ハルへ   作:はるのいと

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第二話「陰鬱な空と厄介なクラスメイト」

「怖いよ……」

 

「大丈夫。もうすぐ誰かが助けに来てくれるから」 

 

 小さな双子たちが、薄暗い部屋で身を寄せ合っている。いつも見る夢――主治医の琴音にはああはいったが、事件から12年がたった今でもこの悪夢は一日も欠かさず律儀に如月のもとに訪れていた。

 

 くり返し同じ夢を見ていると、いつの日からかそれが夢だということを、認識出来るようになっていた。そして何度も見た映画のように、次の展開も当然のように知っている。

 

 そう、このあと一人の少年が双子たちに尋ねるんだ。いつもそこで悪夢から目が覚める。最後はどうなったのか分らない。それは映画のエンディング直前で、機能不全を起こしたブルーレイのようにとても後味が悪い。

 

 机の上の時計に目を向けると、時刻は6時00分を示していた。計ったようにいつも通りだ。如月はベッドから腰を上げると、カーテンに手にかけた。すると今日もまた予想通りの曇り空が広がっていた。

 

 吐息を漏らしながらリビングへ向かうと、そこには生活感の欠片も無い空間が広がっていた。早起きは三文の徳というが、家にいてもさしてやることがないため、彼は朝食を済ませると早々に学校へと向かうのが日課であった。

 

 友人もいないくせに、小学生の時から教室には常に1番乗りだった。以前そのことをカウンセリングで話したところ、彼女は憐れむような眼差しを向けてきた。だが恐らく今日は1番乗りというわけにはいかないだろう。朱里(しゅり)駅に向かう道中、如月は小さく溜め息を漏らした。

 

 

 

 週明けの月曜日――朱里駅の構内では出勤して行くサラリーマンや、部活の朝練に向かう学生たちが眠たげな表情を浮かべていた。そんな中、如月もまたいつもの乗車位置で、電車が訪れるのをぼんやりと待っていた。

 

 すると最前列の女性が、先程からしきりに腰の辺りに手を当てていることに気付く。どうやら腰痛持ちのようだ。スカートから覗くふくらはぎには、薄っすらと湿布の痕が残っている。恐らく彼女は立ち仕事なのだろう。

 

 如月は長時間の立ち仕事を伴う職業を思い浮かべた。そんな不毛な想像に頭を使っていると、いつの間にか電車は到着していた。車内は早朝のラッシュ時にしては、意外にも閑散としている。座席に腰を下ろすと、向かいの席には先程の女性の姿があった。

 

 年齢は30代前半といったところだろう。朝の顔にしては化粧は浮きあがり、小鼻も皮脂でテカっている。それはこれから職場に向かうのではなく、一仕事終えて家路につく途中、といったほうがしっくりときていた。夜勤明けの看護師か……。如月は彼女の手の甲に書かれたメモを見つめながら、一人で納得した。

 

 昔から暇つぶしに人間観察をよくしていた。特に楽しいというわけではないが、未だにこの悪癖は直らない。彼は苦笑いを浮かべながら、電車内の中吊り広告に目を向けた。

 

 そこには人気アイドルのゴシップ記事が載せられていた。ったく、やれやれだ……。どこか三島小夜を思わせるその人気アイドルの顔を見て、如月はうんざりした様子で溜め息を漏らした。

 

 

 

 教室に到着すると予想通り先客が一人いた。三島小夜は微笑みを浮かべながら、当たり前のように ”おはよう” と朝の挨拶をしてきた。

 

 胸元でゆるくウェーブした、艶やかな栗色の髪。ほっそりとした顔立ちに、きめ細やかな色白の肌。意志の強そうな目元は、綺麗なアーモンド形をしている。私立啓北学園に入学して3ヶ月――彼女に告白をした男子生徒は、両手ではとても収まらなかった。

 

「おはよう」

 

 如月は普段通りの無表情で返すと、小夜の横を通り過ぎて自分の席へと向かってゆく。予想はしていたけど、どうやら面倒なことになりそうだな。彼はそう思いながら窓際の席に腰を下ろした。

 

「いつもこんなに早いの?」

 

「ああ、そうだよ」

 

 ぶっきら棒に答えると、如月は鞄の中から文庫本を一冊取り出した。そして適当なページを開くと、小夜を拒絶するかのように無言で物語を読み進めてゆく。

 

「同じクラスなのに、こうやって話すの初めてだね」

 

「そうだったかな」

 

「そうよ。だって如月君ってなんか話しかけずらいから……クラスのみんなもそういってるよ」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「……ねえ、なに読んでるの?」

 

