ハルへ   作:はるのいと

17 / 42
第十三話「キューピッドと黒い瞳 3」

「ねえ、さっき権藤さんと話してた時……」

 

「彼と話してた時がどうしたって?」

 

 小夜をマンションへと送る道中、口ごもる彼女に如月がゆっくりと顔を向けた。

 

「……あの時と同じ顔してたよ」

 

「あの時って?」

 

「こないだのナイフの……」

 

「ああ、そうだったかな……ただの偶然だよ」

 

「ねえ、トラウマってなに?」

 

「心的外傷。外的・内的の要因による衝撃的もしくは肉体的、精神的な衝撃を受けたことで――」

 

「そんなこと聞いてるんじゃないっ!」

 

「分ってるよ」如月はそういって自嘲した笑みを浮かべた。「悪いけど僕にはトラウマなんてないよ」

 

「ほんとに?」

 

「ああ、それともあった方が良かったのかい?」

 

「そんなこと……」

 

 小夜は静かにかぶりを振ると、安堵するように肩を落とした。

 

「それにしても、あの鉄仮面女(・・・・)が随分としおらしくなったもんだね」

 

「鉄仮面女?」 

 

「キミに対する僕の対第一印象だよ」

 

「どういう意味?」

 

「外面がよく、他人には決して本性を見せない。そんな鉄の仮面を被った性悪女」

 

「ふうん。お得意の人間観察?」

 

「ああ。昔に流行ったヨーヨー刑事(デカ)みたいで、カッコ良いだろ?」

 

 如月の軽口に小夜は途端に眉をひそめると、彼に対抗するかのようにこう続けた。

 

「私が感じたキミの第一印象は、地味で無口な根暗オタクかな」

 

「いってくれるね。ならそろそろ飽きてもいい頃だろ?」

 

「ううん。だって一緒にいるにつれて、その印象は180度変わったから……」

 

「因みにどんなふうに?」

 

「おとなしいかと思っていたら、全然そんなことないし。ああいえばこういうから、口で負かすのは絶対に無理。ぼーっとしてるかと思ったら、いきなりとんでもない行動に出たり……ほんと飽きるどころか、如月君にはドキドキさせられっぱなしだよ」

 

「ふうん、そう……」

 

 その後、二人は無言で歩き続けた。

 

 僕なんかと一緒にいて、彼女は一体なにが楽しいんだろう? 如月は小夜の歩調に合せながら、そんなことに考えを巡らせた。自分が誰かに好かれるような人間じゃないことは、誰よりも彼自身が1番よく分っていたからだ。

 それなのに、どうして……。如月がそんなことをぼんやりと考えていると、いつの間にか小夜のマンションに到着していた。

 

「それじゃ」

 

「ちょっと寄っていかない? コーヒーでも――」

 

「いいや、遠慮しよくよ。なんだか押し倒されそうだから」

 

「ほんと、口の減らない……」

 

「じゃあ、また学校で」

 

「あっ、ちょっと……」

 

「何だい?」

 

 口ごもる小夜を見つめながら、如月は小首を傾げた。すると彼女はおもむろに口を開き始めた。

 

「トラウマはなくても悩みくらいあるでしょ? だから……」

 

「だから?」

 

「だからなにかあったらいってね。私って顔だけじゃなく、頭も良いから……だから結構、力になれると思うのよ」

 

 小夜はそういうと、今日一番の微笑みを如月に向けた。

 

「ふん、10年早いね」

 

「……ほんと、可愛気ないんだから」

 

「僕の数少ない魅力の一つだよ」

 

 如月はそういって小夜に背を向けると、ゆっくりと緑神駅へと歩みを進めた。

 こんなことをしていて、良いのだろうか? 本当にそんな資格、僕にあるのだろうか? 緑神駅に向かう道中、如月は自問自答を繰り返していた。ねえ、神様はどう思います? 日の落ちかけた空を眺めながら、彼は心の中で問いかけた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。