく転倒させた
「よし、そのまま里中はそれの動きを止めてくれ!回復されると厄介だ!」
「了解!」
「花村!」
「オッケー!ペルソナ!」
鳴上の言葉に応えるように花村のペルソナ…ジライヤが現れれば風の一撃を雪子の影に浴びせる
大分削れてきたのか雪子の影は動きが鈍くなってきたようだ。
『っく…!よくもやってくれたわね…!』
イラつく影の声と共に場の雰囲気が一変する
「…!防御するクマ!」
異変を察知したクマが三人に叫ぶ。影が火炎を周囲に撒き散らすのと三人が防御したのはほぼ同時であった。
「きゃっ!?」
「むぎゃー!」
「大丈夫か里中!」
「へ、平気…ガードしてたから」
「つか、お前まで余波に巻き込まれてんじゃねぇかよ、クマ!」
「〜〜!!(不覚クマ…あたまあたま……)」
『あらぁ?余所見してて良いのかしら?』
「っ、ペルソナ!」
再度此方へ炎を放とうとする影に鳴上がペルソナを呼ぶ
彼のペルソナ…イザナギは影が攻撃するより速く影に斬撃を叩き込んだ
『きゃあ!?』
「〜〜っ……よっと。センセイ流石!スマッシュヒット!」
クマが先の衝撃で外れていた頭を付け直しながら器用に鳴上へ賞賛の言葉を叫んだ。
「よし!そろそろ決めるぜ!」
「わかった!」
花村の掛け声と共に三人のペルソナが顕現する
影は態勢を崩しているし王子様も弱点をつかれ気絶してしまっている。このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
「イザナギ!」
「ジライヤ!」
「トモエ!」
三体のペルソナが同時に影へ攻撃を叩き込んだ。
『いやあああぁぁぁぁ!!』
それが決定打となり、遂に雪子の影は絶叫と共に倒れ伏した
「う…」
「雪子!」
肥大化してた影が元の人の姿へと戻ったことで本体の天城も負担がなくなったのか意識を取り戻した。駆け寄った里中の肩を借りてよろよろと立ち上がれば己の影と向き合う。
「私、あんなこと…」
「わかってるさ。天城、お前だけじゃねーよ。誰にだって人には見せらんねー…自分でも見たくねーモンはあるんだ」
花村が未だ動揺する天城に静かに語りかける
「雪子、ごめんね。あたし…自分の事ばっかで雪子の悩み、全然、分かってなかったね…あたし、友だちなのに…ごめんね…」
「千枝…」
それまで耐えていた思いが溢れたのか涙ながらに告げる里中
「あたし、ずっと、雪子がうらやましかった…雪子は何でも持ってて…あたしには何も無い…そう思って、ずっと不安で…心細くて…!
だから雪子に、頼られていたかったの…ホントは、あたしの方が雪子に頼ってたのに。
あたし、一人じゃ全然ダメ…花村たちにも、いっぱい迷惑かけちゃったし…雪子いないと…あたし、全然、分かんないよ…」
「千枝…私も、千枝の事、見えてなかった…自分が逃げることばっかりで。逃げたい…誰かに救って欲しい…」
里中が自らの思いを打ち明けた事で天城も本心と向き合うように影へと向かい合う
「そうね…確かに、私の気持ち。あなたは、私だね…」
先程までと違う、穏やかな笑みで天城の言葉に頷けば、やがて影はその姿を変質させる
彼女の目の前に現れた新たなる心の鎧…コノハナサクヤは優しく主へと光を降らせ、その心の海へと戻って行った。
全てを見届けたと同時に崩れ落ちる天城に鳴上達が駆け寄る
「大丈夫か?」
「うん、少し疲れたみたい…みんな助けに来てくれたのね…」
「当たり前じゃん!」
力強く肯定する里中に天城は初めて微笑んでみせた
「ありがとう…」