 微笑みを浮かべながら、彼女は向かいの席に腰を下ろしてきた。如月は心の中で舌打ちを一つすると、当然のごとく無視を決め込んだ。

 

「もう、無視しないでよ」

 

 小夜は仕方なく彼が手にしている文庫本を覗き込んだ。

 

「モンテ・クリスト伯か……復讐劇が好きなの?」

 

「いいや、別に」

 

 素っ気ない態度で答えると、如月は制服のポケットからスマートフォンとイヤホンを取り出した。

 

「私は好きだけどな、復讐劇」

 

「それなら、今から図書室にでも行ってきたらどうだい? その手の本が沢山あるよ」

 

「うん、ありがとう。でも、あいにくだけど今は本を読む気分じゃないの」

 

「そうなんだ、残念だよ」

 

 如月の言葉を受け、一瞬だが小夜の眉がピクリと引きつった。だがすぐに微笑みを浮かべると、彼の机の上に十数個のチロルチョコを置いた。

 

「はい、これあげる」

 

 予想はしていたけどこの女、おもいのほか鬱陶しい……。如月はぼんやりとチロルチョコを眺めながら、心の中で毒づいた。だがそんな彼の心中などお構いなしとばかりに、小夜は天真爛漫にこう続けた。

 

「如月君の好みはどれかな?」

 

「三島さん、悪いんだけど――」

 

「私の一押しはね、これっ!」

 

 小夜のお勧めは如月が大嫌いな、きな粉味のものだった。もう限界だ……。彼は心の中で呟くと、溜め息を漏らしながらイヤホンを耳元へと持ってゆく。これ以上話しかけるな、という明確な意思表示だったが、彼女はそれを阻止するかのように、素早く両手を握ってきた。

 

「お願いっ、秘密にしてっ!」

 

「……主語は?」

 

 握られた手をぼんやりと見つめながら、如月は無表情のまま尋ねた。

 

「見たでしょ? 土曜日……」

 

 小夜は相変わらず、如月の手を両手で握りしめている。余程切迫しているのか、その手はじんわりと汗ばんでおり、瞳は微かに潤んでいた。

 

「ああ。見たよ」

 

「あれにはね、ちゃんと理由があるの」

 

「まあ、どんな行動にも理由はあるだろうね」

 

 握られた手を振りほどくと、如月は文庫本に視線を戻した。そして何事もなかったかのように、また物語を読み進めてゆく。

 

「茶化さないでっ!」

 

「別に茶化した覚えはないんだけど」

 

「お願い、その理由だけでも聞いてっ!」

 

「悪いけど、興味ないから――」

 

「私たち犯されたの……」

 

 小夜は如月の言葉を無視すると、俯きながら静かに語り始めた。 今から3ヶ月ほど前に、彼女たちは昨日の男から暴行を受けたそうだ。出会いはSNS。当時、彼女は友人や親との関係に悩んでいたらしい。

 

 そんな時、彼女の悩みに真摯に答えてくれたのが、昨日の男だったそうだ。彼は昼夜問わず小夜の相談に乗ってくれた。彼女はそんな包容力のある男に、亡き父親の姿を重ねたという。

 

 急速に親交を深めていった二人は、やがて当然のように直接会うことになった。場所は男の自宅マンション。その場には小夜が誘った彼女の親友も訪れていたという。だが小夜たちが部屋に入ると、見知らぬ男たちが大挙していた。

 

 そしてあんなに優しかった男の態度は豹変し、二人は男たちに力ずくで押さえ込まれた。彼女たちは恐怖から、抵抗することも出来ずに無理やり輪姦されたそうだ。

 

 挙句の果てに男はその時の行為をビデオで録画していた。そしてネットに動画を晒されたくなければ、自分のいうことを聞け、といってその後も度々関係を強要してきたという。

 

「私のせいで優香まで……もう、どうしたら良いか分んないよ」

 

 小夜は机の上に泣き崩れた。静まり返る教室には彼女の嗚咽だけが響き渡っている。そんな中、話を聞き終えた如月は、何食わぬ顔でイヤホンを耳に押し当てた。そこからはラジオ体操第一の曲が、大音量で流れ出している。

 

「ねえ、話し聞いてた?」

 

 今しがたまで泣き崩れていた小夜は、一転して微笑みを浮かべると、当たり前のように如月の耳から強引にイヤホンをもぎ取った。

 

「聞いてたよ。薄っすらとだけど」

 

「ちゃんと聞いてよっ! で、感想は?」

 

「いつ考えたのさ? そのホラ話」

 

「うん? ついさっきだよ」

 

