ハルへ   作:はるのいと

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第十四話「優しくない彼」

 ああ、体が怠い。それに頭までぼーっとしてきた。昨日、クーラー点けっ放しで寝たのが悪かったのかなあ。これは明らかに風邪の引きはじめだ。ったく今日に限って……。小夜は購買部で買った焼きそばパンを見つめながら、心の中で溜め息を漏らした。

 

 放課後、彼女は二階堂駅前に本日オープンする大型書店に、如月と足を運ぶ約束をしていた。一昨日、CAFE GIRAFFEに行く途中に、二人はその書店の前を通りかかった。

 

 その際、如月が興味深げにオープン前の書店を見上げていたので ”明後日、一緒に来よう” と小夜が半ば強引に約束を取りつけていたのだ。

 

 自分で誘っておきながら体調が悪いからいけない、なんて口が裂けてもいえない。そういった理由から、小夜は体調が悪いことを如月に隠していた。

 取りあえず、保健室行って薬でも貰ってこようかな……。彼女がぼんやりした頭でそんなことを考えてると、隣に座る早苗が声をかけてきた。

 

「……ちょっと、聞いてんの?」

 

「えっ? ああ、ごめん……聞いてなかった」

 

「どうしたのよ、今日のあんたなんか変よ」

 

 早苗は不思議そうに小夜の顔を覗き込むと、購買部で買った菓子パンを豪快に頬張った。

 

「うん、ちょっとね」

 

「なによ、もしかして生理?」

 

「違うわよっ……それよりごめんね、今日はお弁当作ってこれなくて」

 

 小夜は申し訳なさそうな顔を如月に向けた。

 

「こいつに謝ることなんてないのよ。いつも甲斐甲斐しく弁当を作ってくるあんたに、お礼の一つもいえない、こんな朴念仁に」

 

「別に僕が頼んでる訳じゃないよ」

 

 如月は購買部で買ったお好み焼きパンに口を付けると、いつもの無表情を早苗に顔を向けた。

 

「いわれなくても分ってるわよっ!」

 

「ならいいけど」

 

「……そんなことより、例のパフェの味はどうだったの?」

 

「美味しかったよ」

 

「ねっ、行って良かったでしょ?」

 

「僕的には家で本を読んでる方が良かったけど」

 

「ほんと、素直じゃなわね」早苗は呆れ顔を浮かべた。「そんで、パフェの後はどこに行ったのさ?」

 

「高級店で洋服を買うのに付き合わされた後は、彼女の知り合いと僕の知り合いを交えて、喫茶店で奇妙なお茶会だ」

 

 如月は一気にまくし立てると、牛乳を一口含んだ。

 

「知り合いって?」

 

「僕の小学生の時の担任と、権藤とかいう彼女の知り合い」

 

「権藤さんかあ……超黒かったでしょ?」

 

「荒川さんも彼と知り合いなのかい?」

 

「うん。小夜、経由でね。でもあの人、闇の住人だから気をつけたほうがいいよ」

 

「闇の住人? ふうん、そうなんだ。でも僕には関係ないよ。多分もう会うこともないだろうし」

 

「そう、ならいいけど。で、そのあとは?」

 

「彼女を送り届けたあとは、スーパーで弁当を買って家に戻った」

 

「……何なの? その淡泊なデート内容は」

 

 早苗は飽きれた表情を浮べると、小夜に視線を移した。

 

「相手は如月なんだから、あんたがもっとグイグイ引っ張っていかないでどうすんのよ」

 

 早苗は相変わらず俯いたままの小夜に声をかけた。だが一向に反応は返ってこない。不審に思った彼女は、訝しげな表情を浮かべねがら、もう一度親友に声をかけた。

 

「小夜?」

 

 熱はないみたいだけど、全く食欲が湧かない。この焼きそばパンどうしようかなあ。恐らく彼は食べないだろうし……早苗は食べるかなあ? あっ、紅ショウガがのってるからダメだ。あの子、大っ嫌いだもんなあ、紅ショウガ……じゃあ、誰かに――。

 

「ちょっと、小夜っ!」

 

「えっ? ああ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた……で、何の話?」

 

「どうしたのよ。あんた、マジで変だよ」

 

「大丈夫、大丈夫。なんでもないから」

 

 小夜は気怠そうに片手をひらつかせると、無言でお好み焼きパンを頬張る如月をぼんやりと見つめた。

 

「ねえ、それ美味しい?」

 

「いいや、殆どマヨネーズとソースの味しかしない」

 

「ふふっ、少しは私のありがたみが分かったでしょ?」

 

 小夜はとろーんとした目を如月に向けた。すると彼は食事の手を一端休めると、小さく溜め息を漏らした。

 

「熱はあるのかい?」

 

「えっ、熱って?」

 

「体調が悪いんだろ?」

 

「う、うん。何かちょっと風邪っぽくて……でもどうして?」

 

「朝からぼんやりしてるし、眼力もないうえに唇も乾燥している。それに食欲もなく体も怠そうだ。これだけ揃えばバカでも気が付くよ」

 

「……気付いてたんなら ”大丈夫かい” の一言くらいないわけ?」

 

