全三話構成の予定です。
楽しんでいただけると幸いです。
それでは、どうぞ。
追記 サブタイトルを付け直しました。
薄暗い部屋に静けさが息を潜ませていた。
すずかが眠る前に嗅ぐとぐっすりと熟睡できるということで持ってきていた枕元にある一つのアロマキャンドルの明かりだけが部屋を照らし出している。
ゆらゆらとゆれている灯が温かさを感じさせている。
蝋が溶けるにあたって、室内にはさわやかな花の香りが満ちていく。彼女の髪の毛の色と似ている、ラベンダーの香りだ。
畳張りの床に敷かれた布団に潜り込み、頭からすっぽりと掛け布団をかぶっているすずかの顔が薄暗い部屋にぼんやりと浮かび上がる。
ひうっ、と突然つけられた明かりと、ぼんやりと浮かび上がる顔に驚いたフェイトが小さく悲鳴をあげる。
「フェイトちゃんは怖がりやなあ」
「だ、だってはやて……」
布団のすきまから小さく顔を覗かせている金色の長い髪をした少女、フェイトに、短いブラウン髪をした少女、はやてはからかうように言う。
恥ずかしそうに頬を赤らめながらフェイトは小さく抗議する。
「それで、今度はアリサちゃんのお話だよね」
話題を変えようと長い栗色の髪をした少女、なのはが言う。
彼女たちが来ているのは海鳴市にあるとある宿泊旅館。
四年生の夏休みということで彼女たちの家族も一緒に団体客として来ていたのだ。
ここには彼女たち子どもしかおらず、せっかくの休みであり、女の子だけの部屋と言うことで少し夜更かしをしてでも話をしたいという思いからこうなっていた。
時計の針はすでに十二時を過ぎようとしており、日付が変わろうとしていた。
初めはそれぞれの出会いや友だちになった経緯についての話。なのは、フェイト、はやてがお互いにその関係になったのは大きく“魔法”という存在が要因にあった。それがなければ顔を合わせることもなかったかもしれない。
出会いなどについての話のあとは、女の子であれば誰でも興味を持つ恋愛についての話だ。それを振ってきたのは、よく恋愛小説を読み漁っていたというはやてだった。それに真っ先に食いついたのはすずかで、彼女もはやてと同じく読書家だ。
彼女たち五人は通っている小学校において注目されている存在だ。
かわいい、きれいだ、かっこいい……など、同学年からはもちろん、高学年にも彼女たちに対して憧れや恋慕をもっている児童は少なくない。子どもらしいファンシーな封筒に入れられたラブレターをもらうということも彼女たちにとってはけっして珍しいことではなかった。
彼女たちの中でもフェイトと同じく外国人らしい金色の髪に、白い肌をした少女、アリサ・バニングスと月村すずかはいつくもの中小企業をまとめ上げている大企業の社長の娘であったり、この海鳴市の土地支配権を持つほどの影響力をもつ家柄出身であったりなどであるため、異性との付き合いや結婚ということについては幼いながらもそれによって自分たちの将来が大きく変わってしまうということを理解していた。さまざまな顔を見せる大人たちとかかわることが多かったため、特にアリサは周りの男子に対してガキっぽいという印象しかもっておらず、彼らに恋慕を募らせるということはなかった。ラブレターをもらっても一刀両断してしまうなどよくあることだった。すずかの場合はアリサほどの係わり合いはもっていないが、彼女の吸血鬼という正体、種としての体質上どうしても異性を選ぶ基準が高くならざるを得なかった。そもそも小学生の段階でそれを決めるというのは早計であることも理解している。
恋愛というものをほとんど理解していない者もいた、フェイトだ。彼女の場合はそもそも親からの、友人からの愛というものをほとんど受けたことがなかったので、異性との愛というのは理解していても、友人関係以上になるということを理解しておらず、男子児童に呼び出されて「好きです、付き合ってください」と告白されても「お友だちとしてよろしくね」邪気のない屈託な笑顔で男子児童にとっては残酷な判決を言い渡すのだった。
フェイトと同じようになのはの場合も、友人関係を超えた恋愛関係にはあまり興味をもっていないのか、告白されても「お友達でよければ」と言うのが常套句であった。家でも夫婦、兄妹が仲のよさそうに見えるため、恋愛についてもとても仲がよい関係と、あまり友だち関係と変わらない印象をもっていた。
はやての場合、復学が遅れたが、もともと人気であった四人と仲がよいことの他に、彼女自身のもつ四人とは違うよさが異性をひきつけるものとなっていた。しかし、なまじ知識をもってしまっているため、どうしても異性に対する理想像が出来上がってしまっており、小学生の段階ではとても彼女の求めている理想に届く児童はおらず、当然のように断られるのがオチだった。
恋愛話がそろそろ終わるということになったところで、季節が夏ということもあり怖い話をしようということになった。海鳴市にまつわる噂話や怖い小説からとった話などとさまざまだった。
ここでなのはからアリサへと話が振られる。
「んっ」と小さく頷き、アリサは話し始める。