 小夜は涙を拭いながら、特に悪びれる様子もなく呆気らかんと答えた。その様子からは、いつもの清楚な優等生の姿は見る影もない。

 

「ああ、どうりで」

 

「如月君を待ってる間さあ、ちょと暇だったもんだから……つい出来心ってやつで」

 

「ふうん、出来心ねえ……幸せな人だね、三島さんって」

 

「ほっといてくれる……それより私の即興ホラ話はどうだった? 何点?」

 

「おまけして、2点かな」

 

「10点満点中?」

 

「いいや、100点満点中」

 

「低っ!」

 

 一昨日、彼女たちは某高級ブランドの紙袋をぶら提げていた。その時点で今の話には矛盾が生じる。女子校生二人を犯した挙句に、録画した動画をネタにその後も関係を強要してくるような男が、そんな高級品をプレゼントするとは到底思えない。

 

 ましてやそんな男とホテルに入る前に、彼女たちが ”自分へのご褒美” といった感じで高級バッグを選ぶ姿など想像すら出来ない。ということはバックは男からのプレゼントであり、二人は合意の上でホテルへと向かったことになる。ようするに只の援交だ。

 

「女子校生2人に高級バッグのプレゼントか……相手は随分とリッチだね」

 

「あの親父ね、陽だまり町の辺りで風俗とか手広くやってる金持ちなのよ」

 

「へえ、そうなんだ」

 

 予想的中――如月は気のない返事で返した。

 

「一応いっとくけど3Pとかじゃないからね。私は只の付き添いだよ」

 

「別にいいわけしなくてもいいよ」

 

「本当だって、これでも純情なんだから」

 

「純情ねえ……」

 

 どの口でほざく、と思いつつ如月は文庫本に目を落としたまま、ぽつりと呟いた。

 

「何よ? その含みのあるいい方は」

 

「いいや、別に」

 

 小夜の鋭い視線を軽くいなすと、如月は普段通りの無表情で答えた。その視線は相変わらず、文庫本に落としたままだ。

 

「一昨日のあの子、優香っていうんだけどね。ウリやんの初めてで凄く怖がってたから、だから私が付き添いを」

 

「ふうん。まあ、別にどっちでもいいけど。それより安心しなよ、土曜日のことは誰にもいいやしないから」

 

「マジで?」

 

「ああ。約束するよ」

 

「うーん……でもなんか怖いなあ」

 

 パッと表情が明るくなったのもつかの間、一転して小夜は顔を曇らせると怪訝そうな眼差しを如月に向けた。

 

「怖いって何が?」

 

「だってタダより高いものはない、ってよくいうでしょ?」

 

「いうね。でもそれが何?」

 

「分かるでしょ?」

 

 軽く微笑むと、小夜は小首を傾げながら如月を見つめた。

 

「いいや、さっぱり」

 

「だから、秘密にしてやるから1発ヤラせろっ! っていわれるほうがまだ気が楽だってことよ」

 

「変わった価値観だね」

 

「そう? でも男なんて結局はヤリたいだけでしょ? それとも如月君は違うわけ」

 

 小夜は何かを試すかのように、如月を見据えた。すると彼は溜め息を漏らしながら、文庫本から顔を上げた。

 

「随分と絡むね。結局、三島さんは僕にどうして欲しいんだい?」

 

 色素の薄い瞳が、挑戦的な眼差しを向けてきた。そして彼女は無言のまま机から身を乗り出すと、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。その表情からは男を惑わすような、妖艶さが滲み出ていた。

 

「近いんだけど」

 

 如月は無表情のまま呟いた。だがそんな彼をよそに小夜は更に近づいてゆく。その距離は直に吐息が感じるほどになっていた。そんな彼女からはシャンプーの残り香であろう、パッションフルーツの爽やかな甘い香りが漂っていた。

 

「ねえ、今なに考えてるの?」

 

「日本経済の行く末と少子化問題の――」

 

「今まで気付かなかったけど、近くで見ると結構可愛いらしい顔してるのね」

 

 小夜は悪戯っぽく微笑んだ。一方、如月は対照的に相変わらずの無表情を貫いていた。

 

「よくいわれる」

 

「メガネっ子で地味だけどね」

 

「マニアには、そこがいいんだよ」

 

「どうして、いつも一人なの?」

 

「極度の人見知りでね」

 

「へえ、そうなんだ……なんか可愛い」

 

「ありがとう。全然嬉しくないけど」

 

「性格の方は全く可愛げないんだね」

 

 如月の軽口にも、小夜は微笑みを崩すことなく返してゆく。

 

「お互い様だよ」

 

「ああいえば、こういうわね」

 