 小夜は大げさに肩を落とすと、非難の眼差しを如月に向けた。だが彼はそんなことなどお構いなしとばかりに、その視線を軽く受け流す。

 

「高一にもなって甘えるなよ」

 

「ひっどーい……」

 

「そんなことよりほれ、おでこ出してみ」

 

 早苗は呆れ顔で小夜のおでこに手をあてた。

 

「どう? 熱ありそう」

 

「ううん、多分なし。でも具合悪いんだったら我慢しないで帰んな」

 

 そうしたいのは山々なんだけど……。小夜はそう思いつつ上目づかいで如月を見つめた。

 

「いや、でも約束が……」

 

「約束ってなによ?」

 

「二階堂駅前に出来た、大型書店に僕と一緒に行くっていう約束だよ」

 

「ああ、そうだったんだ」

 

 彼が答えると早苗は納得するように頷いた。

 

「日を変えるっていう、考えには至らないのかい」

 

「だって、私から誘ったんだし……」

 

「僕は別に構わないよ。本屋は逃げないから」如月はお好み焼きパンの最後の一口を放り込んだ。「それに今のキミと一緒に行動して、風邪をうつされても困るしね」

 

 彼はそういって残っていた牛乳を飲み干した。

 

「あれあれ、もしかしてうつるような(・・・・・・)ことでもするつもり?」

 

「うつるようなことって?」

 

「キスとか」

 

 小夜は唇を人差し指でなでながら、潤んだ瞳を如月に向けた。

 

「風邪のウィルスは接触感染だけじゃないよ。くしゃみや咳なんかの飛沫核感染でもうつるだろ?」

 

「相変わらず、ムードの欠片もないわね」

 

「昼休みの教室で、風邪っぴき相手にそんなもんを出しても仕方ないだろ」

 

「へえ、じゃあ別のシチュエーションだったら、あなたもムード満点になるわけ?」

 

 小夜が静かに如月を見据えると、暫しの沈黙が二人の間に訪れた。すると程なくして、早苗が呆れるように口を開いた。

 

「小夜っ、バカなこといってないで早く菅原のとこにいっといで。風邪こじらせても知らないよ」

 

「へーい」

 

 小夜は気怠そうに腰を上げると、ゆっくりと職員室へと向かった。

 

 風邪ひいてんの見抜いてたんなら、少しは優しくしろってのよ、如月のバカっ! まあ、あいつにそんなこと求めるのは土台無理な話か……。小夜は職員室のドアをノックしながら、心の中で溜め息を漏らした。その後、彼女は担任の菅原に体調が悪いため、早退する旨を告げると、重い足取りのまま学園をあとにした。

 

 

 

 一人っきりの下校――隣に如月がいないことが、小夜にとっては不思議な感じだった。坂道を下りながら彼女がそんなことを思っていると、スマートフォンンにLINEのメッセージが届いてきた。

 

【大丈夫かー?】

 

 小夜の予想通り相手は早苗であった。

 

【大丈夫、大丈夫。薬飲んで寝てれば治るって】

 

【あんたのダーリンも心配してるよ】

 

【彼が心配? 嘘バレバレだよ】

 

【やっぱバレた? はははっ、んじゃまた連絡入れるね】

 

 小夜はスリープボタンを押して、スマートフォンをジャケットのポケットに戻した。そしてまたゆっくりと神無月駅へと歩みを進めてゆく。するとすぐにまたスマートフォンがメッセージ音を告げてきた。

 

 また早苗だな……。そう思いつつまたポケットからスマートフォンをと取り出すと、小夜は液晶画面に目を向けた。すると今回の相手は意外な人物だった。

 

【咳や咽頭痛などの初期症状は?】

 

 事務的なそのメッセージの送り主は如月だった。小夜は噴き出しつつ彼に返信を送った。

 

【いまのところはない】

 

【なら単純に風邪の引きはじめだろう。薬には頼らず体を安静にすること。風邪の時に多く消費されるビタミンCの補給。あとは水分をこまめに摂っていれば、じきに良くなるはずだ】

 

 如月からのメッセージを、小夜は微笑みながら暫く眺めた。

 

【もっと気の利いたこと書けないわけ?】

 

【例えば?】

 

【放課後、お見舞いに行こうか? とか】

 

【僕が行っても何の役にも立たないよ。それになにより面倒だ】

 

【またズバッと……いつも言ってるでしょ? 少しは気を使いなさいってっ!】

 

【これでも十分過ぎるほど使ってるつもりだよ】

 

【ほんと、ああいえばこういうんだから……」

 

【よくいわれるよ】

 

【でも……ありがとう】

 

【ああ。それじゃお大事に】

 

 小夜はぶっきら棒な朴念仁からのメッセージを静かに眺めた。

 

「多分、早苗に頼まれたんだろうなあ……」

 

 小夜は小声でぽつりと呟いた。だが不思議なことに、急に元気が出てきている自分がいることに気付いた。これはもしや噂に聞く、恋の力というやつなのだろうか? いいや、それはないか。これも彼がいうところの、錯覚ってやつなのだろう。小夜は心の中でそう呟くと、坂道を闊歩しながら神無月駅へと歩みを進めた。

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