ハルへ   作:はるのいと

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           「プロローグ」 


 僕は夢を見る。
 
 真っ暗な部屋に煌々(こうこう)と光る、ノートパソコンの液晶画面。
僕は机に腰を下ろし、静かにその画面を見つめいていた。
そこには幸せそうに微笑む、一組の家族が映っている。
優しそうな両親と利発そうな幼い娘。
コマーシャルなどで見るような、絵に描いたような理想の家族。
本当に幸せそうだなあ……。
 
 机の上には今しがた書き終えた、遺書が置かれていた。
因みに遺書は遺言書とは違い、法律的な制約はない。
だから基本的にはなにを書いても構わない。
例えば両親への思い、恋人や友人たちへの感謝の気持ち……だがそのどれもが僕には欠落していた。

 恥ずかしながら、取り立てて書くべき事柄がない。
だがこの先、自分がやろうとしていることを考えると(つたな)い遺書でも残さずにはいられなかった。
よし、これでやり残したことはもうない。あとはその時が来るのを、只じっと待つだけだ。

 ふと、時計に目を向けると時刻は午前1時を少し回っていた。
今日はカウンセリングの予約が入ってる。そろそろ、寝よう。
ベットに寝ころびながら瞼を閉じると、途端に眠気が襲ってきた。
そしていつもの夢が、ゆっくりと近づいてくる。
だがそれも、もうすぐ終わりを迎えることだろう。

 そうだろ? **ちゃん。
 うん、そうだね。

 僕は夢を見る。
 
 そしていつものように黒い世界に包まれながら、静かにそしてゆっくりと堕ちてゆくんだ。
どこまでも、そう、どこまでも…… 。



第一話「運のない彼と雨が似合う彼女」

 窓から見える空は、相変わらず鉛色の雲に覆われていた。冷房の効いた室内からでも、湿気を含んだ蒸し暑さが容易に想像できる。時刻は午後1時を少し回ったばかりだというのに、外の街はまるで夕方のように薄暗い。だが梅雨のこの時期には、さして珍しいことでもなかった。

 

 ふと向かいのラブホテルに目を向けると、一組のカップルが出て来るのが見えた。男は濃紺のスーツに、手には茶色のビジネスバックをぶら下げている。年齢は50代後半といったところだ。ロマンスグレーの髪の毛と年の割に均整のとれた身体つきは、年上好みの女性にしてみればさぞかし魅力的に映るのであろう。

 

 一方、女の方は涼しげな水色のワンピースに白のパンプス。ショートボブのヘアースタイルが、清楚な印象を与えていた。年齢は男よりかなり若い。恐らく20代前半といったところだろう。

 

 男の服装から察するに、今日は休日出勤だろうか? いいや、仕事の合間をぬってラブホテルで密会するほど、彼は若くは見えない。恐らく会社は休みのはずだ。

 

 既婚者の彼は不倫相手に会う為に ”休日くらいはどこかに連れて行ってっ!” と、ねだる妻子に ”今日は仕事だ” と、でも偽って家を出てきたのだろう。

その証拠にどっしりと構えている若い女に比べ、男の方は終始そわそわして、折角のダンディーなルックスが台無しだ。

 

 空に視線を戻す――天気予報では午後からの降水確率は90%。おまけに大雨洪水注意報も出ている。このクリニックを出る頃には、ドシャ降りになっているはずだ。

 

 勿論、傘は持ってきてはいるが、駅までは徒歩で10分ほどかかる。どうやら足元が濡れるのは免れないようだ。ったく、買ったばかりのニューバランス576が台無しじゃないか……。如月ハルは窓の外をぼんやりと眺めながら、小さく溜め息を漏らした。

 

「あのさあ、溜め息を漏らしたいのはこっちのほうなんだけど」

 

 相良琴音は頬杖をつきながら、呆れはてた表情を浮べた。すると如月は無言のまま窓の外に向けていた視線を、ゆっくりと彼女に移してゆく。

 

 シャム猫を思わせるシャープな目元に、余計な脂肪を全て削ぎ落としたような痩身な体躯。そんな彼女には、凛とした白衣がとてもよく似合っていた。

 