キャンドルの灯の向かい側にいるアリサが上品に微笑む。まるで特上のものを提供しようとしているかのように。他の四人は揺らめくキャンドルの灯も相まってか、彼女の笑顔にかえって不気味さを感じた。
「そうね、あたしが聞いた話なんだけど……海鳴市の廃工場に出る女の子の幽霊の話かな?」
「ゆ、幽霊……!?」
分かりやすく肩をビクン、と震わせるフェイト。
「その廃工場って海鳴海浜公園近くの、あれのこと?」
口に指を当てながら、考える仕草をしていたはやてが言う。
確かその廃工場は何年も昔に使われなくなった場所で、取り壊しの目処も立っていないために廃棄された状態のまま今も残っている。当然のように隠れられる場所が多く、雨風を凌げ、それほど耐久に問題があるわけでもないために不良たちのたまり場となりやすいという黒い噂が以前からあった。海浜公園を遊び場とする子どもたちに被害が及ぶかも知れないということで、その親たちから鳴海市役所に早期の取り壊しが申し出としてだされていた。
そんな廃工場に最近になって新しい噂が立ち始めていた。
それはアリサが言ったように、女の子の幽霊が現れるというものだった。以前はそのような噂は影も形もなかったが、昨年の秋頃に起きた放火事件が起きた後から少しずつ噂されるようになった。放火によって廃工場は倒壊することはなかったものの、廃棄されずに残っていたドラム缶などがあり、中身に引火して爆発したのか大きな穴も開いてしまっており、内部はすべて焼け焦げてしまい非常にもろくなっているということでこのまま残しておくのはあまりにも危険だと判断されており、近々取り壊されるというのが新聞に載っていた。その女の子の幽霊と放火がどのように結びつくのかという謎があったが、噂好きの者が言うに、誘拐された少女が監禁されている途中、第三者、もしくは犯人が起こした放火に巻き込まれて死んでしまったためではないかというのだ。しかし、遺体は発見されておらず、骨まで残らないほどの被害ではなかったことから海鳴市の都市伝説になりつつあった。
「誰もいないはずのその廃工場に近づくとね……突然ボウッ、と誰かが放火したかのように炎が上がるらしいのよ。その炎の中に人影が見えてね、それも小学生くらいの女の子の背丈よ。慌てて寄って割れた窓を見上げると……」
「み、見上げると……どうなの、アリサちゃん?」
話が進むに連れて、フェイトと同じように布団を頭に被っていたなのはがおそるおそるというように尋ねる。魔法少女として戦っている時は怖いものなしという彼女であるが、やはりまだ小さな女の子、幽霊は怖い存在なのだ。
「そこからじぃーっ……と見下ろしているらしいわ、その金髪の女の子がね」
「……」
顔面を蒼白にしてがたがたと震えるフェイトは隣の布団に移動しており、はやてに抱きついて不安を少しでも和らげようとしている。季節が夏ということで抱きつかれると暑苦しいのであるが、はやてはまんざらでもなさそうな表情を浮かべている。
「つ、作り話だよね。そうだよね、アリサちゃん」
震える声で同意を求めるようになのはは問い詰める。
しかし、意地の悪い笑みを浮かべたアリサはチッチッチッ……と指を振る。
「正真正銘本当の話よ、なのは」
「うにゃあああああぁ!? アリサちゃんひどいよ」
「そうだよアリサ。これじゃあ、夜一人でトイレに行けない……」
一人悲鳴をあげるなのははアリサを非難する。とはいえ、どうしてそんな怖い話をしたのか、ということに対してである。
「あたしに話を振ったのはあんたでしょ、なのは」
「にゃ……、それはそうだけどさ……」
返す言葉もない。
あっさりとカウンターを受けたなのはは枕に顔を埋めさせる。
なのはと同じようにアリサに抗議するフェイト。若干涙目になりながらにらみつけている。
「それにしても意外だったね。アリサちゃんって怖いお話とか噂とかあまり好きじゃないと思ってた」
「それは偏見よ。あたしだって退屈しのぎにはそういう内容の本とか読むし」
これまで読んでみた本の名前などをつらつらと並べていく。
その中にはすずかやはやての読んだことのある書名もあり、その本を話題に会話が弾むかもしれないと思う。
時間が時間ということもあり、怖い話は小学生の彼女たちには刺激が強かった。
畏怖の対象となる吸血鬼であるすずかでさえも、どこからか聞こえる物音に反応を示してしまう。過剰に反応しているフェイトが布団の中でもぞもぞと身体を動かす。
「どないしたん、フェイトちゃん?」
「……トイレ」
はやての問い掛けに対して、顔を半分枕に埋めさせながら、恥ずかしそうにそう答えた。
すずかは「ははは……」と苦笑いを浮かべる。
そんなやり取りをアリサは普段よりも何倍増しのサディスティックな笑みを浮かべる。
そんなアリサであるが、仮面の下の表情はけっして笑ってはいなかった。
それはさきほどの話に出てきた見下ろしてくる女の子の幽霊、その女の子が誰を隠そう自分であるというのを理解していたからだ。
そうであるならば、今ここにいる彼女は一体何者なのだろうか、ということになる。
幽霊がいるということから、彼女は死んでしまっていることになる。