「こういえば、ああいうんだ」

 

 丁々発止のいい合いはピタリと止まり、暫しの沈黙が二人の間に流れ出す。程なくして口火を切ったのは小夜だった。

 

「私とセックスしたくないの?」

 

「悪いけど全然」

 

「ふうん。因みにどうして?」

 

「人として、全く興味をそそらないから」

 

 再び暫しの沈黙が二人の間に流れ出した。すると小夜は大げさに溜め息を漏らすと、ゆっくりと如月から離れてゆく。そして呆れ顔を彼に向けた。

 

「あのねえ、断るにしてもさあ、もう少しオブラートに包んでくれない? これでも多少はへこむのよ」

 

「悪かったね、知らなかったよ」

 

「おとなしい子だと思ったのに……今までネコ被ってたのね」

 

「ふん、こっちの台詞だよ」

 

 如月は鼻を鳴らしながら、文庫本に目線を戻した。

 

「ほんと、口の減らない……まあ、いいわ。私的にはキミが黙っててくれるっていうんなら、それで文句はないから」

 

 窓の外を眺めながら、小夜は気だるそうに呟いた。丁度その時だった、教室のドアが勢いよく開き、クラスメイトたちが続々となだれ込んできた。

 

「じゃあ、そういうことでよろしくね、ダーリン」

 

 如月に耳打ちすると小夜は普段通りの爽やかな笑みを浮かべながら、クラスメイトたちのもとへと向かっていった。

 

 ダーリン……どういう意味だ? 暫しの思案――だが結局のところ彼女の真意は分らなかった。まあ、別にたいした意味はないだろう。如月は声に出さずに呟くと、ゆっくりと窓の外に視線を移した。そこには彼の心と同様に、灰色の空と分厚い雲が広がっていた。

 

 

 

「これは新手の嫌がらせか何か?」

 

「逆に聞くけど、私とお昼を一緒するのが何で嫌がらせになるわけ?」

 

 小夜はあからさまに、不満そうな表情を浮かべた。場所は昼休みの1年D組――普段なら昼食を摂る生徒たちで、おおいに賑わっているはずの教室は、とある理由からいつもと打って変わって静まり返っていた。ことが起こったのは、4時限目が終了して間もなくだった。

 

 購買部や食堂へと向かう生徒以外は、手持ちの弁当を机の上に広げ、仲の良いもの同士で昼食の準備を始めていた。そん中、小夜は手製の弁当を片手に如月の席の前に訪れた。そして前列の男子生徒に ”ちょっとその席、譲ってくれない?” と、にこやかに微笑みかけた。

 

 顔を引きつらせながら、席から腰を上げる男子生徒をよそに、小夜はおもむろにその机を持ち上げ、如月の机に向かい合わせにした。当然ながら他の生徒たち、特に男子たちから向けられる如月への視線は、かなり鋭いものとなっていた。そして程なくして奇妙な取り合わせの昼食がスタートしたのだ。

 

「話は終わったと思ってたんだけど」

 

「そうだったかな?」

 

 小夜は箸を咥えながら、悪戯っぽく小首を傾げてみせた。一体どういうつもりだ、この女……。如月は彼女に鋭い視線を浴びせた。

 

「まだ何か用でも?」

 

「うん? まあ、ちょっと如月君に興味が湧いたっていうか、だから――」

 

「全部バラすよ」

 

 コンビニ弁当に箸を伸ばしながら、如月は独り言のようにぽつりと呟いた。すると小夜はニヤリと口角を上げると、余裕の笑みを浮かべた。

 

「別に良いわよ。キミみたいな一人ぼっちのいうことなんて、どうせ誰も信じないだろうから」

 

「そうかな? 確かに少し前までなら、三島さんのいう通りだったんだろうけど、でも今となっては状況が全く違うんだよ」

 

 箸の手を一端休めると、如月は静かに小夜を見据えた。

 

「……どういうこと?」

 

「少しは自分で考えなよ」

 

 その後、眉間にしわを寄せながら考え込む小夜だったが、一向に答えを出せそうにない。そんな彼女の様子を見て、痺れを切らした如月は自ら説明を始めた。

 

「僕が先日のことをバラすとする。最初はキミのいう通り地味っ子の戯言だと、クラスメイトたちは誰も相手にしない。だがふと彼らの頭に疑問が浮かぶんだ。どうして小夜ちゃんは如月なんかと、お昼を一緒にしてたんだろう? と。しかも机を向かい合わせにしてまで。もしかして何か弱みでも握られているんじゃないだろうか? あれっ、ということは……」

 