 いつもはコンタクトレンズの彼女だが、今日は小ぶりなメタルフレームの眼鏡をかけている。目元が若干、腫れているところをみると、今朝はコンタクトレンズが入りづらかったのだろう。

 

 むくみの原因――デスクに置かれた、マグカップに目線だけ移した。中身はいつものブラックコーヒーではなく、杏色の液体が見える。香りから察するに、恐らくジャスミンティーだろう。二日酔いに効果覿面なお茶だ。

 

 昨夜はどれほどのアルコールを消費したのだろう? 寂しがり屋の彼女のことだ、一人の呑みということはないはずだ。お相手は恐らくこのビルの1階にいる悪友だろう。

 

 白衣の裾から覗くスラックスには、センターラインの歪みとしわもいくつもあった。大方、帰宅するのが面倒になった彼女は、悪友宅にご厄介になったのだろう。そしてそのまま着替えもせずに、メイクも落とさぬままご就寝。そんなことをすれば、顔がむくむのも当然だ。そして今朝はギリギリまで寝ていたため、自宅には戻らずにそのままクリニックへと直行――と、まあそんなところだろうな。

 

「窓の外ばっかり見てさ……私の話、全然聞いてなかったでしょう?」

 

 またいつもの小言が始まったな……幼い頃から耳を塞がなくても、興味のない雑音を遮断するのは得意だった。如月は相変わらず黙秘権を行使しながら、心の中で溜め息を漏らした。

 

 デスクの上の砂時計に一瞬目を向けると、この部屋に入ってからおおよそ10分が経過していた。彼女のノートパソコンが開いてないところを見ると、恐らくいつものように、カウンセリングとは無関係な雑談でもしていたのだろう。

 

「一応確認するけど私の話は聞いてなかった、ってことでいいのね?」

 

 先程から黙秘権を行使したままの如月に対し、琴音は我が子を叱りつける母親のように、再度問いただした。

 

「先生がそう思いたいのなら、僕はそれでも構いませんけど」

 

「あのさあ、いつも思うんだけどこの距離でよく人のことシカト出来るわよね。一体どういう神経してるわけ?」

 

 眉間にしわを寄せながら、琴音は苛立ち気に白衣のポケットから煙草を取り出した。銘柄はジタン・カポラル。もみあげと赤いジャケットがトレードマークの大泥棒が、好んで吸っていたフランス産の煙草だ。彼女は小ぶりのジッポライターで火を点けると、背もたれに体を預けながら、ゆっくりと煙を吐き出した。

 

 どうも、今日は機嫌が悪いな……左手の薬指にいつもの指輪がないところを見ると、年下のワイルド系とお別れでもしたのだろうか? そんな不毛なことに考えを巡らせながら、琴音がくゆらす煙草の煙を如月はぼんやりと眺めた。

 

「先生……」

 

「なによ?」

 

 天井を見上げながら、琴音は煙を豪快に吐きだした。

 

「患者に副流煙を吸わせて、医者として罪悪感とか湧きませんか?」

 

「湧かないわよ、別に」

 

 琴音は開き直るようにいうと、如月の顔に勢いよく煙を吹きかけた。このクリニックに訪れるようになってから、随分と時が経つ。彼女とのこのようなやり取りも、すでに毎度のこととなっていた。

 

「それで、調子はどうなの?」

 

 ノートパソコンを開くと、琴音はジャスミンティーで喉を潤した。毎度おなじみの、カウンセリング開始の合図である。

 

「まあ、ぼちぼちですね」

 

「発作のほうはどう?」

 

「最近はありません」

 

「薬はちゃんと飲んでる?」

 

「はい」

 

「よろしい」

 

 キーボードを打鍵しながら、琴音は満足そうに微笑を浮かべた。どうやら素直な受け答えが、彼女の口角を上げさせたらしい。

 

「学校の方はどう、もう慣れた?」

 

「ええ。広い校舎を迷うことがなくなった程度には」

 

「いや、そういうことじゃなくてさ……友達とかは?」

 

「いません」

 

「即答ね。入学してもう3ヶ月でしょう。それで一人もいないわけ?」

 

「ええ。一人もいません」

 