「いいよそんなの…無事でよかった…ホントに…」
「そうだな」
「んで、キミをココに放り込んだのは誰クマ?」
折角の感動の再会だと言うのに空気が読めないのか、クマが横から首を出してきた
「え?あなた誰?て言うか…何?」
「クマはクマクマ。で、放り込んだのは誰クマか?」
謎生物に動揺する天城を前にぐいぐいと尋ねに行く
「分からない…。誰かに呼ばれた…ような気がする、けど。
記憶がぼんやりしてて、誰か分からないの…ごめんね、えっと…クマさん?」
「分からないクマか…」
「ったく、遠慮無しにグイグイ行くんじゃねーっての。けどやっぱ天城をここに放り込んだ”誰か”が居るってことか」
「ウムゥ…ちゅうことは、やっぱヨースケたちの仕業じゃ……クマ!?」
「どうした?」
それまで考え込んでいたクマが突然奇声を発する
「お、思い出したクマ!確かついさっき、”真犯人”がクマの前に現れたクマよ!!」
「な、何ィ!?」
その場にいた全員がクマの爆弾発言に驚愕した。
「おいクマ!それどう言うことだよ!つか、何でそんな重大なこと今まで言わなかったんだ!!」
「グェッ、首締めんクマ……揺れるクマ…」
「落ち着け花村。クマが話せない。
…クマ、落ち着いてその時の事を教えてくれないか?」
クマを揺さぶっていた花村を鳴上が静止させればグルングルン目が回ってるクマ相手に冷静に尋ねる。
「うぅ、センセイは優しいクマよ…。それに比べてヨースケは…」
「良いからさっさと説明しろっての!」
「が、がってんクマ!!」
花村の怒鳴り声に姿勢を正せばうーんと考えつつも話し始める
「あれは確かセンセイ達が此処に来る前だったクマ。
クマがさびしんボーイしてたら人の臭いがいつの間にか近くに増えてて、すわセンセイかと行ってみたら黒ずくめの別の人間がいたクマよ!」
「黒ずくめの人間?」
「そうクマ!本当に黒ずくめクマ!近くに真っ黒で喋る猫もいたから…」
「…待て待て待て。喋る猫だと?お前夢でも見てたんじゃねーか?」
「ムッキー!絶対違うクマよ!
あ、でも意味わからんこと言った後に変な生き物を召喚してクマを眠らせたクマから…あれ?もしかしてクマの見てた悪夢クマ?」
「自分で混乱しちゃってるし…。信憑性とかわからないね」
「他に憶えてることはないか?」
「うーん…あ、そう言えばクマのこと『悪魔』って呼んで来たクマから失礼だって返したクマよ!ぷんぷん!」
「……悪魔?」
クマのその一言が何か引っかかった。
そう、つい先程何処かでその名前を聞いたような…
「っ、そうだ!ポルターガイスト!」
「うぇ?どうした鳴上。ポルターガイストって…」
「さっき捕まえたあの生き物。確か自分のことを『悪魔』って言ってなかったか?」
「……あ!確かに言ってたよ!『悪魔』って!」
「おいクマ!さっき捕まえた白い奴出せ!」
「えええー!?クマ使いが荒いクマよ〜」
「良いから…っそい!
…あれ?」
またしてもクマの頭を剥ぎ取った花村だったがその中身を見て思わず愕然とする。
「い、いねぇぞ…あの生き物」
「嘘!?」
「むぐぐ……っと。あれ?どしたクマ?」
「どうしたはコッチの台詞だっての!アイツいなくなってんぞ!」
「およよ〜!?」
「…逃げ出した、のか?」
「あんなぐるぐる巻にしてたのに?うっそー…」
「折角手掛かりが見つかりそうだったってのに…振り出しかよ…」
「え、えっと…」
がっくしと膝を着く里中と花村。それを遠巻きに見ていた天城は現状がわからず狼狽えていた。
「ってゴメン雪子!