否、事実彼女は一度死んだのだ。
ならば、なぜ今こうして当たり前のように生者のように振舞っているのか。それは彼女が死者から再び生者として蘇ったからに他ならない。
彼女が蘇ることが出来た理由……それは世界では秘匿とされている存在、“レネゲイドウィルス”に発症してしまったからだ。
“レネゲイドウィルス”――。
それは生物に感染し、遺伝子自体を書き換え、超常的な能力を発揮させるというレトロウィルスの一種である。感染者自体は記録によるとはるか古代から存在してあるようで、中には神話や伝説、歴史で語られる人物たちは実は“レネゲイドウィルス”による超能力を発症させてしまった者たちであり、その恩恵によって今代にまで残る功績を上げたのではないかという説もある。しかし、つい最近までに確認されている発症者の数というのはごく少数に過ぎないもので、それゆえに“レネゲイドウィルス”という存在が認知されることも、公衆に晒されるということもなかった。かつてとある遺跡で発見され、極秘裏に研究するために輸送していた途中事故に遭い、世界中にそれがばら撒かれることになってしまい、世界中の人類の約八割という大部分が知らず知らずのうちに“レネゲイドウィルス”の感染者となってしまった。それだけの人数が感染したのなら、公にされ、当然異質の存在として認知されるはずであるが、それは感染しただけでは特に人体への変化は何ももたらさず、感染者自体が激しい肉体的、または精神的ショックを受けたときに初めて“レネゲイドウィルス”が活性化し、感染者は発症してしまうのだ。そして、発症したものは超人的な能力を自在に使うことができるために、“オーヴァード”と呼ばれるようになる。
しかし、“レネゲイドウィルス”は人間の精神を大きく蝕んでいくという性質をもっており、活性化するたびに宿主によって違う“衝動”というものを引き起こす。湧き上がる衝動をまったく制御することができなくなり、理性を失ってしまった”オーヴァード“を”ジャーム“と呼ぶ。その”ジャーム“と呼ばれる存在は破壊衝動や殺戮衝動など、自らの衝動を満たすためだけに行動する、言ってみれば欲望の塊であるために人間社会への大きな脅威の存在とされている。
アリサ・バニングスは、そんな人間社会にとって脅威の存在として認識されている“ジャーム”や力を悪に用いようとしている“オーヴァード”から社会を守るために設立されたUGN(ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク)に所属しているエージェントである。彼女の所属しているUGNは“オーヴァード”となった人間を保護し、人間社会で暮らせるように支援すること、最終的には“オーヴァード”という異質の存在が世界に受け入れられるようにすることを目的としている。だが、現在の段階では一般社会に“オーヴァード”の存在を公開することは早計であるとい判断を下しているため、“レネゲイドウィルス”に関する全般を隠蔽することを使命としていた。
アリサが“レネゲイドウィルス”を発症させ“オーヴァード”となってしまったのには先ほど彼女がした話や噂が関係していた。つまり、あの廃工場で彼女は殺されたのだ。“死”というものを覚醒のきっかけとしていた。廃工場が放火されたというのも彼女の能力が暴走したから。覚醒したばかりの“オーヴァード”の多くは、とりわけ年の若い場合は身体を内部から蹂躙する爆発的な力を制御することができず暴走してしまうのだ。UGNのエージェントが動いたため、海鳴市が火の海になることは免れた。意識を取り戻した当初はひどく取り乱し、自暴自棄になりかけた。しかし、自分と同じ境遇の、それも同年齢の少年のおかげで今はすべてを受け入れつつあった。
「ねえ、はやて……トイレについてきてくれる?」
「怖がりやな、フェイトちゃんは」
ツンツンとはやての肩を指でつつきながらフェイトが懇願するように言う。
はやては「しゃあないな」と言いつつも、からかうような笑みを浮かべている。
布団から出た二人が襖を開けて部屋を出ていこうとする。
「あ、わたしも一緒に行くの」
そう言ってなのはも布団から飛び出す。
「ねえ、その女の子の幽霊に会いたいと思う?」
三人が部屋から出ようとしたところで、アリサが声をかける。
三人は身体をビクン、と身体を震わせ、ゆっくりとこちらに振り返る。
ひきつった表情を浮かべながら、はやては「え、遠慮するわ」とか細い声で言う。
ブンブンッ、と顔面蒼白のフェイトは激しく首を左右に振る。
「で、でも……、その女の子はまだ廃工場にいるんだよね? だから、会えないと思うの」
無理やり自分を納得させるようになのはは一気にまくし立てるように言った。
「まあ、会いたくないと思っていても意外とすぐ近くにいるものよ? その女の子って」
ニヤリ――と妖しげな笑みを浮かべながら意味深な言葉を口にし、「おやすみ」と言い残して布団に潜り込んでしまった。
残されたすずか以外の三人は思わず顔を見合わせ――。
「――っ!?」
次の瞬間、夜の宿泊旅館に静けさを引き裂くような悲鳴が響き渡った。