「これまたはっきりと……あのさあ、高校に入ったら友人や彼女の一人くらい――」

 

「その必要はない、って前にもいいましたよね」

 

 如月はうんざりした表情を浮かべた。因みにこの問答は、彼が中学に上がった際にも何度か行われている。そして今回と同様にその答えは決まって ”必要ない” だった。

 

「……じゃあ、休み時間とかは一人で何してるわけ?」

 

 溜め息を漏らしながら、琴音は灰皿に煙草を押し付けた。

 

「窓際の席なんで、さっきみたいに外を眺めたり、校舎を徘徊したりとか……まあ、色々ですよ」

 

「校舎を徘徊って……楽しい? そんなこと一人でやってて」

 

「いいえ、全然」

 

 カウンセリング室に沈黙が訪れた。

 

「どうして、人と関わろうとしないのよ?」

 

「どうして、人と関わらなければいけないんですか?」

 

「いいこと? ハル君。社会生活を営むうえで、人と関わるのは絶対条件なの。人間は一人じゃ生きていけないんだから」

 

 琴音は出来の悪い我が子を、諭すかのように答えた。彼女がこういう表情をした時は、大抵機嫌が悪い。やっぱり彼氏とは破局したとみるのが妥当だろう。確かに気が立つのも分らないでもない。とはいえ、とばっちりはご免だ。如月はそう思いつつ、本日何度目かの溜め息を漏らした。

 

「僕だって最低限は人と関わってますよ。こうやって先生とくだらない無駄話をするくらいにはね」

 

「……ほんと、ああいえばこういうんだから」

 

「よくいわれます」

 

「昔はあんなに可愛かったのに……」

 

 幼い頃の如月を懐かしむように、琴音は遠い目で窓の外に視線を移してゆく。そしてすぐに、溜め息まじりでデスクの上の煙草に手を伸ばした。

 

「でも先生、一人でいるのはそんなに悪いことなんですか? 煩わしい人間関係もないですし、生きるうえでとても楽です。少なくても僕にとっては」

 

「分った、もういい。じゃあ、一生友達もいないまま一人寂しく生きていくのね?」

 

「ええ。それでも人は生きていけますから」

 

「そりゃ、そうだけど……まあ、人それぞれだから別に良いんだけどね」

 

 本人が必要ないといってるものを無理強いは出来ない、とでも思ったのか彼女にしては珍しくあっさりと引き下がったな。毎回このくらい、すんなりと引き下がってくれると、こっちとしても助かるんだけど。

 

「それじゃ、事件のことはどう。やっぱり未だに思い出す?」

 

「まあ、時々は……でも随分と昔の話ですからね、記憶は曖昧です」

 

「そうね……あれからもう12年だもんね」

 

 琴音はキーボードの手を一端休めると、感慨深い表情を浮かべた。すると暫しの沈黙が二人の間に訪れる。程なくして彼女は気を取り直すかのように、カウンセリングを再開した。

 

「例の夢はどう。相変わらずまだ見る?」

 

「いいえ。もう随分と見てません」

 

「そう、良い傾向ね」

 

 細く華奢な指先で、琴音はキーボードをリズミカルに打鍵してゆく。そして打ち込みを終えると、ゆっくりと如月に視線を移した。

 

「じゃあ、今は犯人のことをどう思ってる?」

 

 事件が起こったあの暑い夏の日が近づくと、彼女は必ずこの質問を投げかけてくる。そう、このカウンセリングルームに訪れたあの日からずっと。

 

「特に何も」

 

「憎んでないの?」

 

「先生、怒りを持続させるのって意外と難しいんですよ」

 

 口に出す言葉がいつも本心とは限らない。如月は心の中でそう呟きながら、薄っすらと冷たい微笑を浮かべた。

 

「じゃあ、もし犯人がキミの目の前に現れたら?」

 

「さあ? 考えたことないですから」

 

「なら想像してみて。出来るだけリアルに」

 

 真剣な眼差しが如月に注がれた。すると彼は無言のまま瞼を閉じてゆく。そして数十秒後、ゆっくりと瞼を開けると静かに口を開いた。

 

「恐らく、僕は何もしません」

 