詳しい話は後で説明するから、取り敢えず外に出よう!」
「!そうだった。まずは天城を家に帰さねぇと…」
「えー!もう帰っちゃうクマ?」
「足り前だろ。お前はまたあの謎生物見つけた時に捕獲すんの忘れんなよ」
「ヨースケはクマ使い荒過ぎクマ!流石に無茶ってもんでしょーが!」
「まあ、余り危ないことは頼まないつもりだ。せめて見かけた時は後で教えてくれ」
「りょーかいクマ!センセイはやっぱり優しいクマね!」
「クマさん…だっけ。今日はありがとう。また今度お礼に来るからそれまでいい子で待っててね」
「ク、クマ〜ン…!」
「現金な奴…」
天城に撫でられて満更でもないクマの様子に呆れつつも彼らは玉座の間から外へ出ようと歩き出す。
鳴上も辺りにシャドウがいないことを確認すれば仲間達に続き先を急ごうと
―――――――――もうすぐだ
「!」
突然脳内に響いた幻聴ともわからぬ声にその足は止まった
「ん?どした鳴上?」
背後の気配に気付いた花村が振り向いて声をかけるもまるで金縛りにあったかのように動くことが出来ない。
―――――――――もうすぐ、刻が来る。
「鳴上君?」
天城を支える里中も不安そうに此方を見てくる。しかし応えることが出来ない
この金縛りが…いや、これは金縛りと言うよりも――――
―――――――――そう。”真の始まり”は既にその身近くに…
性別すらはっきりしない幻聴が薄れると共にそれまで身体にかかっていた重圧がふっと軽くなる。それと同時に鳴上は弾かれたように背後を振り向き――――そして絶句した。
先程まであった玉座が地面に吸われるように消えていく―――正確には崩れ落ちる周りの地面に合わせて消えたそれは、やがて地面に漆黒の穴を残して何も無くなってしまった
台座に出来たそれなりの大きさを持つ穴。しかもそれはただの穴ではなく先程から背筋が凍りつきそうな歪な気配を発し続けている。
「な、何だ…あれ」
「嘘でしょ…!まだ敵がいるって言うの!?」
「そんな…!」
「クマ!?センセイ!凄く嫌な感じがするクマ!」
当然同じ場所にいた他の仲間達もこの異変に慄いた。鳴上も呆然としながらも頭では次に取るべき行動を考え出していた。
「っ、逃げるぞ!消耗してる今じゃ不味い!」
選択は逃げの一手
とは言っても天城の影と交戦し、更に体力をかなり消耗した天城がいる状態でこの判断は寧ろ妥当だった。
どんどんと膨れ上がる嫌な気配を肌で感じながら鳴上達は異論なく出口へ走り出す。
『逃ガサナイ』
ゾワリと、肌が粟立つような唸り声が聞こえるのと前方に灼熱の火柱が燃え上がるのはほぼ同時であった。
「きゃっ!?」
「な!?何だよこれ!!!」
出口に現れた火柱は鳴上達の退路を塞ぎ激しく燃え上がる。
最早逃げの選択肢がなくなった鳴上は覚悟を決め、恐る恐る振り返った。
――――その姿を一言で表すならば『虎』であろう
画面や檻の中でしか見たことのない獣が自分達の目の前にいる。それだけでも驚愕すべきなのだが、何よりもその体は燃え盛る炎に包まれており、そして…
「もしかして…今、アレ喋ってた…?」
里中が恐らく皆の中にあっただろう疑問を口に出した。
『フン。美味ソウナ匂イガシタカラ来テミレバ……』
「嘘!?本当に喋ってる…!」
驚愕する天城を他所に冷や汗を流しながら花村は視線だけ鳴上に移した。
「なあ鳴上。あの虎みてぇなのって…」
「……わからない。けど、かなり不味い」
「アイツ、シャドウじゃない!さっきの白い奴と臭いが似てる気がするクマよ!で、でも!ヤバさは比較にならないクマ!!!」
前門の虎、後門の業火…と形容すべき状態だった。
シャドウと対峙した時ですら感じなかった威圧感にこの場の全員が動けなくなる。
だが、そんな彼らを嘲笑うかのように状況は悪化する
『ヒヒヒッ…美味い臭い、人間の臭いだァ…!』