 一気にまくし立てると、如月は無言のまま小夜に鋭い視線を向けた。

 

「……意地悪」

 

「これでも優しくしてるほうだよ」

 

 非難の眼差しを軽く受け流すと、如月は何食わぬ顔でミートボールを口に運んだ。

 

「どうやったら、そんな性格になるわけ?」

 

「さあね。母親に聞いてくれ」

 

「……別にお昼一緒するくらい良いじゃん」

 

 小夜は頬を膨らましながら、恨みがましい眼差しを向けた。

 

「どうして僕なんだい?」

 

「だから興味が湧いたっていってるでしょ」

 

「悪いけど、厄介ごとに巻き込まれるのはご免なんだ」

 

「厄介ごとってどういうこと?」

 

「こういうこと」

 

 如月は溜め息を漏らしながら、小夜の背後に目を向けた。するとそこには一人の男子生徒が、眉間にしわを寄せながら佇んでいた。

 

「誰? そいつ」

 

 鈴木健介は如月を顎でさすと、不機嫌そうな眼差しを小夜に向けた。

 日焼けした精悍な顔立に、清潔感溢れるベリーショートのヘアースタイル。加えてスラリと伸びた長い脚は、まるでモデルのようであった。

 

 因みに彼はサッカー部の主将を務めており、学園内の女子生徒たちからは絶大な人気を誇っていた。そんな鈴木の発言にクラスメイトたちも不穏な空気を察知したのか、静かに彼らの様子を窺っている。

 

 ”これが厄介ごとだよ” 如月はうんざりした表情で小夜に目配せした。すると彼女は明らかに憤慨した様子の鈴木をよそに、何食わぬ顔でこう答えた。

 

「クラスメイトの如月君」

 

「っで、お前ら何やってんの?」

 

「お弁当食べてる」

 

「それは見りゃ分んだよ。俺が聞いてんのは、どうして他の男と机を向かい合わせにして、楽しそうに飯食ってんだ? ってことだよっ!」

 

 鈴木の怒号が教室に響き渡った。だが小夜はそんなことはお構いなしとばかりに、いつもの微笑みを浮かべながらこう続けた。

 

「誰とお昼しようが私の自由でしょ」

 

「俺ら付き合ってんだろ? だったら――」

 

「えっ、そうなの? 私はそんなつもり全くなかったけど」

 

 小夜は当たり前のようにいってのけた。すると見る見るうちに鈴木の顔が紅潮してゆく。だが彼女はそんなことは気にも留めずに、淡々と食事を続けた。いたたまれなくなった鈴木は ”勝手にしろっ!” と、捨て台詞を吐くと、逃げるようにその場をあとにした。そして静まり返る教室――そんな中、小夜が静かに口を開いた。

 

「ほら、これで厄介ごとはなくなったよ。だからそんな怖い顔してないで、楽しくご飯食べようよ」

 

「怖い顔? 悪いけど、もとからこういう顔なんだ」

 

「こりゃ、失敬」

 

「それより良いのかい? さっきの人」

 

「いいの、いいの。正直、もう飽きちゃったし。だから今は如月君に夢中よ」

 

 小夜はそう囁くと、悪戯っぽく片目を瞑った。

 ほんと、面の皮の厚いことで……。如月は入学して以来、悪癖である人間観察をクラスの連中にも行っていた。当然ながら目の前の三島小夜にもだ。そして彼女に感じた第一印象は ”鉄仮面女” だった。

 

 誰にでも優しく、世話好きな性格。成績は優秀で容姿も優れてる。だが彼女の行動にはどこか血が通っておらず、それゆえに嘘くさく映った。例えるなら役を演じている女優のようだ、と如月は感じた。だから土曜日にあんなかたちで小夜と出会った時も、別段驚くことはなかった。

 

「それで、この嫌がらせはいつまで続くの?」

 

「だから嫌がらせっていうのやめてよっ! さっきもいったけど、こんな私でも多少はヘコむのよ」

 

「なら、こうやって二人向かい合って昼食を摂るのは、いつまで続ける気?」

 

「そうね……取りあえず私が飽きるまで毎日かな」

 

 また厄介ごとが一つ増えた……。如月は機嫌よさ気に弁当を頬張る小夜に、溜め息を漏らしながら顔を向けた。すると彼女の色素の薄い瞳と目が合った。

 

 にっこりと微笑みを浮かべる厄介なクラスメイト……ほんと、とんでもないのに目を付けられたもんだ。でもまあ、いいか。どうせすぐ飽きるだろうから。如月はそう思いつつ静かに昼食を再開した。だがこの楽観的予測は、のちに大幅にハズレることになる。

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