「……そっか」

 

 如月の冷めた言葉を聞くと、琴音は安心したようで、それでいてどこか寂し気な表情を浮かべた。

 

「よし、それじゃ今日のとこは、このくらいにしとこうか」

 

 琴音はそういって、ノートPCを閉じると如月に握手を求めた。毎度お決まりの、カウンセリング終了の合図だ。彼はそれに応えながら軽く頭を下げた。これもまた昔から、何一つ変わることのない光景である。だがそんな他愛もない日常も、いつかは必ず終わりが来る。それは……もうすぐだ。

 

 

 

「あっ、そういえば先生、一ついい忘れたことが……」

 

 カウンセリングルームのドアノブに手をかけると、如月は思い出したように振り返った。すると琴音は眼鏡のレンズを白衣の裾で拭きながら、小首をかしげてみせた。

 

「お酒はやっぱり嗜む程度が良いですよ。呑み過ぎは体にも毒ですし、下のお友達にも迷惑をかけることになりますからね」

 

「……ちょっと、どうしてそれ知ってんのよ」

 

 琴音は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐさま眉間にしわを寄せながら、鋭い眼差しを如月に向けた。

 

「じつは僕ね、先生のストーカーなんですよ……それじゃ失礼します」

 

 呆けた表情の琴音をよそに、如月は珍しくにこやかな微笑みを浮べた。人と関わるのは嫌いだけど、僕にもこれくらいの茶目っ気はあるんだ。彼はそう心の中で呟きながら、Sクリニックをあとにした。

 

 

 

 数多くの風俗店やラブホテル等がひしめき合う、大和(やまと)区陽だまり町の裏通り。そんないかにも治安の悪い一角に、築30年の古びた5階建てのビルがある。その最上階に琴音が開業する『Sクリニック』はあった。

 

 如月は場所もさることながら、名前のセンスも常日頃からいかがなものかと思っていた。普通に『相良クリニック』ではダメだったのだろうか? よりにもよって、どうして相良のSをアルファベット表記にしたのか? 

 

 周りの風俗店の影響から、どうしてもSMクラブを連想させてしまう。そういうことは考えなかったのだろうか? どう考えても疑問は一つじゃ済まない。

 

 以前どうしてこの場所でクリニックを開業したのか? と彼女に尋ねたことがあった。返ってきた答えは予想通り家賃が安かったから、という単純なものだった。多少家賃が高くても駅前などに場所を変えれば、客も増えるという考えには断じて至らないらしい。

 

 如月はSクリニックをあとにすると、同ビル1階の調剤薬局に向かうためエレベータに乗り込んだ。琴音はいつものと同じように、安定剤と抗鬱剤を処方した。如月は調剤薬局に入ると、慣れた様子で顔なじみの薬剤師に処方箋を手渡した。

 

「琴音、機嫌悪かったでしょう?」

 

 谷川美鈴は、処方箋に目を落としながら尋ねた。あか抜けない丸眼鏡に、童顔のおかっぱ頭。クールな印象を与える琴音とは、じつに対照的な見た目であった。そんな彼女は、先程も少しふれたが琴音の大学時代からの悪友である。

 

「ええ、若干」

 

「男と別れたからね。昨日はヤケ酒に付き合わされて、大変だったのよ」

 

「ああ、どうりで」

 

 なるほど。目が腫れていたのは、単に酒の飲み過ぎだけが原因じゃなかったわけだ。

 

「因みにお相手は、年下のワイルド系ですか?」

 

「うん、そうだけど……っていうか、あいつキミに男の話なんかしたりすんの?」

 

「いいえ。ただ半年くらい前から、相良先生の趣味とは思えないごついシルバーリングが左手の薬指にはまっていたんで、もしかしたらと思っただけです」

 

「ほんと、相変わらず目ざといわね」

 

 美鈴は感心しながら、紅茶の入ったティーカップを如月に手渡した。

 

「ありがとうございます」

 

 薬の調合が済むまで、彼はいつものように薬局のソファーに腰を下ろして、美鈴が入れたダージリンの香りを楽しむ。ふと窓の外に目を向けると、雨はまだ降っていないようだった。運が良ければ自宅までもつかもしれない。まあ、今まで運が良かったことなど1度としてないのだけど……。如月は窓の外を見つめながら、自嘲した笑みを浮かべた。