ぞわりと穴の淵が蠢いたかと思えば徐々に盛り上がり別の異形の姿を形成する。
「そ、そんな…」
里中が絶望の声を上げるのも無理はなかった。
何せ穴から湧き出した異形は”複数体”もいたのだから
『普通の人間より美味そうだ!アレはオレが喰う!』
『いや、オレの獲物だ!』
小人のような姿でありながら腹を膨らませ飢えた瞳で此方を見てくる銀の化物達
『グルル!オレサマノ獲物!獲ッタラ殺ス!』
騒ぎ立てる異形共に虎が唸れば異形の声は幾らか鳴りを潜める。どうやら力関係は圧倒的に虎の方へ軍配が上がるようだ。
唯でさえ先程の戦いで疲労が溜まっているのに下手をすればあの影よりも強い敵がいるこの状況は正に絶望的であった。
「…里中」
極限の緊張状態の中、それまで黙っていた鳴上が隣の里中へと小さく声をかけた。
「ど、どうしよう鳴上君…。このままじゃ雪子が…!」
「大丈夫だ。…それより、あの後ろにある炎。里中のペルソナで何とか出来ないか?」
「えっ」
「…っ、そうか!冷気だな!里中のペルソナならあの炎を消せるかもしれねぇ!」
「それは…やってみないとだけど…」
「十分だ。クマは退路が出来たら合図してくれ」
「わかったクマ!」
「わ、私は…」
「雪子はあたしの側から離れないで!アイツらに襲われないように護るから!」
「ああ、それで頼む。…俺は」
「ちょ!?センセイ!」
耳打ちを済ませれば鳴上は深く息を吸い込んだ後に覚悟を決め、クマの制止の声も聞かずに異形へと駆け出した。
『ヒヒッ!自分から来やがった!』
『喰ってやる!喰ってやる!』
咎められたというのに理性が低いのか、虎の周りにいる小人達は一斉に鳴上へと襲いかかった
「ペルソナ!」
宙に現れたカードを握り締めれば背後から自身のペルソナが顕現する。しかし、その姿は先のイザナギではなく異様に舌の長い犬の姿だ
「カーシー!」
鳴上が叫べば応えるように辺りに暴風を巻き起こす
『ぐえっ!』
蛙が潰れたような声を上げ数体が霧散するように消え去った。
それを見ながらペルソナで敵わない相手ではない、と内心でほっとしたのも束の間
『オマエ!死なすぞ!!』
「っ!」
背後から襲い掛かる二体の小人相手に反応が遅れる
「ジライヤ!!」
その声が聞こえたと同時に間一髪で小人は風によって吹き飛ばされた
「馬鹿野郎!勝手に先走るんじゃねえよ!!」
「花村!?」
寸での所で鳴上を救った花村はしかし怒りの表情で鳴上の蛮勇に抗議した。
「足止め作戦するんだったら最初から言えっての!俺達相棒だろうが!」
「……すまない、少し焦ってた」
「へぇ、お前も焦ることあんだな。意外」
「俺だって焦るさ。テレビに頭突っ込んでた時にお前に押された時とか」
「……その時はすんませんっした」
こんな状況で軽口を叩き合うのは冷静さを取り戻す為だ。実際、最初の頃と比べれば大分頭もクリアになった。
「アイツら、どんどん穴から湧き上がってねぇか…?」
「言うな。軽く絶望するから」
「あー!くっそ!里中が出口開くまでの辛抱だ!行くぜ、相棒!」
「ああ!」
次々と襲い掛かる小人相手に二人は攻撃を浴びせ続ける
呆気なく蹴散らせる相手とはいえ、穴からの増援は止まることを知らない。
穴を何らかの手段で塞げれば良いのだが…
「……あの虎、何で何もしてこないんだ」
先程から穴の前で一歩も動かずに此方を傍観する虎がそれを阻む。
アレはきっと小人よりも遥かに強い。攻撃してこないのは有難いが、だからと言って危機が去ったわけではないのだ。
チラと視線を背後に移せば、未だ里中が炎に向かって氷を放ってる最中だった。しかし依然として勢いは衰えない。鳴上達をすり抜けて里中達を襲う小人の対応に追われているのも作業を難航させていた。
「っ!ダメ!全然弱まらない!」
「これ、相当強い力で出来てるクマ〜…あの燃えてる奴を倒さないと無理クマかも…」
「そんなっ!」
里中が再びペルソナを呼び出そうとするがふらりと身体が揺れて座り込んでしまう
「千枝!」
「平気…ちょっとペルソナ使い過ぎただけだから…」
「あわわわ…マズイクマ!!」
緊迫した状況の中、鳴上達も徐々に押され始めていく。
「ヤベェな…。アイツらの数は減らないのにコッチの体力は減ってくとか不公平だろ…!」
そう言う花村の表情は既に疲労困憊を隠すことが出来なくなっていた。対する鳴上も様々なペルソナを使っている分、限界も早く近づいてくる
『…ソロソロ飽キタナ』
「―――――――っ!!!」
そして遂に最悪の状況で最悪の敵がその身体を動かした。
「ヴァルキリー!!」
鳴上が咄嗟に新たなペルソナを呼び出す。
燃え盛る虎は強力だがその分弱点も分かりやすい。近付いてくる虎相手に冷気を放てば、ヒットしたそれは一瞬虎の動きを怯ませる。が
『……オマエ、ムカツク!』
「う、ぐっ!?」
ダメージを与えられない所か激昂した虎が真っ先に鳴上へと襲いかかったのだ。
その速さに全く反応出来ず鳴上は虎に押し倒される。
「鳴上!!!!」
花村がジライヤで攻撃するが虎はそこから退く気配がない
『邪魔ダナ。黙レ』
「なっ!?」
それどころか虎が深く息を吸い込めば花村に向かって火炎の球を吐き出したのだ
咄嗟にジライヤでガードするも呆気なく弾き飛ばされ壁に叩きつけられる
「花村!」
「花村君!!」
花村はその衝撃か炎のダメージからか、崩れ落ちるように気絶してしまう。
そして、その様子からも今相手にしている敵の圧倒的力量差が鳴上達に伝わってきてしまった。
鳴上は未だ虎に踏みつけられており、身体をジリジリと前足で押され息すら自由に出来ない状況だった。近くで燃え盛る体毛が体力すらも奪い取る。
花村は意識を失い、里中もペルソナを出すには限界。その上、未だ取り囲んでくる小人のせいで近づくことすら出来ない
最早彼らに打つ手は無かった
「……っ!」
『マズハオマエカラ、マルカジリ』
「鳴上君!!!!!」
「センセイ!!!」
ぐあっと開けた口に鳴上の心は諦めへと屈しかけ、その目をキツく閉じた
『―――――ウフフ。悪い子には御仕置きが必要ね』
『グオォッ!?』
それまで胸に乗せられていた重圧が弾かれるように喪失する
半ば止まっていた呼吸を再開するように噎せれば、何が起きたのかと痛む身体に耐えて鳴上は起き上がった。
「な…っ!?」
彼が見た光景。そこにはそれまでどんなに攻撃しても微動だにしなかった虎が体の一部を凍らされ地面に張り付けられている姿があったのだ
『ひゃっはー!サツリクだー!!』
続いて鳴上の周りに鋭い風が巻き起こる。
鳴上達を器用に避けながら発生した暴風はその場にいた小人全てを蹂躙する威力をもって場を荒らし尽くしたのだ
『オノレ…!【さまなー】か!!』
風のダメージを負ってなお倒れる所かパキンと氷を割った虎は恐ろしい咆哮と共に近くにいた鳴上へと再び飛びかかる
皆の悲鳴が聞こえる中でやけにその光景がスローモーションに映った。身体が硬直し、抵抗の術もない
「
その視界が一瞬、”黒”で埋め尽くされる
「―――――
緑色を纏う一閃
途端に耳を塞ぎたくなるほどの絶叫が鼓膜を震わし…それっきり何も聞こえなくなった。
「……っ」
気のせいか場の雰囲気が軽くなったように感じ、鳴上は恐る恐る顔を上げた
その”後ろ姿”は刀を握り締めたまま鳴上を護るように立っていた
どうと倒れる虎の姿がその人物が何をしたのかを雄弁に物語る
鳴上の目はその圧倒的なまでの力を持つ姿に釘付けとなった
ふと、頭を過ったのは今朝方見たばかりの夢
夜の街を駆け、異形相手に立ち回る英雄のような存在
―――それによく似た青年が今、鳴上達の前にいた
――――――――――歯車は静かに噛み合う