 

 

「それで高校生活のほうはどうなの。彼女の一人でも出来た?」

 

 数分後、調剤を終えた美鈴が薬袋を手にして現れた。

 

「相良先生と同じことを聞きますね。でも残念ながら、今年も彼女どころか友人すらいません。僕には必要のないものです。これからも、ずっと永遠に」

 

 ティーカップを彼女に返すと、如月は心からの本心を述べた。

 

「勿体ないわねえ。せっかく可愛い顔してんのに……あっ! それじゃあ、琴音のこと何とかしてくんない? 私さあ、あいつが失恋するたびにヤケ酒つき合わされんの、流石にもう嫌なのよね」

 

「まあ、僕で良ければ喜んで相良先生の性奴隷くらいにはなりますけど」

 

「あら、本当? 喜ぶわよあいつ。だっていつもキミのこと、目の中に入れても、私の大事なところに入れても痛くない! ってよくいってるもの」

 

「私の大事なところって……」

 

「あれ、引いた?」

 

「まあ、若干ですけど」

 

「だろうね。でも要は、それくらいキミが可愛くて仕方がないってことよ」

 

「……分ってますよ」

 

 薄く笑みを浮かべると、如月は静かに頷いた。

 

「そう? だったらあんまり琴音に心配かけなさんなよ、少年」

 

「はい」

 

 如月は再度、頷くと紅茶の礼をいって薬局をあとにした。

 

 

 

 外に出ると相変わらずの蒸し暑さが、体にまとわりついてくる。クーラーの効いた場所に暫くいたせいか、寒暖の差に彼は一瞬立ち眩みを覚えた。空を見上げると、相変わらず鉛色の雲が見える。だが幸い雨はまだ降っていなかった。

 

「よし、最短ルートで行くか」

 

 如月は小さく呟くと、風俗通りを抜け大和駅へと歩みを進めてゆく。普段なら治安の悪いこの通りは避け、迂回して駅へと向かうのだが、豪雨が迫っている現在はこのルートを選択するしかなかった。

 

 風俗街は土曜日にしては人通りもまばらで、客引きたちは暇そうにしている。彼らに声をかけられるのも面倒だ、と思いつつ如月は少しばかり歩調を速めた。

 

 暫く歩いたところで一際目立つ豪華なラブホテルから、3人の男女が出てくるのが見えた。男の方は不自然なくらい日焼けした顔に、ド派手なシャツの胸元から除くゴールドのネックレスが、この風俗通りに違和感なく溶け込んでいた。

 

 年の頃は若作りしているようだが、40代後半といったところだろう。どう見ても会社勤めのサラリーマンには見えない。飲み屋や風俗店を数件経営している小金持ち、そんな感じがしっくりとくる。恐らく手にぶらさげている、ブランド物のセカンドバックには、分厚い財布が入ってることだろう。

 

 一方、女たちのほうはかなり若い。大人びた服装こそしてはいるが恐らく中学生? いいや、高校生といったところだろう――援助交際。今時はさして珍しくもない光景だ。だが2人の女のうち、一方には見覚えがあった。伏し目がちに俯く整った顔立ち。彼女はクラスメイトの三島小夜だった。

 

 恵まれた容姿と、誰とでもすぐ打ち解ける人当たりの良い性格は、生徒たちは勿論のこと教師連中からの信頼も厚い。要するに才色兼備を地でいく優等生、ということだ。

 

 如月は目を合せずに、小夜の隣を通り過ぎてゆく。そして暫く歩いたところで、ゆっくりと振り返った。すると彼女はこちらを見つめながら、ぼんやりと佇んでいた。丁度その時だった、鉛色の雲から静かに雨が降り注いできた。

 

 雨に打たれながら、こちらを無表情で見つめてくる三島小夜――その光景は一枚の絵画のようで、とても蠱惑(こわく)的だった。やっぱり僕は運がないらしい……。如月は心の中でそう呟くと、持っていた傘を開き小走りで大和駅へと向かった。

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